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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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10.マリナの街Ⅱ

 



「いやー、凄い人混みだなぁ!」


 その美しい海と豊かな海産物によって国内でも指折りの観光地として数えられるマリナの街。初夏であっても多くの観光客で賑わうその街の大通りを、やや目立つ見た目の三人の若者が歩いている。


「そうだね、ボクたちもこれほどの人混みは久しぶりだよ」


 黒髪でシャツを着て、魚のフライをパンで挟んだシン都では珍しい食べ物、彼の言葉を借りるとフィッシュバーガー、を食べながら歩いている少年のはしゃいだ声に応えたのは、一人の少女を挟んで反対側を、クリーム色のショートヘアを揺らしながら歩いている少女だ。


 真ん中の紅髪の少女は他二人とはやや雰囲気の異なる仕草、これが優雅さとでも言うべきものだろうか、で首肯している。


 一行は少し前に馬車をおりると、日が暮れて少し後までの自由時間を取り付けた。


 実は御者は日が暮れる前の夕方に出発し、街道の残り三分の一地点で夜を迎えたいようだったが、イアンナが自分も協力するといった内容のことを伝えると御者は渋々了承した。


 この協力が何を指すのか、快の中のお約束でいくと魔物の襲撃からの馬車の防衛なのだが、実際のところはまだわからない。


 そして今、ひとまず食べ歩きがしたいという快の提案もといお願いを聞き入れ、些か並んで手に入れたフィッシュバーガーをもぐもぐしながら歩く快とともに、イアンナとエレシュは軒を連ねる大小の店から思い出の品になりそうな小物を探している。


 二人の期待に応えることのできる品はなかなか無いらしく、店前から中の雰囲気を見ただけで何かとダメ出しをして次の店に目を向けてしまう。


 快としては女性のウインドウショッピングに付き合うという苦行は避けたいところなので嬉しい限りではあるのだが、今度は逆に二周三周と周回プレイするかもしれないという心配に駆られている。


 しかしこの大通りはマリナの街を斜めに走っており、かなりの長さがある。さらに脇道にはたまに女性客を狙った道があり、そこにも忘れず『逸れる』ので大通りの一番先にある海岸まではまだまだ距離がある。


 潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ快は、とっくに食べ終わってしまったバーガーの紙を綺麗に折りたたんでズボンのポケットに突っ込み、小物探しを手伝うことにした。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「これとか良いんじゃないーって、高ぁ‼︎」


 大通りも残りわずかというところで、何となく魅力的な脇道に入ると、ある店に見覚えがあるような商品を見つけた。それは、


「瓶の中に砂を入れたのですか?」


 そう、水族館や海の近くの避暑地でよく見る定番のお土産。小さなガラス瓶に砂や貝殻を入れたものだ。


 今まで全く見てこなかったので存在を忘れていたのだが、ようやく見つけた。おそらく値段からしてこれに使われている何かがこの世界では高価なのだろう。


 イアンナは驚いた表情でこちらを見ていたエレシュを手招きし、二人で品定めを始めた。


「ボクもこんなもの初めて見たな。砂を入れるなんて思いつかなかったよ。なかなか魅力的だね」


「おお⁉︎」


「そうね、良いわねこれ」


「おおお⁉︎ 好感触ですか⁉︎ 俺もこれいいと思うよ!」


「じゃあこれにしましょうか!」


 推したものを買ってもらえた快よりも、イアンナと久しぶりのお揃いを手に入れることができたエレシュよりも、ストラップになっているそれを二つ持ったイアンナが一番軽い足取りで店主の元へ向かった。


「嬢ちゃん、三つ目はいらないのかい?」


 しかし財布を取り出したイアンナに対して、恰幅の良い中年の店員が店内をフラフラ歩き回っている快を見やってそう言った。


 イアンナは虚を突かれたような顔をした。というのも、快は探している間中ずっと二人には何が合うかとぶつぶつ呟いていたからだ。


 確かに言われてみれば快の分だけ買わないのはおかしい。今はもうかなり関係性も出来上がってきているとイアンナも考えており、むしろふとした時に自分がどうしてこれほど仲良くしているのかと疑問に思うほどだ。


 ということで、快の分も購入することになった。店員の陽気な声を背中に受けながら三人は今にもスキップし始めそうな様子で大通りの最奥、今回の目的地でもある海岸へと一直線に足を運んだ。


 快のリュックサックとイアンナとエレシュの腰から下げた四次元チューブでは、お揃いの砂入りの小瓶が揺れていた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 海岸に着いた時、時刻は正午をやや過ぎた頃だった。


 真南を向いている海岸には、この時間特有の照り返しと吹き始めた海風が観光客に浴びせられ、初夏であっても海に入りたいという欲望を助長させられる。


 ところで、マリナ海岸が他の臨海部と比べ観光名所としての役割が大きいのにはいくつか理由がある。


 その一つは治安の良さだ。この街では警察の役割を務める軍人が頻繁に練り歩く。


 実際大通りでも何度か見ており、物騒ではあったがたしかに安全だろう。


 そして二つ目に、海岸としてのバリエーションに富んでいるということが挙げられる。徒歩圏内に砂浜、岩場、そして海岸沿いの絶壁と一通り思いつくもの全てが存在する。


 ビーチではセレブオーラの漂う中年夫婦がパラソルのようなものの下で休んでいる。


 そしてそんな中、場違いな雰囲気をダダ漏らしながら三人の若者がレジャーシートを敷き、その上でバスケットの中身を広げている。


「……んぐ、このサンドイッチ美味しい! 二人が作ってくれたのか?」


 そんな中、明らかに一番はしゃいでいる黒髪の少年が、都に住むなかなかの身分の貴族しか手に入れることができないという食パンと卵の二大高級食材をふんだんに使用した『エッグサンドイッチ』なるものを頬張った。


「ええもちろん! 美味しいですか⁉︎ 早起きしたのが報われましたね、エレシュ。私たちも食べましょ!」


 幸せそうに目を細めながら力作であるサンドイッチを頬張る快に、特にイアンナが嬉しそうに反応した。エレシュもサンドイッチを手に取り口に運び始めている。


 そんな幸せな時間は過ぎて行くのも早く、気がつくと持ってきたランチは無くなっていた。


 快、イアンナそしてエレシュの皆は良く言えば『考えながら行動する』悪く言えば『せっかち』である。


 しかし年頃相応の感性ももちろん持ち合わせているわけで、しばらくの間波の様子や音を眺めつつその雰囲気に身をまかせるのであった。


 日がおよそ四十五度ほど傾いた頃、三人は次なるエリアへ向かう事とした。


 海に沿って坂を登る事十五分。


 そこでは先程までいたビーチでは感じることのなかった海の雄大さを余す所無く感じることができる。崖だ。


 サスペンスドラマの撮影にもってこいなゴツゴツした岩場を見ると、数年前にスマホゲームの大流行で似た地形の場所が人で溢れニュースになっていたことを思い出す。


 ここ辺りの観光客は少なく、殺風景だ。


 しかし、よく考えてみると観光業が盛んに行われているということはこの国の生活水準は案外高いのかもしれない。もしくは貧富の差が激しいのか。


 そんなことは置いておいて、なぜこの場所にやってきたのか、それは夕陽を見るためだ。南を向いたマリナ海岸において、海側へ飛び出しているこの崖は唯一水平線に沈む夕陽を望むことができる場所だ。


 地平線を見ることも街道から外れれば容易いこの国では、人々は水平線に沈む夕陽というものに対して特別美しいとは思わないらしく、快が提案した時二人は微妙な反応だった。


 しかしこうして三人が崖の上に来たということは二人も最終的に賛成したということだ。もちろん快が前の世界でどれだけ夕陽と海の共演が特別な位置付けだったかを語ったというのが大きな理由ではあるのだが。


 しかし陽が沈むまで、まだかなりの時間があるということで快の異世界講座が始まった。


「えー、何を話しましょうかね。あーそれじゃあ、この世界には無さそうな気がするから哲学ってものの話でもしましょうか。二千五百年くらい前にソクラテスって人がいてね、ーーーー」


 果たしてこの世界には哲学というものはなかったらしく、二人は興味津々だった。


 逆に食いつき過ぎなほどで、質問責め、というより快がこの世界をどう捉えているかといういった質問までされてしまい、当然哲学者ではない快は哲学の本を読んだ時に何となく考えていたことを何となく思い出しながら軽く話す程度しかできなかった。


 それでも二人がひかない時は最終奥義『無知の知』を発動してなんとか切り抜けた。ソクラテス様様だ。


 そんなこんなでようやく影が身長の何倍にまで伸びてきた。


「ようやくだね。ボクはまだ夕陽がそこまで魅力的なのか疑っているんだけど、本当にこの午後の哲学とかいうあまりにも特殊な学問についての快の講義に割いた時間は無駄じゃないだろうね?」


 エレシュが内容とは裏腹にどこか期待しているような、ムズムズしているような声で言った。


「まあまあ、待ってろって」


 するとちょうどその時、最後だけ加速したのではないかと錯覚するほど唐突に太陽、かと思われる恒星、快の意訳で太陽と訳しているが、が下の部分、ほんの一欠片分だけ失った。


 そのまま太陽は、日中深い青で快たちの心を穏やかにした海の色を、鮮やかで光沢のある橙色に染め上げながら想像以上の速さで沈んでいく。


 その儚い色合いと、別れが早まってしまったような切ない感覚が三人の胸中を支配する。


 成長過程にある少年少女の心には常に何かしら引っかかっているものがある。しかしそれに対する憂いさえも、その情景に持っていかれてしまう。


『海の広さに比べれば、俺の悩みなんてちっぽけだ』なんてありきたりなセリフ。


 あんなものは自分を騙しているだけだ。


 本当は胸のどこかで、橙に染まった海が、いつのまにか染まる前よりも暗くて、どこかおぞましいものに変化してしまったという事に対して一種の同情的な感慨を覚えているだけだと、そう気が付いている。


 しかしそう考えながらも、今この瞬間にしかない価値や大切なもの、そして経験が今後何かしら問題を解決するのにどんな形でも役に立つのではないか。


 そんな甘い事を考えてしまう弱さが人間なのだろうと、快が思索にふけっていたのを最後に、三人は馬車へと歩みを始めた。




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