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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
30/93

9.マリナの街

 



 快たちを乗せた質素な馬車が、程よい振動を座席に送り始めてからおよそ十五分。快だけでなくイアンナとエレシュも外の様子は気になるようで、ものすごいスピードで通り過ぎていく景色に三人は釘付けだった。


 この馬車を引いている二頭の馬のペアは、クローヴィスが二番目に気に入っているものらしく、一番気に入っているという正式な場のための白馬の次に重宝していると言う。


 というのも、どこへ行ってもその見た目があまり目立たないという点と馬の中でもタフで足が速いという点で何かと便利なのだとか。


 御者はこれに乗ればマリナでも二時間で着くと言っていた。最初快は、シン都とマリナの街があまり離れていないのではないかと考えたのだが、この様子だと普通の馬車を使っていたら何度夜を過ごしていたか分からない。それほどのスピードだ。そして休憩なしで着くことができる。


 しかしスピードの割に振動が少ない。と思っていたらどうやらこの馬車にも魔法陣が施されていたらしい。


 ところで魔法陣といえば、快は今、ひとつの驚くべき仮説を立てている。


 それは、魔法陣万能説だ。


 魔法使いが魔法を行使する際、当然のように魔力を消費する。それに対して魔法陣は一度完成するとそれからは魔力供給のようなことをする必要はない。


 威力に明らかな差が出ているのは事実であり、それがために魔法陣は魔法の一つ下という位置付けであるが、クローヴィスから譲り受けた魔法陣の威力は中々なものだったし、工夫しだいではさらにレベルの高いものも作れるのではないかと淡い期待を抱いているのだ。


 もしそれが実現すれば、早い段階から魔法陣に手をつけた快の選択は大正解ということになる。


 先ほどの四次元チューブから一つ、妄想の域は出ないものの良い案、彼が感銘を受けた学者の言葉でいうと『クレージーな案』を思いついたのだ。


 そんなことはともかく、今馬車の外を流れる景色はシン都ではあまり見ることのできなかったものだ。


 いわゆる田園風景。


 上層中層下層に分かれるシン都はまさしく『江戸』だ。江戸城近辺が上層、大名屋敷群が中層、城下いわゆる江戸っ子が溢れる街が下層。


 しかし江戸と大きく異なることがある。それは前にも述べた通り、海運が不可能なことだ。江戸はさらに街道を設置した。交通の便はシン都が劣る。


 そんな快の予想は幸運なことに打ち砕かれた。


 まずシン都にも街道が存在したのだ。国の中心に位置するシン都から国の端にある十三の都市などにつながる街道が。


 さらにその街道を結ぶ道もきちんと存在し、シン都はパリの凱旋門のようだ。


 そして街道のスタート地点とゴール地点の間は駅を除けば大抵第一次産業が発達しやすい。そして内陸で発達する産業といえば農業だろう。


 外を流れる景色は春から夏に移りゆく季節を鮮やかな青緑に染めている。


「やっぱこうやって自然を感じるっていうのは良いよな」


「な、良いよなイアンナ」


「……ええ、そうですね」

「……」


 女子二人の反応の薄さに快は何か変なことでもしたのではないかと自分を疑うが、全くというほど心当たりはない。


「お二方、どうかしたんですか?」


 さすがにこの重苦しい空気は耐えられるものではなく、ご機嫌取りに回ろうとしたのだが、


「別に、ボクら二人で少し話していただけだよ」


 エレシュから心配はいらないとでも言うかのような、冷たい返答があった。しかしその内容はむしろ快の警戒心を煽った。


 当たり前だ。二人を心の底から信用したいと、その思いで提案したこの小旅行だ。その往路で二人が自分を除いて会話しているというのだ。警戒するなという方が問題だ。


 しかし快もわざわざ用意したこの日をおじゃんにする気にはならない。その後しばらくして念話とでもいうべきものを終わらせたらしいイアンナとエレシュは、快も交えて何日前の夕飯が美味しかっただの、クローヴィスが思いの外しっかり準備を進めてくれただの、世間話をダラダラとしたのだった。


 快は田園風景、イアンナはたまにすれ違う馬車、そしてエレシュは外を眺めるイアンナをチラチラと気にしながら。




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 そろそろマリナの街に着きそうだというころ、道中全く問題が起きなかった上に乗り心地の良い馬車に乗れたことで嬉しいながらもどこか期待外れな感を抱いていた快は、この二時間でずっと気になっていたことを、二時間分貯めた勇気でもって聞いた。


「エレシュはまぁ、誤差の範囲なんだけどさ、今日イアンナ冷たくない? 確かに俺が提案した時イアンナは反対してたし、ちょっとゴリ押ししちゃった感じはあるけどさ、せっかくなんだから楽しもうよ!」


「べ、別に楽しくないことはないわ。考え事があるの」


 イアンナは質問に答えるつもりはあるが会話を続けるつもりはないらしい。なんというか、最初の頃のイアンナに戻ってしまったようだ。


 当時は彼女のツンデレな部分に魅力を感じていたのだが、共に過ごしているうちに心を開いてくれている感覚はやはり心地よく、今はその感覚が好きだったのだが。


 彼女も何か思うところがあるのだろう。快もさすがに自分の好みを押し付けるわけにはいかないと思い、到着までの数分は『普通の到着前』を演じた。




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 馬車が門をくぐると、快は扉をあけて馬車を降りた時の感動を求めて窓を勢いよく閉めた。二人は快のその行動に一瞬小首を傾げたが、意図を読んだのか反対側の窓も気を遣い閉じた。


 しばらくすると馬車は止まり、前方から御者の落ち着いた声が聞こえた。


「到着いたしました。皆様お降りくださいませ」


 イアンナとエレシュがほらほらと快を急かし、快はその扉を壊れない程度に勢いよく開く。そして目の前に広がったものはーーーー




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 場所はシン都下層。路地裏をさらに奥に入り、劣悪なスラム街が広がるエリア。今にも崩れそうでカビ臭い建物が乱立する中、一箇所だけ建物が建っていない空き地がある。


 何故そこにボロ小屋が建たないのか。


 それは、この空き地は占領されているからだ。チンピラの組織に。


 ここまで奥に来ると、警察を務める軍人もわざわざ足は運ばず、チンピラがここを裏から支配しているといってもいい。その暴力による支配はむしろ表立たずより強固になり、今では彼らが我が物顔でスラム街を闊歩している。


 そんな空き地に今、汗と煙草と酒、ついでに血の匂いにまみれた男たちが大勢集まっている。


 その原因は大勢のチンピラに囲まれている一人の男。全身を黒に包み腰に一振りの長剣を提げた、性別しか判別できない男にある。


「……おい、お前。散々俺の部下どもブッ殺しやがって、誰に喧嘩売ってんのか分かってんのかぁ、ゴラァ!」


 真ん中の男は楕円状に囲まれているのだが、その長径の一端、周りの大男たちと比べても頭一つ大きく、一番高価そうな革ジャンを着た、一目見てカシラと分かる男が、その内臓に響く低い声に段々と怒りを露わにしながら真ん中に立つ男に殺意を浴びせる。


「………………」


 しかし黒ずくめの男はその身を包む黒い衣さえ全く揺らさず、その男を見つめる。仮面で見つめているか否か正確にはわからないが。


「なんか答えろよ‼︎」


 カシラが一歩前に踏み出す。その迫力はダンプカーが突っ込んでくるかのようなもので、周囲のチンピラの中にも後ずさる者が数名出る。


 しかし、中央の男は全く動じない。文字通り、全く。

 そしてカシラは突っ込み中央の男の上に乗りその仮面に隠された素顔を原型を留めないほどに殴らーーーーなかった。


 カシラには脳があったらしい。そのでかい体と喧嘩力で『カシラ』となったのだ。挑発に乗り短絡的な動きで負けに直行するような真似はしなかった。


 実際あそこで突っ込んでも斬り伏せられただけだろう。


「おい、お前ら。今から俺がこの手でこいつの体をブッ壊す! 手ェ出したら同じ目に合わせてやるから邪魔すんな」


 チンピラたちはその声を聞くと返事まばらに空き地の端に寄った。


「逃げるなら今のうちだぜ、なんて言葉俺は言わねぇ。俺はやると決めた奴はやる。だが俺も男だ。遺言ぐらいは言わせてやるよ」


 先ほどから死人のように微動だにしない黒ずくめの男に、カシラは最後の言葉を投げかける。反応は期待していなかったのだが、意外にも返ってきた。


「………………チッ」


 舌打ちだ。しかしそれは怒りや攻撃の意思が込められたものではなく、むしろこのやり取りを面倒だとでも考えているかのような調子だった。


 業を煮やしたカシラはそのまま徒手空拳で黒ずくめの男に殴りかかる。その巨体からは想像もつかないほどのスピードで肉薄する。


 そしてその肉体を最大限利用した、重みのある拳が、岩さえ砕きそうな拳が黒ずくめの男を襲う。


 しかし黒ずくめの男の戦闘力も並外れている。タイミングよく相手の手首を横から手刀で叩き、軌道をずらす。そしてすぐさま胴体に鋭い蹴りを打ち込む。


 カシラと黒ずくめの男の距離はその蹴りとカシラのもともと持っていた勢いの結果として最初よりも開く。


 しかし、カシラは体の内部に響いたはずの蹴りを物ともせず、すぐさま立ち上がる。


「クッ……」


 それに対して黒ずくめの男は先程手刀を打った左手を見て顔をしかめたような声を出した。見るとその手は掌の部分が半分ほど斬られていた。


 周りからはおおと声が上がる。するとカシラは笑いながらもつまらなさそうに口を開く。


「なんだよお前、普通拳は手ぇクロスして防ぐだろうが。変なことしやがったせいで手首きれなかったじゃねえか」


 そう言うカシラの手には、血に濡れたナイフが持たれていた。


 おそらく逆手に持って殴ると見せかけて手首やら首筋やらを切る戦闘法だろう。そう、カシラがカシラとなった喧嘩術。それはこういった姑息さによるものだ。


 周りのチンピラもカシラも、自分の半分斬られた手を眺める黒ずくめの男に優越感を抱き、勝利が確定したものであるかのような笑みを浮かべていた時。





 音が消えた。


 明らかに異様な雰囲気に黒ずくめの男の方を見やると、そこには黒いつや消しの施された長剣を右手に携えた男が、怒りからか悲しみからか、もしくは悦びからか肩を震わせながら立っていた。


 それ以外は何も変わっていないはずだが、確かに音が消えたのだ。否、それ以外は何も、と言う表現は適切ではなかった。殺気を溢れさせる素顔を隠した男。勝敗は見えていた。


 男はカシラの目の前に急接近し、その鼻面に頭突きを入れる。


 カシラは予想外の攻撃になすすべもなくくらい、仰け反る。


 そうしてがら空きになった喉元に長剣を向け、一突き。







 三分後にはそこは血溜まりとなっていた。




 >



(紅伝説めちゃくちゃ面白かった)

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