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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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7.思いがけない対話

書きたくて仕方がなかったので書いてしまいました。

 



「ウル・ディーメアの連中のうち二人がここ最近で消えたらしい」


 クローヴィス=タイラーゲートは朝食を食べていると唐突にそう言った。


 ウル・ディーメア。ここ、ウル神国は表向きでは大統領制をとっているが実際にはそう呼ばれる人たちが国を動かしている。


 それを知る者は数少ないが、知る者もこの国の歴史を考えれば当たり前だと興味を失う。


 圧力がかかっているのか否かは定かではないが、公に出ている情報ではない。


 そもそもディーメアとはウル神国に古くから存在する真神教の一派である。


 彼らを知らぬ者は狂信者ではないかと言う。

 彼らを知る者は誰よりも硬派で敬虔だと言う。

 彼らと親しい者は神々に選ばれた信徒だと言う。


 そんな彼らは明確なヒエラルキーを持つ。


 その中で最上位に位置する者を、ウル・ディーメアと呼ぶのだ。


「お父様、となると彼らは九人にまで減ってしまったと言うのですか?」


 紅瞳の少女は美しく整った眉を下げ父親の方を見る。


「でもイアンナ、奴らは先生がおっしゃっていた通りこの国の政治を牛耳っているんだ、ボクは別にいいと思うけど、どうしてそんなに心配げなんだい?」


 翠瞳は紅の後頭部を捉えながら言った。


「え、それはもち……いや、なんでもありません。ただ人がいなくなることは良いことではないでしょう?」


 イアンナがぎこちない笑みを浮かべながら取り繕うとしているが、この場の全員からしたらバレバレだ。


「そうだエレシュ。彼らは『神に選ばれた信徒』だ。この国の安全は実際彼らが守っているかもしれないんだぞ」


 しかしクローヴィスのヘルプによる親子の連携プレーでエレシュも引かざるを得ない。


 さて、この時快が何をしていたかというと、ずばり最初に異世界の敵陣営かと思っていた奴らが勝手に崩れていくことへの軽い哀しみを紛らわせるため、多めに塗ったブルーベリーのようなもののジャムを堪能していたのだった。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<



 快は自室に戻り、いつも通り魔法陣の勉強を始めた。火の魔法陣一週間目だ。


 しかし、やはり先ほどのクローヴィスの突然の話題は快の心に引っかかった。


 いきなり彼がそのことをあの場で言ったことの理由が分からない。


 もちろん人間は理由なく動くことだってある。人によっては理由を持って行動することの方が少ない人もいる。


 しかし、違う。あの時のクローヴィスは何か目的を持って発言したのだ。そう確信させる何かがあった。


 何かではない。簡単だ。イアンナの反応。


 彼女はクローヴィスの話を聞いて明らかに動揺していた。エレシュに正論とまではいかないが他の考えを言われただけで何かこぼしそうだった。


 あの親子は何かを知っているのだ。


 しかし今回のことは知らないのだ。


 だからイアンナはあれほど動揺し、クローヴィスも早めに話を切り上げた。


「あぁダメだ、全然集中できない。くそ、寝るか」


 朝十時に再びベッドに横になった快は、朝にもかかわらずすぐに眠りに落ちた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 目を開けると、そこにはすでに二、三度見た嫌な風景が広がっていた。


 地下神殿の一言で言い表すことができるその空間には、いつものように傲慢な神が尊大に立っていた。


「あーあ、寝なきゃよかった」


 快は次の瞬間、老人、エンリルの『貴様!』という声が飛んでくるかと思った。


 しかし耳に入ってくるのはただただ静寂のみ。これもまたこれで不安を煽られるもので、快はエンリルの方に目を向けた。


 そこには恐ろしい笑顔を顔に貼り付けて手元の何かを眺めるエンリルの姿があった。


「あ、あのーエンリルさん? ……エンリル様?」


 あまりの不気味さに怒りを買わないようにと丁寧な口調になる快。貴様貴様と怒鳴っている間にはなぜ喧嘩腰で応えるのかは全く謎だが。


 エンリルは緩慢な動きで快の方へ顔を上げる。


「……どうした、長田快。貴様からこの私のもとに参るとは」


 自尊敬語にツッコミを入れる気持ちの余裕もなく、エンリルの言った内容も理解できなかった。


 ーー俺から行く?


 エンリルはやや苛立った様子で、しかしいつもとは比べ物にならないほどの優しい声音で再び尋ねた。


「貴様からこちらに来たのだ。何か知りたいことでもあるのであろう?」


 ということらしい。自分の中に常駐してくれるアドバイザーなのか。


「少し待て、まず質問だ。どうして俺とこんな風に話せるようになってるんだ? 俺は俺の意思でお前と同じ場所に幽体離脱的なのができるのか? この間みたいに逃げんのは許さねぇぞ」


 つい声を荒げると、


「貴様、己が身の程をわきまえろ」


 エンリルの纏う空気が突然変わった。


 彼の周りだけ空間が歪んでいるような、モヤモヤとしたものに包まれている感じ。


 快の手足は無様にも小刻みに震え、額は冷や汗でベッタリとし、皮膚は過敏になり空気が痛い。


 ーーあれ? やばくね? 俺よく今まであんなのに……


「すみ、すみません! その、この世界にやってきて知らないことばかりだったのです! しかし今エンリル様の力のほんの一部分を垣間見させていただき、その偉大さを実感し、魂に刻み込みました故お許しいただきたく存じます!」


 快はそう言った直後に口を手で塞いだ。


 なぜなら今の快の発言はまさに口から飛び出してきたようなものだったからだ。言おうと思って言ったのではない。


 確かに、この発言は今の快の状況としてはベストな発言だった。自らの身を守るという意味で。


 しかしそう考えただけだ。ここまでへりくだった態度を自分が取るはずがない。しかし口から飛び出したのだ。もちろんあの方に操られたわけではない。


 いやおかしい。今の思考もおかしかった。快が混乱しているとエンリル神は優しくも教えなさった。


「この空間は貴様が申した通り精神世界だ。そもそも今の私に生ける実体はない。ここではその者が考えたことが口から出やすいのだ。全て出るとまでは言わないが出やすい。そしてその発言は発言主の魂に刻み込まれる。先ほどの貴様の発言の中にもあった通りだ。あの発言により、貴様の魂には私の偉大さが刻み込まれたのだ」


 唖然。


 快は驚くのみだ。この場について。エンリルの発言について。そしてエンリルに対する一種の尊敬の念を今自分が抱いていることについて。


 もう何が何だかわからない。ただ彼の中にあるのはエンリルへの尊敬と猜疑心の葛藤だ。偉大さへの尊敬は刻み込まれても信仰心は刻み込まれなかったようだ。まさに一命をとりとめた。以前のここでの会話では相当疑っていたからか。


 しかしなるほど、この場の発言に一種の強制力があるのならこの神は俺の常駐アドバイザーさんか。聞いてくれそうだったし。ならいくつか。


「そうですか、ならいくつか質問をよろしいでしょうか。私がここに来た理由はおそらくそれですので」


 なぜ自分は敬語など使っているのか。一握りの嫌悪感を抱きながらも聞くことは聞きたいと思う。エンリルは首肯を返すのみ。


「まず、この場について。なぜ私にこうして神と対話する場が存在するのか。そしておそらく私がここに来た原因と思われる質問は、タイラーゲート親子が何か隠しているのではないかということです」


 エンリルはなぜか勝ち誇ったような顔をして快の方へと歩んだ。コツコツと軽い音が逆に重く快の心にのしかかる。


「まず一つ目の質問に答えてやろう。すでに答えは言ったようなものなのだが貴様はあの時のことはあまり覚えていないかもしれない。貴様は私の神子だ。神子とは神の指示を仰ぎ、民に伝える存在だ。ならばこうして私と繋がる術を持つのは当然だ」


 確かにエンリルはいつかに快に神子がどうこうと言っていた。その時の快は相当興奮していて覚えていなかったが。


 しかしこの状況、嫌な感じがする。


 この神に選ばれたかのような状況は、まさに先ほどの話題だったディーメアの存在を嫌でも思い出させた。


「では私はディーメアの一員にでもなるのですか?」


 しかしエンリルは質問は順番だとだけ言ってタイラーゲート親子についての言及に入った。


「確かに彼らは貴様にあることを隠している。そしてそれが私にとって大きな利益をもたらす故今の私はここまで上機嫌なのだよ」


 エンリルは初めて聞くような弾んだ声で続ける。


「こうして貴様が私のもとを訪れ、そして私が説明する最善の状況だからな。まあいい。説明してやろう。しかしその前に先ほどの貴様の質問に答えたほうが解しやすいだろう。前言撤回してやる。

 貴様はディーメアやウル・ディーメアの連中とは違う。貴様はこの世界の歴史が改竄されたことは知っているだろう。それを行なったのは知恵の神エンキだ。私の元同僚とでも言おうか。

 奴は代表十三人の自分以外の力を、石化させた私たちの体から抜き出しプレートに閉じ込めたのだ。過去に遡り。

 私の力はあまりにも強大だった故二枚に分けられたのだが、それら十三枚をこの国の端周りを結界をはるかのように分散させた。

 奴は面白い男でな、力を欲しているのだが面倒臭がりな面があった」


 全く話の流れが分からない。


「閣塔の最上階に隠居している彼は現在観戦しているのだ。ウル・ディーメアとタイラーゲート家の戦いを」


 どういうことだ。いつ彼らが戦っているというのか。ならなぜイアンナはあれほど動揺していたのか。喜んでいるようには見えなかったのだが。


「何も殺し合いをさせているわけではない。意味がないだろう。ウル・ディーメアは各プレートの力の一部をプレートの守護のために具現化させた守護精霊のようなものだ。つまり奴らはエンキの手先。最高神である私の神子である貴様とは根本から違う。

 そしてタイラーゲートは貴様もすでに聞いていた通り、エンキに煽られプレートを集めている。クローヴィス=タイラーゲートはすでに二枚のプレートを集めているのだがそこで明らかになったことがあるのだ。

 それは、プレートが人の手に渡ると守護精霊、ウル・ディーメアが消滅するということだ。当たり前だがな。

 つまり彼らがウル・ディーメアの消滅にあれほどの動揺を生じたのは、彼ら以外の誰かがプレートを回収したということだ。

 そして長田快、それは貴様の仲間だ」


 ーーーー仲間? そういえば以前エンリルもプレートを集めてほしいと言っていたような。


 快はゴクリと唾を飲み、エンリルを見上げる。


「ウル・ディーメアが勝てばこの国は今の形を保ち、プレートの力がこの国を守ることとなり政治もウル・ディーメアに牛耳られる。

 タイラーゲートが勝てばプレートの力は全てエンキのもとに集められ彼の独裁が始まる。

 エンキは独裁者という立場に憧れを抱いたが死ぬことのない体で永遠に政治を行うことは面倒だと感じた。だから他人に決定を戦いという形で委ねたのだ。

 しかしそれはこの国本来の姿ではないのだ。私は以前のような、代表十三人による政治がこの国のためになると考えるのだ!

 代表が揃えばこの世界を支配することだって容易なのだ。もちろん農業、工業、治安などの充実を重視することも可能だ。

 エンキの遊びなど付き合いきれん。

 だからだ長田快。私が貴様にプレートの回収を支持した理由は、私の復活のためだ。

 私が復活すればこの国は正しい形に戻る。それを貴様ら神子に頼みたいのだ」


 エンリルはものすごい勢いで言い切った。このおかしな効果の働く空間でこれだけの勢いで言ったのだから彼の思いは本物だ。快が思っていたほど悪神ではなかったのだ。


「しかしエンリル様、神子は私以外に何名いるのですか?」


「二名だ。すでに貴様の近くにいる」


 そして、






 夢は唐突に、本当に唐突に途切れた。


 目を開けると飛び込んでくるいつもと同じ光景は、この瞬間からほんの少し変わったものになった。













 なぜならこの世界の敵が分かったからだ。


 ウル・ディーメア。プレートの守護精霊。こいつらは政治を牛耳っている。殺してでもプレートを奪おう。


 悪神エンキ。こいつはろくでなしだ。人を操るその行為が許せない。いつか殺さなければ。


 そして、タイラーゲート陣営。彼らは……

 自分でもよくわからない。しかしプレートだけは俺が奪わないと。話が通じれば良いのだが。

 できれば、いや、絶対殺したくない。この短期間でここまで好きになった人たちはいないのだから。




 二人の仲間はイアンナとエレシュがいいな。




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