6.魔法陣第二巻
ようやく時は進み、ケースリットは一学期の2ヶ月目に入り、快の魔法陣の勉強は第二巻に入った。
すでに述べた通り第二巻は火の魔法に関する魔法陣について述べられている。
「よっこらせっと」
朝食を終え、図書館から借りてきた辞書ほどの分厚さの本を机に置き椅子に座った快の顔は、先程口からこぼれた言葉とは裏腹に晴れていた。
先週一週間の充実ぶりに満足し、かつ今後の充実に期待しているからだ。
先週は騒動の処理から始まり、魔法陣の概要をハイペースで終わらせた。さらにはナイフもほんの少しだけ練習したので、何というか、順調に異世界に適応している感が強いのだ。
とにかく、本人からしても周りからしても今の彼の生活サイクル、勉強七、ナイフ二、休憩一のサイクルは完璧なものだった。
そんなわけで快の新しいフェーズが始まった。
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この世界の魔法陣には、魔力を流し込む必要はない。
快やコールが扱えている時点でそのことをわざわざ断る必要はないのだが、原理を今一度確認しよう。
まず、魔法陣とは何か。魔法陣とは三重らせんを持つ人々、つまり魔法を自らの手で使うことのできる人々が魔法を行使する際に必須とする意識の代替だ。
魔法を使う時、使い手は消費する魔力に意識で以って具体的な内容を与える。
それを図形を用いることで意識の代わりにそれを与えるのだ。
現代美術にどこか通ずるところがある感も否めないか。
そして魔力の供給。これはインクによる。
インクには魔石から抽出した『魔力成分』的なものが含まれている。これによって魔法陣は独立して魔法を放つことができるのだ。
魔法陣から放たれる魔法が弱々しいのは、これによる。インクに含めることができる魔力の量などたかが知れている。
ちなみに使い手が意識することで発動させることができる理由は分かっていないらしい。もちろん快には見当もつかない。
「さて、始めましょうか」
確認もほどほどにして第二巻に取り掛かろうとした時、快はあることに気がついた。
「魔法陣用のインク無くね?」
ということでインクの調達が必要になった。
なんとなく高価なイメージがあるのでおそらく全てをそれで描くというわけにはいかないだろうが、やはりいくつかは実際に描き、使用してみなければ面白くないだろう。
先週そのようなことを考えていたのだが忘れてしまっていた。急いでクローヴィスに頼めばちょっとくれたりなんかしないだろうか。そんな甘い考えで校長室に赴いたのだが、
「そういったものは自分で揃えることに大きな意味があるんだよ。ああ、ちなみにこの間君にあげたものくらいの効果が欲しいなら最高級のものを買いなさい」
と、毎週支給される軍資金を貯めた分まで使い切る羽目になりそうな『ありがたいお言葉』をいただくこととなった。
最初は魔法陣用に新しいペンと紙を一緒に揃えようかとも思ったのだが、金銭的に不可能かと思われたのでやめた。
ペンは万年筆の予備の軸を使い、本体は同じものを使う。付け替えるのが面倒だが仕方ない。紙はクローヴィスがくれるらしい。紙とインクの差とは。
オススメの店はこの間の万年筆のお店だと言われたので、止むを得ずそこへ向かうこととなった。もちろん一人で。
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店に入ると、例の人の良さそうなおばさんが、実際良い人なのだが、がいた。
今日は平日なので自分以外の客はほとんどいないものだと決めつけてきたのだが、来てみるとむしろこの間エレシュと来た時よりも人は多かった。
見た感じだと学生が多い。空きコマでも使っているのだろうか。
そして、多くの人を見て快が覚悟したものが今、快に注がれている。
否、正確には彼の頭に注がれている。視線が。黒髪に。
イアンナとエレシュから聞いていた通りだ。今シン都では黒髪は一つの大きな話題だ。特に学生はそういった話題に飛び付きやすい。
そんな学生がひしめく雑貨屋のようなこの場に彼の居場所は無いに等しい。ならば逃げるか。まさか。
快は店に入る前にこの店を一分以内に出ると決めたのだ。快は入店後の二秒で一番人目のつかないルートを見つけ、自然な調子でそのルートを進む。その先には例のおばさん。一言。
「この店で一番質のいいインクを買いたい。上限金額は一万七千サト」
サトというのはここでの通貨だ。だいたい日本円と同じくらいの価値だと思われる。確実ではないが。
なので一万七千円のインクと思うと半分でも足りたような気がするのだが、そんな希望のような予想は簡単に裏切られた。
「はい、じゃあこれね。一番いいやつだよ。一万六千八百サト」
出てきたのは元の世界でも見るサイズの、普通の瓶入りインク。
「まじかよぉ」
快は顔を引きつらせつつもそそくさとお金を払い、店を出て行った。
その間三十秒。
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快は自室に戻り、早速ページをめくった。
レイアウトは数学や物理の教科書ににているか。キーとなるパーツやそれについての説明などをひたすら繰り返し、きりのいいところでまとめられカテゴライズされている。
この日はずっと魔法陣と向き合っていた。次の日からは再び七二一の生活が始まるだろう。
と、時系列に並べて魔法陣の学習進度を説明するとなると細かく分かれすぎてしまい訳が分からなくなってしまう。
したがって、ここで頭一週間分の学習内容を述べようと思う。
火の魔法陣のキーは大体が円だ。
円といっても単純なわけではなく、ただ火花を散らすだけでも非合同な楕円を三つ組み合わせることになる。
一週間をただこれだけに費やした。
せっかくの万年筆があるので毎回毎回全ての例の魔法陣を書き写していたのだ。
魔法陣を描く際、最初に大きく五段階に強度やら何やらが分けられるベースを描いてからキーを描く。
ベースが導線でキーが出力装置のイメージか。
魔法陣シリーズの著者も第一巻において基礎の基礎が重要だと何度も述べていたので、それに従って火花をひたすら極めていたのだ。
一口に火花といっても多くの種類があった。
火花の量、拡散する度合い、方向、指向性の有無や強度などなど。さらには変色についての最終章へのジャンプと軽い説明がついていた。
ただの火花だけでもこれだけの工夫がある。他にも最終章で説明しているらしいのだが、これだけでも十分だ。
やはりこれを一つ一つ書き写すことは大変だが有効だ。新しい種類を描くたびに今まで描いたものと比較しており、気づくと脳が勝手にカテゴライズしている。素晴らしい。
ちなみに注釈に書かれていたのだが、他の属性の魔法陣を描くときはまた別の工夫の法則みたいなものがあるらしく、今頑張れば後で楽なんてことはないらしい。
これを快は一週間で学んだ。
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場所はシン都下層、路地裏。
今日も全身を黒に包んだ男がゆらりゆらりと歩いている。何故彼が路地裏を歩くのか誰もわからない。
悪を捜しているのか、単に目立ちたくないからなのか。
いずれにせよそれは彼にとって危険な手だった。彼は善か悪かの二択ならば絶対に善に類別される人間だ。今までの行動がそれを裏付ける。
となると路地裏ではそんな彼を快く思わない連中がいる。というより、実質的にそこを治める者たち、いわゆるチンピラ集団からしてみれば彼は目の上のたんこぶどころではない。
邪魔なのだ。
チンピラたちには明確なヒエラルキーがある。今まで彼に葬られてきた者たちは底辺に近いものが多かったが、情報は上まで伝わるものだ。
虫が一匹混じったと。
痛くはないが痒い。そんな存在をチンピラが見逃すはずもなく、実際今、黒ずくめの男は襲撃を受ける直前である。
黒ずくめの男は相変わらずゆらりゆらりと歩みを進めている。そして彼の後ろから小柄な男が一人、十分な距離を持ってついてきている。気づかれぬよう慎重に。
黒ずくめが角を曲がったタイミングで小柄な男は一気に距離を詰める。靴も防音のものを使用しているため足音の心配はいらない。
七メートルほど離れているだろうとある程度予想をして角から顔をのぞかせる。
すると驚くことに黒い影はわずか一メートルしか離れていなかった。
さらに驚くことに、無機質な漆黒の仮面を視認した時にはすでに視界はしゃがんだほどの位置にあった。そこから彼が痛みを感じ、意識を失い、命も失うのに一刹那。
黒ずくめの男は小柄な男を一太刀で絶命させた。チンピラの急襲作戦、あえなく失敗。
しかし今回のチンピラは本気、マジだ。はなからこのようなセコイ戦法が通じるとは考えていない。
何事もなかったかのように歩く彼の前方を四人のガタイのいい男たちが塞いだ。後方も同じように塞いだ。
一対八。間合いは遠間。黒ずくめの男の長剣ではギリギリ届かない。まだ鞘から抜いてすらいないのだが。
対してチンピラたちの手にはバットやら斧やらナイフやら、しまいにはレンガを両手に持つ男までいる。こちらもギリギリ届かないが圧倒的な数の差で有利。
「おいおい、てめぇ最近ここら辺で勝手なことしてくれてンじゃねぇかよコラ、ウチは甘くねぇからよ、ここで死んでもらうぜぇ?」
一番体格のいい、ゴリゴリマッチョな男が威嚇する。しかし黒ずくめは一切動じなかった。
否、強く反応した。動きとしてはごく小さいものだ。しかし、柄尻を指先で撫でるその動作からは強い殺気が感じられた。
「オラアアァァァ!!」
先に動いたのは前方の四人。彼らは大振りでそれぞれの武器を振り下ろす。黒ずくめの男はそれを最小限の動きでゆらりとかわす。
「クタバレェッ!」
しかしそのタイミングを狙って後方の四人が同時に攻撃を仕掛ける。
そこで初めて黒ずくめの男の長剣が抜かれた。つや消しの施されたそれは彼と同化するかのような黒。それが伸びる影のようにチンピラを襲った。
彼はそれで一番右の斧の首の部分を叩いた。斧の凶器となる部分は左へ飛び、隣の男の腕を切り落としその隣の男の動きを止めた。
「ヒィィッ!」
長剣は最初の斧の持ち主と腕を失った男の首を同時に斬り飛ばし、黒ずくめは勢いで半周回って挟み撃ちの状態を難なく抜け出した。
「クソガァァ!」
そのあとはさらに簡単だった。二人組で順番に攻撃してくるチンピラの命を着実に刈り取る。
あっという間に勝敗は決した。黒ずくめの男は相変わらず何事もなかったかのようにゆらりゆらりと、きた道を帰り始めた。
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次の更新は九月頭になるかと思われます。




