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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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5.お一人様

 



 時は進まず、快が魔法陣第一巻で勉強している日々。


 快はここのところ勉強、自己分析といった脳みそを使うことが多かったのだが、やはり休憩というものは必要であった。


 もちろん脳を使った後の休憩には運動が一番いい。ということで快は今中庭に出てナイフを持って戦闘のシミュレーションやナイフを振る練習をしている。


 もちろん理由はここが異世界だから。異世界で鍛えないというのは全く愚だ。レベリングしなければ。


 今日は休日ではないので学生自体は今構内にたくさんいるのだが、いつかにも述べた通りここの学生は皆真面目なので講義の時間であれば中庭には誰一人いない。


 ということで平日に中庭で暴れることができるのだ。窓からは丸見えなのだが。


 イアンナとエレシュとの生活にも慣れてきたタイミングで、仲直りも済んだというのにいまだ一人で過ごし続ける日々。こうしてハードなことをしなければ孤独感を紛らわすことができない。


 というのは快の深刻な問題だ。




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 とりあえず最初はナイフを最短距離で相手に届かせる振り方をしっかりと確認しようと考えた。


 コール戦では特に何も考えずに闇雲に妄想に従って振っていたのだが、絶対にこれではいけない。


 陽魔法の魔法陣とエンリルにもらった自動治癒のおかげで疲れを感じることがないので振り続けることができる。まさにチートだ。


 これのおかげで元の世界ではできなかったほど練習できる。


 まず右手。右手には長い方を持っているということもあり割と最短で振れている。


 しかし内側に向かって振る時に刃筋がブレやすい。


 関節の問題もあるため致し方ない部分もあるのだが、これでは実戦で泣きを見るだろう。なので振る、振る、振る。


 手首を意識して振ると、十回に一回から七回に一回、さらに五回に一回と振れば振るほどうまく振れる回数が増えていく。


 それで三百六十度どこからでも刃筋正しく振れるようになるのに丸一日かかった。朝食をとり勉強した後から真っ暗になるまで、ご飯も食べずに振り続けた。


 もちろん元の世界ではそんなことはできなかった。


 努力したのは自分、しかしそれを可能にしたのは他人から借りた力。どこか情けない。


 快は大きなテーブルで一人、冷めた夕飯を口に運びながらそう考えていた。




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 翌日、快は前日の勉強時間が過去最低だったことに気付き、その日のナイフ練を完全な休みの日にしてひたすらペンを走らせた。


 もちろん途中で何度も左手の強化をしたくなった。


 しかしその度に自分が魔法を使えないと分かった時のあの気持ちを思い出し、魔法陣に励んだ。かなり進んだので満足した。




 さらにその翌日、この日は勉強七、ナイフ三を目安に行動した。


 左手はやわらかく、どの角度からでも刃筋を立てることができていた。しかし、ナイフが軽いためブレやすく、それの矯正が必要だった。


 さすがにそれをたったの一日で直すことなどできず、結局三日経ってしまった。


 一週間はあと七日間。


 一通り振り方を矯正したとなると、より冴えのある振りができるようになるには慣れしか方法がないので、あとできることは足運びや連続技くらいだろう。


 そう考えた快は、練習時間を少しだけ減らそうと思った。なぜならこれはコツコツ積み重ねた方が圧倒的に有効だからだ。


 ということで勉強七、ナイフ三から勉強七、ナイフ二、完全なフリーを一の割合で時間を分けた。


 今までは純粋な休憩時間自体はあまりとっていなかったのだ。




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 勉強。魔法陣第一巻をひたすら進める。概要の部分はすでに終え、今は魔法陣の歴史について学んでいる。


 物語形式とまではいかないが、だれがどういった経緯でどのように開発したのかを詳しく分かりやすく述べており、非常に面白い。


 メモを取らなくてもほぼ完璧に覚えられた。もちろんチート万年筆のおかげでもあるのだが。


 そんなこんなで七日間かけて第一巻の残りは全て終えたのだった。




 ナイフ。七日間で改善できる要素などたかが知れているのだが、元の世界では剣道部に中高で所属しており、どちらでも部長だった快はナイフの扱いにもほんの少しくらいのセンスはあった。


 まず足捌きに関しては、剣道のすり足なんていう技術は一切無視し、魔法陣の力を借りてダッシュで一気に近づいて斬りつける方法がベストだと考え、それの練習をした。


 しかし踏み込みの方法は剣道でのやり方が身に染みており、またそれがベストだと思われたのでそれを採用した。想像以上のスピードとパワーが加えられるのだ。


 次に連続技。これは慣れでしか改善できない。相手に避けられた、捌かれた、防がれたなど、それぞれの状況からどうやったら一番簡単に相手にナイフを当てられるか。


 コールは魔法陣ありきの戦い方だったので、これに関しては今までノータッチだ。


 連続技で一番重要なことは足捌きだ。一発目の後、重心が前に移動してしまうと次の一歩を踏み出すことがほんの少しだけ遅れてしまう。


 それが命取りになるのだ。だからと言って背筋を正しくし過ぎると今度は相手にとって的が大きくなるも同然だ。


 なのでその適切な姿勢というものを模索し続けた。


 模索すると言っても頭で考えるわけではない。中庭の端から端までを仮想の相手に向かっての連続技で渡る。


 前に出ながら振る練習をしていれば前に出ていなくても振ることができる。逆に前に出ないで振る練習しかしていなければ、前に出ながら振ることはできない。


 ひたすら振る。中庭を縦横無尽に駆け回りながら振るようなこともする。


 しかし休憩時間中にしか振っていないということもあり、結局この七日間では全然満足することができなかった。そしてもちろんその後も練習は続けた。




 ところで、学生たちの間では黒髪が中庭でナイフを二本ぶん回していると話題になっていた。




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 さて、完全なフリータイムで快は何をしていたのか。


 それは本人としては大学の中を散歩していた。


 しかし本人も認めない本当の目的はイアンナとエレシュを見つけることだ。


 快は自分にも嘘をついて『散歩』していたのだ。さすがに朝昼晩の食事以外では他人の顔を見ないということは人間としてかなり精神的負担がかかるのだ。


 ということで無意識的に二人を探す快はやはり他の学生の目を引いた。黒髪の少年がフラフラと歩いているのだから。


 ほとんどの日で二人には会えなかった快だが、最終日には『たまたま』移動している二人に会った。


「あれ? 快、なんでこんなところにいるんだい?」


 ようやく会えた。その事実に口元のにやけを抑えきれていない快が、二人にはどこかやつれているように見えた。


「いや、ただ休憩で散歩していただけだよ」


「どこか体調悪そうに見えるのだけど、大丈夫?」


 イアンナは心配そうな顔をして快の顔を覗き込む。


「えへ、いや大丈夫だよ。最近かなり忙しくてさ、疲れが溜まってるんだよ」


 だらしない声を出してしまったがエレシュにも咎められなかった。それほど快は緩んだ顔をしても疲れていそうだった。


 しかし、はやくも話題に困ってしまった快は気難しい顔になってしまい、なんともいない空気が流れた。


 すると突然エレシュが話題を出した。


「そういえば、快は最近中庭で暴れたりしてないかい? ボクの耳によくない噂が入ってきたんだよ」


「あ、私にも! 黒髪の少年がナイフを振り回してるって」


「ああ、振り回してるよ」


 責められるのが怖いので返事が自然と短くなる。


「はぁ、やっぱりか。周りの人たちにおかしな誤解をされたくなければナイフを振り回してはいけないよ」


 エレシュのありがたいアドバイス。


「何でだよぉ! あぁいいよ言わなくて、分かったからぁ」


 気持ちとしては振りたい。しかし普通に考えれば振らないことが正解だ。なぜなら自分が黒髪だから。


 ということでその翌日、中庭でナイフを振り回す少年は現れなかった。


 さらにその翌日は、頭に布を巻きつけ髪の色が分からない少年が一人、ナイフを振り回していたという目撃情報が出た。




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 シン都を黒髪の少年が一人、歩いている。


 少年は全身を黒に包んでいる。


 真っ黒な頭髪をまるでベートーベンのように伸ばし、顔は真っ黒な仮面で隠している。そしてこれまた真っ黒な手袋をはめた手は優雅に振られている。


 身を包む衣は彼にまとわりつく影のようにやわらかく、地面をわずかに擦るマントは彼の一歩一歩踏み出すのに従って波打つ。


 そして腰には一振りの長剣が、これもまた真っ黒な鞘に収まっている。


 そんな彼は今シン都下層の裏路地を歩いている。栄えた町の裏路地で何が起きているかなどはすでに想像しているだろうが、全くその想像通りだ。


「おいおい、どうするよこのねーちゃん。メチャクチャかわいいじゃねぇかよ!」


「だなぁ兄貴ぃ!」


「そっすねぇ!」


 男三人が口を歪ませて一人の女性に歩み寄る。女性はというと突然の恐怖で腰が抜けてしまい声も出ない。


 正に男たちが女一人にたかっているような状態。


 子分と思われる二人が左右から腕と足を抑え、兄貴と呼ばれていた男が鼻息を荒くしながら女の衣服に手を伸ばした時、少年がゆらりと角を曲がり姿を現した。


 男たちからは彼の姿を見ることはできない。そして彼のはくブーツには消音機能があり足音が聞こえない。


 また長剣にも鍔鳴り防止が施されているため、彼の発する音はマントが地面を擦る衣摺れの音しかない。そして興奮した男たちがそれに気がつくことなどありえいことで。





 重なったように聞こえたドサッという音に、先ほどまで固く閉じていた目を開いた女性の目に飛び込んだのは、果たして全身を黒に包んだ少年と、頭のない身体三つ、そして先ほどまで目の前にあった顔が三つだった。


「…………誅」


 一言も声をかけずに男たちを一息に殺した少年から初めて発された言葉はそれだけだった。




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