2.お掃除は定期的に
タイラーゲート陣営はそれぞれの事後処理を終えて、ようやく本当に騒動から離れることができた。
ところで、イアンナとエレシュは現在ケースリット大学に通っている。騒動の始まる少し前から授業が再開し、快の言語レッスンも昨日の最終回までは、数週間授業が休日だけになり平日は自分で進めなさいと指示されていた。
したがって騒動の真の解決の翌日、快は暇を持て余していた。
「あぁー、何しよっかぁ」
大学構内は当たり前ではあるがケースリットの学生で溢れており、地理の自習をしようと思い教室や研究室へ行くと学生に誰だという目で睨まれ、ならばと思い図書館へ行くとそこもたくさんの学生に使われており、座ることはできたと言えば出来たが、座ってはいけない雰囲気を勝手に感じたきり逃げるように飛び出してきた。
街に出るにしても土地勘が皆無なのでなんとなく心配だ。彼はこの行動力の無さで人生損ばかりしているのだが本人はむしろこの方が良いと信じている。何事も偏り過ぎは良くないのだが。
仕方がないので昨日女子二人に襲撃を受けた中庭で昼寝をしようと思いのんびりと足を運ぶ。
「……げげっ」
なんともやる気の出ない声をあげた快の視界に収まったのは、いつの世もどの世界でもいらっしゃるリアルに充実した方々だった。
快は何事もなかったかのように自然な動きで身体を一棟に向けて再び歩き出した。
そもそも快は比較的顔は整っている。その上高校では偏差値八十近辺をウロウロしている感じで中学の頃はクラスメイトは眼中に無かった程優秀だった。
そんな快が不人気なはずもなく、常に一定数の女子にはストーキング紛いの事もされていた。
そんな彼がリア充を避ける理由。それは、彼が一度もそっち側になったことがないからだ。なぜそのような結果になったのか、それは彼の性格に原因がある。
もちろんそれは極悪人で常に人が嫌がることをしようとするということではない。彼は一連の騒動ですでに発覚した通り他人を信頼していない。不良品の駒としか他人を考えていない人間がどのような顔で他人を眺めるか。そう、品定めをする顔だ。
顔のどの部位がどう動くかとか、そう言った明確なものではないが強い不快感をもたらされる表情。彼はそれで他人を見ている。したがって先程述べた一定数の女子はややMが入っているかと思われる。
彼の学生時代の話はこれくらいにしておこう。
とにかく彼はリア充に一種の劣等感を感じているのだ。そして決して自分がなれないとも考えている。そこで自室に戻ろうと考えることは何ら不思議ではない。
そこで快は思い付いた。
「掃除しよう!」
暇な時間が大嫌いな快はこれから何をするのか決定したので、足取り軽く階段を上っていった。
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部屋についた快は真っ先に窓を開け放った。本当だったら今頃中庭でゴロゴロしながら眺めていた景色を見て動きが止まる。
藍の色を薄めに薄めたような、軽くて優しい色の空を走るように浮かぶ筋雲。
今の快にとって、この軽やかな空の様子は弾むような開放感に拍車をかけた。
快はいつも通りのこだわりの掃除を始めた。まず机や棚、ベッドのシーツなどを全て床に並べる。その上で家具のホコリを余ったタオルで拭き払う。いつかにもメイドさんの存在を確認しているのでいることにはいるのだろうが奥の部分までは完璧に掃除しきれていない。
そういえばメイドさんのことはあまり知らない。住み込みではないのかもしれない。
そんなことを考えていると第一段階はすぐに終わってしまった。次に快は床に並べた物たちを窓辺に出て拭いたりホコリを叩き落としたりしている。こちらも本があるわけではない分すぐに終わり、早くも元の位置に置き直す作業に入った。
こちらも物が少ないのですぐに終わってしまった。しかしそこで昼の時間になったことが知らされた。
イアンナとエレシュには食堂での食事に何度か誘われていたのだが、やはり自分が部外者扱いされていることが気になり食事が無理そうだと感じたのと、何よりも構内での他の生徒の二人への視線がすごく、以前一緒にいることが苦痛だったのでクローヴィスと一緒に食べることにしている。
大学での二人の注目度は半端ではない。
容姿端麗、名実ともに超優秀なイアンナ=タイラーゲート。そして彼女の次席であり、教科によっては彼女よりも優秀でこちらも容姿端麗なエレシュ=セルバントス。さらにこの二人は朝も昼も夜も一緒に過ごしている。
クローヴィスとクルラのような二つ名こそ存在しないが、二人はセットで見られていた。そんな関係にいきなりよく分からない奴が入ったとなると大学全体で快に注目してしまう。もちろん悪い意味で。
二人は慣れているので全く気にしないで快に一緒に来いだの何だの声をかけるが快からしたらとんだ大迷惑だ。ということでクローヴィスとのやむを得ないランチタイムがここ最近の習慣だ。
「どうだい、この世界は?」
フランスパンにオリーブオイルをかけながらクローヴィスが尋ねる。
「のどかで良いですね。元の世界ではかなりハードな日々を送っていたので、人生の夏休みに入った気分です」
「そうかそうか。ところで君はエレシュに正史について話しは聞いたことがあるんだっけ?」
クローヴィスがビジネススマイルを顔に張り付けてそんな話題を振ってきた。快が頷き返すとクローヴィスは満足げに笑い説明をし始めた。
「快君、この世界は不思議なものでね。何せ神が存在するんだ。彼らからすれば必然である出来事も私たち人間からしたらそれはもはや奇跡だ」
「そして私は過去に二枚、この世界の常識を覆す資料であるプレートを発見、回収したのだ。そこには今まで見たこともない文字で何かが記されていた。もちろん二枚しかないので解読も何も無い」
内容に反してクローヴィスはだんだんと熱くなる。
「しかしそのプレートは明らかに私に囁いたのだ。十三枚集めろと。そうすることでこの世は本来の平安を得ることができると。そして同時に教えてくれた。この世界の神は殆どが石像の状態にあると」
エレシュも同じことを言っていた。しかしそれは閣塔にあるから全員が知っていることかと思っていたが。
誰かが情報操作でもしているのか。
「本来は十三人の神と半神が治めていたこの地であるが、神々は自らの主張を推しすぎだったらしい。そこでこのプレートの創造主は最も優秀で冷静な判断を下すことのできる自分以外を口を開くことのできない石像という存在に根本を変えたらしい。そしてその力をプレートに移し各所に置くことで国を守っていた」
「しかし今プレートの力を集める必要があるらしい。詳しくは語られなかったのだが、これは私の使命だと思うのだ。全力でプレートを集めこの世界を想像もつかないほど素晴らしいものに変えることは人間である私が神の啓示を受けたならば断ることのできない仕事だと思わんか?」
クローヴィスは狂ったかのように快に説明した。クローヴィスはかなり怖いがこの話自体はかなり面白い。まさに異世界転移した感じ。
「ええ、かなり面白い話ですね。校長もしながらそんなに大きなプロジェクトを抱えているとはすごいと思います」
言い方が硬いので本心ではないようだが本心だ。自分も関われたら楽しいと思う。しかし一昨日かなりの迷惑をかけてしまったので今はお願いしていいタイミングではないと思い、適当に相槌を打って自室に帰った。
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自室に戻ると、快は床掃除を始めた。乾拭きでホコリなどをしっかりと取り除き遂にお楽しみのナイフと魔法陣の整理、整備に入った。ちなみに今日の掃除の目的は半分がこれだ。
まず魔法陣。これはいくつかにシワが入ってしまっていたが、手で伸ばすとすぐに元のピンとした状態に戻った。端がよれて破けたり穴が開いたりはしていなかったのでもしかしたらコールの物のように普通の紙ではないのかもしれない。
改めて見ると本当に魔法陣だった。複雑な模様がいくつも重なっておりこれを開発した人物の脳みその中を覗いてみたくなった。
これを丁寧に重ねて机の引き出しの中にきちんとしまう。あまりこれに頼るような出来事に出会いたくないというのが本音ではある。
次にナイフ。ニンガルから貰ったあの黒いシルクが目が細かくちょうど良いのでそれで拭くことにした。
考えてみれば例の戦闘ではナイフの刃こぼれのことなど全く考えずにザクザクと斬っていたが、不思議なことに刃こぼれなどは全く起こしていなかった。おそらくこれにも魔法が付与されているのだろう。恐るべし。
しかし脂はやはりベトベトで、血糊は拭かれて赤みは残っていないもののこのまま保存するのはよろしくなさそうだ。
しかし拭いても拭いてもベタベタは取れず、比較的そういった作業的な仕事も難なくこなすことができる快も今回に限っては匙を投げかけた。
ということで急遽木の枝の伐採に出かけることにした。
一見因果関係が無さそうではあるが、ナイフにはすでに刃こぼれ防止の付与が九割約束されたようなものなので、ある程度の雑な扱いは許されるだろうという甘えと、何となく木を切ればベタつきも解消される気がするという実に突飛な因果関係の上で完璧な行動選択だった。
幸いにも、ちょうど多くの学生が講義中で中庭には誰一人いなかった。そこで何となくボサッとした感じの木を見つけ、手当たり次第枝を切り落としていった。
当然ながら陽魔法の魔法陣を携帯しているので、飛び回るように枝から枝へと渡り、気付くとその木はハゲかけていた。楽しくなってしまった。反省。
流石にやりすぎたと感じた快はそそくさと退散した。おかげでナイフは元通り普通の輝きを取り戻した。
快は自室に戻るとそのまま眠気に襲われ、ベッドに倒れこんでしまった。
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快は夢にあの嫌な老人を見た。
「貴様、あの馬鹿な赤毛の男と共にプレートを探せ。十三枚全てだ。貴様にとっても何ら損はないぞ」
以前と変わらず傲慢な口調。しかしそれを心のどこかで許させてしまう威厳、迫力。しかし快は屈しない。
「なんだ、テメェは頭のおかしいクズかと思ってたが世の中の平和は望んでんのか」
クローヴィスの話によるとそうなるはずなのだが、どうにも信じることができない。
「当然だろう。私はこの世界を最も美しい形に導いてやる」
快は疑っていることを隠さずにエンリルの顔をにらんだ。しかしエンリルは全く動じず言葉を続ける。
「そのために貴様にはもう一つ力を与えてある。せいぜい頑張るんだな。ちなみにその続きの指示はその時が来たら出してやろう」
「なんなんだよテメェ! いちいち偉そうな口利きやがって!」
エンリルにはまだまだ言いたいことがたくさんあったのにも関わらず再び意識が遠のく。
力とは一体なにか。プレートの創造主もお前なのか。だとしたらクローヴィスと自分は何なのか。
次の瞬間、視神経を刺激したのは出たばかりの朝日の光だった。
そしてこの光は新たな代理戦争の幕開けを示唆したものとしてしばらく後の快は記憶している。
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