19.作戦・終
大男を斬り捨てた快は店の裏にあった地下への入り口をすぐに発見した。
誰かに見られるとかなり面倒なので、なるべく人に見られないようにと素早く身を中に入れた。
中は思っていたよりも暗くなく、水が流れているところの両脇にある少し高い部分を普通に歩くことができた。
下水特有の腐った臭いも、呼吸がままならないと言うほどではなく、にいちゃんたちが誰か住んでいるといった内容をこぼしたことからもそれなりに整備が施されているのだろうかと思われた。
快は先ほどの戦闘で二本のナイフにこびりついた血糊を太ももの外側で丁寧に拭き取り、軽く構えた状態で辺りを見回し、匂いを嗅いだ。
奥の方からおかしな臭いが漂ってきた。一度も嗅いだことのない、何から臭うのかすら想像できない不可解な臭い。
心臓の音が頭の中を支配した。先程の大男との戦いでは、日頃から積み重ねていた妄想からの引き出しで陽魔法の効果を最大限活用することができたので簡単に勝てたが、今回は違う。
相手はおそらく快の侵入に気がついている。自分の心音しか聞こえない場所で風も吹いていないのだから、少しでも内部の状態が変われば何かしらのサインが表れてしまうはずだ。
待ち受ける敵、待ち続けるニンガル。そしてそこに突っ込む快。
今までの妄想の引き出しからベストな暗殺法を模索して、いわゆるイメトレをして気を紛らせようとするが緊張が全く解けない。
「初心者パックゲットしてからの最初のボスなんだから余裕だろうが!」
とりあえずそう自分に言い聞かせて、いざ敵の本拠地に。
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臭いを辿って歩くこと三分。もう少し早く着くかと思っていたが、音を立てずに歩いていたことと中が緩やかにぐるぐると回っている構造だったために思ったよりもかかってしまった。
直角に折れ曲がる、水路から外れた空間があると思われる場所からは光が溢れ、角を曲がる前からその先に目標がいることがすぐに分かった。
壁に沿って歩き、角の先を覗き見る。
その先には檻とそこに閉じ込められたニンガル、大きな机。そして大量の紙が散らかっていた。まるで何かの研究室だった。
見回してみたが特に不審な人影はなかった。逃げたか、どこかに隠れているか。おそらくどこかに隠れているだろう。
いずれにせよこの先に飛び込んで行く必要はある。むしろおろおろしながら入って行っては相手にとって良い的だ。面白くない。快は飛び込むことに決めた。
ところでニンガルは彼女のことだから快の救出には気が付いているはずだが何もサインを送ってこない。一度だけこちらをチラと見たきり、こちらを見てこない。となるとやはりどこかに隠れているのだろう。敵にバレないようにしてくれている。
そこで、敵の急襲にも注意しつつニンガルの救出方法を考える。
敵が出て来なかった場合。まずニンガルを檻から出す。それから敵について詳しく聞き、叩く。
敵が出てきた場合。魔法を使うか否かに関係なく距離を潰し、ナイフの間合いに入って、一応利き手と思われる手を切断し、それから首を吹っ飛ばす。
ーー完璧完璧。長田快、お前なら余裕だ!
模試の前の要領で呼吸と気持ちを整え、最高のパフォーマンスを発揮できるよう集中する。わずかに走る心臓から感じるアドレナリン。
快はニンガルにも負けないほどの超高速度で広くなった水路の一部分に躍り出た。
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飛び出した快は二歩目から世界が遅く見えた。よく聞く話だ。緊張していると時間が長く感じるという状態を自ら体験して、少し嬉しい。
ーー興奮していると短時間でもこんなに脳みそ回るもんなんだな。
否、全く短時間ではなかった。
快は自分の身に起きている異変に気付くことなく風の魔法を全身に食らった。
「ガァァッーー!!!」
続いて迫り来るのは大量の縄。まるで意識を持っているかのように快の体をきつくきつく縛る。
「ぅっ…… や、やめ……」
快の頭が今度こそ超高速で回る。
ーー何がいけなかった? そんなこと飛び出したことに決まってるだろ! でもあの速さならこんな魔法当たるはずない! 異変を感じなかったのか? 異変? 異変! 遅かった? 遅かった!
そのとき、散らかっていた紙が快の目に入った。そこにはなんと、魔法陣が描かれていた。
「く、そがぁ……」
おそらく三段階にでもなっていたのだろう。一段階目で陰魔法でも使って動きを遅くする。二段階目で攻撃。そして最後に縛り上げる。
完璧な策だった。いや、この世界の熟練の殺し屋なんかからしたら幼稚な仕掛けだろう。しかし快はこの世界に来てまだ一ヶ月もたっていない。ましてや戦闘など初めてだ。
つまり、快は馬鹿みたいに馬鹿みたいな策にハマったということだ。
快がもはや身動きが取れなくなってから、部屋の主が現れた。
主はなんと、机の引き出しから出てきた。下の方にある一番大きな引き出し。そこからひょろひょろとした二十歳少しくらいの男が出てきた。神経質そうな顔をひくつかせながら笑って。
「いやいや、ケースリットにいる方々は何故こんなにも僕の策にかかるのですか。頭悪くないですか。それとも僕が優秀なんですか。いや、それはないのでしたか。いや、あれは偶然でした。そうです、僕は優秀なんです。だから二人も釣れたんです。そうですそうです。で、君は誰ですか」
男は中学生の制服のようなブレザーの上に白衣を羽織っており、灰色の短髪とゾンビのように白い肌が特徴的な外見だった。
快は高校で彼のような人種は何人も見てきた。人付き合いよりも勉強が大好き。成績は優秀だが何となく嫌悪感を抱かれがちで、少し傲慢。身の回りにたくさんいた。むしろ自分にもそんな一面があった。だからこそ実際付き合ってみるとメチャクチャ良いやつで…… いや、関係ない。
「っ、おれは、おさだかい」
今まで〔斬られる〕という経験の無かった快にとって、この風の魔法はとてもよく効いた。魔法陣だから威力が相当弱いとしても精神的ダメージもかなり大きかった。
「なるほど、なかなかに面白い名前ですね。ちなみに僕はコール=キーンです。それにしても本当に君達は馬鹿ですね。ケースリットの人間はもう少し賢いかと思ってましたけどね。そもそもケースリットは僕ですら入らなかった名門ですから。
僕がケースリットに落ちてどれだけ辛い思いをしているか分かってますか⁉︎ そもそも三重の両親から生まれたにも関わらず二重で魔法が使えない。生まれた時から不良品だった。だから僕は魔法陣の収集に没頭した。自分にはない力を与えてくれるから。うまく扱うことができると両親が喜んだから。
それから勉学にも励んだ。地元では他とは圧倒的に違う脳みその出来だった。だからケースリットを受けた。そしたら落ちた。落ちた。訳がわからない。なんで。なんで? 両親も何故かこちらを見てくれなくなった。だから僕にはもう魔法陣しかない。僕のこの才能を使ってこの僕を蔑ろにしたケースリットに復讐したくて仕方がなかった。そしたら関係者が二人も釣れた」
コールは勝手に嫌なことを思い出し地団駄を踏んだが終盤になるにつれて口角が上がってきた。
「で、何が目的なんだよ。そもそも俺らは生徒じゃねぇし」
「目的は教えられませんよ。そして君達が生徒ではないことも知ってます。何のために鼠たちを送っていたと思ってるんですか。そこの女が転移魔法で逆に来ることも丸わかりでしたよ。だからこうして彼女は今魔法が使えない状態で捕まってます。そして君は縛られてます。この二人がいれば大学から何でも貰えそうですね」
「何で、そんなにケースリットが嫌いなんだ」
「さっき言った通りじゃないですか。馬鹿なんですか」
コールはそう言うと魔法陣の描かれた紙を一枚拾い快に向けた。先ほど使ったばかりなので効果は耳の先と髪を切る程度の威力しかなかったが、いい牽制になった。
次にコールは机から別の紙を取り出し、ニンガルの入った檻に近づいた。ニンガルは明らかに怯えていた。次の瞬間電流が檻を流れた。
空間には思い出したくもない女性の苦しむ声が響いた。
それが止むと今度は気管のゼエゼエという音と混ざった、抑えきれていない嘲笑が響いた。
「オイ! やめろよクソ野郎! 」
快は気づくと叫んでいた。ニンガルの叫びは本当に聞いていることができなかった。とにかく、全力で叫んだ。
「ああ、うるさいですね。君から黙らせてあげますよ」
コールはそう言うとまた別の紙を取り出した。それを快の目の前に晒したかと思うと、快の体は刹那炎に包まれた。
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