15.不穏な影
イアンナとエレシュに魔法を実演してもらった休日はあっという間に過ぎ去り、再び勉強漬けの日々が戻ってきた。
「一週間経ったことだし、読むものも少しずつ難しくしていくよ。とりあえず今日は初等学校の国語の教科書から論説を拾ってきた。常識を知ることにも繋がるからいいんじゃない?」
ついに童話を抜け出した。論説には論説の特有の言い回しもあるので、なかなか良い方針だと思った。
「はいどうぞ」
「は? 解説は?」
エレシュがストライキを起こした。
「快、君はもうこの世界で生活するのに必要なレベルまでは最低限到達しているよ。それもたったの一週間で。テレパシーとペンの陽魔法の影響を加味しても異常な学習速度だよ。
ここまでのレベルなら、文章を五分割して授業の間に訳出し、最後に確認してしまえば十分だ。むしろ今の君に必要なのは会話と読解体力だ。同じ文章をのんびりやるよりも図書館の本たちに軽く目を通し続けることの方がよっぽど効果的だ。このボクが張り切って作ったプランを捨ててその方が良いと言うんだから、その方がいいんだよ」
エレシュは内心ではふてくされていたが、快に悟られてはいけないと思い全力で隠そうとした。その結果がこの早口なのだが。
もっとも、快が全て聞き取るのに五回聞き直したが。
「は、はい。わかりました」
快もエレシュの勢いに負け、素直に訳出に入った。
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昼食後の授業の後、図書館をふらふらと歩いていた快は魔法陣についての本がまとまっている場所にいた。
ちなみにエレシュは上の階にいて、時々椅子を動かす音が聞こえてくる。
先日に魔法陣がどれだけ弱々しいか実感した快は、魔法陣を独学で始め効果の高め方を学びたかった。
動機は簡単だ。異世界で自分も魔法を使いたい。それも、しっかり威力のあるものを。
まず入門と書かれている、教科書よりも易しい基礎の基礎だと説明を受けた本を開いた。
「読める! 思ったよりも読めてるな!」
自分が想像以上に読めていることに素直に驚いた快は早速一章を読み始めた。
最初は魔法陣の目的やら特徴やら、あまり実用的な内容ではなかったので、それだけで休憩時間が終わってしまったことはエレシュに顔をしかめられるほど快の機嫌を損ねた。
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夕食の席では初めてハブられなかった。というのも、異世界生活も二週目に突入したということでクローヴィスからの質問攻めにあったからだ。
「それじゃあまず、君の世界の言葉で自己紹介してみてくれ」
「君は魔法を初めて見たらしいが君の世界に魔法は無かったのかい?」
「政治のシステムはどうだったんだ?」
「君の世界の学問は? 宗教は? 騎士はいるのかい? 神は? そもそも生物が殖えるのにどういった方法があるんだ? 私たちと同じかい? 経済形式は物々交換? それとも貨幣経済? 国という概念はあった? え、数学? なんだいそれは? そんな概念があったのか! 今ここで根幹だけでも教えてくれないか⁉︎ 関数はどこか魔法陣の考え方に似ているな? 魔法が無いなら夜は火を焚くのか? 電気? やはり魔法を使えているじゃないか⁉︎ 移動は竜車か? 馬車か? コンクリートとはなんだ⁉︎ なんだ?なんだ?どういうことだ⁉︎ 教えてくれ! 教えてくれ‼︎ーーーーーーーーーーーーーーー」
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「づがれだぁ」
夕飯後にある一日最後の授業の始まり、快はまさに疲労で死んでしまいそうだった。
『ああ、あれは可哀想だったね。だから特別にこの授業では極力テレパシーを使ってあげるよ。故郷の言葉を使えば気持ちも落ち着くんじゃないかな』
エレシュもさすがに苦笑い。
『ぐすん、ありがとうボクっ娘』
当然ながらウル語に〔ボクっ娘〕に対応する単語が無いため、ここ最近はテレパシーが繋がるたびにボクっ娘と言っている。
『なんかあれだね、今日のそれはいつもより重みがあるね』
そんなこんなで授業が始まり、朝ごはんの必要性についての異世界人の見解を読みきった。
なんというか、真理に踏み込めていないと思った。魔法のせいで学問の発展する方向性が違うのだろうがぶっちゃけ読んでいてイライラした。
ーーーーなんてったって、俺は超絶理系の男だからな!
余った十分でエレシュとかなり砕けた会話をした。出会って一週間、元の世界では二週間しか経っていないが、一日中一緒となると、部活仲間とまではいかないが割と仲のいいクラスメイトくらいの仲にはなった。
『どうだい、ここでの暮らしは?』
『控えめに言って満足だな。待遇もいいし、やることいっぱいだし、美人二人に挟まれているからな』
ぶっちゃけ頬を赤くした照れエレシュを見れると思ったが逆に苦い顔をされた。もっとも、それは淑やかで美しく優秀な恋敵の存在に顔をしかめたのだが。
『あのね、実は、こっちの世界に来る前に一度別の世界を一回経由してるんだよね。そこでは散々痛めつけられちゃってさ、痛すぎてどれくらいの間そこにいたのかわからないくらい。だから最初にここに来た時はまた誰かに痛めつけられるんじゃないかって、不安で不安で仕方なかった。そしたらみんな俺のことを受け入れてくれて、すっごい嬉しくて。たった一週間しかここにいないのに、どんどんみんなのことを好きになって。こんなの初めてなんだ。だからさ、それだけでも知ってて欲しいっていうかなんというか……』
『フフフ、そうか。わかったよ』
『それから、ーーーー』
二人の間に流れる空気は説明する必要もない。
そしてそれがエレシュにとって良いかとかどうかは誰にも分からない。それだけは言えよう。
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二人で三棟を出ようと階段を降りていると物が擦れる音が聞こえてきた。
『エレシュ、聞こえる?』
エレシュからは首肯が返ってきた。どうやら快の勘違いではないらしい。それにしても何だろうか。快がこの大学の中で見た生き物はあの不気味な鼠くらいだったものだが。
二人で音の近くへ寄っていくと、小さな黒い影が目に入った。影には赤い点が二つ付いておりコソコソと動くその様子は嫌悪感を駆り立てる。
『なぜここに鼠なんかがいるんだい?まあ良いか』
エレシュは軽くぼやくと鼠に手を向けた。すると、鼠は完全に動きを止めた。
『ほう、賢いな。獣どもは情報遮断すると暴れまわってしまうんだがな、こいつはむやみなことはしないというのか。まるで優秀な人間だな』
エレシュはいつもの様子からは想像がつかないほど眼光を鋭くして鼠の尻尾を掴んで持ち上げた。鼠は怯えることもなくぶら下げられた。
快はこの状況に見覚えがあった。なぜなら、この間に快が捕まえた鼠もリアクションが無かったから。強く強く握りしめても、声を上げることなく光に還った。この世界の獣たちは賢いのだろうか。いや、先ほどのエレシュの反応からしてそれは無いだろう。ならば、この鼠の存在は人為的な出来事なのだろうか、いやそれは早計か。
とにかく、二人はその鼠の処理にかなり困惑していた。
すると、黒い影が、先程とは違い人の大きさの影が光の速さで二人に近づき音もなく鼠を奪っていった。
エレシュは何が起きたのかさっぱりわからないという様子で何とかして状況をまとめようとしている。
しかしヒントが与えられ、この世界について柔軟な思考をすることができている快には何が起きたのか何となくわかった。
前回と知識とを照らし合わせ、共通項を洗い出していく。
鼠、影、ニンガル、守護者、侵入者、人為。
異世界生活も一口に安全とは言えなさそうだ。
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エレシュは何か事情を知っていそうな快も含め、四人での情報共有が必要だと提案した。
そうして校長室に集まった三人と主は会議用の机のようなものの周りに座った。
『今は緊急事態です。四人で繋ぎましょう』
『エレシュ! 落ち着いて話し合うつもりはあるんですか? テレパシーなんか使わないでウル語でいいじゃないですか!』
『快がなにやら知っていそうだったので』
イアンナが冷たい顔で快を見たが、快は気づかなかったことにした。
『ほう、では早速話を聞こうじゃないか』
快はエレシュに事前に詳しい説明をするよう言われていたので歩きながら何となく話をまとめておいた。
『少しばかり長くなりますがーーーー』
『そうか、それはすでに動いているであろう警備の人間にも伝えておこう。なに、何かされて困るものは全て一棟にある。そして一棟は快君が見たように地下にある大規模な魔法陣で危険を入れさせない。優秀な警備もいる。少しばかり賢い鼠なんて問題ないよ』
『召喚された鼠だったら?』
『快君、それはありません。だって君が殺してしまった時、光になったんでしょう? 召喚された鼠なら死体が出るはずです』
『じゃあ誰かが作り出したとか』
『有機体を作り出すなんてことは魔法じゃできないよ』
『でも……』
快は三人がなぜここまで余裕なのかさっぱりわからなかった。どう考えてもおかしいのに。鼠の正体が結局わかっていないのに、正体を突き止めようともせず、問題は起きないだろうの一言で全てを終わらせてしまうその態度が全く理解できなかった。
『ということで、特に対処はしない方向で決定だね』
クローヴィスのその一言を合図に、それぞれは自室へ帰っていった。




