10.初めての夜 、初めての朝
快とエレシュは一緒に食事室に入った。中にはすでにイアンナとクローヴィスがおり、二人を待っている状況だった。
二人が席に着くとすぐさま料理が運ばれてきた。ハンバーグがメインの料理で年頃男子の快には非常に嬉しい内容だった。三人の家は一応貴族らしいので、快はブライダル企業の社長を務める父に教わったテーブルマナーに則った。するとやはり三人には少し驚かれた。
『これだけマナーがなっているなんて、快も向こうでは貴族だったのか?』
『いやいや、全然だよ。父は雇われ社長だったし』
なんて会話をしていると、イアンナ、エレシュ、クローヴィスの三人が会話を始めてしまった。帰り道にエレシュに予告されていたことではあるが、言葉の勉強といってもやはり疎外感を感じずにはいられなかった。
イアンナとクローヴィスも快を見てエレシュに何か言っていたが、エレシュが説明したらしく二人は気の毒な目を向けながらも納得してしまった。
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「そしてエレシュ、君には一日彼についてもらったがどんな感じだ?」
「最初は混乱してボクにも不信感を表していましたが、時々彼の意識の奥にボクが彼を受け入れようとしていると送ったので午後はかなり打ち解けてくれました」
「エレシュ、あなたそれだけじゃ無いような気がするのだけど? 今までにあんなに楽しそうなあなたを見たことないですよ?」
「イアンナ、ボクは異世界からやってきた彼に興味があるだけだよ。君だって実は話してみたいだろ?」
エレシュが落ち着いて返すとイアンナは途端に頬を真っ赤にした。
「べっ、別になんとも思ってないです! 唯一話せるエレシュが羨ましいなんて微塵も思ってません!」
「イアンナだって、そんなに動揺している姿見たことないなぁ」
エレシュがいじわるく笑った。
「まあまあ、当たり前じゃないか、異世界から来た少年を前にして興奮しない人などいようか⁉︎ いや、いなぁい! 私は彼に言われれば服だってーー」
「先生、それは……」
「お父様、ちょっと……」
【悲報】快への想いが最も強い人物、クローヴィスだった
なんて茶番もはさみながら、着々と快の報告会が進んでいく。
「まず早速彼のDNAを解析してみたのですがそれが面白くてですね、二重らせんのように見えなくはないのですが、それを示す部分の魔法陣が二本の線で描かれていて、細かいところが少しずつ違うんです。もしかしたら異世界から転移した影響でブレているのかもしれません。もちろん詳細は全くわかりませんが」
これに対しては二人も口を閉じた。原因が全くわからないからだ。
「情報が少なすぎるな。しかし彼が何らかの特殊性を持っているという可能性は排除してはいけない。なによりも異世界から来ているのだから」
「お父様、まだ彼が異世界から来ただなんて決まっていませんよ」
「イアンナ、先生が一目見て判断してボクが彼と一日過ごして確信したのだから、そうであると現実を受け入れたらどうだ?」
イアンナもあまり反論しない。彼女はやはり彼の転移を事実だとは思っているが受け入れようとはしていない。しかしそんな彼女の中途半端な葛藤もスルーされ報告会は続く。
「それから、彼は元々勉学が得意だったそうで特に魔法陣と地理に並々ならぬ興味を示していました。言葉は明日からボクが教えるのでご安心を」
「おお! それは良かった。私からもいくつか彼に教えておこう」
クローヴィスが何やら不穏なことを言っているのに対して、イアンナは何かを確信したような、不安そうな顔をしていた。
「何も変なことされませんでした? 何も探られませんでした?」
ついにイアンナはエレシュを心配するようなことを言い始めた。
「え? うん。大丈夫だったよ」
「そう、これからも油断しないでちょうだいね」
いよいよイアンナのせいで報告会が滞ってきた。しかしエレシュもクローヴィスもそれを咎めずイアンナの不安を取り除くことを優先していた。
「そして午後にはシン都を軽く回りました。獣人などの生き物たちには驚いていましたが、見ての通りキチンとした服も揃え、魔道具屋では記憶力強化と永久利用が付与された万年筆を頂きました。どちらも気に入ったようでボクもやり甲斐がありましたよ」
これに対しては二人がコメントをすることもなく終わった。
するとクローヴィスが締めくくりとして口を開いた。
「じゃあ今後の彼の扱いだ。まあこれは三人とも、彼を住まわせこの世界に適応させた上で元の世界に戻る方法をともに探す。で賛成だな?」
二人とも肯定してとりあえずの報告会は終わった。
『ということでとりあえず終わったけど、何か聞き取れたかい?』
突然に話を振られてビクッとした快は不満げな顔を向け
『できるわけねぇだろ! 何で文字も知らない言葉を聞き取れるんだよ!』
『まあそうか』
快とエレシュが楽しげに笑うのを真紅の瞳が恨めしげに見ていたのに気づいたのは父親だけだった。
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四人での食事が済んでからの校長室。
そこではクローヴィスが満足げに先ほどの振り返りをしていた。
「異世界から来た少年。帰りたい少年。おそらくエンリルの力でも借りれば彼は元の世界に戻れるだろう。そしてエンリルの力を借りるためにはエンキの謎を解かなければならない。優秀でこの世界にとってねじれである彼がいれば必ずエンキの謎を解けるだろう。そうすれば私の悲願も果たされる。ようやく、ようやくだ……」
彼は机の上に置いた五冊の本の一番左を取り、ペラペラとめくり昔に立てた異世界人の仮説を振り返っていた。
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快は夕飯が終わるとお風呂は体を洗うだけに済ませ、さっさと自室に戻り万年筆で試し書きしていた。
「永久利用って、壊れないのかな? それともインクが切れないのかな? どっちもがいいなぁ」
そう思って制服のポケットに入れていた生徒手帳を取り出し校則が書かれているページを塗り潰し始めた。
ーーーーまあ、インク切れたら大学から貰えばいいしね
校則と生徒会規則のページを全て塗り潰しても全く掠れることなくペンは走った。おそらくインク切れ無しはあるだろう。あとは壊れないのかどうかの確認だが流石にこれをやる勇気はなかったのでやめた。
しかし、何故か校則と生徒会規則を思った以上に覚えているがこれも陽魔法なのか。だとしたら、このペンは想像以上に便利だ。快は最初、このペンは書いた文字を覚えるのを助けるのかと思っていた。しかし、ペンはぐるぐる回しただけで眺めていた生徒手帳の内容を覚えているのなら、持っている間であれば何の情報であろうと所持者に影響を与えるとの仮説も立てられよう。
「え、これなかなかにチートアイテムじゃね?」
異世界転移初日、今日の収穫に満足しながら快は眠りについた。
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目が覚めた。緩やかに、自然に。
朝は平和に訪れた。
四人揃って朝食をとった。サンドイッチとヨーグルトとコーヒーの、健康的な食事だった。
ここでも快を抜いた会話と快とエレシュの会話が二本立てで行われた。
今日はちょくちょくエレシュが会話の内容を流してくるので一人称が何かくらいは聞き取れた。
また、朝食の席で朝風呂できるか聞いたところ、いつでも風呂に入ることができると教わり、快は朝一番に風呂場に入って様子を確認しなかったか事を後悔した。
ーーーー朝飯の後の風呂って何だよ
そんなことを思いつつ朝食をとり、エレシュと図書館で第一回言語レッスンを一時間後に始める約束をし、風呂に入ることにした。
まず自室に戻り、昨日買ってもらった服を回収した。ちなみに寝巻きには柔らかい生地の服が支給されたのでそれを着ていた。また、先に図書館についていたいと思ったのでついでに万年筆を取りようやく風呂場に向かった。
風呂は昨日説明を受けた通りに入ってみた。
まず弱酸っぽい風呂。ほんの少しだけ体の表面がぬるぬるした。テレビでこのぬるぬるは皮膚が溶けているんだとか言っていた気がしたので毎日これに入るのはあまり体に良くない気がして仕方なかった。
次に体を洗い、水風呂に入った。元々水風呂は好きで温泉旅行のときは必ず入るほどだった快は非常に満足した。
ぬるま湯はちょうど変な気分になるような温度であまり長く入っていたくはなかった。本当ならいつまでもいられるのだがこの後のことも考えるとやめておきたかった。
対して熱湯風呂は本当に熱く、一度水風呂に入ってからもう一度入った。今度はもう少しだけ良くなったのだが、一番効果の高い風呂を一番熱くするのはどうかしていると思った。
ーーーーこんなんじゃ入る気も失せるわ!
せっせと上がり用意されているタオルで体を拭いたあと、服を着て胸ポケットに万年筆を収め、大図書館へ向かった。
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