第6話
ごきげんよう皆様。私こと現在通称マーガレットは、本日もここ異世界にて元気に暮らしています。
ここまでのあらましをご説明しますと、私は仕事終わりに突然異世界へ飛ばされ、日本の女子高校生マリアちゃんと共に、ロベール王国にて聖女の役目を仕りました。どうも片道切符で元の世界には帰れないみたいですが、まあそこはご愛敬ってところですよね!
ここロベール王国では魔法という素敵な力を誰しも持っているらしいのですが、その力量は個人差があるとのこと。そして聖女である私たちには、一般人とは比較できないくらいの魔力があるそうです。それで、その魔力を使って、最近王国の北側を荒らしている野蛮な異教徒たちを蹴散らしてくれー!っていうことらしいですよ。
ちなみになんで聖女が2人も必要なの?と思ったそこの貴方。そう、私も最初そう思ったんです。そんな馬鹿みたいに魔力もってるんなら聖女って1人でいいんじゃないの?と。
そんなちょっとした疑問にも、大司教様が丁寧に答えてくれました。なんでも聖女にはちゃんと役割があって、それぞれ『盾の聖女』『矛の聖女』というんだとか。盾の聖女は優しくて慈悲深くて、どんなものも癒しちゃう超絶癒し系聖女。矛の聖女は強くて無慈悲で、どんなおっかない敵でもばんばん倒しちゃう戦闘系聖女。はい、役割分担がはっきりしていてとっても分かりやすいですよね。
じゃあどうやってどっちがどっちって決めるんだろう?次はそう考えますよね?はい、もう決まっています。マリアちゃんが盾の聖女で、私が矛の聖女。どうやって決まったかって?
くじ?じゃんけん?そんなまさか。大丈夫、そんな適当な決め方なんてしませんよ!ちゃんと、公正に決まるんです。どんな風に?そりゃあもちろん、大司教様による宣告ですよ!「貴女はその慈悲深さから盾の聖女、貴女はその強さから矛の聖女だ」って。ね?とっても公正で平等で、みんなが納得できる方法でしょう?
ちなみに大司教様の宣告っていっても、大司教様はまだ若くて経験も浅いから、賢くて優しい枢機卿のみなさんがちゃんと事前に相談してくれていたようです。枢機卿のひとたちも賛成していることなら、更に安心できますよね!
それで、今はそれぞれのお役目をしっかり果たせるよう、マリアちゃんと私は色々なことを教えてもらっています。主に魔力の使い方とか、蛮族たちがどれだけ酷いことをしてきたのかとか。あと、主のありがたいお言葉とかもたまにいただきます。
そして私は矛の聖女として、とうとう今回この国の戦う人たちを見学させてもらいました!一括りに騎士って呼んでますけど、戦う人にも色々な役割があるみたいですね。一番多いのは銃を持って歩いて戦うひと。でも一番の花形は、なんといっても竜騎士です。竜騎士って元の世界の歴史でも近世欧州あたりで活躍してたりしましたが、ここではなんと、本物の竜に乗って戦っているんですよ!文字通りの竜騎士です!
竜騎士さんたちは魔法で戦うのが専門なので、魔力が多い人しかなれないんですって。すごいですね!
他の騎士のみなさんは主に銃と剣を使って戦うんです。知ってます?銃って銃口から玉と火薬をこめて、ぱーんと打つと50メートルくらい先の敵が倒れちゃうんですよ!一回に一発しか打てないけど、隊列を組んで交代制で打てば何発も打てますし、騎兵のように馬に乗りながら打てば突撃力は抜群!
あとは魔法騎士っていう人たちもいます。これも竜騎士に次いで花形です。魔力が高くて魔法を上手く使える人たちが、呪文を唱えて騎士のみなさんの援護をするらしいですよ。何でも魔法を敵に打ち込むんだとか。攻撃魔法は一撃必殺型らしいけど、防御魔法はみんなで唱えることで強度アップ!みんなで力を合わせるって大事なことですよね。
竜騎士さんが空を飛び、重騎士さんが突撃し、軽騎士さんたちが一斉に攻めて、魔法騎士さんがみんなを援護する。こんな強い騎士団さんがいれば、どんな敵だってあっという間!ああ、なんて強くて頼りになる騎士団!ロベール王国万歳!
――失礼、重なる事実が毎度の如くあまりにも衝撃的だったため、意識が一時的に錯乱しておりました。
ここまで下らないお喋りを聞いてくれた諸君、こんにちは。私は先日この世界の主とやらに自由主義の鉄槌を下してやると心に誓ったわけですが、只今その意志を改めて固めているところです。
この世界に強制招集させられてから、兎に角私は個人の権利という権利を剥奪されていると感じること数多。更に戦略的ミスからキャリアパスにおいて少々ハードモードな道を選んでしまったことに臍を嚙む思いをしている今日この頃であります。
だがしかし時間は有限。Time flies like an arrow.なればこそ決まってしまった道で如何により良い選択権を得られるかが勝負。そう思って、今回私がこき使う、もといお世話になる前線配備の軍事力を把握してやろうと視察に来たのだが。
どうも私の考えていた軍事水準は、大幅に下方修正しなければならないようだ。
まず主力兵科は軽騎士。マスケット銃を持って戦列を組んで一発一発撃っていく。元の世界では旧時代の遺物と化している代物ではあるが、時代によっては主戦力だったのは知っている。重騎士も然り。寧ろ火器類の性能が下手に高度化されていないことで、弾雨の試練を免れたと考えれば、少々安堵の想いも無きにしも非ず。
しかし呆れたのは、魔法の兵科への運用力の低さだ。あれだけ「蛮族は魔法を使えない」と吹聴して回っているのだから、兵科はある程度高度な技術でもって運用されているだろうと思っていたのに、魔力を有した基本兵科が竜騎士と魔法騎士だけ?
竜騎士とは字の書いてその通り、竜に乗った騎士である。そう、言ってしまえばただそれだけなのである。竜を操るのも魔力がないと出来ないとはいえ、攻撃といえば、詠唱して術式を数発発するのが精一杯。対地攻撃力として竜自体の攻撃性を活用することは可能だが、それ以上でも以下でもなし。精々そのかぎ爪や牙によって敵勢力を屠るくらいのものである。つまり同様の航空兵科が存在した場合、魔法を数発飛ばしてあとは竜個体の戦闘力に任せるのみ。
極め付けは魔法騎士だ。これほど非効率な兵科は無いだろうと私は思う。だって、長々と呪文を唱えて一発魔法をお見舞いしたら、あとはみんなで詠唱して、防御膜を一生懸命張りましょう。でもクロスボウかなんかが運悪く誰かに直撃しちゃえば、防御膜は一気に崩れます。…なんだそりゃ?
対地砲撃というのは出来るだけ密にすることによって効果があるのであって、たった一発だけじゃただの試射である。対空砲撃なんぞ以ての外。そんな労力かけて試射一発しか打てないのなら、同人数で衛生兵でもやった方がよっぽど対費用効果が高いというものだ。
こんな代物で今まで戦争をして諸国を圧倒してきたのだとすれば、それはよっぽど運が良かったか諸国がまともな軍事機構も構成できない間抜けだったかのどちらかでしかない。
まあだからこそ、今新たな戦争形態を形成しつつある北方民族に押されているのだろう。彼らはクロスボウや投石機などの兵器を改良し、より長距離、より高高度への攻撃力を強化せんとしているようだ。更に炎鳥という魔力がなくても操れる大型の鳥類を調教し兵科とし始めているらしい。まだ重火器等の開発には至っていないようだが、火器・航空戦力の乏しいこの世界の戦争において、それは十分脅威足り得るのだろう。
「どうでしょう、我がヴィザンティ軍団は!」
そんな悲壮感を感じたからこそ、いっそのこと清々しいまでに自信を見せるこのヴィザンティ軍団長、即ち聖都軍団長とやらにうっかり殺意を覚え始めたりするのだ。
「そうだね、素晴らしいものだと思う」
ああ、素晴らしいとも。お前の頭が素晴らしく空っぽだということはよく分かった。だからその若々しい精悍さは、私にではなくそこらの女にでも振りまいておきたまえ。
「マーガレット様は矛の聖女様であります。ロベール王国全軍団一同、その聖なる御許にて存分な働きをお約束する次第です」
目の前で敬礼するのは、30半ばかと思われる青年。まあ青年といっても私よりは年上か。名をベルナール・ド・ギレムという。藍色の髪に蒼い目、その風貌は騎士然とした精悍なものだ。上背がかなりあるため、元の世界では高めのはずだった私の身長でも相当見上げるような体格をしている。
しかしこの軍団長、私を年下と見たせいか、それとも突如現れた聖女たるものに自らの兵をこき使われるのを嫌うせいか、どうも言動の端々に侮る気持ちが見て取れる。「存分な働きをお約束」などと言っているが、表情が「聖女とはいえ小娘なぞに戦争などできるものか」と言っている。
聖女だから云々という点においては、その気持ちも分からなくはない。自分の鍛えた駒を「主からの思し召し」だとかいう胡散臭い文句でもって現れたぽっと出の若い女にとられるのは、誰でも面白くないものだろう。
…だが残念ながら、私はその駒自体にこれっぽっちも価値を見出していない。ご自慢の兵たちが今まで散々北方民族に煮え湯を飲まされてきているということを、この軍団長殿は忘れでもしているのだろうか?今までの運用方法で勝機が見えないのであれば、新たなブレイクスルーが必要。その程度の発想力もないのだとしたら、こいつは使えないナイトの駒でしかない。
「ギレム軍団長、貴方たちの兵力はとくと見せてもらった。ついては私の方でも更なる兵力増強のための策を考えたいから、また後日議談の場を設けさせてもらっても宜しいか」
「聖女様のご要望とあらば是非に」
まあ十分その効率の悪さは見せてもらったから、ここから如何に私の労力を軽減させるか、じっくり考えさせてもらおうではないか。