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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
8/59

幕間 マリアの場合1



 私、坂下真莉愛はごく平凡な女子高校生だった。毎日大体同じ時間に学校へ行って、友達とお喋りをしつつ、授業を受けて部活を頑張って、帰りは塾にも寄って次のテストのことなんかを憂いつつ帰宅する。帰宅すれば温かいご飯と家族が待っている。そんなごくごく平凡で平和な生活。それが多少の変化をしつつも、これからもずっと続くと思っていた。


 でも、そんな日常は突然消える。

 なんと、異世界へ召喚されたのだ。しかも聖女として。


 「え、何この状況?」というのが最初の感想。そりゃそうでしょ、異世界転移なんて非現実的だし、小説とかでは読んだことがあっても自分に実際起こるなんて思う人はどこにもいない。

 しかもトラックに轢かれたりとか、階段から落ちたりとか、そんな特別な衝撃があったわけでもない。ただ休み時間に友達と話していたら、急に眩暈がして、気が付いたらあの場所に座り込んでいたんだから。


 おかげで最初は超パニック状態。隣に知らない凄い美人な外国人が立っていて、急に話しかけられたのもちょっとした混乱を生んだし。「え、何これ、なんでこんな外人美女が私に話しかけてきてるの?」その時の私の心境はこんな感じだった。


 その後イケメンな王子様やら美少年大司教様とかが出てきて、ここがロベール王国という国であること、自分たちが聖女として異世界召喚されたこと、この国を侵略してくる野蛮な人たちを倒して欲しいこと…とか色々説明があった。更に驚いたのは自分が魔力を持っていて、魔法を使えるってことだった。「魔法使えるとか、ほんとに異世界なんだ」何となく感じたのはそんなこと。

 ちなみに外人美女だと思っていた女の人はまさかの日本人だった。マーガレットさんというらしい。名前も全然日本人じゃないじゃん、なんて思いながらそのスタイルの良さにちょっと羨ましくなったのは余談だけど。



 ここでは皆からマリア様と呼ばれている。私たちを保護してくれているのは「教会府」という組織の人たちらしく、皆親切でとても信心深い。唯一神を崇めていて、よく「主の御加護がありますように」とか「主の御恵みに感謝いたします」とか言っている。

 正直私は宗教っていわれてもあんまりよく分かっていない。日本人はお寺や神社にお参りに行ったりするけれど、クリスマスだとかハロウィンだとかの行事は若者には定番だし、結婚式は教会で挙げたりする。葬式はお寺でするみたいだけど、別に普段からお寺でお祈りしたりするわけじゃないし。だから、この世界にきて全員が心から神様に祈っている姿というのはとても新鮮で、なんだか好ましく感じられた。


 それに、「神様がいる」というのは突然異世界に連れてこられた私にとって、すごく心の支えになる気がしたんだ。

 本当に突然すぎたので、数日経った今でも本当に二度と元の世界に戻れないという実感が湧いてこない。ううん、心の奥に漠然とした不安はある。でも、それを今直視してしまったら、ショックで立ち直れない気がしていた。

 当たり前だと思っていた家族、友達、その他の周りを取り囲む人々。それが一瞬にして消えるなんて、私はもちろん考えてもいなかった。高校を普通に過ごして、大学にいって、それから就職して結婚...という何となくなイメージはしていても、まだその日を生きることに精一杯の青春真っ最中な高校生。それが、急に壊されたんだから。異世界転移なんて言われても、何が何だかわからない。だけど言われた通りやっていないと余計なことを考えてしまいそうになる。そんな恐怖感。私はその恐怖に蓋をするのに必死になっているのかもしれない。


 だから、神様がいて自分のことを見守ってくれていると思うことで、少しでもその恐怖から遠ざかりたい気持ちがある。私は神様に見守られてる、大丈夫、何も不安に思うことなんてない。周りの人たちもすごく良くしてくれてるし、私はここで上手くやっていける。そう何度も心に言い聞かせていた。


 それでもやっぱり不安が押し寄せてくるときがある。そういうときは独りになりたくなくて、教会府の人たちに話しかけにいったりする。教会府の人たちは優しいから、いつでも嫌な顔をせず相手をしてくれるんだ。


 今も私は何となく誰かと一緒にいたくて、誰かいないかときょろきょろ辺りを見ながら廊下を歩いていた。

 すると、前から静かに歩いてくる人影が見える。近づいてきた人は、私だとわかるとにこやかに話しかけてきた。


 「マリアさん、どうしましたか?」


 「レオ!ちょうどよかった、今時間ある?」


 「大丈夫ですよ。何かご用件が?」


 「ううん、特別用事があるとかじゃないんだけど…ちょっとお喋りしたくて」


 「そうですか、そしたら中庭で座りながらお話しいたしましょう」


 そういって優しく答えてくれたのは、大司教であるレオ。彼は大司教という教会府で一番偉い人間で、一般市民が簡単に会うことはできない。でも、聖女である私は逆にたくさんお世話になっている人なのだ。

 しかもそんな偉い人でありながら、年齢は18歳。私の一つ年上。一つしか年が違わないのにこの国で王様と同じくらいすごい人だと聞いて、最初は本当に驚いた。でも、彼はそんな偉ぶった様子を見せることもなく、とても親切で優しくしてくれる。ロベール王国でもとても信心深くて美しい大司教様だと評判らしい。


 「何か不安なことでもありましたか?」


 ほら、こうやって私の思っていることをすぐ見抜いて声をかけてくれる。こういうところがすごいなって思うところなんだ。


 「うーん、これがっていうものがあるわけじゃないんだけど。ただ、最近私って魔法の使い方が下手なのかなあ、なんて思っちゃったりして…」


 最近ずっと悩んでいるのがこれ。

 私は聖女だから、人より魔力がたくさんある。魔力がありあまる程あるっていうのは制御するのに大変っていうのもあるけれど、それだけ高度な魔法が使えるっていうことでもある。だからその力をちゃんと使えるように、今は司祭の人たちに訓練してもらっているところなんだ。


 「まさか、マリアさんは十分魔法をお上手に使っていると聞いておりますよ。何故そんなことをお思いになったのですか?」


 私だって、自分がすごく下手なのかと言われればそこまでじゃないとは思っている。一応司祭さんに言われた通りには魔法を使えるようになってきているし、覚えるのが遅いわけでもない。


 「その、マーガレットさんはすごく高度な魔法をどんどん使いこなしているじゃない。最初から瞬間移動とかしちゃったし、あれって今までできた人いなかったんでしょ?他にも基礎的な魔法とかは全部覚えちゃってて、もう攻撃魔法とかも練習し始めてるし…。それに比べたら私って、まだ高度基礎魔法とか覚えてる最中だし、無詠唱で魔法使うとかできないし、なんか同じ聖女なはずなのにポンコツだなあって…」


 そう、マーガレットさんはもっともっとできる。


 マーガレットさんは『矛の聖女』に任命された、20代ちょっとくらいのお姉さんだ。私と同じ黒髪だけど、身長が高くて海外のスーパーモデルみたいなスタイルをしている、超絶美女。しかもすごく綺麗な目の色をしていて、本当に日本人だとは信じられない。これでも私だってクラスの中ではちょっとモテる方だったんだけど、マーガレットさんを見たら自信喪失した。平たい日本人顔じゃ世界に勝てない…。


 いやいやそんなことは今は問題じゃない。

 悩んでいるのは、マーガレットさんが外見だけじゃなくて中身も優秀だっていうこと。

 マーガレットさんは最初の魔力制御のレッスンのとき、一日かかるものを一時間もしないうちに終わらせちゃった。私は頑張っても半日はかかったのに。更に次の魔法の授業の時間には、ポールさんが簡単なものから順番に魔法を見せてくれるのに合わせて魔法を使っていくのに精一杯だったのに、マーガレットさんは一発目から超高度な魔法を簡単に使って見せた。しかも無詠唱で。ポールさんも「こんな事例があるなんて…」とひっくり返りそうになっていた通り、やっぱりすごくイレギュラーなことみたいだ。実際私も同じ魔法を使ってみようとしたけど、全然できなかった。しかも私はちゃんと言葉に出して神様に祈らないと、魔法が使えない。ここまで差があると、なんだか泣けてくる。


 「マリアさんが出来ないというわけではありませんよ。マリアさんは十分そのお力を発揮しているじゃありませんか。高度基礎魔法だって、そうそう簡単に覚えられるものではないんです。それを順調にこなしているマリアさんは、ちゃんと聖女としての才能がおありですよ」


 「でもマーガレットさんは…」


 「確かにマーガレット様はとても習得が早いようですね。私も、魔術式が存在しないはずの魔法まで行使できると聞き及んでおります。その能力は素晴らしいものでしょう。『矛の聖女』としてきっとこの国の大きな力になっていただけるであろうと信頼しております」


 やっぱりマーガレットさんは特別なんだ。ちょっと落ち込みかけて顔がうつむき気味になる。するとレオは、優し気な表情で語りかけてきた。


 「しかし、だからといってマリアさんが聖女として力がないということではありませんよ。マーガレット様はとても有能な方ですが、それとマリアさんの力を単純に比べることなどできないのです。そもそもマリアさんは『盾の聖女』、マーガレットさんは『矛の聖女』。同じ聖女とはいえども役割が違います。何もマーガレット様と同じ様にできなければいけないわけではありません。得手不得手というのは誰にでもあるものです。それに、恐らくマーガレット様はマリアさんより少し年上でしょう?きっと経験が多い分理解されていることも多いはずですよ」


 「そうかなあ…確かにマーガレットさんは私よりちょっと年上みたいだけど。大人の余裕っていうのもあるのかなあ」


 「ええ、人生経験の差というのは何事にも多少の影響はあるものですよ。私もフィリップ殿には少しばかり羨望があったりしますしね」


 フィリップさんというと、第1王子のことかな?そういえば2人は幼い頃から顔を合わせる機会が多かったんだっけ。


 「フィリップさんって今25歳とかだったっけ?7歳離れてるとちょっと年上のお兄さんって感じかな?」


 「そうですね。フィリップ殿は小さい頃よく魔法の練習に付き合ってもらっていたので、年の離れた兄弟のような感覚がありますよ。彼は第1王子なので王太子、将来の国王候補としてとても厳しく教育されていましたから、年の割にしっかりしていました。彼が15の時に父王が即位なさっていますが、それ以来彼も一生懸命勉学に励み、父王の補佐に勤しんでいますよ」


 「そうなんだ。フィリップさんってかっこいい大人の男性って感じしてたけど、将来の国王になる人なんだもんね。でもレオだってこの年で大司教っていう教会府で一番偉い人なんだし、十分すごくない?」


 するとレオは、ちょっと困った様に笑いながら話した。


 「そんなことありませんよ。私はただ、他に適任がいなかったから大司教になれただけで。こんな大役、自分で務まるのだろうかと今でも自問することが何度もあります。そんな時には主に祈り自身を見つめなおすことで、自分をしっかり保つことにしていますが…。でも、次期国王として精力的に力を発揮しているフィリップ殿を見たりすると、あんな風に男らしく自信に溢れている姿がとても羨ましくなったりするのですよ。まあ比べても仕方のないことではあるんですけれどね」


 ちょっと意外だった。私から見れば、レオは十分すごいと思う。18歳で大司教として教会府をまとめているっていうことは、それだけ信心深くて高度な魔法が使えるっていうことだ。私より一つしか変わらないのに、そんなに高い能力を持っているなんて純粋にすごいと思う。


 それに、と私は思わず隣を見た。


 隣に座っているのは、見るからに美少年といった風な男の子。薄紫の長い艶々した髪は黒いリボンで結わえられ、彼の中性的な雰囲気を更に際立たせている。面立ちは女性的ではないが男性らしい精悍さとも違う、「美人」と表現するのにふさわしい感じだ。目も髪とお揃いの紫色で、神秘的。元の世界でいうヨーロッパ系の顔立ちをしているが、童顔めなせいかそこまで年の差は感じない。でも身長は元の世界のクラスの男子なんかより高いし、細めだけど骨格は男性のもの。150ちょっとしかない私から見たら十分男性的だ。とりあえず、前ならそうそうお目にかかれないような美男子だということは確かだった。


 対するフィリップさんは、もっと男性的な感じのするイケメンだ。金髪碧眼の、正に王子様って感じ。身長もレオより更に高くて、身体も鍛えているのかレオよりはしっかりしている。彼もロベール王国で人気を誇る王子なんだそうだ。


 こうやって改めて見てみると、今私の周りって顔面偏差値が急上昇してるよなあって思う。レオにフィリップさん、マーガレットさんと美男美女のオンパレードだ。年頃の女の子としてはちょっとどきどきしてしまう状況なんだけど。


 「私はレオは本当にすごいと思うよ。だって、私の元の世界じゃ一こ上っていったらまだ学生だよ?だけどレオは、もう大司教としてちゃんと教会府で重要な役割を果たしているじゃん。国中の人からも慕われてるし。私だったらそんな大役荷が重すぎて途中で投げ出しそうになっちゃいそうなのに、レオはそれを当たり前のこととして受け入れて、努力してるでしょ?フィリップさんもすごい人だと思うけど、フィリップさんはマーガレットさんより年上じゃん。そのフィリップさんと肩を並べようって思えるってこと自体がすごいことだと思うけどなあ」


 そう言うと、レオが私の方をじっと見てきた。紫色の綺麗な瞳に覗き込まれると、なんだかどきどきする。ていうか超絶美男子と目と目を合わせて見つめ合うって、ちょっと乙女としては心臓に悪いんだけど。心なしかレオから良い匂いまでしてきそうだし。なんだか顔にどんどん血が上ってくるのを感じてきたから、私の心臓と血管のためにも早く言葉を発して欲しい!


 その気持ちが伝わったのか、ふとレオが笑顔になった。やばい、笑顔が美しすぎる…って見惚れてたよ私!思わずドキッとしちゃったよ!何してくれるのレオ!


 「ありがとう。マリアさんは正に聖女様だ。力の有無の以前に、その心が美しい。私は貴女と話すたびに、その清らかさに心が救われていますよ」


 えええ、美しいとか清らかとか、平凡な女子高校生には似合わなすぎる言葉なんですけど!無言で見つめられるのも恥ずかしかったけど、言葉にされたら更に恥ずかしかった!


 「…ねえ、レオって実際超モテるでしょ」


 「え?いや、私は特別女性に人気だとは思いませんけど…というか世の中の女性はそれこそフィリップ殿のような堂々とした王子様のような人や、軍団長のような男性らしい精悍な男性に憧れるものですよ。私などただの一介の聖職者、異性の目に留まるような者ではありません」


 …駄目だ、この人天然タラシだ。きょとんとした表情から、本心でそう言っているのが分かる。


 「それより、マリアさんこそ心配になります。こんなに可愛らしいのに謙虚で素直で、明るい性格もしているとなれば、男性が放っておくはずがありません。ここ教会府ではそんな不埒な輩はいないと信じておりますが、いつか王都などに行って貴族の方と接する機会ができたときには、その愛らしさに惑わされる周囲の者がでてきそうで…。私がお守りしたいところですが、私もなかなか聖都から離れられないですからね。今のうちに護身術等は習っておくべきかもしれません」


 真面目な顔をして言っているけれど、あの、すっごく照れるんですけど。こんなこと真っ向から言ってくるような男子は周りにいなかったし、そんな台詞を言っても似合ってしまうような美男子もいなかったから、私もこういうのには全然耐性がない。おかげさまで、急に心臓がどきどきしてレオの顔が見れなくなってきちゃった。


 「ええと、そんなことないよ…。でも、えっと、心配してくれてありがとう」


 とりあえずもごもごとお礼だけ言って、赤くなった顔を見られない様にちょっと俯いた。


 …どうしよう、これはちょっと危険フラグかも。



 相変わらずにこにこ笑っているレオの顔を横目に見ながら、私はこっそり溜息をついたのだった。




マリアちゃんパートはお口直しのソルベとしてご賞味ください :>

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