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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
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第4話



 肝心の本題であるが、魔力の制御といってもまず自分の内蔵魔力の存在自体を感覚に刻まなければ話にならない。この国の人間は生まれ持って魔力を持っているから、自然とそのコントロールの仕方が身につくらしいが、残念ながら私たちは後天的に付与された人間である。謂わば言語習得においてネイティブかフォーリナーかという決定的な違い。母国語話者であればその言語に囲まれることで自然と身に付いて行くものが、私たちは外国人だから一から文法やら単語やらを覚えていかねばならないのと同じだ。しかもそれが平均を遥かに超える値なのだから、制御するにも更に労力がかかるというもの。面倒極まりない案件だ。


 「まずは体内にあるご自身の魔力を感じることから始めます。私たちの身体は全て、創造主たる主がお造り給うたものです。主のお力を感じることこそ、ご自身の魔力を感じることなのです。ですからまずお二方には、祭壇にて主との対話をなされることで自らの魔力を認識していただこうと思います」


 成程、全く非生産的に思える行為である。主と対話?唯一神とやらが実体として存在するのであれば、もちろん何らかの制裁をしてやりたいが、あれは概念上の存在だ。概念上の存在との対話とは、つまり瞑想でもしろと?頭を空っぽにしろというのなら、元の世界でいうどこか中東あたりの宗教一派の儀式のように、地球の自転と一緒にぐるぐるその場で回転していた方が効率が良さそうだと思うが。


 「こちらにどうぞ。特別に祭壇を組ませました」


 案内されたのは大きな彫刻が灯りに照らされた段の前。男性とも女性ともつかない中性的な容姿をした人物が、大きな鍵の様なものをかざしている巨大な全身像だ。恐らくあれが唯一神を象った像なのだろう。

 更に祭壇には大きな水晶玉が二つ、離れた間隔で台座に置かれている。その丸い玉は近づくとより黒く輝いた。


 「こちらに二つの水晶がございます。今、この水晶が光を放っているのがご覧いただけますでしょうか?この光は、聖女様の放つ魔力によって輝いています。今回はこの水晶を前に主と対話していただき、魔圧の調整を行っていただきます。水晶は今は黒く輝いておりますが、通常の魔圧に対しては反応しないため魔圧が抑えられれば本来の淡い紫色に戻る仕組みです。ですので、聖女様にはこの水晶の輝きを参考にしていただきながら、魔力の制御を行っていただこうと思います」


 なるほど、魔力探知機のようなものか。どういう仕組みか知らないが、私たちの魔力に反応すると。魔力量の差ということなら、魔圧偏差によって発光するようになっているのか?とりあえずこの光を消せば本日の課題はクリアというわけだ。


 「あの、主との対話って、どうやってやるのかよく分からないんですけれど…」


 マリアが至極真っ当な質問をする。うん、それは私にも全く分からない。寧ろ概念上の存在と対話できるようになったら、それはなんだ、幻聴の類と会話できるようになるようなものじゃないか。それって、理性的動物でありたいのなら出来ない方が宜しいのではないだろうか。聞きたいけれど聞きたくない質問をしてくれるとは、この少女の勇敢さに敬意を称するしかあるまい。


 「そうですね、主は我々の使う言語はお使いになりません。しかし、聖女様から語りかければ必ず何らかの道で答えに繋がるものをお示しになるはずです。ただ主に祈りを捧げ、主より与えられし力を感じる。これが何よりの方法でしょう」


 …レオはとても真面目な表情で何やらありがたげなお言葉を宣ったが、はてさて文脈の論理性が破綻してると感じるのは私だけだろうか?心の中で神様にごめんくださいと挨拶でもして、とりあえず神様いるかなーなんて思いながら目でも閉じていたら、そのうちきっと魔法の力を感じられますよ。そういうことでしょうか?頭で考えるな、感じろ、という精神論的な何か?大真面目な顔をされて精神を病めとでも言われているのでしょうか?

 全く、これだから強引な宗教というのは対応に困るのだ。


 「ええと…とりあえず神様にお祈りすればいいんですね!」


 マリアはとても簡潔にまとめてくれた。確かにここではそういう反応をするしかないだろう。変に反論とかしても馬耳東風、下手に刺激して更にディープな何かを語らせ始めるよりましだ。


 「そうですね。それでは聖女様、水晶の前へ」


 とにかくここは自分の頭で考えて乗り切るしかない。水晶の前へ赴くと、司祭がさっと椅子を差し出してくれたので有難く座る。できればお尻が痛くなる前にこの作業をさっさと終わらせてしまいたいところだ。


 ちらりとマリアの方を見ると、彼女は離れたところに座り、早速目をつぶり手を組んで何やら真剣に祈りのポーズをしていた。

 ふむ、彼女は割と真面目に「祈り」という点を踏襲したようだが、私はそこまで真面目にやるつもりはない。とりあえず前の水晶を見つめて、その光を観察してみた。黒い輝きは一定の光量を保っているようだ。はっきりと周囲を黒く照らすほど輝いている。これが私の魔力とやらに反応していると。


 魔力と呼ばれる力が私の中に存在するというのは、初日の試行で確認済みである。今までの常識をブレイクスルーした上で新たに理論構築するとすれば、「異世界に転移したことにより私の中に新たな器官が誕生ないし私自身の身体が造り替えられ、魔力という新生体反応を起こすようになった。尚且つその力は元の世界の科学技術を遥かに凌駕する能力を有している。そしてその生体反応は、思考のように脳神経系統からの命令が可能である」といったところだろうか?つまり脳の一部に魔力を司る機能が新たに発現したと考えれば良い。こう考えてみれば、魔力の制御というのも存外容易なのかもしれない。


 そう思って、自分の脳神経を意識してみる。とは言え、私は医者ではない。精々高等教育で覗き見た人体の仕組み程度の知識だが、イメージがあるだけましだと考えよう。確か脊椎から始まり脳幹によって全身の反射系が維持され、大脳辺縁系と大脳基底核により情動が動き、大脳新皮質・旧皮質、小脳によって理性が統制されるのだったか。左脳は意識や言語、右脳は直感やイメージを司っていたはず。

 魔力は意識的に人間が機能させられるものだと考えると、恐らく大脳基底核か新皮質、かつ右脳のあたりに命令系統がある?そう仮定して、脳の一部を意識してみる。ああ、こういう時こそ自分の頭をかち割って覗いてみたいのだが。そういえば元の世界の有名な神話で、神が余りに頭痛がするので自分の頭を斧で叩き割ったら頭から子供が生まれた、という話があったな。古代人にも頭蓋の中に新たなものが存在する、という思想があったとすれば、正に人類は太古の昔からその頭脳に答えを求めてきたことの証だろう。


 いやいや、思考が脱線した。今は魔力制御を司る分野を感覚的に把握することが第一である。魔力神経回路、魔力神経回路、魔力の流れ…。目の前の水晶が光り続けているということは、今正に私の脳は魔力神経回路から何らかの物質を分泌し、私の身体のどこかの器官、もしくは全身に魔力を供給し放出し続けているということだ。さあ、探せ。一部の器官なのか?それとも全身か?



 ――全身か。


 一刻の後、微かに全身を廻る“何か”があることを脳が感知する。血液とは違う、自身の脳から意図的に命令が発せられ廻る何か。例えるなら、赤ん坊が物心つかぬまま動かしていた手足が、初めて自分の意識下で統制されていることを認知した瞬間。

 魔力とは、全身に張り巡らされたものらしい。恐らく体性神経のような仕組みだろうか。まあ私はそこまで人体に詳しくないから、これ以上は想像の産物でしかない。

 とりあえず、ここは「魔力神経回路」と定義しよう。中枢神経から大脳基底核へ、そして全身の回路へと魔力が流れ発散されているイメージを掴む。謂わば感覚野の再認識だ。そして全身から放出されているそれを、いったん強めてみる。…光が僅かに強くなった。うん、これだ、これに違いない。


 何回か強める、弱めるを繰り返した後、徐々に魔力を抜いていくことを意識する。イメージとしては四肢の脱力に近いだろうか?最初はゆっくりと、確実に。

 すると、目の前の水晶はその輝きを弱め始めた。徐々にではあるが、明確に光が弱まっているのが視認できる。よし、この要領であっているようだ。


 ざわりと周囲で声があがった気がしたが、それは今は気にしない。目の前の作業に集中することが大事だ。自由自在に操るには、最初でしっかりコツを掴むことが何よりだろう。


 そうして確実に光量を減少させていった水晶は、とうとう私の眼の前でその光を消し、元の色であろう薄紫色を見せていた。恐らくこれでしっかりと要領は掴めたはず。試しにもう一度魔力を放出させて縮小させてみようか。


 「素晴らしい!マーガレット様は主からのお示しをご理解されたようですね!」


 興奮したようにレオが話しかけてくる。いや、君の純粋な信仰心に水を差すのは無粋だが、私は別に祈ったわけでも唯一神から話しかけられたわけでもない。自分の持てる知識を以て問題を解決しただけである。嗚呼、素晴らしき哉我が人類の英知よ。


 「あー…念のため確認作業をしても?」


 「ええ、もちろんでございます!どうぞそのお力をお試しになって下さい!」


 まあ宗旨の相違は言外にやろう。水掛け論をするより、今はこの新しい能力を如何に使いこなすかという点に注力したい。


 もう一度魔力神経回路を意識し、閉じていた弁を開けるように魔力の充填を行っていく。目の前の水晶が再び黒く輝き始めたのを確認しながら、徐々にその圧を上げていく。水晶の光が溢れんばかりになったところで放出を停止し、今度は圧を下げていく。

 これを何度か繰り返したところで、魔力神経回路のコントロールは十分行えると確認した。まあまずは制御がきくようになったところで初歩はクリアしたのだ。次は魔術とやらの行使に入るはずだが、この調子でいけば問題なく使用できるだろう。


 「ここまで早く習得なされるとは…。聖女様のお力は巨大なもの、一般人とは比肩できない大きさと伺っております。それをこんなにあっさりと制御なされてしまうとは!驚きの一言に尽きます!」


 レオは純粋に驚き興奮しているのだろう。頬を染めて目を輝かせている。きっと唯一神のお導きとでも考えているのだろうが…いやはや、洗脳教育とはこれ程までに恐ろしいものなのか。


 枢機卿の方の様子も窺ってみたが、こちらも驚きを隠せないようだ。ふむ、どうやらもう少し時間がかかると思われていたらしい。私はクッション性の乏しい椅子に長々と座って自らの臀部を犠牲にするのを防いだだけなのだが、これから前線酷使されることを考えると、下手に有能だと勘違いされるのも難だろうか?


 「いや、私は私のするべきことをしたまでだ。魔圧の制御は本来この国の人間なら無意識に行っていることだろう。ただそれを習得したに過ぎないよ」


 「そもそも無意識に行っていることを意識下で行えることが素晴らしいですし、何より聖女様の魔力量は格別です。一般の民が比較するのはおこがましいことで」


 枢機卿がおべっかを使ってくる。そんなことを言われても、私は貴様らに馬車馬のように酷使されるのは御免だからな。そんな思いも込めて枢機卿を少々睥睨してみた。


 「マリア様の方はまだ主との対話の最中のようですね」


 レオがマリアの方を気にかけて発言する。そちらを見れば、マリアは祈りのポーズのまま眉根を寄せてうんうん唸っているようだ。水晶の方は不安定そうに光が明るくなったり暗くなったりしている。


 「本来一日かかるようなものなのです。マリア様はまだ幼い故、主との対話にも慣れていらっしゃらないのでしょう。しかしあの様子でいけば、主からの示しにお気づきになられる瞬間も近いと思われますよ」


 枢機卿がにこにこしながらフォローを入れるが、その発言、突っ込みどころが多すぎる。年齢によって唯一神と対話しやすいとかしにくいとかあるのか。というか本来一日もかかる作業だったのか。まず大前提、私は唯一神に対し欠片の信仰も持たずに、淡々と人体構造と生体化学反応を考察することで作業を終えましたが。寧ろそっちの方が簡単だと思う。


 マリアが時間がかかるのは、その若さ故に貴様らの論理性を彼方へ吹っ飛ばした説明を信じて実行しているから。つまり貴様らの説明能力が著しく欠如しているからだ。そう喉元まで出かかってはいるが、宗教家に科学の力を説いたところで意味もなし。

 仕方ない、マリアには可哀相だが暫くお祈りごっこをしていてもらうとしよう。なに、17歳という年齢なら十分その柔軟性をもって解に辿り着けるに違いない。Go for it,マリア。



 その間に私は魔術式の展開という次のステップを踏んでみることとしよう。

 さてさて、魔術式とは如何なるものなのだろうか?



閲覧頂きありがとうございます!

Thank you for your access :)

I’m so glad if you could have an enjoyable time with my writing!

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