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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第2幕 無神論者の研修紀行
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第46話

お久しぶりです!暑いですね…



 開始から30分。私たちのチームは、雪が比較的浅い、生い茂った木々の間を只管行軍していた。


 「おい、先程の地点から、何分程歩き続けてきている?」


 シュタルケが(おもむろ)に質問すると、先頭のハルトマンが素早く答えた。


 「10分と20秒程だ」


 「よし、もう少し東へ進路を取ろう。2時方向へ進路を寄せてくれ」


 「「「了解(ヤー)」」」


 皆で返事をした後、素早くハルトマンが進行方向を調整する。


 「2時方向に進むと、あと20分程で崖に行きつくはずだ」


 シュタルケの分析に、一旦逡巡してから返答した。


 「ではここで、プランD-1とD-2を精査しよう。プランD-1は崖を迂回し、傾斜の緩い南側の斜面を登る。メリットは体力の温存と身体的リスクの軽減。デメリットは時間の消費と警戒網の存在の危険性だ」


 「今のペースでいくと、プランD-1なら崖上まで登りきるのに、70分弱かかるだろうな。迂回する時間を入れれば、90分は見ておいた方が良い。ちなみにプランD-2のルートは?」


 手元の時計を見ながら、ベッケラートが質問する。


 「崖を迂回せず登る。崖といっても完全に垂直な絶壁ではなく、70°程度の傾斜はあるはずだ。手持ちのスコップとロープを活用すれば、クライミングは不可能ではない。言うまでもなく、デメリットは疲労と身体的リスクが跳ね上がることだ」


 「崖の高さは大体何ftだ?」


 「恐らく660ft程かと思われる」


 シュタルケの答えに、ベッケラートが唸った。


 「うーん、プランD-2だと大体、30~40分程度といったところか…。最低でも50分弱の時間捻出は可能になる。だが問題は体力だな。体力は数値化出来ないから、判断が難しいぞ。個人差もある。例えば俺なら70°程度の崖なら30分で登り切り、その後350ft水泳をさせられても全く問題ない。だが君らが同様だとは限らない。もしかしたらもっと体力あるかもしれないが、逆にクライミングで体力を3割以上持っていかれる可能性もある。そうなると、いくらそこで50分タイムを縮められたとして、後で1時間の遅れを取ったら寧ろマイナスだ」


 それに対して、ハルトマンが口を挟んだ。


 「ベッケラートの懸念は最もだ。俺個人の体力的には同様に問題ないが…シュタルケとヴィトゲンシュタイン次第だと思う」


 確かにこの4人の中では、明らかにシュタルケと私は小柄な方に入る。ハルトマンの言葉も当然だろう。思わずシュタルケと顔を見合わせた。


 「私の持久力と技術を鑑みて、70°のアイスウォールを40分でなら完登可能かと思われる。体力は2割程度削られるだろうが、直後に雪崩にでも巻き込まれない限り、大きな問題はないと考えている。それに、私はどちらかというと肉体的疲労よりも、精神的疲労の方を懸念している」


 私の最後の一言に、ベッケラートが反応した。


 「どういうことだ?」


 「確かに登攀(とうはん)するのに、迂回して南側の緩やかな斜面を行った方が、一見身体的リスクは少ないように思える。だが、私はそこが落とし穴だと思えてならない。…いいか、そこを越えれば、第1次安全区域外に踏み入れることになる。ビッブルグの警備隊に限って、哨戒網がザルだとは思えない。傾斜が緩やかな坂道は、空からの視界も良好なはず。準注意区域付近の通行可能エリアは、40%の確率で何らかの偵察行為を行っていると、私なら考える」


 それにハルトマンが、難しい顔をして重ねて言った。


 「空からの視界が良好…つまり偵察機を飛ばしている可能性があるということか」


 「うーん、南側の斜面は山肌が剝き出しだからな。だからこそ登りやすいんだが、逆に言えば遮蔽物が無い分、上から見れば丸見えだ」


 シュタルケが眉を寄せる。

 そんな彼の様子を見て、ハルトマンが私に問い掛けた。


 「崖の方はどうだ?何らかの仕掛けがされている場合は?」


 「勿論0%を保証することは出来ないが、限りなく0%に近いと考える。まず、準注意区域に入っているのは、南側の斜面だ。崖側はぎりぎり第1次安全区域内の境目にある。しかもその地形だ。そもそも警備隊が監視する第1の目的は、ビッブルグ市からの脱走員及び外部からのモグラの侵入。生存反応のある生物を雪山から殲滅することではない。そう考えると、第1次安全区域内にある660ftのアイスウォールを、態々初っ端からクライミングしようなんて、そんな酔狂な奴がいても放置する可能性の方が高い」


 私が端的に説明すると、ベッケラートが苦笑いして口を挟む。


 「確かに開始60分にして、アルパインクライミングに喜々として挑んでいくなんて、常人からすれば酔狂にも程があるよな。…それで、シュタルケ、君はどうなんだ?D-1の場合、肉体的持久力を最大限活かさなければいけない。D-2は、潜在リスクが跳ね上がる。君ならどちらを取るのが良いと考える?」


 ベッケラートがシュタルケに、真面目な口調で尋ねる。

 こういうところで、ベッケラートの協調性が発揮される。彼は決して無理強いはしない。例え多数決でも、少数派の意見に対して耳を傾ける余裕がある。こういうのを、“真の民主主義”と呼ぶのだ。

 

 まあ彼は意図してやっているわけではなさそうだから、彼の本質なのだろう。チームメイトとしては、喜ばしい才能だと思う。


 彼の気遣いに、シュタルケは淡々と答えた。


 「確かに俺は君たちと比較して、体力面で劣るところが大きい。プランD-1を取るとすれば、体力消費を考慮に入れなければなるまい。だが全体的なリスクの大きさを考えると、プランD-2は非常事態になった場合の対処がかなり厄介だ。ヴィトゲンシュタインは偵察機出動の可能性を40%と定義したが、一面純白の雪面で偵察機に上から狙われるケースを考慮する。ハイキングはまだ序盤だ。遮蔽物が皆無の雪面で偵察機などに狙われてみろ、一発でゲームオーバーだ。それと比較して、俺の体力はプランD-1で考えると彼女同様、2割負担内で収められると思われる。所要時間も40分以内で収めると約束しよう。であれば、多少体力を消耗しようとも、プランD-1を選択した方が最終的なリスクは抑制させられるのではないか、と俺は考える。…どうだ?」


 彼の問い掛けに、後の3人も順次頷いた。


 「そうだな、シュタルケの言う通りだ」


 「私も賛同する。体力消費と地理的リスクを天秤にかけると、今回は前者を取った方が戦略的だと思えるな」


 「俺も同感だ。シュタルケとヴィトゲンシュタインに問題が無いのなら、異議を唱える必要はない」


 こうして方針がまとまったところで、周囲の様子をそれと無く観察する。

 

 この雪山は、ビッブルグ市県境の約半分を占めている。雪山、というより、小さな山脈と称した方が良い。夏は雪も解けているが、標高が高いため、まだ春先のこの時期は大部分が厚い雪に覆われている。

 ビッブルグ市が帝国情報局の一拠点とされたのも、この山脈が一つの理由だったと思われる。険しい地形のため、越境はとんでもなく難しい。つまり自然の要塞になるということだ。


 我々は、そんな山脈の一部をハイキングすることになっている。山脈というからに、ポイント間の移動コースはチームによって千差万別、という訳でもない。何故なら、あまりにも難所が多すぎて、生身の人間が通行出来る場所が少ないからだ。それに加えて、県境警備隊の哨戒網もある。端からルートは限られているのだ。


 現に私たちの周辺にも、ちらほらと行軍する他のチームの影が見えている。まだ開始間もないこともあって、候補生たちはそんなにばらけていない。恐らく同じ崖を目指しているであろう、他のチームたちも散見される。


 それでもここまで一緒のルートを来たチームの7割は、南側の緩やかな斜面を選択したようだ。まあ体力には個人差がある。いくら準備運動で合格ラインに達しているとはいえ、余裕をもってクリアした者とギリギリでラインを越えた者では、大自然の中のサバイバルに対する耐性が異なる。体力消耗を抑えたいチームにとっては、緩やかな斜面を行軍した方が安全だろう。


 そうやって私が他チームを観察していることに気づいたのか、ベッケラートが周囲を見渡して笑った。


 「おう、じゃあプランD-1で決まりだな!!案外この選択肢を選べる俺らはラッキーかもしれないぞ」


 シュタルケも他チームの動向を見ながら相槌を打つ。


 「他のチームは、ほぼ南側の緩やかなコースを選んでいるようだ。俺たちと同じ方面に行くチームは少ないみたいだな」


 「ああ。つまりチームとして体力面でばらつきがある奴らが多いってことだろ。それと比較すると、身体的リスクを被る選択を出来る俺らは、個々の能力に大きな乖離が無いってことだ。これはこの訓練で上位を狙っていく上で、大きいアドバンテージになるぞ!」


 ベッケラートが楽しそうに言う。さらりと言ったが、彼は当然上位入賞を狙うつもりらしい。


 まあこのメンバーなら、今のところ上手くやっていけそうだし、折角良いチームメイトに当たったのなら、目標を高めに設定するに越したことはない。今回はチーム戦だが、チームで良い成績を残せば少なからず個人評価にも反映される。

 これから先の選抜課程で、必ずしも良いメンバーと組めるとは限らない。ここら辺で評定アップを目指すのも悪くない、と考えた。


 「いいね、私も同意見だ。折角能力の高そうなメンバーに恵まれたことだし、ここは一つ、上を目指すのも悪くないように思うな」


 私が笑顔で口を挟むと、ベッケラートが嬉しそうに肩を叩いてきた。


 「だろ?!正直俺、このメンバーなら8位入賞どころか、上位5位以内いけるんじゃないかって思っているんだよな!」


 「トップ5に入るには、タイムをかなり稼いで且つ減点はほぼ0に収める必要がある。相当ハードな目標だぞ?」


 シュタルケの指摘に、ベッケラートはにやりと笑った。


 「そりゃあ俺だって、5位以内に入るにはかなりの力量が必要だっていうのは理解しているさ。個人の能力がいくら高くても、チームワークがなければこの訓練で上位を狙うことは難しい。チームワークは抜群でも、個人の能力で足を引っ張れば、それも厳しい戦いだ。そういう意味で、このチームには可能性を感じたんだけどな?」


 彼の言葉に反応したのは、意外にもハルトマンだった。


 「…成程。確かに俺たちは、個々の能力は不足無い。後は肉体と精神が追い込まれても尚、目的意識を見失わずにチーム主体の行動を取れるかどうか、だな」


 彼は暗に、このチームのメンバーは候補生の中でも能力が平均以上ある、と言っていた。それだけ能力に関しては、信用しているのだろう。

 そこには勿論私も含まれている。当初の様子を見て、私は彼に信用されていないのかと思っていたが…案外上手くやっていけるかもしれない。


 「チームメイトに能力を信用されるというのは、気持ちの良いことだな。特に君に言われると、説得力があるよ、ハルトマン」


 私もベッケラート流コミュニケーションを見習って、笑い掛けながらハルトマンの肩を軽く叩いてみる。


 「…ああ」


 一瞬固まったハルトマンだが、少し照れ臭そうな顔をしたあと僅かに口角を上げた。


 少しその反応を意外に感じつつ、最初の硬い雰囲気は単に緊張していたのかもしれないと思い返した。表情が分かりにくいだけで、初対面の相手には少し警戒するタイプなのかもしれない。


 まあ今まで話したことのなかった顔見知り程度の相手と、過酷な状況で寝食を数日共にしなければならないのだから、ある程度緊張するのは仕方ない。ここからのコミュニケーションを如何に円滑に密度高く取っていけるかで、チームの成績も左右されるだろうから、引き続きそちらの努力もしていかなければならないな、と内心気を引き締めた。



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