第3話
さて、私が個人の権利を侵害された記念すべき日から2日。私たちは早速教会府によって魔術行使の教育を受けている。
教会府というのは件の召喚とやらをやらかしてくれた実行犯だ。唯一神への信仰を謳い、レオと名乗った大司教を頂点に、司祭、僧侶たちで構成される宗教組織である。ここ聖都に教会府が置かれ、各都市に大小規模それぞれの教会を拠点として有し、国民の支持を集めている。
ロベール王国における行政府は貴族院と呼ばれる議会、そしてその上位機関として王室があるといったところだろうか。教会府はそれとは別に宗教的儀式等を司る機関として存在する。残念ながら政教分離の原則はこの国には通用しないようで、ロベール王国民は皆この唯一神の信者であり、教会府の影響下にあるらしい。謂わば元の世界史における王政とコンスタンティノープルという、二大勢力による支配がなされているということだ。ああ、何と嘆かわしいことかな。
そんな個人的心証はさておき、今は魔法のお勉強のお時間である。これからの私のキャリアプランニングに欠かせないものなのだから、しっかりと習得せねばなるまい。
「ごきげんよう、聖女様。昨日はこの国の概容とお二方の役割についてご説明させていただきました。つきましては本日はそれぞれの役割に従って、行使していただく魔術式を覚え、そのお力を存分に振るって頂けるよう助力させていただきたい次第でございます」
レオが穏やかな微笑みをたたえながら説明を始める。場所は教会府のこれまた大きな講堂に、大司教、枢機卿の一人、司祭が数人集められている。今日はこの人員で訓練を行うようだ。
ちなみにレオの言っていた役割とは、2人の聖女に主より授けられたそれぞれの使命、とのことだ。曰く、『盾の聖女』と『矛の聖女』。
そもそも私は最初聖女と聞いたときから、「神の使徒なんてものを一度に複数召喚しようとは、一神教にしては強欲な」と思っていた。だって、神からの使いなんていったら普通一回につき一人やってくるのが定石でしょう?しかし今回召喚されたのはマリアと私の2人。もしこれで「ああ、一人余分に呼んでしまいました失礼」なんて言われようものなら、有無を言わさずこの国諸共滅亡させてやるしかあるまい。そう意気込みながら大司教に質問したら、長々しい答えが返ってきた。
――「この国をはじめに導いて下さったのは、2人の聖女様です。このお二人は、それぞれ主より使命を授けられていました。それが『盾と矛』の役割です。『盾の聖女』様は迫害されていたロベルシエールたちに等しく慈悲を与え、どんな時も彼らをその大いなるお力で守護し癒して下さいました。一方『矛の聖女』様は蛮族に対し一切の慈悲を捨て、強大なるお力で敵を排除しロベルシエールたちの往く道を切り開いて下さいました。この史実から、主は我らが大いなる危機に見舞われた時、『盾の聖女』様と『矛の聖女』様のお二方をこの地に遣わしめるとされているのです」
実際はもっと長くて何回も欠伸を噛み殺したのだが、まあ要約するとこんな感じだろう。つまり2人召喚されてきたのは手続きミスではなく、完全なマニュアル通りだったとの主張だ。私たちには聖女というだけでなく、矛と盾というオプションの役割もついてくるとのこと。
その話を聞いたときは、便利なシステムを考えたものだと少し感心もした。同時にどちらの方が生存確率が高いかを考えた。
元の世界に帰れないと決まった時点で私が取るべきは、自分の目的により合致した選択肢を選ぶこと。そして私が今強要されているのは、聖女としてこの国を北方民族の南下から護る、ないしそれを退けること。つまり戦争だ。生き残るということが先決になる。生存確率を高めるというのは、私がこの世界に報復する第一歩なのである。
だからこそ、聖女をやらねばならないとすれば盾と矛という選択肢のどちらが生存確率が高いか考えた。
盾の聖女とは守護を司るもの。要は、人を癒して癒して癒しまくればいいわけだ。元の世界の概念でいう、衛生兵を万能化したようなもの。利用されるとすれば最前線で負傷兵の治癒に当たらされるということも考えられるが、プロパガンダ的に考えれば民衆への慈悲深き聖女像の構築という方が妥当だろう。だとすれば、盾の聖女はその拠点が主に聖都であったり運が悪くても北方の後方拠点にて癒しの力を発揮することを求められるはず。
一方矛の聖女は攻撃担当だ。その名の通り、矛となって王国の軍事力を強化する役割。つまり、必然的に最前線担当。プロパガンダとして利用されるとしても、救国の英雄だとかそういった方面にしか活用されないに違いない。そういった場合どう頑張ったって戦争が終わるまで最前線でこき使われるに決まっている。
従って私の理想としては、何とか盾の聖女に選抜され安全な後方勤務を享受するプランを採択したかった。まあ多少のプロパガンダのための演技は必要とはいえ、それも安全を確保するための必要労働と考えればまあ何とか我慢しようと思っていたのだ。
それが!
こちらが全く介入する余地もなく、枢機卿の野郎どもがマリアを盾、私を矛と決めやがった。くそ、何たることだ!奴らめ、最初の様子から見て、マリアを慈悲深き聖女のプロパガンダ向きと考えたらしい。マリアは単純で利用しやすい子供だと侮ったのだろう。教会府への支持向上のための駒になってもらおうとの算段だ。お陰で使いづらいと思われた私は最前線勤務が決定。憤懣やるせない気持ちで一杯というのは正にこのことである。
大司教の下宣言された役割はどうしたって覆されない。仕方ない、そもそも侮られないようにと強硬な態度に出たのは私の失策。この様な役割が存在するとの確認を怠って自己プロデュースしてしまった私のミスだ。自らの失態は自らで挽回せねばならない。
まあそんな経緯がこの2日間にぎゅっと濃縮された挙句、こうして矛の聖女としての魔術をさっさと習得してやろうと息巻いているところなのだ。
「昨日私から宣告させていただきました通り、マリア様は『盾の聖女』、マーガレット様は『矛の聖女』としてのお力を振るっていただくことになります。それぞれ必要になるであろう魔術式は順を追ってお教えいたしますが、まずは聖女様の内部にある魔力の制御から始めさせていただこうかと思います」
レオの言葉に、すっと手を挙げた。
「質問。魔力の制御とはつまり、今私たちが放出しているとされる身体内部からの固有魔圧をコントロールできるようにする、との認識で正しいだろうか」
「ええ、その通りでございます。聖女様方は強大な魔力を有しているため、その無制御下ではその魔圧が一般人には耐えられぬほどなのでございます。聖女様方にお気遣いいただくというのはこちらとしても心苦しいところではありますが、今後他者との接触や魔術行使のことを考えますと、聖女様方がそのお力を制御することが出来るというのは必要なことであるとも申し上げられます」
「成程、目的と目標は理解した。ついては――」
「あのぉ…」
ここで横から小さく遠慮がちな高い声が割って入った。ちらりと横を見ると、申し訳なさそうな顔をして自信なさげに私の方を見上げてくる視線とかち合う。…ああそうか、一般的な女子高校生には、今の話をさっさと理解しろという方が難しいのかもしれない。
「ああ、分かりにくかったかな、マリア」
「すみません、何が何だかわかってなくて…」
「失礼いたしましたマリア様。もう一度ご説明いたしますね」
そう言ってレオが再び説明しようと口を開きかけたところを、手を振って遮った。いや、別にレオに説明能力がないなんて思ってはいない。話してみれば自分の職務に努めて誠実なのだろう、きちんと細部まで(というか細部すぎて最早どうでもいい情報まで)説明してくれる。
だがその実直さの反面、初心者に対して理解が難しい説明を省くという作業が下手だ。この少年に説明を任せたら、日が暮れてもマリアの脳に情報が記憶されない気がする。だから、ここは年長者である私からさっさと話を済ませてしまおう。大変遺憾ではあるが、時間の効率化という点からしてみれば必要労働だと割り切るしかない。
「ああいい、私からごく簡単に説明させてもらう。いいかマリア、君も経験したと思うが、どうも私たちはこの世界に来たことで、魔力なる力が宿った。この世界の住人は魔力を大なり小なり持っているが、私たちの魔力量はそれと比べ物にならない程巨大らしい。巨大な力を突然持ってしまった私たちは、今は全くその力を自分の意思でコントロールすることが出来ていない。突然背の伸びた人間が動作に苦労するのと同じ様なものと考えれば分かるか?」
「あ!はい!」
「つまり、私たちは巨大に成長した身体で周囲のものを壊さないように、上手な使い方を彼らから教えて貰う、そういうことだ。まあ私たちが巨大化したのは外観ではなく内面的な力だから、最初は感覚を掴むのに時間はかかるかもしれない。だから、それも彼らから魔力という感覚に馴染むためのコツを習得する。簡単に言えば、そういうことだ」
「はいっ、わかりました!魔力っていう力が私たちの中にあって、その感覚をちゃんと覚えてコントロールできるようにする。ただし私たちの力は人よりとっても強いから、まずは抑えるところから始めてみる、そういうことですよね?!」
マリアの理解力が平均並みにあってよかった。そう安心しながらレオに確認を取る。
「ああ。…大体あっているな?大司教」
「ええ、正にその通りでございます。流石聖女様方はご理解が早くていらっしゃる」
「どうも。それでは早速制御方法をお教えいただこうか」
マリアににこりと笑って見せながら再びレオへ話しかけると、マリアも背筋を正してぴしりとお辞儀をした。
「はいっ!よろしくお願いします!」