第33話
「えっと、聞いても笑わないでくださいね?」
少し恥ずかしそうにこちらを見ながら聞いてくる。それに優しく頷いて、先を促した。
「勿論ですよ。起業して社長になる!と宣言されても応援しますから」
「ええっ、そんな大それたこと考えてません!」
「おや、そうなんですか?面白いと思いますけれど」
「もう、からかわないでくださいよう…。私の夢は、その、国家公務員として外務省に入って、外交官になることなんです!」
ほお、外交官か。所謂エリートコースだ。志は高く持てと言うが、十分妥当な目標なのではないだろうか?
「外交官ですか。国内勤務を?それとも駐在員として、どこか特定の国に赴くことを考えているのでしょうか?」
「ええと、駐在員として外国の大使館で働きたいなって…私はテュッレーニア語が得意なので、テュッレーニアのトイトーネ帝国大使館で勤務したいって思ってるんです!」
「素晴らしい目標じゃないですか!確かに外務省の、更に駐在員枠となればそれなりに厳しいポジション争いはあるでしょうが、ミアさんとお話ししている限り、貴女にはそれを勝ち取るだけの能力が備わっていると感じますよ」
するとミアは、私の言葉に何か感じたのか目を大きく見開いた。
「ヴェラさんは、私の夢を肯定してくれるんですね」
「それは勿論。明確な目標を持ち、あくまで私的な見解ではありますが、それに見合う実力と気力も持ち合わせている。そのような若者の夢を、私が否定する余地はないでしょう?」
そう言うと、彼女は嬉しそうにぱあっと顔を綻ばせた。
「その、言葉に表しきれないんですけど…すごく嬉しいです!実は卒業後の進路については、家族にさえはっきりは相談していないんです」
「それは何故?貴女の周囲は大変優秀で、かつ貴女をよく理解してくれる人々が十分いるのではないかと思うのですが」
ミアの表情が、僅かに曇る。どうも彼女なりに悩むことがあるようだ。
「確かに大学の友人はすごくよくしてくれるし、家族だって今までも私の進路について、理解して最大限応援してくれました。でも流石に今回の夢については、ちょっと言いにくいというか…。その、現状女性で国家公務員になるのでさえ、ものすごく大変じゃないですか。更に外務省ともなれば、父の務めている法務省よりも倍率が高いし。そこの海外駐在員となると、男性だって凄まじい競争率って聞きました。しかも女性の海外駐在員って、まだいないんですよ。女性初の外務省駐在員になるのが夢、って言うのは、流石に簡単に言えることじゃなくて…」
そうか、忘れかけていたが、この国、いやこの世界では、まだ女性の社会進出は始まったばかり。女性のエリート育成は元の世界に遠く及ばない。その元の世界でさえ、未だハイポジションへの女性採用率が少ないと叫ばれていたりしたのだ。そう考えると、女性の外務省駐在員がまだ存在しないというのは、当たり前なのかもしれない。
元の世界でいえば、女性版のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズになるようなものか?女性の起業家は多数いるが、世界レベルで市場を支配するような大企業まで育てた例はなかなか少ない。まあ現代はITと宇宙産業の躍進時代だ。そのうち頭角を現す人物も出てくるかもしれない。
いつの時代も、“初めて”に挑戦するのは並み大抵のことではない。周囲の常識という名の偏見を打破するだけの、能力と人間力、運を持っていることが必要だ。
ミアもそれがどれだけ大変なことなのか、先人である女性たちを見て知ってはいるのだろう。家族にも相談できずにいるというのも、恐らくその躊躇からきているに違いない。
私に打ち明けたのは、もしかしたら私が同じ様にキャリアアップを目指す女性であると、少なからず感じたからかもしれない。BOF、もう少しくだけて言えば"Like attracts like"といったところか。ミアは一見溌剌とした可憐な美少女だが、中身は上を目指す野心的なところがある。環境のせいでその性質が多少マイルドにはなっているが、もし私の元いた世界に生まれていたら、もっと貪欲に上を志向できたに違いない。
だからだろうか、この子の可能性を伸ばしてやりたいという気持ちを持った。出来の良い新人を発掘したときと似たような感覚だ。
「成程。確かに女性で駐在員はまだいませんね。恐らく貴女は、ご家族に遠慮している部分もあるのでは?」
「え、というと…」
「お父様は法務省の恐らく管理職でしょう?国家公務員としても相当上層であるはず。そしてお兄様はカールパートの法務報道担当。ディヴェルト・ツァイト社の記者というだけでも優秀、更に列強の政治担当記者となれば相当エリートだ。きっとミアさんはそんなお父様とお兄様に小さい頃から、尊敬と憧憬の念を持っているはず。そんなお二方を大きく超えるようなキャリアを、自分が打ち建てられるのか、まだ少し自信が持てていないのでは?」
その言葉にミアは、少し考えるように俯いてから、眉尻を下げて微笑んだ。
「…そうですね、そうかもしれません。いや、多分そうです。私、他人にだったら、絶対に負けないっていう対抗意識はあるんです。こう見えて結構負けず嫌いなんですよ。でも、お父さんやお兄ちゃんは、小さい頃から私の憧れで、目標でもあって…ずっと背中を追い駆けてきたんです。でも、ここまできて、私はそれ以上になりたいっていう欲がでてきて。今までは2人とも応援してくれて、お前なら出来るって言ってくれて。だから頑張ってこれたんです。でももし、私が海外駐在員になりたいって伝えたときに、“流石にそれは厳しいんじゃないか”って言われたら、私気持ちが挫けそうで…。怖いんですよ、2人に認めてもらえないのが。笑っちゃいますよね、こんな途方もない夢を語ってるくせに、家族に否定されただけで挫折しちゃうとか」
ふむ、彼女の中で父親と兄の存在は相当大きいらしい。有りがちな話ではある。女性の高等教育が当然ではない世界で、それを後押しし更に社会に出してやろうと、理解を示してくれる近しい存在というのは、幼い少女にとっては十分心の支えになり得るだろう。
だがここから先社会に出るのであれば、彼女には是非とも一皮むけてもらわなければ。心の支えはあるに越したことはないが、それに依存し過ぎては次のステップに進むことは出来ない。
「成程。ご家族はミアさんにとって、ずっと道標だった訳ですね。それを追い越すということは、つまり未踏の地に踏み入るということだ。しかも貴女は謙虚だから、恐らく父上や兄君を超える程の力を自分が持っているのか、不安に思うところもあるのでしょう。躊躇する気持ちもお察しします。ただ私から見た感覚ですが、貴女はギムナジウムを優秀な成績で卒業し、更に難関な試験も合格して最高学府に在籍し、そこでも無理なく学問を研究されている。性別を抜きにして、1人の人間として大変才能に恵まれていることは間違いありません。そしてそこまでミアさんを育て上げてきたご家族です。貴女の可能性を限定的に考えるような人たちであれば、そもそもここまで投資していないのでは?もしかして心のどこかで、お二方が自分を下に見ているのではと疑っていますか?でしたら伺いますが、ご家族から“このあたりまでなら出来るだろう”というような発言をされたことはありますか?」
「いえ、一切ないです。父や兄は、いつも“お前がやりたいところまでやってみれば良い”って言ってくれました。母も、口出しはしませんが黙って見守ってくれています」
「でしたらご安心下さい。相手を格下に見る人間に、出来るところまで挑戦してみろ、と鼓舞できる者は普通いません。父上や兄上は、貴女の可能性をどこまでも広く見ているのでしょう。恐らく将来の目標を相談すれば、多少は驚くかもしれませんが、寧ろ喜ぶのでは?自分の認めた相手が更なる高みを目指していると知れば、能力のある人間は大抵、高揚感を覚えるものですよ。私が思うに、ミアさんの父上も兄上も、そういった方々かと」
長々と話してしまったが、要するに「遠慮するな、超えてやれ!」と伝えたかっただけである。
当の本人だが、何やら私のスピーチが少々感動的だったのか、ほんのり目が潤んでいる。大きな瞳に涙の粒が溜まっていくのを観察しながら、私は予想以上に演説の才能もあるのかもしれないなあ、と呑気に思った。
「そっか…私、お父さんやお兄ちゃんに馬鹿にされるかもって、不安だったんだ。だから言えなかったんですね。でも2人のこと疑っちゃったこと、申し訳なくなってきました…。今までこんなに応援してくれていて、今も偶に手紙とかの遣り取りで、お前に負けない様に頑張るぞって、言ってくれるんです。ヴェラさんと話していたら、ちゃんと2人とも私の能力を認めてくれてるんだなって、改めて感じて…ふぅっ、今度家族で会うときに、ちゃんと話してみよう…」
ミアはとうとう抑えきれなかったのか、涙をこぼしはじめた。
ふむ、どうやら私の口上は、彼女の心に響いたらしい。1人の若者の背中を押すことが出来たのは、大変結構である。
…結構ではあるのだが、如何せんここは人気パティスリーの一席。周囲は様々な客で賑わう、とてもオープンな場所である。そこでさめざめと泣く儚げな美少女というのは、余りにも衆目を集めすぎる。
今も、隣の席のカップルが、ちらちらとこちらに視線をやり始めている。うん、大変よろしくない。早く場の雰囲気を変えてしまおう。
「そうですね、家族団欒の時間は大切にされるのがよろしいかと。さ、それはさておきミアさん、ケーキが来ましたよ!ドノウヴェレとマルチパン、どちらをお先にお試しになります?」
ミアはぱっと顔を上げて、目の前の皿を凝視する。まだ涙は残っているようだが、その瞳はもうスウィーツに釘付け。この子は食べ物で釣られるタイプと見た。
「はああっ!どっちにしようかな!チョコレートもアーモンドも、どちらも魅力的ッ…」
「濃厚なチョコレートから味わってから、マルチパンを食すというのはどうでしょう?」
「いいですね!えっと、では、ドノウヴェレを選んでも…?」
「どうぞ。私はマルチパンを少々味見させていただくので、残りはミアさんのものです」
「そんな!私ばっかり食べているのは…」
「お気にせず。私はここの珈琲を味わいたいので、スウィーツはほんの少しで構わないんですよ」
「わああ、ありがとうございます!それではお言葉に甘えて…!」
きらきらと目を輝かせて、ケーキにフォークを入れるミア。その表情は、もう先程までの泣き顔はきれいさっぱりなくなり、明るい少女のものだ。
正直彼女の目標が能力に見合ったものなのかは、もう少し様子を見る必要はある。ただ、現段階で彼女との会話から推察するに、半端な能力でここまで上がってきた訳ではないことは確かだ。あとは、立ちはだかる壁に対して、どの程度立ち向かう気力と意志があるかどうか。そういう意味でいくと、彼女は十分素質があると私は感じている。
この交友は謂わば、将来の自分に向けての投資でもあるのだ。私は恐らく、この国と長いお付き合いをすることになる。その国の基幹要員となるであろう人物と交友関係を築いておくのは、とても大事なことだ。
ミアは早くて1年、遅くとも3年以内には大学を卒業し、社会に出るだろう。彼女の目標通り外務省に入省しキャリアをスタート出来れば、トイトーネ帝国のエリートとして、国を支える一員になるのは間違いなし。そんな人員と強い繋がりを持っていれば、何かと益がある。
勿論既にそういった地位にある人間と接触した方が、効率が良いという見方もある。しかし、既にそこまでの地位のある者にとって、寄ってくる人間がある程度権力目当てであることは分かり切っている。そういう先入観は、深い関係を築くには少々障害となりかねない。
だから、学生というまだ社会的責任も少ない、真っ新な時期から付き合っておいた方が、余計な警戒心を持たれず入り込むことが出来る。現にミアは、既に私に対してある程度心を開いている。全幅とまでは言わないにしろ、短時間で想像以上の信頼を得られたのは確かだ。この調子でいけば、彼女自身だけでなく、家族との交流も可能かもしれない。父親は法務省の官僚、兄は高級紙の花形記者。私のこれからの職務上、繋がっておいて損はないだろう。
より強いポーカーを作るためには、手札を揃えなければいけない。ただ強いカードを掴むだけでは、ゲームには勝てない。要は組み合わせだ。目先の益ではなく、長期的で、複合的な利益を見極めること。それが最終的なゲームの勝者になる、一つの条件である。
「…ま、直感で君を気に入ったというのも大きいのだけれど」
思わず呟くと、ミアはチョコレートケーキを頬張りながら、きょとんとした表情でこちらを見た。
「え?何ですか?あっ、ごめんなさい私ケーキに夢中になって、ヴェラさんのお話聞き逃してました…?!」
「ははは、大丈夫。私は直感には自信があるんだ。期待しているよ、ミア」
「え?直感?え?何の話…えっと、はいっ!ヴェラさんの期待に応えられるよう、頑張ります!」
「ふ…ふふ、あはは!」
何の話かさっぱり分からず混乱しながらも、一生懸命答えるミアを見て、思わず微笑ましくなって笑ってしまう。
更に何故笑われているかもわからず、首を傾げながらケーキを頬張る彼女を眺めながら、こんな穏やかな時間も悪くないなあ、と感慨に浸る暖かな午後だった。
感想を書いていただいた方、ありがとうございます。拙作を楽しんで頂けて、本当に嬉しいです。
これからも彼らの物語、どうぞご賞味いただければと存じます:)




