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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
4/59

幕間 王子の場合1


 その日、フィリップは今までの人生で最も印象的な出会いをした。


 ロベール王国に聖女が舞い降りたのである。



 彼はロベール王国の王家に長男として生を受けた。ロベール王国は数百年の歴史を持つ大国であるが、その昔に定められたサーリク法典にて、国王の座は長男、長男が夭逝した場合は男系子孫に受け継がれると決まっている。だから、彼はこの世に生まれてきた時点で将来のロベール王国が長となることが決められていたのである。


 幼い頃から帝王学を学び、国王たる者がどうあるべきかを常に意識しながら生きてきた。特に祖父の代は絶対王政が強く敷かれていたから、国王が権力を握って国政を執り行う姿を傍からずっと見てきた。いつかこんな国王になろうと憧れたものである。

 しかし彼が十代半ばになり、父の代に代替わりしてから、専制君主制に陰りが出始めた。貴族院の議員たちが権力を持ち始めたのである。彼の父親は5児の父としては温厚で優しい人で、文化人としても教養の高い人ではあったが、残念ながら政治家としての才能は低かった。結果として高位貴族たちが政治を牛耳るようになり、国王の影が揺らぎ始める。

 

 それを彼は歯痒い想いで傍から見ているしかなかった。彼の根底には強権的な祖父の執政姿が焼き付いていたから、自分もそうなるのだと疑っていなかったのである。しかしその時彼はまだ十代の若者。まだまだ学ばねばならないことばかりで、とてもではないが貴族院の老獪たちと渡り合う力量などなかった。



 そうして彼が大学へ通い始めてしばらくした頃、世界情勢に変化が起こる。

 北方民族の南下である。


 ロベールには、その強大な国力から自らこそ世界の中心たるという自負があった。文化的にも軍事的にも、ロベール王国は周囲の小国を遥かに凌駕する力を持っていた。それを支えていたものこそが、“魔法”である。


 聖書において、魔法とは主から与えられる才能(ギフト)とされている。しかし歴史の書を紐解くと、魔法を使えるものは遥か太古の時代、まだ希少だったこともあって異端として迫害されてきた。多神教であった当時の主流に反し、魔法使いたちが唯一神を崇めていたことも原因の一つである。迫害は日に日に酷くなり、しばしば“魔法狩り”が行われた。


 そこに現れたのが2人の聖女である。

 聖女は迫害される魔法使いたちに対して、主より加護が与えられることを伝えた。そして彼らを迫害から救い約束された地へと導き、そこに新たな国を打ち建てるよう示したという。それがロベール王国の始まりであり、ロベールの民は皆かつての魔法使い(ロベルシエール)たちの子孫であると伝えられている。


 ロベルシエールたちはそれから数百年間で、主より与えられし(魔法)を使い、自らの国を発展させていった。その結果が現在のロベール王国であり、世界の中心たる覇権王国として君臨しているのである。


 だからこそ、彼らには選民意識とともに他民族を卑下する傾向があった。

 ロベール王国では、他民族のことを蛮族(バルバー)と呼んで蔑む。それは魔法を使うことのできない者への蔑称でもある。


 そのバルバーが、このところロベール王国の北方領土を侵略しているという。奴らは魔法を使わない代わりに、石弓や銃火器、野蛮な獣たちを使役することで軍事力を強化していると聞く。我らがロベール王国は魔法の力によって主の御加護を受けているとはいえ、年々顕著化するバルバーたちの侵略は十分脅威足り得た。


 そしてフィリップがやっと大学を卒業し政治に携われるようになる頃には、バルバーたちの脅威は無視できない程大きくなっていた。毎年農作物の収穫時期になると、北方の辺境伯からバルバー襲来の知らせと援軍要請が届くのが恒例になってしまっている。北方貴族領の被害が著しく、駆り出される兵科と焼かれる土地とで年々その税収が圧迫されているのが現状。中央や聖都からの援軍も出してはいるが、焼け石に水状態だ。


 そうしてロベール王国政府が打開策に苦しむ中、教会府が貴族院へ呼びかけた。これは歴史上でいう“受難の時”であり、今こそ主にその御加護を請うべき時なのではないかと。

 正直政府は藁にも縋る思いだったから、教会府の言う“主への呼び掛けを行い再びこの地に聖女を降臨せしめる”という宣言に光を見出した。我が国建国の礎ともなった伝説の聖女。その聖女の力をもってすれば、この国の危機も回避できるのではないか。


 斯くして聖女召喚の儀が執り行われることになる。何年かの時間をかけた入念な準備。場所は聖都、教会府大祈祷堂にて、選りすぐりの司祭たちたちが術を凝らして祈りを捧げる。教会府最高地位にある大司教はもとより、貴族院にて急速に大きな派閥を形成しつつあったフィリップも、王家代表としてその儀に参加することになったのである。




 結果、聖女は降臨なされた。




 魔法陣から溢れ出る眩い光と共に、2人の聖女が現れたのだ。


 途端に巨大な魔圧が聖女から放たれる。魔力の高いフィリップやレオ大司教、枢機卿や数人の騎士たちは耐えられたようだが、儀式のために集められていた司祭たちはその圧力に耐えきれず直ぐに膝をつき後退りしている。


 ――なるほど、これが聖女の力か。


 聖書や歴史書でしか知らなかった聖女が、今目の前にいる。彼にとってそれは感動だった。この方たちが、主から遣わされた我が国を救うお力を持つ者なのだ。


 まずは丁重に挨拶をし、その降臨に感謝の意を示さねば。そう考えて彼はまず先陣を切って前に進み出る。

 2人の聖女は、それぞれ矛と盾の役割を持つと伝えられている。一方が万人をも癒す力を持ち、一方は難敵をも打ち負かす絶大なる力を持つ。この2つの力をもってして、ロベールの民は護られん。そう聖書には記述があった。だとすれば、どちらが矛でどちらが盾の聖女なのだろうか。


 「聖女様、この度は主の御遣いとして我がロベール王国の呼びかけに応じていただきましたこと、心より感謝申し上げます」


 片膝をついて奏上し、聖女の反応を待つ。頭を垂れ気味にしつつも、好奇心が湧いて少しだけ目の前の聖女の様子を窺った。


 1人は召喚時の衝撃か、魔法陣の上にぺたりと座り込んでいる。肩までの黒髪に、大きな黒目。凹凸の少ない顔立ちのせいか、それとも少し驚いたようにこちらを見詰める表情のせいか、随分幼げに見えた。ロベール国民の標準から考えると十代前半くらいだろうか?可愛らしい少女といった風貌だ。しかし、黒という普通の人間ではあり得ない神聖な色彩が、少女を聖女と明確に示していた。


 思わず目線の近い聖女の方を観察していると、すぐ隣から凛とした声が割って入った。


 「あの失礼ですが、まず何方様か窺っても?」


 ぱっとそちらを見上げると、もう一人の聖女と目がしっかり合う。

 そこで彼は、神秘と出会った。瞬間的にそう感じた。


 見つめ合った瞳は、不思議な色合いをしていた。その色は神聖なる黒ではない。しかし、とても神秘的な色だ。虹色とでも表現すればいいのだろうか?緑、青、黄、紫、銀、金…光の当たる角度が変わる度、少しずつ色が変化するのである。万色に変化していくその瞳は、一度見てしまえば吸い込まれそうな、そんな真性魔性の輝きを放っていた。


 思わず魅入っていると、見つめていた彼女がその長い睫毛を少し伏目がちにさせる。その瞬間影の落とされた瞳は蒼く揺らめき、彼は遠のいていた意識をはっとを浮上させた。




 その後場所を移し、それぞれの聖女から聖名を聞き出す。これは教会府の枢機卿らから、「念のため」ということで聖名をお教えいただけとの指示があったからだ。念のためとはどういうことか詳細は知らないが、枢機卿の奴らのことだ、何かしらの法術に使うに違いない。


 幼げな少女の方は、マリアというらしい。随分と柔らかな態度で、貴族どもの政治屋ばかりに囲まれていたフィリップにとっては、とても親しみやすさのある聖女だと感じた。さらさらの黒髪に、くりくりした大きな瞳が優し気な光を纏っている。ふんわりと微笑むその表情は、神聖というより愛らしいと思ってしまうようなものだ。顔立ちはやはり聖女、整ってはいるが、美しいというより可愛らしいといった風貌をしている。体格も小柄で、この国でも大柄な部類に入る騎士団長などと比べたら、頭2個分は小さいのではないか。なんというか、守られるというより守ってあげたくなるような雰囲気がある。


 しかし特にフィリップに強い印象を焼き付けたのは、もう一人の聖女の方だった。名はマーガレット。胸元までの黒髪に、虹色の瞳を持った聖女。大きな瞳、長い睫毛、高い鼻梁、紅い唇、それらが完璧な比率で小さな顔に配置されていて、背もそれなりに高く、華奢ながらも曲線美がある。

 だが、一番印象的なのは外見の美しさではないのだ。彼女を完全足らしめているのは、その神秘的とも蠱惑的ともいえるオーラと、何事にも全く動じなさそうな統制された態度。自らの聖性を当然のように知らしめる、そんな超常たる何かを彼女は発している。



 そんなことを思い返しながら、今彼は別室にてレオと待機していた。


 「ああ本当に、聖女様が本当にご降臨下さった…主は我らをお見捨てにならなかった」


 レオがぼそりと呟く。

 レオはとても信心深い。実はフィリップとレオは小さい頃聖典など諸々の儀式で顔を合わせる機会が多く、顔馴染みというか年の離れた弟のような関係でもあるのだが、レオはその教育環境のせいか少々浮世離れしているところがあると彼は感じている。


 「そうだな、準備に何年もかけた甲斐があった。これで北方関係の問題が打開できるといいんだが」


 「聖女様のお力は甚大だ。主は必ず私たちに道をお示しになられる」


 レオは常にこの調子だ。何時ものことではあるので、もうこのペースで会話することに彼自身慣れ切っている。


 「そういえば今回も2人聖女様がいらっしゃったわけだが、何ていうか、すごく対照的な方たちだったな」


 「ああ…マリア様など、私たちに聖名を呼び同じ席に着くことをお許しになった…なんという慈悲深い方だろう」


 思わずといった風に、レオが溜息をこぼしながらマリアを称賛する。その様子に、思わず彼は「ん?」と反応した。


 「なんだ、レオはああいうのが好みか」


 するとレオは顔を真っ赤にして抗議する。


 「フィリップ殿、聖女様になんて言い方だ!聖女様は主の御遣い。それに好みか好みではないかなど失礼極まりない!」


 「いや、唯一神だってそのくらいの戯言許してくれるだろう。なあ、お前はああいう可愛い系の親しみやすい感じのが好みなのか?ほら、容姿でいったらマーガレット様こそ完璧な美って感じじゃないか」


 「私は主とその使いである聖女様に向かって戯言を吐くような矮小な者ではない。しかし、その…確かにマリア様は優しい御心をお持ちになった、その、可愛らしい方だとは思う」


 ふーん、と相槌を打ちながら、「マーガレット様はお前のタイプじゃないんだな」と軽口を叩いてみる。


 「だから、タイプとかそうでないとかいうことは私が言っていいものではない!マーガレット様はとても美しい方だ。なんというか、完璧な美と力を体現するような御方だ。…だから、つまり、神聖なる空気を纏っていらっしゃる謎めいた御方と感じる」


 「ああつまり、オーラが凄すぎて近寄りがたいんだな」


 「まあ俗っぽく言うなればそういうことだ」


 なるほどねえ、と彼は独り納得する。


 確かにレオの様な敬虔で良く言えば純粋な者にとって、マリアの様な素朴で善良そうな性格は受けがいいのだろう。実際フィリップだって彼女のことを「優しい心を持っていそうな方だ」と感じていた。


 ――ではマーガレット様はどうだろうか?


 彼は考える。一瞬にして意識を奪うオーラ、微笑んでいる傍らで何を考えているのか分からない底知れなさ。あれは無意識に人を操るモノだ。

 それは一種権力者たちを虜にし得るものなのではないか。強き者たちが欲するのは何も、自らに付き従うものだけではない。強き者は同時に、更に強い者への憧れも有しているのである。彼女はそういった類の人間を引き寄せる何かがある。



 彼女の下に吸い寄せられていく人間こそ、時代の鍵となる者たちなのではないか。



 フィリップはこの聖女召喚によって、歴史は想像外の方向へ進んで行くのではないかという根拠のない未知の感覚にとらわれたのだった。


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