Quartett ハルダー少将の場合1
ここから少々おじ様方の重唱が始まります。
帝国情報局某所。
重厚そうな備品が一揃い揃っている室内で、4人の男が葉巻片手にじっと座していた。
各々紫煙を吐き出しつつ、思案顔でソファに腰かけている。
すると、とうとう一人がその沈黙を破った。
「さて諸君、実際対面してみてどう感じたかね?アレの印象は」
「頭脳明晰、冷静沈着、なにせ分析力が素晴らしい。あれだけ限られた情報の中から真実を突き止めるとは、恐れ入りましたよ」
「限られた情報、ではありませんな。正確には“ほとんど断片しか渡されていない”情報の中で、と表現するのが正しいかと」
「左様ですな。アレはこの世界の状態をほぼ知らないままであったはずです。何せ最初に連れてこられたのが西端の地ですからね。閉鎖的、未文明的な土地にあって、外界を察するには余りに世界は広すぎるはずだ」
彼の言葉に一同が頷く。
時は大国の思惑が渦巻く時代。列強と呼ばれる国家の中でも超大国として覇権を轟かせていた大トイトーネ帝国は、パクス・トイトーナとも言うべき世界秩序の要として、覇権国家としてあるべき姿を呈していた。
植民地政策が各国で始まった今、世界地図は急激に変化しつつある。エレバス大陸に集中する列強諸国は、高度技術革命を経て経済力を高めた。しかし技術革命によって変化を遂げたのは、何より軍事力である。
それまで軍隊といえば、単発式のマスケット銃に銃剣をつけた歩兵、鎧を着こみ軍馬を操って敵陣へ突撃する重騎兵、そして魔法によって時には敵陣を突貫し、時には敵砲や重騎兵たちの足止めをするべく防御に回る、魔法騎士たちによって成り立っていた。
それが、技術革新によって大幅に変革の時を迎える。
まず歩兵たちはマスケット銃ではなく、ライフリングの施された連発式の小銃ないし機関銃を持つようになり、かつ歩兵砲の装備も潤沢になった。砲弾の種類も豊富になり、長距離砲の運用も本格化し、工兵団の運用も始められている。戦車、自走砲、地対地ミサイル砲、その他幾つもの重火力兵器が開発されたことで、戦場はあっという間に火と鉄の試練に突入することとなる。
しかし何と言っても魔法騎士たちの運用形態の変革こそ、この技術革新による最大の功績と評して過大評価ではあるまい。
魔法騎士の運用に関しては、技術革新前から各国の間で運用率向上のための研究がしのぎを削られていた。しかし残念ながらこの数百年間、魔法という自然界の摂理を最大限に引き揚げ操る超常の力は、人間には到底扱いきれないもの、という認識がこびりついていたのである。
それは技術革新初期においても同様であった。当時列強諸国の中でも比較的早くに技術革新が勃興したテュッレーニア都市連合においても、魔法運用率の最大化、ないし魔術式の内蔵化による個々人の魔術錬成能力の向上、というとてつもないテーマの前には、手も足もでなかったのだから。その後カールパート共和国、ヴァーサ王国、イベロス民衆国、カプス王国、引いてはサヴィート連邦までもがこの魔法運用の研究に血眼になっていった。…しかしどれも、魔術という超自然現象を人間の手で自在に操る術には到達し得なかったのである。
そこで群を抜いて頭角を現したのが、大トイトーネ帝国であった。
魔術とはどのような過程でもってこの次元に具象化されるのか、それを研究すること数十年。かの国の研究チームは、一つの大きな発見をすることに相まみえる。即ち「新たな科学としての魔法」。魔法エネルギーを高密度化し一定の魔術回路を形成することで、魔法を超次元の不可思議な現象から、4次元空間へ作用する高次元エネルギーへと転換せしめたのである。これは、それまで魔法を一個の特殊現象として研究してきた他のどの国より画期的であり、また魔法科学がその産声を上げた瞬間であった。
勿論大トイトーネ帝国はその新技術を秘匿事項として独占しようと試みたが、技術革新が津波の様に伝播していったのと同じく、結局魔法技術も他の列強諸国の知るところとなる。こうして魔法科学は世界を震撼させ、大きな時代の波を引き起こした。
とはいっても、高魔術エネルギー利用や魔術回路の精密さという点で、未だ大トイトーネ帝国は他国を引き離し大きく一歩先を行っている。そしてその技術力は、軍事力という明確な形となって彼らをヘゲモニー国家足らしめていた。
そして今回彼らは、その魔法科学に更に大きな衝撃を与えるかもしれないモノを扱うことになるのだ。
中央に座す薄い金髪の、ハイエナのような眼をした男――即ちゲレン帝国情報局長官は、灰皿に葉巻を押し付けながら再び口を開いた。
「しかし皮肉なものだな…ロベールのような後進国どころか未開とも言うべき地域から、アレがこの世界に入ってくるとは」
「まあ子は親を選べずとも言いますし、偶然の産物という他ありませんな」
「鳶が鷹を生むとでも申しましょうか?賢い子供は親を早々に弑逆しそうですな」
「はっはっは、それは恐ろしい!」
相槌を打つのは先程まで密会を共にしていた帝国情報局レーリヒ第1部部長とテニッセン第1部11A(諜報プラン担当)課長。そして実は別室で全容を観察していた、ハルダー第1部部長補佐の3人だ。
ラインハルト・フォン・ハルダー少将は、当初密会に参加予定であった。しかしゲレン上級大将が「我々の会談を客観視する“眼”が必要である」と言い出したため、急遽別室にて密会場面を分析するという役目を任されたのだ。そうして密会が無事終わると、こうしてゲレン長官に呼び出されて先程の会談内容の第三者的意見を求められているのだった。
「してハルダー少将、今回の密談に関する貴官の率直な感想を述べたまえ」
ゲレン長官の言葉に彼は、しっかりと頷いて口を開き始める。
「まず第一印象ですが、入室する前からある程度こちらの出方を予想していたとは思います。入室時の反応を見る限り、特段動揺を見せておりません。少なくともクルマン大佐がその場にいるであろうことは予想していたかと」
「そうですね。西方鉄道で同行していた少尉からの報告でも、トイトーネ帝国の名前を聞いても特段動揺は見せなかったとあります。恐らくクルマン大佐がある程度の規模をもった国家に所属していると、最初から予測していたのではないかと」
テニッセン課長が彼の言葉を肯定する。そこでハルダー部長補佐は、テニッセン課長からもう少し話を聞いてみることにした。
「アレは道中どんな話をしていた?」
「そうですね、他愛のない会話も多かったとありますが…少尉からの報告の中心は、トイトーネの政治や経済に興味を示していた、というようなものです。どのような政治体制であるのかとか、あとは基本的人権の確認は念入りにしていたようですね。モノの価格などにも興味を見せていたと」
「ふむ、報告書を少々確認させてもらおうか」
「はっ、ご随意に」
ハルダー部長補佐は中身をざっと確認すると、視線を再び前に戻して話し始めた。
「まず結論から申し上げますと、私からアレを評価するならばまず、“少なくとも我々と同レベル、即ちミクロではなくマクロ的に物事を判断する思考力、そしてそれを支える豊富な知識力が備わったものである”ということです。まずここに到着するまでに、アレはトイトーネ帝国の国家体制がどういったものかを把握しようと試みている様に思われます。まあロベールではほぼ情報が無かったでしょうから、これから自分が向かう国がどのような場所なのか、情報を得ることを欲するのは当然のことでしょう。そしてどのような情報を欲するかという点において、相手の興味がどこに向いているかが窺えます。アレが興味を示しているのは、政治・経済体制等の国家活動そのものです。更に思想云々の話もしている。これは同行した少尉個人の思想の問題でなく、国家全体の話をしていると見受けられます。まずこの時点でも、アレの考え方は非常に我々のような立場の者に近い、と考えられます」
「確かに先程話をしていた中でも、国際情勢など全体像への言及が正確になされていた印象だな」
レーリヒ部長の言葉に、彼は大きく頷いた。
「ええそうです。異世界人――所謂“異人”と呼ばれるものは、今まで前例が皆無ではありませんが、歴史上を探っても天文学的な数値の確率でしか存在しないというのは事実です。その中でも、英雄譚に語られるようなものもあれば、領地改革を行ったというもの、新たなモノを作り上げたもの、各々個性がある。そういう意味でアレは、国際関係を操る人形師たる適性があると感じた次第です」
異人の存在確率というのは、非常に小さいものである。数百年に1度姿を現すかという程度であるし、現れる場所もバラバラだ。召喚方法も非常に曖昧さを含んだものだから、危険性や難易度からそう易々とは連れてこれるものでもない。
しかし述べたように、前例は皆無ではない。マッカ太守国の伝承で語り継がれる英雄譚の御伽噺の中には、恐らく異人であろうと歴史学的に推察されているものもあるし、カールパート王国にもその昔、召喚された上王家の謀略に巻き込まれつつも、それを収めて王妃になったという異人の話もある。イベロス民衆国の伝統料理の中には、異人由来と思われるものもあるとか。
異人研究において分かっていることといえば、彼らは皆その特性が千差万別であるということである。外見的特徴も性格も、特に傾向があるというわけではない。恐らく生育環境もバラバラで、能力もまちまちだ。つまり万が一召喚に成功したとしても、必ず当たりが出るかは分からない大博打というわけである。
ちなみにライヒに異人が存在していたという記録は、これまで一度たりともない。その国民性故なのかそれとも別の事情があったのか、トイトーネ帝国は今まで異人を召喚しようと試みられたことが無いのである。情報局の人間はある程度の地位にいれば、この国の歴史的な機密情報を必然的に知り得るから、これは嘘偽りなき真実であることは確かだ。
それが今回初めて、アレを内側に入れる計画を立てた。しかも情報局そのものにである。異人そのものを扱うことすら初めての試みな上に、国家の機密である諜報機関への取り込み。これを劇薬と呼ばずして何と表現しようか。だからこそ彼らは、慎重に慎重を重ねて全てを審議する必要があるのだ。
だが仮にこれで計画が成功すれば、彼らは思わぬ利潤を手に入れられる可能性を持っている。そもそも召喚したのはロベール。召喚に伴う多大な犠牲という名のお代は、未開の地が勝手に払ってくれたのだ。あとは上手に活用さえできれば、高い運用率で非常に有益な結果を生み出せるに違いない。
そう思わせる要素を、アレは単体で持っている。非常に高い魔力、魔力運用の効率性、それだけでもポーンの1つとしては有効だったろう。だが今情報局が欲しているのはチェスの駒ではない。それを操る頭脳たる一プレイヤーなのである。そしてアレはクルマン大佐の見出したところ、非常に研ぎ澄まされた知性と教養、観察眼と高次元的思考能力を持ち合わせている。であればそれを活用せずにいるのは、人材の無駄遣いではないか。
「我々との会話においての特徴は、如何様に感じたかね?」
ゲレン長官の質問に、彼は的確に返答した。
「正直なところ、大変冷静な状況対応能力を有していると感じました。何せアレは上級大将閣下の肩書を耳にした時点で、我々の地位や役割について、ほぼ理解しているように見えました。肩書や情報局の詳細について全く触れてこなかったのがその証拠です。アレは寧ろ自らの行動が制限されるからという理由で、我々の詳細について耳にすることを保留しています。つまりそれは、帝国情報局という機関がどういった特性を持つものであるか、その機密性を理解しているということです。この密会が一種の採用最終面接の様相を呈していたことも、把握済みかと思われます。その上で適切な説明をし、かつ閣下に対し対等な要求を提示している。あれは何かしら訓練されたもの、もしくは経験があるものでないと出来ないことかと」
「つまるところ、地位の高い人間への対応慣れ、交渉慣れが見られるということか」
「はい、その通りであります。恐らく以前の生活において、高度な訓練を受けている証拠かと。単なる無知からくる恐いもの知らずというだけであれば、あのような行動には出ません。アレは閣下がその場の最上位者であると認識した上で、全ての発言をしていたと感じられました。かつ交渉の主導権をこちらに握らせたと見せかけて、大事な場面では一瞬にしてそれを奪還していきました。その上で、自身の要求とこちらの利潤を考査し、相互の最大値を取るような選択肢を提示してきています。あれは並大抵の人間に出来ることではありません」
「ああ、その通りだろう。あれは相当高度な知能とセンスを持った人間にしか出来るまい。…して、アレの話の内容についてはどう思った?」
「鋭い洞察力も然りですが、驚くべきはその視野の広さですね。物事を国家レベル、延いては世界レベルで考察する能力がある。しかもそれを限りある情報下で瞬時に分析するとなると…正直なところ、我が機関の分析に特化している第3部の人間ですらも、あれ程までの分析・推察力を有している者はいるかどうか。そもそも地図を広げて一度軽く国名程度を説明されただけで、あれだけの国際関係を分析するのは容易ではありません。記憶力という点でも抜群でしょうね。そして地政学的観点や政治思想からのアプローチもしっかりとしている。我が国のロベールに対する思惑をああまで看破されるというのは、よもやそのロベールに居たものとは思えないレベルですよ。そしてそれを踏まえた上で、新たな提案を提示してくる。この内容も、聞いた限り斬新ではありますが、よくよく聞けば民衆の行動心理というものを深く追求した鋭いものです。支配政策に言及してきた点から考えても、人間単体ではなく国家という全体を見据えての発言をしていると捉えられます。人間という生物の生態を良く捉えつつ、資本としてそれを考える。素晴らしく能率的かつ冷徹な頭脳の持ち主かと」
「…そう、そうだろう。能率主義、客観的観測能力、決断力、冷徹さ。あのプレゼンテーションは最高だったと私からコメントさせてもらうよ!クルマンはとてもいい人材をスカウトしてきてくれた。私は今最高に愉快な気分だね!」
思わずゲレン長官の顔をまじまじと見てしまった。その表情は、鋭く光る眼光に対して口元は僅かに口角が上がっている。
…ああやはり。予想はしていたが、いや、これは予想以上だったか。
別室でやり取りを観察している時から感じていたのだ。これはゲレン長官が気に入りそうな人材だぞ、と。




