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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
32/59

第26話



 「まだ繋がらんな。詳しく話を聞かせてもらおうか」


 よし、私がこれから提案することに対する興味は引けているようだ。ここからきちんと緻密な論理性を持たせた説得力のある持論を展開していかねばならない。


 「まず彼らの宗教観は、国家に閉鎖性をもたらしています。逆説的に申し上げると、閉じた世界だからこそ信仰心に影を落とさない。ロベールは教会府の規制もあるのか、偏執的なまでに外界から目を背けている。それを純粋な暴力で以て開眼させてやろうとすれば、眠りを妨げられた赤子の様に泣き喚くでしょうね。…しかし同じ暴力でも、自分たちに都合の良い形で現れたらどうでしょう?例えば喧嘩しているところを、横から加勢して助けられたとしたら?自分以外の強い者を知らない子供であれば、相手に予想以上に抵抗されれば内心動揺するもの。そこを遥かに強い他人の登場によって救われたとしたら、衝撃と共にその他人を強者として認知すると思いませんか?」


 「…ああ成程、だいぶ話が見えてきた。つまり貴殿は、ロベールが苦戦している北方民族との衝突にトイトーネが第三勢力として加勢することで、ロベールにとってトイトーネが上位者であるという印象付けを行おうと試みると」


 「はい、そうです。そして上位者であると印象付けることによって、唯一神への信仰心に打撃を与えます。人間は弱いが故に、超常の存在を信じようとします。その超常の存在が、自分たちを導き救ってくれると信じることで、心の平穏を保つのです。ロベールは閉鎖的な環境故、唯一神こそ超常の存在であるとの思い込みが激しい。そして思い込みが激しい分、その概念に少しでも疑問を持たせられれば突き崩すことも可能なのです。目に見えないものに対して、一度猜疑心を抱いてしまえばそれを取り除くことは不可能に近い。超常の存在と同列に並ぶような印象を民衆の心に焼き付けてしまえば、ロベールの民は唯一神以外の強者の存在を認識し、大いに戸惑うことでしょう。つまりロベールの北伐へ新勢力として姿を現し力を見せつけることで、唯一神信仰に衝撃を与えられると考えます」


 「成程、確かにその手段は有効そうだが…具体案は?何かあるのかね?」


 「はい。私はご存知の通り、ロベールにおいて“聖女”という符号が与えられています。その立場は、唯一神の遣わした使徒のようなものです。その“聖女”が、新勢力を超常の存在として認め助けを乞う。トイトーネは唯一神と並ぶ超常の国家として認識されます。そうなると民衆の心理は、目に見えない存在より、身近で可視化された力を振るう存在の方が実質的に頼ることが出来ると感じ始める。結果として、ロベールの民は唯一神への信仰を無意識化に放棄し始め教会府は求心力を失う。あとはどういった植民地政策を選択するか次第ですが、いずれにせよトイトーネが段階的に支配権を掌握していけば、無駄な軍事物資や人的資源の損耗もせず、極めてローコストでロベールを支配下に置くことが出来る。そういった構図を描いております」


 部屋は沈黙で埋められている。レーリヒ中将とテニッセン准将は、腕を組み葉巻をふかしながら私の発言について考察している模様。ゲレン上級大将も、目を細めて顎に手を遣りながら提示した発案を吟味しているようだ。


 この案は、100%の成功を保証するものではない。まあ確率論的にいっても未来の事象に100%などという数字はあり得ないのだが、如何せん人間の集団心理に関わる事象故、確率を明確な数値化すること自体が不可能なのである。だが仕事で何かしらの提案するとき、定量的な表現によって理論に信憑性を持たせることは本来必須事項。そう考えると、私の今回の提案は相手への説得力という点で、少々押しが弱い。

 だが経済においても回しているのが人間である限り、必ず事象は人間の心理に影響を受ける。ましてや政治は人心操作の際たるものだ。詰まる所、如何に衆愚を操るかというのが国内政策の成否に関わるのである。


 正直なところ、物資と人的資源の多少の浪費を許容し、かつ「人道主義」という単語を辞書から追放する覚悟もあるのであれば、ロベールを編入するもっと単純な方法は存在するのだ。それはどんな方法か?――至って簡単、民族ごと根絶やしにするのだ。言ってしまえば民族の大虐殺、絶滅政策、ホロコーストである。彼らに人権を与えたままの管理が困難なのであれば、唯一神信仰という病原菌を持った“家畜”として、隔離し弾圧という名の治療薬を投与するか、屠殺する方が効率は良い。歴史的に見ても、この方法は民族主義や宗教対立、植民地支配等の場面で多く採択されてきた。古くは1890年前後のオスマン帝国によるアルメニア人虐殺から始まり、アメリカにおけるインディオの絶滅政策、オーストラリアでの白豪主義、WW2におけるユダヤ人ホロコースト、ユーゴスラヴィア紛争における民族浄化と、歴史を辿ればいくらでもでてくる事例の数々。最近は中国の内蒙粛清も、文化的大量虐殺だと問題になっていたっけ。特に米・豪・独のケースはかなり高度に組織化された殺戮だ。支配者側の組織力を鑑みれば、トイトーネもその気になれば、相当秩序のあるジェノサイドを行うことが出来るに違いない。


 こうして淡々と考察はしたが、勿論私は他の選択肢があるのであれば、根絶やし計画を進んでやろうという気は一切ない。いや、他の選択肢が無かったらするのかって?え、そもそも植民地支配とか考えている時点でアウト?いやいや皆さん、私は当然善良なる一個人としての感覚は持ち合わせているので、他人に無意味な暴力を振るって快感を覚えるような野卑な性癖を持った人間ではありませんよ。

 でもね、社会というものが形成されている時点で、他人との利害関係というのはどうしても発生するものでして。人間とは究極を言えば自己愛が本能的に組み込まれている生物。つまりどうしたって、自己利益を追求しようとする。だけど私にとっての利益はあの人にとっての損失っていうのは、一つたりとも同じ個体がいない以上、避けられない現実。じゃあどうなるの?そりゃ強い者が利益を得るに決まってるじゃない。強いっていうのは身体的強度だけじゃありませんよ。社会的地位や権力の有無、知能指数の高さ、精神的強度、総じて様々な分野における能力というものが、個人の“強さ”を決定するのです。

 であれば、当然強者足らんとするのは、生物の生存本能ですよね?そして強者になるためには、ある程度の取捨選択をしなければならないというのも然り。ああもちろん私は秩序ある状態があらまほしき世界だと思っているので、きちんと社会のルールは遵守いたします。その上で、如何にルールの穴を掻い潜るかにも常に頭を働かせるんですよ。ルールに縛られる側ではなく、ルールを策定し他人を制御する側に立つべし。これが私のモットーです。


 ああ少し話がそれてしまった。まあつまり私は目下最大の課題として、私をこの世界に引きずり込みやがった教会府、ひいては唯一神信仰に鉄槌をくれてやりたい。しかし勝者が歴史を作るとはいえ、元の世界史を鑑みても、絶滅政策をとれば関係者は後々糾弾される可能性が高い。かつ次点で暴力的な宗教弾圧も出来ればNG。じゃあ他にもっと紳士的に見えるやり方で一撃を食らわせられないかなあと思いついたのが、今回の提案。しかもトイトーネ側も、私とは違った理由で宗教問題を解決したいと望んでいる。だとすれば、結果としてロベールの植民地化という副次的作用があるとはいえ、私とトイトーネがwin-winになる解決法であればそれでいいじゃないか。

 ロベールの皆様の気持ち?そんなもの考えて何になる?私はロベール王国の行く末に関しては全く無関心である。国家の興亡は歴史の必然。ロベールという国が地図上から消えようが、トイトーネ帝国という国家が私を採用してくれる以上、私にとっては単に雇用主が変わるだけである。


 「ヴィトゲンシュタイン殿、貴殿はトイトーネ帝国民として、ライヒの国益を最大化させる方法として前述の手段を提案している、という認識で宜しいのかね?」


 ゲレン上級大将が静かに紫煙を吐き出しながら、こちらをじっと見つめて問い掛けてきた。


 「長官殿。お言葉ですが、私は我々の欲する結果を同時に導き得る有効な手段と信じて、当提案をさせていただいた次第です。それとも私にそれ以外の意図があると、仰られたいので?」


 「…貴殿が先程自ら述べていたように、貴殿はロベールにてかなり特殊な立場にあられるだろう?」 


 ああ、つまり信仰云々の話は方便で、本当はロベールが北伐を成功させるために体よく軍備を出させる魂胆なのではないかと疑っているわけだ。


 「それで、私がロベールにおける立場を優先させると?まさか!逆に長官殿は、私がロベールを優先させる理由がおありだとお思いで?」


 「貴殿を最初に見出したのは、一応ロベールだろう。しかも聖女という特別な地位にいるわけだ。あの閉鎖的空間でなら思うままに振る舞うことができる」


 まあ確かに、名目だけであれば好き放題出来ると見えるかもしれない。唯一神信仰という名の下に閉鎖的環境を形成する一国家。そこで“聖女”という唯一神の思し召しとして、崇め奉られる状況。身分的に言えば王侯貴族も超越する存在だ。ある種箱庭の中で超常に近い役割を獲得した、とも表現出来るかもしれない。

 しかしその実態は、基本的人権を尽く剥奪された教会府のお人形だ。自由意思なく信仰を強要され、かつ国家に軍事的脅威が現れれば当然の如く矢面に立たされる。都合の良い国家のマスコット兼戦闘機械。そこには人権もなければ選択肢もない、国家の奴隷としての役割があるのみ。

 そんなグレーゾーンどころか甚だしくブラックな職場など、誰が喜んで選ぶものか!


 「私は家畜小屋で一級品のラベルを付けられた豚になるよりも、農夫として一市民権を得る方が望ましいと考えますが」


 「それこそ“神のご加護”が付いていれば、家畜であろうと崇め奉られるのではないかね?」


 「長官殿、私が欲するものは衆愚からの崇拝ではありません。家畜は崇められようと結局家畜。最期は神への生贄にでもされて屠殺されるのがいいところですよ。私は自分の生に関しての諸々の権利を他人に掌握されることを、断固として許諾しかねます。ですから、私は表面上の如何なる煌びやかな記号を与えられようとも、家畜なぞになってやる義理など一寸も持ち合わせておりません」


 葉巻を咥え直して、目の前に座る狐を睥睨する。

 私はロベールで教会府に養殖される気はさらさら無い。そしてトイトーネにおいてもタダで飼い馴らされるつもりはないぞという、無言の圧力をかける。


 「…ふむ、貴殿の考えはよく理解した」


 睨み合いの末、ゲレン上級大将がとうとう折れた。


 「いいだろう、貴殿の提案は双方に利益をもたらすと認識した。必要分の軍備を捻出出来るよう手配しよう」


 「どの程度の規模の派兵をお考えで?」


 「そうだな…テニッセン准将、貴様はロベール北部の遊牧民を狩るのに、我が軍備でどの程度が必要だと予想する?」


 「はい。小官が愚考するに、国防軍の陸軍西方方面部隊一個師団もあれば、十分蹂躙可能かと」


 「空軍の戦闘機や爆撃機は必要ないと?」


 レーリヒ中将が少々驚いたように口を挟む。

 成程、トイトーネには既に戦闘機や爆撃機の類が存在すると。どの程度の性能かは分からないが、私の知る範囲の代物であれば、ロベールの竜騎士など航空戦力の数に入らないだろう。


 「ええ、敵航空戦力はほぼ皆無と見積もって間違いありません。彼らは空を飛ぶのに、炎鳥に乗ること以外手段を知らないようなので」


 「はっ、炎鳥だと!サーカス団か何かの間違いじゃないのかね」


 「それでいくと、確かに紛争と表現するのも大仰な気がしますね。魔法演出による竜と炎鳥が飛び交う人間群像、と称した方が適切かつ情緒性もあるかと」


 「まさか我々が大規模サーカスにまで出演することになろうとは、予想もしていなかったな」


 男たちの笑い声が部屋に響く。一頻り笑ったところで、ゲレン上級大将が再び口を開いた。


 「ちなみにサーカス団の規模はどれ程なのかね?」


 「規模凡そ10万と聞いております」


 「それに関して、発言宜しいでしょうか」


 ここは私の方が詳細な情報を持っているはず。何せそのサーカス団の相手をさせられるために拉致されてきたのだ。


 「どうぞ、ヴィトゲンシュタイン殿」


 「ありがとうございます。私がロベールで目を通した資料によりますと、北方民族の陸上部隊は歩兵と騎馬兵、弓兵で構成。これが約15万。加えて炎鳥に乗る部隊が約1万かと」


 「私の局が耳にしていた数と少々誤差がありますね」


 「公的資料は恐らく教会府あたりが圧力をかけて少なく見積もらせている可能性があります。…私は大学民族研究部の非公開資料をあたりましたので、そちらの方が“未修正”である確率は高いかと」


 「ああなるほど。確かにそうかもしれません」


 「そうか。数だけ見れば5個師団相当だが――」


 「――1個歩兵師団に1個機甲師団、航空部隊1大隊でもあれば単なる膺懲になりそうです」


 「そうか。では戦闘団を組織して向かわせるのが適当だな」


 「ええ、そのお考えに同意いたします」


 話はまとまりつつある。あとは相手が正式に約束を履行してくれるよう、期限を設定するのを忘れないことだ。


 「ちなみに国防軍参謀本部からの許諾はどの程度のお時間がかかりそうで?」


 「ふむ、そうだな。5日もらおうか。情報局でも少々審議する議案がある。それ次第で貴殿の要求に対する返答内容も変わってくるのでな」


 5日か。まあ妥当な日数だろう。情報局での審議内容というのが気になるところではあるが、そこまで突っ込むと退路を断つことにもなるので、今のところは言及しないでおく。


 「では5日後、具体案を提示していただくという形で宜しいでしょうか?」


 「承知した」


 「それとそちらからのご要望ですが、私が議決書の内容を確認させていただいてから詳細を伺いたく」


 「それが妥当な落としどころであろうな。よかろう、それでお互い手を打とうではないか」


 お互い目を合わせて頷きあう。初回交渉は無事成立というわけだ、ありがたい!


 「では5日後に」


 「ええ、宜しくお願い致します」


 差し出された大きな手をしっかりと握り返す。


 さて、ではその5日後が来たるまで、私も色々と得るべき知見を収集するとしよう。

 





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