第17話
道を進んだ先にあったものは、私が元の世界で馴染んだ移動手段だった。
いや、正しく言えばそれに類似するものといったところか?形状はほぼ同じだが、燃料がガソリンだとは限らない。
「パンデル、手配ご苦労」
「おう、“リック”殿もここまでの護送ご苦労だった」
現れたのは2人の軍服に身を包んだ男性。軍属の人間だろうか、肩章等を見る限り、声を掛けてきた男の方は士官のようだ。そしてエマール視察官とフラットな会話をしていることから、エマール視察官は本国ではある程度の官位に就いているとみた。
「マギーさん失礼。こちらパンデル、これから貴殿の護衛として就くものです。パンデル、こちら“マギーさん”だ」
「初めまして。そして宜しくお願いします」
「足元の悪いなかよくここまでお越し下さいました。未だ情報安全圏外ですので所属を全て明らかにすることはできませんが、お許しください。私のことは、パンデル01とお呼びいただければ。ああそれと、もう一人はパンデル02で結構。ここから先は我ら二人で護送させていただきます」
「パンデル02であります」
「どうも、“マギー”です。案内宜しくお願い致します」
パンデルというのは恐らく暗号名だろう。とりあえず今は官位の高そうな方を01、部下らしき男性を02と呼ぶとしようか。
一通り自己紹介をしたところでエマール視察官がパンデル02へ荷物を渡す。02はトランクへと荷物を入れると、ドアを開けて待機した。
「さあ、“マギー”様、こちらへどうぞ」
「ふむ…これは自動車ですかね?」
そう、目の前にある乗り物は明らかに自動車の形状をしていた。ただし私が良く乗っていた欧州車とは少々異なる。どちらかというと軍用車両だ。車高が高くしっかりとした装甲。更に全体が暗褐色に塗装されている。
「はい、いいえ。こちらは魔動車と呼ばれるものです。自動車もありますが、今回は悪路をかなりの速度で移動する必要がありましたので、魔動車の方をご用意いたしました」
魔動車か。恐らく燃料は魔力といったところか?どのように魔力を供給しているのかは知らないが、魔力がガソリンの代わりをしているのだろう。しかし自動車も存在するのか。推測だがガソリン車の方が燃費は良いのではないだろうか?魔力は個人保有の動力だ、無尽蔵に供給できるものではあるまい。まあガソリンも化石燃料は無限ではないという点で似たり寄ったりかもしれないが。
「ふむ、魔動車の方が馬力が高いと」
「ええそうです。高馬力を出力するには魔動車の方が有効なのですよ」
「そうなのか、勉強になりました。では早速乗車させていただくことにしましょう」
「では“マギーさん”、私はこれで」
「ああ、“リック”、これまでどうもありがとう、大変お世話になった。また数週間後に」
「ええまた後日」
簡単にエマール視察官に挨拶をした後、私の後にパンデル01、02達が順に乗車する。
パンデル02が運転席で確認をしている間、01が話しかけてきた。
「“マギー”殿、これから私たちは次のポイントに向かいます。そこで貴殿には鉄道に乗り換えていただくことになります。その際必要書類がありますので、先にお渡ししておきますね」
鉄道網があるのか、それは有難い!
この魔動車といい鉄道といい、かの国はきちんと産業革命期を経験した近代国家のようだ。少し安心した。
ところで01から手渡されたものを確認する。書類は2つ、A4サイズの三つ折りにされたものと、B7サイズの固めの手帳のようなもの。それと、金のロケットが三連になっているチョーカー状のもの。
手帳は黒色の革表紙に、金で紋章と文字が刻印されている。文字はロベール王国のものと全く異なるものだったが、どうも聖女の力というのは言語に対して汎用性があるらしい。私は表紙に書いてある文字列を読んだ。
「“大トイトーネ帝国・ライゼパス”…パスポートか」
「そちらが今後貴殿の身分証明書となります。貴殿らはパスポート、と称するのでしょうか?我々はライゼパス、もしくはパスと呼んでいるものです」
「成程、ライゼパスね」
ぱらりとページを捲ると、小さな顔写真の横に、文字列がいくつも並んでいる。文書タイプ、発行国コード、パスナンバー、氏名、国籍、生年月日、性別、本籍、発行年月日と期限、発行官庁、更に直筆サインが記載されているようだ。
正に私の所持していたパスポートと同じ形態。
…しかしきっちり軍服のようなものを着こんだ証明写真が印刷されているのだが、私はこんな写真撮った覚え一切ない。一体どうやって偽造加工したのやら?直筆サインもした覚えがない。いや、ロベール王国で「マーガレット」と名前を記載したことはあるが、ここに記載されているのは――
「“ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン”」
「はっ。これより国境を越境した時点で、貴殿は“ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン”殿として入国していただくこととなります」
また新しく自分の名前を覚えなおさないといけないのか。だが、「マーガレット」よりはいい名前かもしれない。私はネーミングセンスゼロだから、新しい偽名を考えるのも面倒だったし丁度良い。
「そうですか、了解しました。しかしよく写真とサインを用意できましたね」
「ええまあ、多少創意工夫は必要でしたが。まあそれが私共の本来業務の一部でもありますので」
「成程、貴殿らは給料分の業務をこなしたというわけだ」
これで給料分の仕事か。なかなか良い仕事振りではないか。
「それで、貴殿らは――」
「――それについてはまた後程。…02、定刻だ。車を出せ」
「はっ!承知いたしました」
パンデル02は運転席でびしりと敬礼すると、シフトチェンジして車を発車させた。
「ここから小一時間程度で次ポイントへ到着いたします。それまでしばしの間お付き合い下さい」
パンデル01が声を発するとともに、ぐんと魔動車の速度が加速する。
成程、確かにこれは相当馬力があるらしい。この様な碌に整備されていない山道では、私が元の世界でいつも運転していたような車高の極端に低い車は使い物にならないだろう。本格的なクロスロード車、例えばジープ・ラングラーやランドローバー・ディフェンダーのような車種でないと。
この魔動車は、見たところハマーh1に似た外観をしていた。ハンヴィーに近いが、重機関銃等は設置されていないようだ。だが装甲があるし、ルーフ中央部分に軽機関銃が設置してあるのを見ると、完全に軍用車両だ。半兵員輸送・半武装型といったところか?私は軍備に詳しくはないから、これ以上は良く分からない。
しかし飛ばす飛ばす。これ、何キロ出てるんだろう。米国一部公式ではハンヴィーの最高速度は65マイル程度だったはずだが…明らかに今出ている速度はそれ以上だと思う。多分90mph(時速90マイル)、キロ換算すると145kph(時速145キロ)は出てる気が…。山道でこれだけぶっ飛ばすとは魔動車の性能とは如何に。おかげさまでさっきからバウンドどころかラリーカーのようにフライングしている気がするのだが、文字通りflyしているのは私の感覚違いではあるまい。だって明らかに接地時間が少なすぎるもの。
向こうに到着して資料を漁る時間があったら、魔動車の仕組みについても目を通してみよう。単なる私の好奇心、趣味だ。乗り物となると、特に自動車や航空機の類は心躍るものがある。
そうやって魔動車という新しい乗り物に私がわくわくしている間に、大分道中は進んでいたらしい。再び01の方が声をかけてきた。
「あと600と少々でセカンドポイントに到着いたします。その前にこちらの説明もしておきましょう」
そう言って彼は首の後ろに手を回すと、カチッという音と共に首元についていたものを取り出した。
私にも渡されていたチョーカーだ。真ん中に金のロケットが3つ連なっている。手元にある渡されたものをよく見てみると、真ん中のロケットにはライゼパスに刻印されているのと同じ紋章が彫金されていた。
黒い双頭の鷲が一つの王冠を頂きに冠し、その両脚には剣と丸い装飾された球体を持っている。そしてその胸には、金色の文字のようなもの――頭文字だろうか――が描いてある。
恐らくこれがこの国の国章なのだろう。黒い双頭鷲ねえ…某欧州貴族の紋章と被るなあ。
「これは魔導術式起動機構装置、通称ハルスバントです。我々はこれを介して魔術発現を行います。魔力が全身を覆う筋肉だとするなら、これは我々にとって脳神経司令部のようなものです。貴殿には不要であるとは聞き及んでおりますが、通信用としての使用には利便性があるでしょう。また身分証明の一貫となります。これを付けていることで所属が明らかにもなるので、念のため装着願います」
ふむ、ロベール王国でいう魔術式を自動装置化したようなものだろうか?確かにカルメル氏が同じものを付けていた記憶がある。国民全員が付けているものなのか、それとも一部の機関に所属する者が装着するものなのか?
念のため密かに解析魔法を発動させてみる。…おお、これはなかなか複雑な機構をしている。例えるならばスイス製の高級精密時計のような?多数の緻密に配置されたパーツがそれぞれ同調・変換し合って魔力を魔術式へ置き換えているのか…成程、これは私には本来必要なさそうなものだ。
しかし身分証明の一貫と言われてしまえば、付けざるを得ないか。幸い隷属作用やその他怪しげな効用は見当たらないから、装着しても問題はないだろう。
一通り検分した上で、私は頷いてハルスバントを首に装着することにした。
「確かに通信用には便利であるようですね。身分証明の一部と仰るならば、納得いたします」
「ありがとうございます。これがあると、通関手続きが大分楽になるのですよ。逆に言うと、ライゼパスと同様、いやそれ以上に機密性も高い代物ということです。くれぐれも管理にはご注意願いたく」
「ああ、もちろんですよ。パスにしろハルスバントにしろ、貴殿らのご好意でご用意していただいたものと心得ておりますので。取り扱いには十分留意することをお約束いたします」
「感謝の限りであります」
そこで02が口を挟む。
「――そろそろバーデ駅に到着いたします」
「よろしい。出口脇へ止めろ」
車にしては速すぎるスピードだったのがだんだん減速していき、とうとう赤レンガの建物の横で魔動車は停止した。
「さあ、駅に到着いたしました。お降り下さい」
02が先に外に出て扉を開けてくれる。荷物も彼らに任せて先導されながら歩いていくと、そこには寂れた赤レンガの建物があった。駅長はおらず、憲兵たちが入口を固めている。
01は首のハルスバントを見せながら、憲兵の一人に声を掛けた。
「パンデルだ、所定通り対象を護送中。乗車許可を求む」
「バーデ憲兵、軍曹へ確認します。しばしお待ちを」
そうして1人が一度中へ引っ込んで、すぐに外へ出てきた。
「定刻通りの行動と確認。対象の乗車を許可いたします」
無事入口から中へ入り、赤レンガのトンネルを抜ける。
抜けた先には、ひっそりと駅のホームが佇んでいた。そしてそこに停車している機関車が、黒々とした煙を静かに吐いている。
「機関車ですか、これは今までの旅路よりは随分楽をできそうだ」
「ええ、でしょうね。何せロベールでは未だ蒸気機関が発明されていませんから、さぞかしご不便だったでしょう。しかしここからは我が国の領域。ロベールよりは数段快適な地上の旅をお約束いたしますよ」
「本当に、貴国の技術力に感謝いたしますよ」
そんな会話をしながら3人で列車に乗り込む。中はコンパートメントに仕切られていて、そのうちの一つに案内された。
「とはいえこれでもあまり大きくない方でしてね。ロベールへの列車は使用率が低いもので、そこまで費用が割かれていないというのが現状でして。少々手狭でしょうが一応一等車をご用意いたしました」
中は寝台特急のような感じだ。小さなベッドが一組と、机と椅子が設置された部屋である。
確かに予算はそこまで割かれていないのだろう、私が見たことのある寝台特急からしてみると大分簡素なものではあるが、清潔感はあるし最低限の実用性はありそうだ。少なくとも馬車よりは良い。それだけは言える。
「いえいえ、お気になさらず。ロベールでは大分サバイバルを楽しみましたから、それから見れば豪奢なものですよ」
「ははは、違いないですな!では荷物はこちらに。後程夕食の時間にお知らせに参りますので、それまでしばしの間お寛ぎ下さい」
そう言って彼らが去っていくと、早速身体をベッドに投げ出したのだった。
…ああ、疲れた。




