第16話
紳士淑女の皆様、遂にこの日がやってまいりました!
何の日かって?
もうお判りでしょう。
東方国家への夢の旅路です!
東都に滞在すること5日間。ピノ・ノワールの農場を見学したり、マルブルの研磨工場に行ってみたり、あとディジヨーヌ軍団との合同訓練もした。うん、あれは酷かった。ヴィザンティ軍団の時だって、「嘘だろうなんだこの運用効率は」っていう悪い意味での驚愕はあった。パーリツィ軍団との訓練のときも、「ああ、結局変わらずか」と落胆した。
そして今回のディジヨーヌ軍団。もうあれは、何だろう、烏合の衆とでも呼べばいいのでしょうか?一応この国は職業軍人だと聞いていたのだが、あれは兵農混成軍の間違いではないでしょうか?
軽騎士が定員割れしているらしく、一部は周辺農民の20前後の若者たちから志願者を募って(という名の強制徴収)訓練した促成部隊。なんと収穫期になると、一個連隊分はちゃんと農作業に戻るんだとか。なんて地元民に優しい軍団なんでしょうね!鍬も剣も使える農民を優秀と讃えるべきなのか、定員割れを農民から補填している軍団の運用方法に疑問を呈するべきなのか。私はもうコメントするのも疲れましたよ、ええ。
よっぽどピノ・ノワールの農場の方が効率的に経営されているのではないでしょうか?そりゃ名産地だから当然だって?なら兵士の名産地でもお作りになられたらどうでしょうかね?
兵士の名産地といえば、兵士が畑で採れる国があったような。あれくらい収穫量が多ければ、畑で取ってきた人間も、単純計算した“物量”として戦力になるのかもしれない。まあそれが成し得るのは共産主義だけだから、この国でアカの奔流でも起こって趣旨替えしない限り有り得ないだろう。しかしきっと偉大なる唯一神様のことだから、国を赤く染める前にその恩寵でもって国民を染め上げるに決まっている。
そんな素晴らしき4日間を過ごした翌日、エマール視察官から6日目からの行程についての再確認があった。皆さん、再確認は大事な作業ですよ。契約書に載っている小さな文字や、別紙参照になっている項目こそ大事なことが書かれていたりしますからね。
そういう意味でエマール視察官から提示された日程の再確認は、非常に重要だったと言える。まず、東方方面への視察について。一応王都での会談の時も説明はあったが、より詳細な確認作業がなされた。
当初通り、聖女は東都に2週間滞在。その間東都長官邸に併設された教会で自主訓練を行ったり、偶にディジヨーヌ軍団の視察をしたりする。自主訓練の間は集中力を高めるという意味で特別に隔離。つまりディジヨーヌ軍団の視察以外はほぼ周囲と隔絶した状況で過ごすというわけだ。その後、12日間かけて東都より更に東の東部丘陵地方へと視察に出かける。流石に連れてきた視察団全員では行かないから、半分の人員での行程になるとのこと。東部地方のストラブルゴ市に滞在後、また12日間かけて東都へ帰還するという手筈だ。
何とも無駄な日程である。
勿論私はこれの通りに動く必要はない。そこはエマール視察官とも再確認した。
聖女さえ行程通りの行動をしていれば良いのである。
つまり聖女という張りぼてさえ置いておけば、私は自由行動。
更に明確に表現するならば、身代わりを置いておけば良い。
その身代わりがきちんと用意されているのか、身代わりと交代するタイミングはどこなのか、という細かい時間をエマール視察官が前日に伝えに来てくれたのである。
前日調整とは急ではあるが、致し方無い。王都では王子が私に張り付いており、エマール視察官と二人きりで面談する時間が取れなかったのだ。だからとりあえず「身代わりを立てる」という確認だけして、後は現地でエマール視察官から通知されるだろうと待機していた。
結果として私は今こうして、変装しつつ一般人のふりをしてエマール視察官と二人駅馬車に乗っている。ガタガタと揺れる車体は東都までの道のりの比ではなく、あれでもまだ揺れない上等の馬車だったんだなあと手摺にしがみつきながら考えた。
最初は人が多く乗っていた馬車も、駅が東都から離れていくにつれてどんどん人が減っていく。終点に着くころには陽が大分落ち、ほとんど人もいなくなっていた。
「さて、ここから少々歩きます。悪路ですのでお足元にお気を付けて」
「どうも、“リック”」
エマール視察官も今は一般人に変装している。私たちはお互いを「リック」と「マギー」と呼ぶことにした。流石に堂々と「視察官」「聖女様」なんて呼んでたらただの阿保だ。逆に風変りな奇行者として覚えられるかもしれない。どちらにせよ目立たないための呼び名は必要だった。
ちなみに私が持ってきている手荷物は、必要最低限のものだけだ。エマール視察官からは「後は向こうに用意がありますので」と言っていたから、本当に最低限しか持っていない。大きくもなく小さくもない革の鞄一つだけだ。それも今はエマール視察官が持ってくれている。お陰様で私はとても身軽にガタガタの道を歩いているというわけだ。
小一時間ほど歩いた頃、とうとう林というにしては奥深いところまで進んできていた。恐らく小さな森の三分の一を来たところだろうか?
「脚は痛くありませんか?」
「大丈夫だ。荷物も持ってもらっているので私は身軽だし」
「良かった。そろそろ待ち合わせ場所です。迎えの者が来ていると思われます」
すると、前方からブロロロ…という微かな音が聞こえてきた。
ん?何だろう、エンジン音?
「ああ、来ていますね。…少々お待ちください」
いったん止まると、エマール視察官は喉元に手をやって呟いた。
「こちらビュオ01、パンデル01に告ぐ。“我矛を奏上せり”。繰り返す、“我矛を奏上せり”」
ふと彼の喉元を見ると、シャツの襟元からほのかな光が漏れている。…何だろう、何かの通信機を着用しているのだろうか?
そう思って見ていると、不意に喉元の光源から割とクリアな音声が聞こえてきた。
『こちらパンデル01、通信は確かに受けとった。魔力反応よりビュオ01の位置を特定。パンデル01、120以内に所定の位置に出現予定。オーバー』
「ビュオ01、パンデル01の迎えに感謝する。出現位置確認済み。こちらも所定の位置に待機済み、オーバー」
一通りのやり取りは終えたらしい。120以内に出現予定?2分程で例の迎えとやらが来てくれるということだろうか?
「さて、マギーさん。私はここでお暇することになりますが、ご安心ください。この後同僚が迎車を手配済みですので」
「そうか。是非ともここからの旅路が東都までの道のりより快適であることを願うばかりだ」
「ああ、そこは安心していただいてよろしいかと。何せ我が同輩らはこの国より数歩先んじておりますからね」
それは良かった。ここからまた臀部を痛めつけ腰や首を酷使するような道のりが始まったらと思うと、少々げんなりしていたところなのだ。
『こちらパンデル01、現刻をもって所定位置に出現完了。ビュオ01の応答願う』
「こちらビュオ01、所定位置へと移動を開始する。尚パンデル01の魔力特定完了。ライト照らせ」
すると前方から3回眩い光が瞬いた。
「ビュオ01、パンデル01を確認。そちらへ向かう、アウト」
喉元から手を離すと、エマール視察官は私に向かって手を差し出す。
「さあマギーさん、我が同輩の元へ」
さて、そろそろ楽しい東方への遠足が始まります。
彼女は良い転職先を見つけられるのか?お楽しみに:)




