表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
2/59

第1話


 「聖女様、この度は主の御遣いとして、我がロベール王国の呼びかけに応じていただきましたこと、心より感謝申し上げます」



 ん?未知の言語のはずなのに、頭が勝手に理解を始めた?


 一瞬の混乱の最中でも、まず「聖女」「主の御遣い」「ロベール王国」「応じて」というワードを脳がキャッチ出来る程には動いているらしい。この単語が並ぶ文脈の意味するところは何ぞや、と頭をフル回転させる。


 まずロベール王国という国が地球上に存在する、といった事実はない。陰謀論者の類であればそういった国も存在し得るのかもしれないが、生憎私はそれなりの高等教育を受けてきた常識的な一般人である。そのような名称の国は、少なくとも国際規定上存在しないことを知っている。


 次に聖女、主の御遣い等の語彙を聞く限り、宗教的な概念をもって話をしているという可能性がかなり高い。私も各国に知人がいたから、主よ、と祈りの言葉を捧げる習慣があることに対しては理解があるつもりだ。…しかし、「聖女」とは?彼の話しかける方向からみるに、私の隣の少女ないし私、もしくはその両方に対しての呼びかけと考えられなくはないのだが、如何せんその意味するところが全く理解できない。


 …ううんまずい。まあこの青年に今のところ害意は見当たらず、かつ会話ができるということは把握できた。兎に角今は、もう少し会話を掘り下げてみるしかないか。


 ちらりと横を見遣ると、先程まで泣き出しそうにしていた少女はぴたりと動きを止め、青年を凝視している。半開きになった口元と見開かれた目から想像するに、新たな人物の登場で驚きがピークに達して脳の許容容量オーバーになったのか。少なくとも彼女からまともな言葉が暫く出てこなさそうな雰囲気をみて、仕方なしに口を開いた。


 「あの失礼ですが、まず何方様か窺っても?」


 すると青年がぱっとこちらを見上げ、一瞬目が合う。青い瞳は見慣れた色よりやけに鮮やかに感じたが、そのままじっと見つめていると、青年は途中ではっとした風に再び頭を垂れた。


 「大変申し訳ございません!私、ロベール国王ルイ3世が第1子、フィリップと申します」


 この際国王だとか3世だとかいう、大仰な文句があったのは聞き流そう。ここで突っ込んでも話が進まない気がする。正直何かの芝居に付き合わされている疑いも晴れないが、他の懸念事項を詳らかにする方が先決だ。


 「そうですか。では次に質問します。先程貴方が仰った『聖女』の意味するところとは?」


 「ああ、聖女様、もちろん貴女様方(・・・・)のことでございます。主の意思を伝え、我らの問いかけを主へと奏上なさることが出来る存在。稀に我らが人間の呼びかけに際し、主がその御身の代わりとして下界へ降ろされることがあると聖書にもありましたが…まさか本当に、私たちの呼びかけにお応えいただきご降臨いただけるとは!」


 ふむ。これはすごくまずいヤツだぞ。


 どうやらこの自称王子の青年と、恐らくその後ろ側に控えている司祭擬きたちどもは、私とこの少女のことを「聖女」だと宣っている。彼らの理念はある種の一神教のそれだろう。主は唯一神、そして唯一神の伝道師となるべく遣わされる天使のような存在が、聖女の役割といったところか。


 だが現代社会にて、神とはもはや形而上的存在でしかない。地球上に宗教は五万とあるが、神の存在を示す超常現象らは、そのほとんどを科学的検証によって悉く解明されつつある。

 ではこれだけ世の中に宗教がありふれる理由とは?これは巨大勢力を誇る伝統的宗教の、歴史的変遷を鑑みれば分かることだ。それらの真理は“神”という絶対的な存在を作ることによって社会的規範を一律化し、それを信仰という形で個人が契約関係を結ぶことで誓約させる。有体に言えば、社会的理性の集団化である。そういうものだと私は解釈している。

 そう解釈した上で、信仰自体は個人の自由だと考えている。つまり絶対的存在との契約関係がないと自我を理性化できないものは、信仰心というものを利用すればよいし、常に理性的社会動物足り得る自信がある者は、何も形而上の存在に頼らなくてよい。ただそれだけの話だ。


 しかし問題なのは、その「信仰の自由」を勝手に侵犯してくる輩がいることである。

 その最たる例が、今目の前で騒めいているこの何教だが知らない宗教団体だ。


 お前たちが契約主に祈ったか何をしたかは知らないが、こちとら何の関係もない赤の他人。そんな無関係者をどういうわけか巻き込んでおいて、「聖女だ」と祭り上げてくる。…これはあれか?質の悪い新興宗教のよくやる手先で、拉致監禁の上の洗脳をされている状況なのか?


 だとすれば、この手の人間に真正面からぶつかろうとしても精神力の無駄である。ここは相手の話を聞くふりをして、位置情報か拉致手段を上手く誘導尋問し、その上で脱出の機会を検討するしかあるまい。


  …と、考えたのだが。


 「そんな、私が聖女だなんて、絶対違います!」


 隣の少女の叫び声に先んじられた。


 「いえ、聖女様。私どもの呼びかけに対しこうしてご降臨なさったことが、既に聖女様であることをお示しになっているではありませんか」


 ほらきた。洗脳しようという輩は、大体こういう話の流れにしかならない。

 まあいい、私もずっとこれらの話相手をするのも精神的に疲れるから、ここはいったん少女にその役を任せようではないか。


 「そんな、私はただ普段通りに学校にいただけで…聖女なんて言われるような者じゃありません」


 「聖女様は謙虚でいらっしゃる。貴女方には特別なお力がおありではないですか」


 「何いってるんですか。私にそんな力ありません!」


 「そうですか、聖女様はまだご自身のお力にお目覚めになっていない…。いえしかし聖女様、貴女は既にそのお力をお見せになっているではありませんか」


 「どういうことですか?」


 「貴女方は既に膨大な魔力を放出していらっしゃいます。…大司教殿、説明を」


 魔力、ねえ。はてさてどんな説明をされることやら。

 大司教と呼ばれた人物が前に進みでてくる。気紛れに観察してみたが、こちらも相当に年が若い。まだ十代の若者と見た。何と言うか、中性的な雰囲気のある面立ちである。薄紫の長髪を後ろで一括りにし、首からは宝飾品で飾られた、鍵の様な紋様の大きなペンダントをぶら下げている。恐らくその紋様のようなものが、彼らの宗教のシンボルなのであろう。


 「お初目にかかります聖女様方。大司教の職をいただいております、レオと申します。ご説明の機会に預かり光栄です」


 「あの、レオさん、ですよね。頭をあげて下さいっ」


 「嗚呼、聖女様はお優しくていらっしゃる。いえ、そういう訳には参りませんので、このままご説明差し上げることをお許し下さい。まず、貴女方には主の御加護が付されていらっしゃる。現に、私たちの言語を何の障害もなく解されているのも、その印でしょう」


 「え、でもさっきからフィリップさんもレオさんも日本語を喋って…」


 それは先程から私も、違和感を感じていた。一番最初、私が聞き取った騒めきは、明らかに私の理解する言語のどれでもなかったはずだ。しかし今こうして私は、彼らの言語を母国語のように理解している。彼女のように彼らが日本語を話した、と一瞬思いかける気持ちは分かるが、それは違う。

 何が違うのか。口元の動きが明らかに日本語とは異なるし、耳が聞き取る言語も私の理解する言語のどれにも当てはまらない。どういうロジックなのか、彼らが発しているであろう言語が、私たちの頭の中で勝手に母国語変換されているようなのである。


 「私たちには聖女様方の有する言語を解することも、使役することも可能ではありません。これは偏に聖女様方が主より、私たちと交流するための御加護を有しているという証でございます。」


 ふむ、つまり何某かの力が働いて、彼らの言語を脳内で母国語へと自動変換していると。彼らはそれを主の御加護だとか言っているが、この際「一種超常現象とも見える高度な科学技術」とでも定義しておくか。


 「えっと…でも、その、単に言葉が変換されてるとか、そういうことじゃないですか。それ以外に私は特別な力なんかないし…」


 「いえ、聖女様。まだ本格的にはお目覚めになられていらっしゃらないようですが、貴女方には特別なお力が十分に備わっておいでです。――聖女様方には尽きぬことのない魔力が、その御身から溢れ出ていらっしゃる。現に、私たち以外の者が貴女方に近づくことができないのも、その溢れ出る膨大な魔力故でございます」


 「え?魔力?そ、そんなの私には…」


 「では失礼ですが、そのお力をお試しになっていただきたい」


 「え、何を――」


 その瞬間、自称王子の方が懐から短剣を取り出し自らの腕を切りつける。その傷口からは、紛れもなく赤い血が流れ出た。


 「やっ!な、何しているんですか!急いで手当を――!」


 「では聖女様、私の傷にお力をお流し下さい」


 「そんなことできないって、さっきから…!」


 「いいから貴女、やってみなさい」


 私が言葉を発すると、今しがた私が存在していることに気づいたかのように、少女がはっとしてこちらを見上げた。…目の前の新しい登場人物に夢中になっているとは感じていたが、まさかそこまで私の存在感がなかったとは悲しいことだ。


 別に彼らの言うことを、全て信じたというわけではない。私はずっと彼らと彼女の会話、そして周囲の状況を観察していた。その上で理解できたことが二点。

 まず、彼らには明確な身分区別があること。自称王子と自称大司教、これがほぼこの場におけるトップ。向こうには騎士の様な格好をした者たちも、片膝をついて控えている。ちなみに私たちは使徒のようなもので、彼らからしてみれば敬意を払う存在であること。

 次に彼らが、私の知り得る以上の技術を有していること。言語の変換といい、ここまでの移送手段といい、明らかに一般人が理解するような手段では説明できない。そもそも私が拉致された時刻は深夜。そして話の断片を聞く限り、この少女が誘拐されたのは日本の高校で授業間の休憩中。私のいた国との時差を考えると、私と彼女が誘拐されたのはほぼ同時点となる。体感時間があてにならないとは言えども、遠く離れた場所にいたはずの2人の人物を、短時間で同一箇所に集める手段というのは、一般常識的には説明がつかないのだ。


 今あるこうした事実から考えるに、取り敢えず相手がこちらを丁重に扱っているうちに、相手の全容をできるだけ探るしかない。特に謎の技術の解明は最優先だ。せめて私の頭でも理解できるくらいにはその事象を把握しておかないと、何か不測の事態があった場合に対処しかねる。


 だからこそ、彼らのいう「魔力」とやらがどういった事象を引き起こすのかを、今のうちに検証しておかねばならないのだ。


 「聖女様、お言葉添えありがとうございます。…さあ、私に貴女のお力を」


 そう言って自称王子が腕を差し出す。少女はおろおろとこちらとそちらに目を泳がせていたが、血の流れる腕が気になったのだろう、咄嗟に両手を差し出した。


 少女が彼の腕に手をかざした途端、少女の掌から光が溢れ出る。少女はぎょっとしたように手を引きかけたが、彼に「そのまま祈りをささげて下さい」と言われると、自信なさげに目をつぶって手をかざし続けた。


 ――結果、光とともに、青年の腕にあった傷が跡形もなく消失した。



 「え?!傷、消えた??え、何これっ」


 さて、これはいかなる現象ととらえるべきか?


 魔法。確かにこれは「魔法のようだ」と感嘆すべき現象だ。しかし何らかのトリックを使った、それこそマジックの様なものとも形容できる。

 そうだ、では試しに私もやってみればよいのだ。何事も実践というではないか。聖女というものが魔法とやらを使えるというのであれば、私も何かしらの事象を起こせるはず。思わず混乱した頭でそう考えた。


 できれば彼らがトリックを仕掛けるような懸念もなく、純粋に私が何某かの力を持ち得るという確証が得られる手段がいい。…そうだ、この場所の位置を把握するというのはどうだろう。


 そうとなれば実験だ。少女がしていた行動といえば目をつぶる、手をかざすといったものだが…私は信用の置けない人間の前で、自らの視界を閉ざす真似は絶対したくないし、手をかざしたら私が何かしようとしているのがばれてしまう。うん、ただ頭でイメージでもしてみるか。


 ほとんど何も起きないに違いない、と思いながらも、頭の中でこの建物の天井を抜け、空から俯瞰図を見るイメージを作ってみた。



 ――見えた。見えてしまった。



 青空の下、眼下に広がるのは白っぽい街並み。その中央に、大きな尖塔を擁する一際白く輝く高い建物が見える。見えるとは言っても不思議なのが、目をつぶっていないからか、目の前にあるはずの広間の光景と街並みの景色が、半透明に重なり合って見える。うん、正直言ってすごく気持ち悪い。

 目の前に半透明のスクリーンがあり、そこに白っぽい都市の街並みのようなものが映し出されているような状態なのである。


 いや兎も角、物は試しでもう少し観察してみよう。街並みの詳細を覗くイメージをしてみる。例えば中央の建物の入り口付近。すると景色がクローズアップされ、黄金の大きな門と両脇に立つ衛兵のような人間がいるのが見えた。何やら衛兵同士でお喋り中のようだ。

 聴覚も同調できるのだろうか。好奇心まじりに耳をそばだててみると、微かに話し声が聞こえてくる。


 「なあ、今日はやけに教会の警備が厳重だよな」


 「ああ、憲兵たちがそこら中に張り付いてる」


 「どうも王家の人間が教会に入っていったらしいぞ」


 「とするとあれか、あの噂って本当なのか?」


 「聖女様が降臨なさるっていう――」


 何だか化かされた気分だ。

 混乱する頭を整理するために、もう一回街全体を俯瞰するイメージを作る。今度は更に広範囲に。できれば地理が分かるような広域で。


 すると半透明の光景は、ズームアウトするようにするすると縮尺を変えていった。先程の教会だろうか?尖塔のある大きな建物を中心とした巨大な街並みは、丸く城壁に囲まれている。その周りには点在する建物群と農業地帯。城壁の外側には河川も流れている。恐らく右側向こうに見えるのは湾岸だろう。多少海に近いのかもしれない。左側は内陸地帯なのか、山の稜線も微かに見えた。


 だめだ、いったん情報を整理せねば。俯瞰するイメージを急いで取りやめると、半透明の景色はすぐに掻き消えた。


 念のため周囲を確認するが、私以外に今の光景が見えたものはいないようだ。ずっと横で自称王子と自称大司祭、そして少女のやりとりが行われている。


 「ですから、聖女様には強大な魔力がおありになるのです。私どもの国は、今や北方から襲来してくる蛮族に侵されようとしています。聖女様に、厄災から我がロベール王国を救うべくそのお力を貸していただきたいのです」


 「そんな…」


 「北方からの蛮族は野蛮で不信心で、神聖なるここ聖都に攻め込むつもりです。私たちは、主から約束された大切な土地を、蛮族どもに明け渡すわけにはいきません。しかし蛮族は野蛮で暴虐を尽くし、我が国の北方都市をすでに蹂躙しつつあるとのこと。このままでは、我が軍勢は劣勢を強いられる。そこで私たちは、主に抗う力を望んだのです。その結果が、貴女方のご降臨でございます。これは主の御心、思し召しでしょう。ぜひとも我らに、蛮族を撃退するそのお力をお貸しください、聖女様!」


 

 聞いたこともない言語と国名、知り得ない不思議な力、時代錯誤な風景があり得ない規模で広がるその光景。

 そして国が蛮族とやらに攻められ、反攻する力を聖女たる私たちに貸したまえと宣う。



 何なのだ、これは。


 あり得ない、私を縛る常識というものが、あり得ないと全理性をもってして叫んでいる。


 それでも、その常識とはいつか何かの拍子にあっけなく崩れ去るものなのかもしれない、とも頭脳が囁く。



 …どうしよう、本当にここは私の知る世界ではないかもしれないという可能性が濃厚になってきた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ