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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
19/59

第14話



 3日後。盾の聖女と大司教は華々しく王都へパレードと共に入都してきた。


 パレードのルートは私の時と同じ。王都の西門から入り、時計と反対回りにぐるりとメインストリートを一周。その後王宮前の広場へと向かい、王宮入りするというコースだ。

 メインストリートには溢れんばかりの人だかりができ、家の窓から国旗を振る市民たちが大勢見える。道には花びらが振りまかれ、遠くからでも人々の歓声が聞こえてくる。


 私?もちろんそんな人だかりは避けたいので王宮の自室にて惰眠…といきたいところではあるが、残念ながら入念な準備の最中だ。

 私は直接は市民へ姿を見せないが、王宮内にて盾の聖女を迎え入れるという七面倒な儀式が待っているのである。そのため身なりを整えなければならない。聖女のパレードを高見の見物といかないのが、悔しいところである。


 「マーガレット様、御覧ください。青のドレスに金の刺繍、装飾品もそれに合わせて金とサファイアとダイアをあしらったもので、とてもよくお似合いですよ。先日の衣装合わせでもぴったりでしたが、改めて拝見すると本日もまた一段とマーガレット様の御美しさが引き立っておりますね」


 にこにこしながら話しかけてくる侍女たち。どうでもいいから早く終わらせたいと内心叫びつつ、表面上は努めて落ち着いて答える。


 「ああ、貴女方が見立ててくれたお陰だね。とても良い仕事ぶりだ、感謝するよ」


 「いえいえそんな、私たちはマーガレット様の本来の御美しさを更に輝かせるお手伝いをしただけですわ」


 「そういえば、殿下は黒の衣装にラルコンシエルの宝石をあしらった衣装をお召しのようで」


 「まあ、それは素敵だわ。マーガレット様の御髪と瞳の色に合わせたのですね」


 「お二人が並べばそれはそれは美しい絵になりましょう」


 何やら侍女たちが楽しそうに騒いでいるが、衣装を揃えるのは当然だ。何せフィリップは名目上私の後見人のようなものなのだから、セットで考えられるのは当たり前の話。実務性のない儀式ほど、様式美というのを重んじるものである。


 私は様式美や形式美を軽視するつもりはない。ある程度大衆の心理を動かし得るという点において、そういったものはほぼ無意味であっても無価値ではないのだ。プロパガンダがその良い例だろう。周到に用意され計算された形式美たちは、群衆の思考を画一化させ衆愚を生み出し支配せしめる。全体主義的構造の構築には欠かせない一品だ。


 とはいえ、自分が主体となって計画するものであればまだしも、他人の脚本に付き合わされるのは私の趣味ではない。だから、この儀式で着飾るという行為は私にとってとても面倒な作業なのだ。全く、さっさと東方へ逃げてしまいたい。


 「マーガレット様、隣の間で殿下がお待ちです。お時間もそろそろですし早速参りましょう」


 内心でぐちぐち文句を言っているうちに時間がきたらしい。

 さて、宮廷の貴族や官僚たちを観衆に、王子とマリアと大司教と下手なお遊戯会でも演じてみせるか。


 そう考えながら、案内されるがままに部屋の外へと足を踏み出したのだった。





 儀式は(つつが)なく執り行われた。

 無事マリアのパレードが終わったあと、王宮内の大聖堂にて盾の聖女入殿の儀。ここで私が王子と共に無意味な言葉をつらつらと読み上げて、全員でありがたそうに唯一神への祈りを捧げ、閉会する。

 そして現在、私はマリアとフィリップとレオの4人で、客間の一つに腰を落ち着けていた。


 「フィリップさん、マーガレットさん、なんだか久しぶりな気がしますね」


 「マリア様、お久しぶりです。お元気にしていましたか?」


 「はい!レオたちがとっても良くしてくれたので、すごく楽しく過ごせています!」


 「マリア様は本当に優しくて慈悲深い方だからね、その愛らしい姿を見て心を和ませている者がたくさんいるんだよ」


 「ええっ、レオっ愛らしいって…!変なこと言わないでよ!」


 「あはは、マリア様は恥ずかしがり屋さんですね。しかし仲良くやっていることは喜ばしいことですよ、楽しく日々を過ごされているようで安心いたしました」 


 目の前で繰り広げられる穏やかな会話たちに合わせ、私も形上にこやかな表情をしておくことにした。


 聞くところによればマリアは、魔法の使い方をある程度会得しつつあるとのこと。あのごちゃごちゃした術式たちをいちいち覚えていくのは面倒極まりないだろうが、きっと彼女ならその若い頭脳でなんとか処理すると思っている。

 ちなみに私の様に無詠唱かつイメージのみで術式を発するには、聖女故に保有している体内魔術構築機構と、その術式の持つ自然界への科学反応をある程度理解することが必要だ。説明すると、体内にある魔術式構築システムを科学反応の脳内処理によって起動させ、物質・空間に干渉させる。

 だから、知識と経験の差からマリアには無詠唱での術式行使が難しい。そのため彼女は一から魔術式を覚えていかなければならないという、とても非生産的な状況にあるのだ。まあ実は治癒術式の場合、膨大な魔力さえあれば魔術式を完全に覚えずとも治せてしまったりするのだが。それはそれで効果の割に膨大な魔力を消費するため、大変非効率的なのである。まあ精々頑張り給えといったところだ。


 「マーガレットさんは、もう軍団のひとたちと一緒に訓練したりしてるんですよね。私はいつになったらできるようになるのかなあ」


 「大丈夫だよ、マリアだって高度基礎魔法はだいぶできるようになったんだろう。十分順調だと思うよ」


 「そうですよ、マーガレット様の仰る通りです。マリア様も追々治癒術式をお使いいただくことになるでしょう」


 「そうかなあ、早くできるようになるといいな!」


 本当にこの少女は素直で勤勉である。私なら能力が少しでも足りないと感じれば、それを理由に聖女なんて役割さっさと降りられないか画策し始めるところだ。聖女という仕事を合意の上で請け負ったつもりは一切ないので、代わりのポジションが見つかれば喜んで転職を考えようと思っている。出来ればこれから赴く東方にて良い転職先が見つかると良いのだが。

 労働法規がしっかりと策定され機能していて、安定した経営がなされていることが最低限の条件だ。望むらくは能力主義を推奨し高報酬で、ついでに有能な上司のいるところがいい。まあ今のところこの国以外でどこまで私の能力が評価されるかは未知数なので、最初から高望みしない方が賢明だろう。


 「そういえばマーガレットさんは、これから東都に行くってきいたんですけど」


 マリアが話題を振ってきたので、それに応える。


 「ああそうだよ。定期的に組まれる東方方面視察団に、特別に同行させてもらえることになったんだ」


 「へー、視察団かあ。東都ってどんなところなんですかね?」


 「東都といえばディジヨーヌ軍団の常在している都市ですね。あとは近くに採掘場があるので、マルブル建築が多く見られる場所として有名ですよ」


 「マルブル建築?」


 「ええ、マルブルとは白色の地に斑紋が入った美しい石なんです。主に白色に灰や黒等の模様の入ったものですね。マルブル建築とはその石を使用した建築物のことを指します。とても美しいもので、東都と言えばマルブル建築といっても過言ではないかもしれませんね」


 「私も文献で東都のことは少し調べさせてもらった。マリア、恐らくマルブルとは私たちでいう大理石のようなものだと思われる」


 「ああ!大理石ですね!こっちではマルブルっていうんだ。へー、大理石の建物かあ、すごい綺麗な街並みなんだろうなあ」


 「ああ、東都のあの街並みはとても綺麗だよ」


 「レオは行ったことあるの?」


 するとレオは少し懐かしそうな表情で話した。


 「そうだね、小さい頃に一回だけだけど。白に灰や黒が混ざりあった綺麗な石造りの建物が立ち並んでいてね。特に東都長官邸と教会は全部マルブルで出来ていて、それはそれは美しかったんだ。確かあの時はフィリップ殿も一緒でしたよね?」


 「ああ、そうだな。私も丁度学生時代で、東方方面視察団に同行する形で行ったんだったか。あの時はレオもまだこんなに小さくて可愛かったよなあ」


 フィリップが手でこのくらい、と高さを示すと、レオが恥ずかしそうに手を振った。


 「ちょっと、可愛いはやめてくださいよ!まだあの時は10歳にもなっていなかったから、小さいのは当たり前ですし!」


 それにマリアが目をきらきらさせて身を乗り出す。


 「えっ、レオの小さい頃ですか!絶対可愛かっただろうなあ、見てみたかった!」


 「ええ、それはもう…」


 「だからフィリップ殿はやめてください!マリア様もそんな面白くもないこと聞くものじゃないよ」


 「ええー聞いてみたかったのに」


 マリアが口を尖らせていると、フィリップがウインクをしながら茶目っ気たっぷりに答える。


 「じゃあマリア様にはあとでこっそりお教えしますね」


 「こらフィリップ殿!」


 ああ、わいわいと楽しそうなことだ。こうして見ているとフィリップもレオもマリアも、年相応の雰囲気がする。マリアはどちらかというといつも通りだけど。一応私は実年齢でいうとこの中で一番年長者だし、自分の家庭を持っていたという点で少しばかり毛色が違うんだよなあと思い出す。

 まだ小さかった私の子供も、いつかこうやって幼女から少女、少女から大人へと成長していくのだろう。その成長を見たかったという思いは多々ある。

 正直私はキャリアを優先しがちという点で良い母親ではなかったと思うし、育児は夫の両親に任せっきりだった。夫も仕事は多忙だったが、それでも娘をかなり溺愛していたから、出来るだけ都合はつけていた。私の方が、自分の子供に対する態度は淡泊だったかもしれない。


 しかしこうして永遠に別れることとなった今、改めて考えてみると、やはり私の中にも私なりの愛情は家族にあったのだと思う。夫は元気にやっているだろうかとか、娘の将来を案じてみたりだとか。こういったふとした時間に考えたりするのだ。


 そうして少しばかりの寂しさを感じたりする。ああ、私は家族と離別したんだと。愛すべき私の家族たちは、最早二度と会うことが叶わない。


 だが、だからといって永遠に家族を失ったとは考えない。

 私は家族を失ったのではない、引き離されたのだ。これから先、私たちは別々の道を歩むことになる。夫と子供は新しい母親を迎えるかもしれないし、私も家庭のためにはそうした方が良いと考えている。それに私もこの世界で、個人の権利と幸せを剥奪した唯一神の概念に報復しつつ、新しい人生を生きていくことになるだろう。


 しかしそれは家族の喪失を意味するのではない。私たちは、どこにいても、誰といても、何をしようとも、いつまでも家族であり続ける。その存在は確かであると私は信じている。


 だからこそ私はこうして、新しい道をしっかりと歩んでいけるのかもしれない。


 It's no use crying over spilt milk.そう、嘆いたって仕方がない。そもそも溢したのは私のミスではなく、勝手にカップを奪い取られてミルクをぶちまけられた様なものだ。嗚呼、唯一神に災いあれ。

 こうやって唯一神という概念を呪いつつ、積極的に行動し新しい人生を形成していく。それが今私に出来ることであり、これからの生き方なのだから。


 「――ですよね、マーガレットさんもそう思いません?!」


 私が少々物思いに耽っていた間に、3人で話が盛り上がっていたらしい。何やらマリアから同意を求められたが…失礼、全く話を聞いていなかったよ、マリア。


 3人が私の反応を待っているので、仕方なくにこりと笑って答える。


 「ん?あー、そういう考え方もあるね」


 

 まあ、こうした下らない平和な時間というのも、思考の整理には悪くないものだ。

 そんなことを考えながら、目の前で再び繰り広げられる会話にぼんやりと耳を傾けるのだった。




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