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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
18/59

第13話



 エマール視察官との面会を終え、さっさと書類の詳細に眼を通してしっかり内容を頭に叩き込まねばと意気込んでいた私だが、お仕事を立て続けになされてお疲れでしょうとの侍女のお節介が入った。いや、こんなたったほんのちょっとの面会程度で疲れていたら、私は元の世界で仕事のしの字もできなかったに違いない。まあ聖女の仕事とはある意味聖女たることそのものが仕事でもあるのだが…日本の皇室のようなものだろうか?正直私には、全く適性がない職務だと感じる。


 しかし職歴や個人の職業適性というのは、聖女様には関係ないらしい。お陰様で現在、フィリップと王宮の温室でアフタヌーンティーを嗜んでいるところである。


 温室は良く整備されているのか、ガラス張りのドーム型の建物に色とりどりの植物が咲き乱れ、蝶が飛び交っている様は美しい。よく見てみれば、室内の温度・湿度調整や陽光の取入れなどに、幾つか魔術式が活用されている。こういったところにはある程度の術式運用がなされているというのに、何故国力に大きく影響する軍需産業への魔術技術参入がなされていないのか…もはや嘆くより七不思議に感じられてくるくらいだ。


 「マーガレット様、こちらの温室は初めてでしたよね。いかがでしょう、南都付近に生息している植物等を中心に、希少な品種を集めてきたものです」


 「素晴らしいね。特にあれなんか、見事な枝ぶりじゃないか」


 私が指したのは薔薇の苗たち。オールドローズ系なのか、ダマスクローズの香しい薫りを一帯に漂わせている大輪の白い花弁たちが見えた。


 「ああ、あれはデーム・ジュリエッタという品種ですよ。美しいですよね、育てた庭師が密かに憧憬を抱いていたある貴婦人を連想したのだとか」


 はあ、とってもお貴族的なロマンティシズム?砂でも吐きたくなる気分だ。


 「へえ、外見も洒落ているが、名の由来も洒落ているねえ」


 「あれはアンシャンロゼという品種のなかの一つですが、ロゼの中でもレーヴロゼという珍しい品種がありましてね。現在開発途中なのですが、もしよろしければ是非見ていただきたくて」


 フィリップがすっと腕を差し出してきたので、自分の手を軽く乗せエスコートさせる。ゆっくりと温室内を案内されながら、それは奥の方の東屋付近に咲かせてあった。


 「おや、もしかするとあれかな?」


 「ええ、そうです。分かります?レーヴロゼはその他のロゼと違い、花弁の形や色合いが特徴的なのですよ。香りもとても華やかなものが多い。今温室で育てているレーヴロゼは、この二種類になります」


 そうして見せてもらったのが、ナエマのような内側にひらひらと多重に花弁が重なり合った、濃いピンクから白へとグラデーションを描く可憐な花。そしても一方が、中心が青く外側に向かって紫、ピンク、橙、白と色が変化する、剣弁タイプのゴージャスな花だ。


 この二種類だけが際立って飾り立てられた区画に植えられているから、否応でも分かる。


 「あら、これ…もしや2人の聖女をイメージしたもので?」


 「お分かりいただけましたか、その通りでございます!」


 嬉しそうにはにかむフィリップ王子。バックが薔薇なので、このまま宮廷絵師にでも任せれば『薔薇と王子』とかそんな感じの、素敵な一枚絵が出来上がりそうだ。

 …題名がそのまますぎて情緒の欠片もない?だから私には、情緒性なんて求めないで欲しいと最初から申し上げているではないか。


 「私たちをモデルにしていただけるなんて、光栄の極みだね」


 「そんなことないですよ、マーガレット様たちの美しい御姿を我らが国の誇る花で表現したまでです」


 「ちなみに花の名はもう決まっているのか?」


 するとにっこり微笑んでフィリップは言った。


 「ええ、僭越ながら付けさせていただきました。こちらのピンクのロゼが『ビヤヴィヨンギリゾン』、そしてこちらの虹色のロゼが『ヴォルンテノブル』でございます」


 …大層な名前を付けられたものだ。やはりロベール王国の一般感覚と私のネーミングセンスは相容れないと再確認した。


 「おやおや、想像以上に素敵な名をもらったものだ」


 「実はそれぞれ、私とレオで名付けたのですよ!」


 「へえ、それは。王子と大司教に名付けてもらえるとは花の冥利に尽きるだろうな」


 「そんなことありません。ちなみにどちらがどちらの名前を付けたと思いますか?」


 悪戯っぽい表情のフィリップをちらりと見てから、花に視線を戻す。いや、そりゃあすぐわかるだろう。


 「ビヤヴィヨンギリゾンがレオで、ヴォルンテノブルがフィリップかな」


 「ええ!その通りです!」


 嬉しそうに答えるフィリップ。当たり前だ。マリアの後見人として大司教が付き、私の目付け役として王子が付いているのだから、その通りに名前を付けたとて自然だろう?


 「どちらもとても美しいね。どういう遺伝子配合をしたらこういった色味がでるのかとても不思議だ」


 「いでん…?」


 ああ世界が違うのだから、この世界の有機物が遺伝子を有するとは一概に言えまい。私としたことが、また既存概念に縛られた物言いをしてしまった。


 「いや、何でもない。ところでフィリップ、聖女といえばだが、私の出立前にマリアが王都へ来るんだって?」


 「あ、ええそうです。マリア様が3日後にレオを伴って王都に入都されます」


 大司教付きで入都か…それはまた大層な騒ぎになるに違いない。


 「そうか、そうするとまた王都で大規模なパレードが行われそうだな」


 「ええ、その予定ですよ。もう既に王都内には知らせがいっているので、マーガレット様の時と同様、たくさんの市民がパレードを見学しに来ると思われます」


 そう、何を隠そう私の時も入都パレードなるものをやらされた。あれは地獄だった。正しく某国王室の記念式典パレードのようなもの。言葉を変えて言えば見世物パンダ状態だ。真っ白にぎらつく重いドレスを着させられ、真っ赤なベルベットのソファ席に座らされ、ただひたすら沿道の人だかりに笑顔で手を振り続ける苦行。大勢の前でのプレゼンには慣れているが、話すこともなくただただにこにこと頬の表情筋を吊り上げ手を振り子のように左右に振り続ける作業というのは、ああまでも精神浸食されるものなのだと気が付かされた。王室だとか皇室だとかいった人間というのは、非常に強靭な精神統一をしているに違いない。


 「ふうん、それはまた盛大な人出になりそうだな」


 「そうでしょうね。マーガレット様の時も皆大変な歓迎振りでしたし」


 「はは、まあ聖女というと物珍しいだろうからな。それに普段はお目にかかれない王子殿下まで揃っているんだ、市民たちは興奮しきりだっただろうね」


 「いえ、あれは正しくマーガレット様の人気ですよ!何せマーガレット様たちがこの世界にいらっしゃってから、王都にもその噂はすぐに伝わっていましたからね。その美しい御姿を一目見たいと集まった者ばかりですよ」


 嗚呼、噂とは恐ろしい。どうせ教会府あたりが素早く王都に話を流したのだろう。矛の聖女は前線酷使と思っていたが、結局聖女というだけで十分プロパガンダ利用されているというのが現状だ。


 「噂というのは往々にして、誇張され吹聴されるものだからな。そのうち誰だかわからないようなものが、聖女の絵姿とかいって売られるようになるかもな」


 「マーガレット様の絵姿でしたら、一部の上流階層の中で絶大な人気を誇っていますよ!」


 な ん だ と ?

 フィリップはにこにこしながら「マーガレット様は人気ですからね」なんて言っているが、私からすれば何の拷問だと言いたい。そもそも個人には肖像権があって、勝手に個人が特定できる肖像物を商用目的で製造してはならないとされているはず。現代人としては当然保有しているはずのその個人の権利を、またもや私は侵されていると?


 一体この世界自体に人権という概念がないのか、それともこの国に限った話なのか。いや、まさか聖女は“個人”ではなく公共の共有物として認識されているとか?…だとしたら自由意思がある者として、市民政府二論におけるロックのように、私は声高に聖女における個人の存在とその権利を主張するとしよう。

 しかしできればカルメル氏の属する国家が、主権国家として近代化された思想が確立されていて欲しいところである。


 「一体どんなものが出回っていることやら…」


 「このようなものですよ!」


 見せられたのは装飾された銀のロケットに嵌め込まれた絵。


 「ロケットの中に絵を入れてあるのか」


 「そのようですね。主にお祈りを捧げる際身に着けるロザリオに取り付けて、お守りにするんです。小さいながらも細かい装飾がされている品ですよ。見て下さい、マーガレット様の瞳の色を表して、この国では希少なラルコンシエルの石を嵌め込んでいるのです。そもそもマーガレット様の絵姿を描かせるにも手間をかけているので、大量生産はできていませんが。これは主に上流貴族向けの品ですね」


 よく見てみると、確かに虹色の石が瞳部分に小さく嵌め込まれている。あと、ロケットの大きさで描かれている割には写実性のある絵柄だ。うわあ、これをつけて唯一神に祈られているのか…いますぐ「偶像崇拝反対!」と叫んで破壊したくなってきたのだが。

 いや、ポジティブに考えよう。大量生産ができず上流階級のみ取り扱いと考えれば、まだその流通量は少ないはず。宝石の希少性と画家の人件費の高さに感謝するほかあるまい。


 「ということは民衆には私の姿はあまり知られていないということだな?」


 「いえ、ロケットを購入できない人々に向けては、王宮で描かせた絵姿を期間限定で王立美術館にて公開展示しております!」


 ああそういえば王都に来た際に、王宮で絵のモデルをやらされたような…畜生あそこで断固として断っておくんだった。今頃王立美術館には2~3mある私のごてごてに飾り付けられた仏頂面が、でかでかと立てかけてあるに違いない。はあ、埋まりたくなってきた。

 私は自分の容姿に特別コンプレックスを抱いているわけでもないが、動物園のパンダのように観賞用にされたいかと言われれば否だ。そういう役割はできればマリアに全て押し付けてしまいたかった。


 いや待て、落ち着くんだ。王立美術館に来館できる層というのも限られているはず。一応建前上は「一般市民に開放する」とされているが、実質あそこに足を入れられるのは市民でも上流市民以上、つまり貴族もしくは豪商程度だ。所謂庶民層というのは滅多にお目にかかれないもののはず。こうなったらマリアの絵姿を私以上に流通させて、聖女のイメージを彼女で塗り替えてしまえば宜しい。


 「そういえばマリアのはどうなんだ?あの子のものも教会府が描かせているだろう」


 「ああ、マリア様のものは聖都にて公開されていますよ。ただマリア様の場合、下々の者にまでお顔を直接見せられているので、かなり御姿は広まっているかと。市民絵師にも描かせているようでして、聖都ではマリア様の絵姿が下層のものまで行き渡っているようですね」


 流石盾の聖女!マリアが嫌がっているようならまだしも、広く顔見せしているのは本人の希望と聞いている。恐らく市民絵師にまで描かせているのも、彼女の許可があってこそのものだ。だとすれば私としては、何も止める理由もない。そもそも私は彼女の親権者でもないのだから、監督責任など1ミクロンもない。この調子で王都でもその姿を広めてくれれば、聖女=マリアのイメージが定着するだろう。そうすれば私は、いつでもドロンの準備ができるというわけだ!マリアの絵姿が王都で出回り始めたあかつきには、感謝の意を表して花束でも送ってやらねば!


 「それは良いことだ。王都でも同じように、彼女の御姿が隅々まで行き渡るようにせねばなるまい」


 「そうですね、彼女には聖女としてのイメージを定着させていただく役割を果たしてもらうことになるでしょう。…ちなみにマーガレット様も、マリア様のように様々な階層と交流を持ちたいと考えたことはありますか?」


 「私?は、私にそんな役割が務まると?ああいったものは、純粋無垢な少女にしかできないものだよ。私では『慈悲深き聖女様』のイメージには役不足だ。なんていったって矛の聖女だからね」


 するとフィリップがぶんぶんと頭を振りながら慌てて否定してくる。


 「そんな!貴女に務まらないなどと、そんなつもりで言ったわけではないのですよ!むしろマーガレット様はその気高さ故に、そんなに気軽に御姿を下々に見せていいような方ではないのです!」


 ちょっとした皮肉だったのだが、そんなに過剰に反応しなくてもいいのに。王子は一々反応が大げさだ。


 「それに…」


 「それに?」


 少し逡巡してから、彼は言葉を続けた。


 「…マーガレット様の御姿を見ることが出来るのはごく一部で十分です。いや、何と言うか、その、私情でというわけではないのですがね!しかしその、お美しい御姿を見ることが出来るのも矛の聖女のお付きたる私の特権として認めていただきたいという気持ちも…」


 「はあ。フィリップの役割は理解しているし、それを認めているからこそ今こうして色々と世話をかけていると思うのだが」


 「ええ、そう。そうですよね!ありがとうございます!これからもお傍に使えさせていただきます!」


 「…はあ、よろしく?」


 フィリップの言わんとするところが微妙に理解できているのが不安だが、まあ今のところ問題はないだろう。そう思って、私は3日後に再会するマリアたちのことに想いを馳せたのだった。



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