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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
14/59

第10話



 私の眼前には、裏通りにある一軒の店が建っていた。夕方から営業のバーらしく、今はまだ『準備中』の黒板とともにカーテンが下ろされている。


 私はこの昼下がり、先日カフェーで話しかけてきた男性、もといカルメル氏から渡されたメモを元に、何時もの如く変装をして王都を歩いてきた。ちなみにメモに書いてあった住所にそのまま行くと、恐らくソフボン大学のどこかのカレッジに着く。


 じゃあ何故今私はこんな裏通りの閉店したバーの前に佇んでいるのか?


 それは、メモにかけられたちょっとした仕掛け(・・・)のせいだ。

 あのメモ、単にインクで書かれただけのメモではない。よーく検分してみると、微かに魔法反応があったのだ。やはりと思って変換解錠術式をかけてみれば、みるみるうちにインクが溶解していき、別の文字を描いた。


 『第5区リュグザンブーグ街レぺ通り5番地 “バル・レ・ソルー” 金曜日 14時』


 名前はそのままらしい、まあ十中八九偽名だろう。そう考えながら数十秒後に元に戻ったメモを見て、これは私も試されているなあなんて思ったものである。

 そもそも微小な魔法反応を感知できなければ、このメモの正解に行きつくことはできない。反応はとても微小なものであって、今までロベール王国で見てきたどの機密用閉鎖回路系魔術式より精巧で緻密にできていると感じた。恐らく私の魔力感知技術がこの国の標準値並みであれば、全く気づくことが出来なかったに違いない。

 更に言えば、仕掛けは一つではなかった。いや、もう仕掛けがなされていた時点でまさか一つじゃなかろうとは思っていたのだが。


 私には護衛が付いている。当然だ、なんたって聖女様だもの。そんな何も付けずにほいほいと王都なんて歩かせてはくれない。大学は比較的王宮から近距離にあるため、下手に馬車を出さずに変装し徒歩で通っている。しかしそれ以外の場所に行くときは、基本的に護衛付き馬車に詰め込まれることになる。


 え、じゃああの店にも護衛付きでいったのかって?いやまさか。撒いてますよ、もちろん。表通りの別の店に入ったと見せかけて、さっと裏通りへ滑り込んでいるのだ。欺瞞人影(デコイ)を魔法で生成し別の店の空席にそっと忍ばせておく。そうすれば、護衛はそっちが本人だと思って表通りの店で待機していてくれる。その間に私は貴重な一人の時間と珈琲を楽しむ、というわけだ。


 都合の悪いときにはこのデコイを放っておくとすごく便利なのだ。勿論そんなこと誰も教えてくれなかったのだが、私が勝手に編み出した。そんなことできるのって?この国の魔法運用水準からすると無理だ。でも私だって、天才ではないにしろ無能ではないと自負している。詠唱したり、規定の術式を通さないと魔法を発現できないとか、そんな制約条件は、(聖女様)には必要あるまい?


 さて、そんなわけでまあ適当に護衛でも撒いて目的地へ向かおうかと思っていたのだ。そしたら、このメモが予想外に優秀だったことに気づかされた。

 なんとこのメモ、慣性航法系行路誘導魔術式が搭載されていたのである。言うなれば、目的地への道案内アプリが入っていたようなものだ。その魔術式が、大学を出た途端発現した。恐らく起点が大学研究室に設定されていたのであろう。

 メモ上に3Dで現れた地図上で示される点が動く通りの速度、道順で通りを歩いていく。途中、デコイを出すタイミングまで提示された。なんて高性能な!そう思っているうちに護衛はあっさり撒かれ、晴れて私は目的地へ到着という次第だ。



 さて、着いたはいいものの、どうしようか。


 一瞬迷ったものの、ドアにノッカーが付いていることに気づく。これだろうと思ってノッカーを叩くと、すぐ横のガラス窓が少しだけ開けられた。


 「看板を見なかったのかい。うちはまだ閉店中だよ」


 カーテンの隙間から聞こえてくる声は、老年男性のもの。姿は陰になっていてよく見えない。


 「失礼、閉店したバルに用事があるものでして」


 「へえ、それは驚きだ。独りで酒でも飲みたかったのかい?」


 「いえ、同伴者がいらっしゃる予定だったのですが」


 「ふうん、しかしあんたの言う同伴者は来ていないようだね。うちには店員以外いないよ」


 「ええ、営業スタッフのカルメル氏とご一緒させていただく予定だったのですが」


 「カルメルだって?うちにはそんなのいないね」


 「そうですか、ではこちらを某店員殿にお渡し下さい」


 そう言って手元のメモ用紙に簡単な干渉術式を一つ混ぜて、窓からカーテンの隙間に向かって差し込む。

 店主らしき男性は無言でそれを受け取ると、窓をぴしゃりと閉めた。


 待つこと十数秒。


 ぴたりと閉められていたドアが音もなく開き、中からバーテンダーの格好をした白髪の老年男性が出てきたと思ったら綺麗にお辞儀をされた。


 「お待ちしておりました、マーガレット様。どうぞ中へ」


 「ありがとうございます」


 さっと中に入って、店内の暗さに目を馴らす。奥の方のソファー席に、1人の男性の影があった。


 「カルメル氏はあちらに」


 そういって席まで案内されると、先日見た灰青色の髪と水色の瞳がにこやかに出迎えてくる。今日もスーツをきっちり着こなし、紳士な雰囲気だ。席の横には、質感の良い革製の厳重に鍵が掛けられた鞄が置いてあった。


 「ごきげんよう、マーガレットさん。先日はどうもありがとうございます。再び会うことができて至極光栄ですよ」


 「こちらこそ、カルメルさん。私もまたお話ししたいと思っておりましたので、このような幸運に恵まれて感謝しています。それと、素敵な招待状(・・・・・・)ありがとうございました」


 「ああ、いえ。前回はあまり落ち着いてお話しもできなかったでしょう?ここは静かで虫も湧かない清潔な(・・・・・・・・・)店なんですよ。マーガレットさんとお喋りするのにぴったりかと思いまして」


 「ええ、そのようですね。こんな素敵なお店が王都にあるなんて、私もまだまだ王都について勉強不足といったところです」


 「そんなことありませんよ。この店は知る人ぞ知る場所なんです。私どもは基本的に王国の(・・・)お客様はお招きいたしませんので、マーガレットさんの周りでは知らない方ばかりかもしれませんね」


 「そうなんですか。では一先ずカルメルさんのお眼鏡に叶ったことを有難く思わなくてはいけませんね」


 お互いにこにこと微笑みながらソファーに座り、穏やかに会話する。第一印象はとっても大事。取り敢えず初っ端は合格点だったようで何よりだ。


 「そういえば、最近はどうですか。ここ王都で、快適にお過ごしになられていますか?」


 「ええ、随分と周りの方には良くしていただいていますよ。ここ最近越してきたのですが、皆さん以前いたところと同じ様に接してくださいます」


 「そうですか、それはそれは。この国は神の御加護がとても行き渡っているところですからねえ。僧侶であろうと貴族であろうと、この国の神に対してはとても忠実であります」


 「はい、私もそう感じております。主の御心は、まるで暗い谷の底にいる者たちを照らす一筋の光のようなものなのでしょうね」


 「言い得て妙ですな。私もその表現には心から同意いたしますよ」


 “谷に留まる者は、丘を越えることは出来ない”ということわざは、こちらでも通用したらしい。日本で繁用される言い回しで言えば、故事成語の“井の中の蛙大海を知らず”といったところだろうか?


 少なくとも彼の所属する集団から見て、ロベールは谷に留まるもの、井の中の蛙にあたるらしい。


 「ところでマーガレットさん。先日お会いした時には、魔術式について随分熱心にお調べになっていたようですが、あれから進捗の次第はいかがですか?」


 「それなんですが、残念なことに私の求める形態の魔術式というのはまだここでは運用されていないようですね」


 「それは、マーガレットさんの求める魔術式の形態とは一体どのようなものでしょう?この国でまだ運用されていないものとは、気になりますねえ」


 「いえいえ、大したものではないんですよ。ただ複数術式の同時展開・常時発動させる際の消費魔力係数最小化といいますか。あとは保有魔力の対物質及び空間干渉高密度エネルギー変換だとか、そういったものなんですがね」


 カルメル氏が「ほう」と一言呟き、首を少し動かす。彼の眼鏡がきらりと反射した。


 「なるほど。それは、そうですねえ、ロベール王国においてはとても斬新な発想ですね。特に後者、保有魔力を高密度エネルギーに変換し物質及び空間に干渉させるということでしょうか。普通技術者でなければ思いもつかない考えだと思われますが…マーガレットさんは技術職か何かで?」


 「いいえ、技術職というわけではないのですが。まあ一種の教養として持っている知識から派生して、たまたま思いついたようなものでして」


 「教養、と。マーガレットさんの周囲はとても学のある知識人たちがおられたようだ」


 「そうですねえ、確かに知見を得る環境には多少恵まれたとは思いますが。しかし専門性という意味でなら、魔法技術に関しては私は素人そのものですよ。ただ多少応用力がある、それだけです」


 「素人と仰いますか。マーガレットさんの周囲にもそのような方がたくさんおられるのですか?」


 「そのような、というと?」


 「貴女のように応用力に富んだ方のことです」


 「あらあら、過分な褒め言葉ですね。しかし、そうですね…以前の知人は私よりももっと優秀な方も多くいましたよ」


 「マーガレットさんより優秀とは、相当出来る方々とお知り合いだったようだ」


 カルメル氏は何故かは知らないが、私をそこそこ高く評価してくれているらしい。にこやかな表情はまったく変わらないが、よく見てみると彼の眼、先程から私の顔に張り付いてじっと動かない。

 私は眼球の動きから子細な心理を読み解ける程心理学に通じているわけではないのだが、彼のような眼を文学的表現でいうところの「目が笑っていない」と言うのではないかと思う。何と言うか、とても冷静かつ冷徹に相手を観察し分析しているような視線。


 この類の視線は元の世界でいくらでも晒されてきたのでお手の物だ。もはやそれが当たり前の世界で生きてきた。何せ日系企業に多い終身雇用の年功給ではなく、所謂国際標準の年棒制度で固定のベース給以上は評価次第。労働基準法はあるから突然ファイヤーされるわけではないし、余程の無能でない限りクビ切りにあうことはないが、対費用効果の部分は人事にしっかりと査定される。キャリアアップを考えれば、自分と同じくらいパフォーマンスを出せる同僚とは熾烈なポジション争いだ。


 彼の自然に値踏みする視線を見る限り、きっとカルメル氏も同様の環境にあるのではないだろうか?


 「それを言うなれば、カルメルさんやそのお知り合いの方々もそういった方々はいらっしゃるでしょう?」


 「どうしてそうお思いに?」


 「先日仰っていたではありませんか、専門的な知識はないが知ってはいる、と。ですからカルメルさんも、きっとそういったものを教養としてお知りになる環境にいらっしゃったのではないかと思いまして」


 「そうですね、確かに。…しかし私の場合は少し違いますよ。知識を応用して発想するのではなく、知識そのものとして持っていたというだけですから」


 「知識そのもの、ですか」


 話が本題に入ってきた。ここに言及してくれるということはつまり、多少なりとも情報をくれるということだろう。それにどのくらいの代金がつくのかは、これからしっかり確認しないといけないが。


 「ええそうです。私はね、この国では少々変わり種(・・・・)でして。少し違った知識を持っていたりするのですよ」


 「変わり種、ですか。となると、王都や聖都出身の方ではないということでしょうか?」


 「そうですね、どちらでもありません。こちらの大都市からは少しばかり離れたところなのです」


 ここで少し、私も調べを付けていることを示さねば。有益な情報は等価交換などと言わず獲れるだけぶん獲ってやるものだが、同時に相手へ都合の良い情報を流してやることも重要である。まあつまり、自己アピールというやつだ。


 「もしかして、東方出身だとか?」


 途端にカルメル氏が更に笑みを大きくする。


 「ええ正に!よくお分かりになりましたね。私は東方方面の出身でして。やはり田舎者の空気がばれてしまいましたか」


 やはりか。


 簡単にご説明すると、この通称カルメル氏はレヴィブリール教授らの定義するところのα民族出身であると、私は推定している。

 カルメル氏の話を聞けば自明の理だ。この国の魔力運用率よりも高水準なものを知っているかのような物言い。私の求めている魔法技術は既に彼の同胞にとっては当然であるかのような態度だった。そして東都ではなく東方方面(・・・・)出身である、という表現の仕方。

 これとレヴィブリール教授の言うα民族の特徴を合わせれば、点と点は容易に結び付く。


 「いえいえそんなまさか。田舎者なんてとんでもありませんよ、カルメルさんはとても文明的で紳士でいらっしゃるじゃないですか」


 「いやあ、なんだかお恥ずかしい。ロベール王国では海のある西方や宝飾で有名な南方に比べれば、東方なぞ辺境の中の辺境。田舎者も良いところでしょう。まあ東都は割と栄えていますが、そこを越えたらあとは未開の地、というのがこの国での一般認識だと思いますが」


 「そうでしょうか?私は東方はとても興味深い地域だと感じておりますが。未開の地とは言いますが、未知のものこそ新たな可能性を秘めている、そうは思いませんか?」


 「そう言っていただけると有難いですね。しかしマーガレットさんは、何か東方に心惹かれるものが?」


 うん、会話は正しく流れている。まるでネゴり済みの案件を可決させる会議のようだ。


 「最近地方民族を研究しているという教授に出会いましてね。その方に東方民族の研究について伺ったのですが、それがとても興味深い内容でして」


 「へえ、それはもしかして、貴女が発想なさっていた魔力運用の内容と何か関係が?」


 「ああ、鋭いですね!正にそうなんですよ、なんとその東方民族が、高度な魔術行使と魔力運用を可能としているとの説があるようでして」


 「なんと!それはとても面白い学説ですね」


 カルメル氏は目を丸くしている。…まあ、態々目を輝かせるようにわくわくした表情を作っている私も同じ穴の狢か。


 「でしょう?もしその学説に一理あるのであれば、これは今後の魔法技術界に一光をもたらしますよ!ですから私は、東方を田舎どころか限りない可能性の地として見ているのです」


 「そうなのですね。…しかし、ロベール王国では魔力とはこの国の神から与えられしもの。他民族が持ち得るものではないとの認識が根強いのでは?」


 難しい顔をしながらカルメル氏が言うので、私も残念そうな表情を作って首を振ってみる。


 「ええ、そうなんです。教授も最初はそのように仰って、あまり話をして下さらなくて…。しかし、私は思うのですよ」


 いったんここで言葉を切って、次の言葉を慎重に選ぶ。


 彼は今まで徹底して「ロベール王国では」「この国では」「この国の神」と表現している。「我が国の」だとか「主の」だなんて一切口にしないのだ。つまりそれだけ分かりやすく、「私はこの国の人間ではありません」とこちらにメッセージを与えてくれている。

 これだけ明確なメッセージを私に伝えてくるというのは、向こうはそれを前提とした話を言外にしたいのだろう。そして私に、その意図を汲める頭があることを期待している。であれば私は、その期待に応えなければならない。

 だからここは、こう続けるのが正解。



 「“この国の神”は少々狭量が過ぎるとお思いになられません?」


 

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