第7話
――しかし困った。
王国軍を私のヒューマンシールドにすべくその戦力向上を図ろうと思いつき、何かしらの資料がないかと2日かけて王都へ赴き王立図書館へ立てこもって数日間。肝心の案が浮かんでこない。
私は元の世界でこことは違った文明を経験しているとはいえ、その知識レベルは分野によってばらつきがある。大学での専攻は国際金融だったし、正直軍事関連の知識は歴史の教育と多少の教養レベルのものしか持ち合わせがない。ミリオタでもないし、そういった類のゲームもしたことがない。そもそもゲームなんてカードか盤上ゲーム、知能パズルとかしか手を付けたことがないくらいだ。
そんな私がこの世界の軍事力を向上させる?魔力という技術はおまけしてもらえたようだが、残念ながら私の元の世界での肩書は経済を動かす企業戦士であって兵器を扱う軍人ではない。兵器開発だとか軍の統率だとかで軍事チート、なんてはなから無理な相談なのである。
だが、このままでは確実に貧乏くじ決定だ。実際北方民族と交戦経験のある北方騎士団からヒアリングした情報を精査すると、北方民族の兵科は非魔力に頼る代わり、王国のそれより強化されていると感じる。
彼らは王国が魔法を使えることを前提として、非魔法兵科の効率的な運用方法を模索しつつある。例えばクロスボウや投石機の類。より長距離、かつ威力の高い兵器を活用しているようだ。これではいちいち大人数で術式を展開してですら一撃必殺しかできない魔法騎士より、よほど使い物になるだろう。更に長距離攻撃を可能にすることで、後方防衛地点にいる魔法騎士を狩ることさえ目算に入れているとすれば、こちらは防戦一方だ。
更に航空戦力のてこ入れ。王国は長年竜という魔力依存の生物を使役することで周辺国を圧倒してきたわけだが、北方民族はここ最近炎鳥という非魔法依存の生物を手に入れたことで、竜と同じような兵科を獲得できたわけだ。炎鳥には鋭い爪があり、その名の通り炎を吐く。数発しか打てない術式でもって撃墜できなければ、あとは炎鳥と竜の個体戦闘力差で勝敗は決まってしまう。
つまり私が矛の聖女として前線に立たされることになった場合、このように絶対的有利とは一切言えない状況で、非効率的にその力を消費させられるに違いない。友軍の尻ぬぐいと火消しで東奔西走させられる自分の姿が目に見えるように想像できてしまう。しかもその対価が英雄としての名誉?サービス労働なんて真っ平ごめん被る。
「この際何か新しい魔法の運用方法でも見つけてもらえないものか」
技術面の革新は、技術屋にしか起こせない。もっと魔力を効率的に軍事利用できる方法とかを、技術部あたりに是非とも開発してほしいのだが。それも大至急で。
いやしかし、今から研究開発を始めたところで私のヒューマンシールド増強には間に合わない。研究開発はどんなに早くても数年単位、大規模な軍事開発となれば10年単位で見なければいけないだろう。そんな時間あったらとっくのとうに戦争は終わっている。
…いや、三十年戦争とかあったし、戦争が長引けばその間に…うん、却下。まずそんな年月命を危険に晒すなんて、平和を愛する一個人として断固許しかねる。できれば数ヶ月で決着を付けて欲しい。なんなら十日間戦争くらいで宜しい。関ヶ原合戦級なら最高だ。
まあいずれにせよああいった短期決戦は地政学的・国際関係上の要因であったり、そもそも決戦前の準備段階で勝敗が決しているといったケースだから、今回のように一王国へ他民族が侵攻してくるというシチュエーションとは全く異なるわけだ。参考にならない。
「それこそ戦力を外注してしまいたい…」
外注といえば傭兵部隊。あれは金さえ払えば戦争をしてくれる。しかし王国は今まで国軍で対外的優勢を維持してきたという歴史のせいか、傭兵部隊を雇うという発想がない。まあそもそも傭兵といっても剣で叩き切るくらいしかできないか。
「もうどっかから新しい強い兵科が湧いて出てくるとか、そういうのないかなあ」
独り寂しく愚痴をこぼしていると、書棚の向こう側からひょっこり人が現れた。
「あれ?こんなところに人が?」
現れたのは30代くらいの青年。焦げ茶の髪にライトブラウンの瞳という目に優しい色彩をした、割合小柄な男性だ。
こんなところに人が、と呟いたのは青年の方だったが、驚いたのは私もだ。この一角は魔法の運用に関する資料が集められた一角であるが、この国において魔法の運用とは、一般的には日常生活での使用を意味する。騎士団で使われている魔法の類は例外的なもの。つまりここに来る人間とは、数少ない専門職か一部のマニアくらい。普段はほとんど人が利用しないであろうことは容易に想像できる。
「失礼、所要で利用させていただいております」
聖都でレオを始めとした司教たちから教わった知識によれば、聖女はこの国の身分制度を超越した存在。つまり相手が貴族であろうと万が一王族であろうと、特段畏まる必要がないとのことだ。聖都は唯一神を祭る宗教的役割の都市だから、王都では多少感覚が違うということも考えられなくはないが、王子であるフィリップの聖女に対する丁寧な扱いを見た限り、王都でもそれは通用すると捉えていいだろう。つまりこの目の前の青年が何者にしろ、私は特段気を張らなくていいし自ら名乗る必要はない。
「あっ!え、せ、聖女様?!」
ほら、それに名乗らなくてもこの黒髪だけで聖女と察してくれる。この数週間の間で、王都にも聖女降臨の知らせは一般人レベルで行き渡っているのだろう。なんと便利かな我が黒髪よ。
「これは失礼いたしました聖女様!え、えっと私、ソフボン大学哲学部民族学科第3研究室にて課長に任命されております、ルシアン・レヴィブリールと申します!聖女様の御尊顔をこのような場所で拝見できるとは、至極光栄の極みであります!」
ちょっと挙動不審になりながら胸に手を当てて腰を折り挨拶をしてくる。そんなに焦らなくても私は貴方を取って食ったりしないんだが、と思いながら、まあ一介の大学教授がこんなところで聖女に会うなんて思いもよらなかったのだろうと考える。
「レヴィブリール教授ね。聖女として遣わされたマーガレットといいます。マーガレットと呼んで」
「マ、マーガレット様ですね!その聖名を呼ぶことをお許し下さること、大変光栄であります!」
なんというかこの教授、やけに畏まっている。いや、これがこの国の人間がする聖女に対する反応なのだろうか?聖都では滞在していた2週間ほど、ひたすら畏まられて疲れた。王都では多少反応が違うのではと考えていたが、どうやら唯一神の影響力というのは聖都だけでなくこの国全体において重視されるものらしい。…ふん、くそったれの唯一神め。
「そんなに肩肘張らなくてもいい。ところでレヴィブリール教授、貴方はここに何かしらの研究資料を求めに?」
「あっ、そうです!ええと私、諸民族の研究を主専攻にしておりまして。今はその資料を取りにこちらへ参った次第でして!」
諸民族の研究か。となると今回の火種である北方民族についても学術的見識をお持ちなのだろうか?
「ふうん、諸民族の研究。具体的にはどのような?」
「その、魔力保有係数の個体差における地理的及び生活文化、宗教学的要因の調査と、諸要因による人為的魔力保有量操作の可否を研究しております!」
「つまり、個人の持つ魔力量の差異が地理環境やそれによる生活文化の違い、もしくは宗教の違いによって引き起こされるのではないか、という仮説。そしてそこから後天的に人の持つ魔力量を増量できるのではないか、という研究をしているというわけだ」
「そうです、そうです!魔力というのは唯一神から与えられしもの、大きな魔力を持つのは一部高位貴族や王族、司教様方のお血筋。一般人は特に生活関連の小さな魔法を使うことが精一杯です。そして辺境の民になればなるほど、使える魔法も限られてくる。これは知識の伝達が遅れている所為なのか、それともやはり他の要因があるのか。実は他の民族でも魔力を保有するという可能性を秘めているという説もあります。もしそうだとすれば、何か人為的刺激によって魔力量を変化させる方法があるのではないか?そして他民族にも魔法を行使し得るのではないか?そういった事例が実は出ておりまして」
なるほど、それは面白そうなテーマだ。しかしそれ、魔力を主から人間に与えられたものだと宣っている教会府からしてみれば、あまり面白くない研究内容なんじゃないか。
「なかなか興味深いテーマを研究しているみたいだけど、それ、この国で許される研究内容なのかな?」
「あ、その…聖女様からしてみれば、笑止千万な内容ですよね。すみません、思わず興奮して話してしまいましたけど、その、別に聖女様や主の在り方を否定するようなものではなくてですね!単に好奇心といいますか、主からの贈り物を更に上手く活用できたらいいなと…ただまあ、王国内、特に教会府様からはあまり印象の良くない研究内容ではあるのでしょうね…こうして研究を細々とながら継続することをお許しいただいていること自体が奇跡なのでしょう…」
なんだか急に萎んだな。
やはりこの研究テーマは教会府にとって禁忌に近いものがあるらしい。取り締まりはまだ受けていないものの、ある程度の規制は受けているのではないか。少なくともこの様子では細々と研究を続けている零細研究室であることは憶測して然り。そもそも聖女に対してそれを熱弁しかけてしまうあたり、あまり人馴れしていないに違いない。
「いや別に、私は貴方の研究内容を批判するような見解をしているわけではない」
「申し訳ございません…もしマーガレット様のご気分を害されるようなことでしたら…」
「そんなことで気分を害するほど狭量でないと私は自負しているよ」
私は聖女とはいえ主を讃えようなどという心情は一切ない。寧ろ個人の権利を侵犯した唯一神に対して、叩き潰してやりたいくらいの気概はあるつもりだ。だから、彼の研究内容が如何に信仰的にグレーゾーンでも、私としては大いに研究したまえ的な気持ちしかない。
それにレヴィブリール教授の話の中で、少し気になった点があったのだ。
「なあ、今しがた他民族も魔力を保有するという言葉があった気がするのだが」
「はいっ!ええとその、確かに蛮族は主の御加護を受けられないため、一般的には魔法を行使できないとされております!」
「しかし、そうでない事例があると貴方たちは聞き及んだのだろう?」
「はい。いえ、その。蛮族は魔法を行使できないというのは正確です!ただ…」
彼はかなり話すことを迷っている様子だ。そりゃそうだろう。聖女といえば唯一神に次いで教会府の象徴たる存在。そんな奴に教会府の教えに反するような学説を、いくら学者といえども話しにくいのだろう。
逆にだ。そこには教会府が規制したくなるような、唯一神の存在を揺るがす何かが事例として存在し得るということだ。そしてそれは、私にとっては垂涎ものということになる。
「蛮族というのは、ロベール王国を侵さんと欲する野蛮な民族のことだろう。つまり、王国に対して敵対していない民族であれば、蛮族とは定義しないとも捉えられるのでは?」
だから、彼の説にそっと助け舟をだしてやる。途端に私の思惑通り、彼は再び目の輝きを復活させて話し始めた。
「ええ…そうなのです、その通りです!流石、聖女様はご理解が深くていらっしゃる!実はですね、我がロベール王国の民以外にも魔法を行使し得る民が存在するのではないかという学説がありまして。なかなか情報を入手することが困難だったのですが、近年の北方蛮族の侵略に際して周辺民族の調査が活発化いたしまして。どうも、東方に魔法らしき力を行使する民族がいるとの報告が入っているのですよ!その民族は、独自の文化を築き王国とは全く交流を持っておりません。ですので、調査団を入れようにも接触がなかなか困難なのです。しかし、他民族とは明らかに一線を画した力を行使していることは確かかと」
「ちなみに何故その民族を注視することとなった?ロベール王国はその国力からして周辺諸民族を圧倒しているはずだ。何か特別留意する点がその民族にあったと?」
「ええ、いえ、はい、そうです!その民族は文化レベルという意味では我が王国に比類するものではないと思われます。ただ…」
「ただ?」
「…戦闘力という点で、我が王国にない魔力活用を行っているのではないかと」
なんだと?
それは看過できない話だ。
この国にない軍事的魔法活用技術を有している?それはここ数日間嫌になるほどロベール王国の兵科について頭を悩ませてきた私にとって、喰い付くに十分な話題性を持っている。
「それは具体的に、どういったものなのだ?」
「そうですね、まず軍事機構の構成が異なる可能性があります!我が国では軽騎士・重騎士を主力とし、更に貴重な突撃魔法兵科として竜騎士があり、守護の要として魔法騎士が活用されています」
「そうだね。対北方民族として竜騎士は航空戦力として、魔法騎士は防御膜の構築及び突貫的な魔法攻撃に運用されると聞いた」
「その通りです!しかしですね、東方の民族はそもそも竜騎士がおらず、かつ魔法騎士の運用形態が全く異なるとの観測情報があります」
全く異なる魔法騎士の運用形態。それは是非とも一聴してみたい話だ。
「魔法騎士の異なる運用?…ふむ、それはかなり興味深い話だ。恐らく貴方たち学者人が注目するということは、相当ユニークな活用がなされているとみた」
「ええ、正に!なんとですね、東方民族、我々は仮にα民族と定義しておりますが、α民族においては、魔法騎士こそ航空戦力であり、突撃戦力であるといえます」
「魔法騎士が航空戦力?…つまり魔法騎士自体が空を飛べると?」
「そうなのです!どうも観測情報によると、彼らは魔法を同時複数展開し、高高度を飛行することが可能だとか。どのような術式を展開しているのかは依然として未知ですが、なんでも銃を担いで空を飛び、空からの攻撃を得意としているとか。炎鳥のような怪獣相手に対して空中で銃撃を行い、戦っているとの観測報告があります。どうも観測によれば連発して銃撃を行っていたとの情報も」
なんと!
それは正に航空魔法戦士というのではないか?竜など乗らずに高高度を単体で飛行できるとは、それこそ私が求めていた正統なる航空戦力!しかも単発式のマスケットではなく連発できる機関銃の可能性?是非ともこれは話をしっかり聞いておかなければ。
「高高度を魔法動物ではなく個人魔力依存によって飛行?その上で空中戦が可能。しかも連発式の銃を使用しているだと?大変画期的な軍事力じゃないか!」
「ええ、ええ!まだ全容が解明されていないのが惜しいところではありますが、これは研究するに値する対象かと!」
それだ!正に私が欲しいのは、近代化された軍隊である。実質魔法生物という不確定要素に依存する攻撃力より、確固たる技術に裏打ちされた航空戦力こそ崇めるべき戦力。だとすれば、そのα民族とやらは私の欲するものを持っている可能性がある。
「レヴィブリール教授、貴方はそのα民族を研究しているのか?」
「ええそうです。私は諸民族の中でも主に、α民族を主題として研究を進めております」
「貴方は彼らに接触したことが?」
「ええ、はい。α民族の“西方検視官”たる人物と接触したことが何度か!」
検視官がいるということは、つまりある程度高度に統制された行政制度が敷かれているということだろう。α民族と定義されてはいるが、もしかしたら民族団結以上の統治機能を持った国家という可能性も出てくる。だとすれば、外交官や軍務大臣程度いるやもしれぬ。ある程度の外交機関と軍事組織力があれば、軍事同盟を結ぶことも望めるかもしれない。そうしたら、ロベールの使えない騎士団なんかよりよっぽど有用な戦闘力を調達できるんじゃないか、これ!
うん、それが望ましい。まあまずはそのα民族とやらの概容と内実を把握する必要があるだろう。いくら民族自体の戦闘能力が高いとはいえ、組織機構がきちんとしていなければまともに手を結ぶこともできない。是非とも統制のとれた統治機構があることを期待しようではないか。
「ふむ、君たちの研究テーマは実に面白い。そのα民族について、君たちの研究資料を参照することは可能か?」
「えっ!聖女様がですか?!」
「そうだよ、私は貴方の今の話を聞いてそのα民族にとても興味を持った。是非とも彼らと接触を図りたい」
ぽかんと口を開いているレヴィブリール教授。まさか私が零細研究室の研究内容に興味を持つとは思わなかったのか、あからさまに驚いている、というか呆けている。
「ええと、それはどのくらいの時期に…」
「君たちの研究室に入室不可な時間帯はあるのか?」
「いえ、そういう訳ではありません!」
「であれば直ぐにだ」
「はっ?」
更にぽかんとしている彼には悪いが、この議題は急を要するのだ。そんな呆けられていては困る。
「正しく言えば、至急だ、レヴィブリール教授。可能な限り至急で、私を君の研究室に自由に入室できるよう計らい給え。もしかするとこれは、この度の北方民族襲来に対する切り札足り得るかもしれない」
「はあ…あ!りょ、承知いたしました!それは、その、よろしければ是非!」
今まで陰に追いやられていた自らの研究室に聖女が興味を示したのが、相当物珍しかったのだろうか。彼は頬を紅潮させ、居ても立っても居られない様子でそわそわし始めていた。
「よし、では昼過ぎにソフボン大学へ訪問させてもらうことにしよう。研究室の場所を教えてもらえるか?」
「はい!紙に書き記しますね!少々お待ちを!」
これは、もしや良いドローカードを掴んだかもしれない。
何もないと諦めかけていた図書館にも、駄目もとで通い詰めてみた甲斐があった。
こうして私は、お先が真っ暗かと思われた我が未来に一筋の光明を見出すに至ったのであった。




