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氷柱姫は一途に愛を捧げる

作者: 佐倉アキ

 物心ついた時から、私はたくさんの大人に囲まれていました。


 外交補佐官として国政に携わるお父様。

 社交界の妖華と謳われ続けているお母様。

 礼儀作法とマナー講座専門の厳しい家庭教師。

 明るくて陽気なダンス講師。

 歴史や帝王学のほか、様々な分野に詳しい博識な教授。

 主にわたくしの身の回りの世話をする優しい女中長とお喋り好きなメイド達。

 無口で何を考えているか分からない老執事。

 食べる事も作る事も大好きな恰幅のいいシェフ。

 淡々と己の仕事をこなす庭師。

 呪われた宝石、かつての残虐王が愛用していた短剣、死者を甦らせる不思議な薬草、月の光を浴びて輝きを放つ幻の蝶、斬り裂こうが焼き払おうが売り払おうがいつの間にか持ち主の元へ戻ってきている絹糸のドレス、人魚の鱗といった珍品を持って(やしき)を訪れるのは、貴族の間でもそこそこ名の知れた商人(あきんど)

 お父様の仕事仲間である大臣や、その部下達。


 まだまだ他にもいらっしゃいますが、私は見た目も中身も職業も異なるたくさんの大人達に囲まれ、日々を過ごしてきました。

 残念ながら私に兄弟姉妹はいません。だからと申しますか、私にとって周りの大人達は兄であり、弟であり、姉でした。

 両親からすると私は守るべき血の繋がった子どもでしたが、彼らにとって私は歳の離れた一番末の妹、もしくは孫のような存在であり、庇護対象に違いはなかったでしょう。


 加えて私は褒められることが好きでした。

 メイドに倣ってお父様のお召し物を一人で片付けたり、ダンス講師にみっちり指導してもらったワルツをお母様に披露したり。

 家庭教師に扱きに扱かれた淑女の礼を卒なくこなしたり、出された料理を好き嫌いなく食べた時も。

 周りの大人達はしきりに私を褒めてくれました。


 「偉いね」

 「すごいね」

 「さすがお嬢様」

 「将来有望だ」

 「君のような才女がいれば、この国は安泰だ」


 皆、笑いながら私を褒めてくれました。

 私はそれが嬉しくて嬉しくて堪りませんでした。



 ですが、成長した私は気付いてしまいます。

 私を褒めてくれる一方で、私のことを『なんて可愛げのない子どもだ』と影で囁いていることを。



 確かに私は、私と同い年の子どもに比べて幾分成熟しているのは否めません。

 生まれて初めて招待されたお茶会にお母様と共に出席したある日のこと、私はそのお茶会でひどい衝撃を受けました。

 何故なら、茶菓子を口に含んだままお喋りをする子もいれば音を立てながら甘い紅茶を啜る子もおり、かと思えば椅子にずっと座れず庭へと駆け出していく子など現われ、私は初めてのお茶会にすっかり辟易してしまったのです。

 紅茶の種類はともかく、味や香りが分からない同い年の子らといるより、一人だけ案内された書庫に篭り、本を読みながら静かに時間(とき)が経つのを待っている方が私にとって大変有意義なものだったのです。

 子どもらしいワガママを言わなければ、地団駄を踏むほど物欲がある訳でもなく。ただ教えられた通り、言われた通りに動くだけの生き人形かと思えば、大人顔負けの知識をひけらかす。


 そんな私を、大人達は不気味がってこう呼びました。

 心が空っぽで感情を持たない『氷柱姫』と。


 これには私の容姿も関係します。

 白に限りなく近い銀色の髪に、少し吊り目がちの瞳は水晶のような水色。このような寒色の色素に加え、子どもとは思えない言動をとる私はさぞ気持ち悪い存在だったでしょう。

 私はただ、私を褒めて欲しかっただけというのに。




 * * *




 私が『氷柱姫』と呼ばれるようになってから、季節を三巡した頃だったでしょうか。

 間もなく、私を糾弾する子どもの集団が出来ました。


 子どもという生き物は、自分達と異なる生き方や考え方を持つ者を排除したがり、(おつむ)の弱い矮小な者ほど寄り集まって『自分だけじゃない』という安心感を得て、自分達より優れた者を虐めることで優越感に浸るものが少なからずいます。

 むろん、中には素直で礼儀正しい子どもも勿論いらっしゃいますが、私に絡んでくる子ども達はまさに悪例中の悪例に該当します。

 こういった子どもは相手にするだけ調子に乗るので、無視をするに限ります。


 ですが、私の反応があまりにも薄いことに躍起した子ども達は悪知恵を働かせ、徐々に行動をエスカレートさせていきました。


 伯爵令嬢である私より身分の低い子どもは根も葉もない私の悪口や悪評を周囲にばら撒き、私を孤立させようと企てたりしました。

 ですが直接的に害がないことや、一人が苦にならない私にとってそれは大したことではありませんでした。

 ただ面倒くさかったのは、私よりも身分の高い子どもでした。

 彼、もしくは彼女らは親に頼んで私をお茶会に呼びだし、わざと私の座る席を用意せずにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていたり。それに眉ひとつ動かさず背筋を伸ばして立っていれば、お茶のおかわりをするフリをして私のドレスにティーカップの中身をぶちまけたり。おかわりもまともに出来ない可哀想な方と感情の籠らない声音で言えば、手首をケガしているのに酷い言い草だと嘘泣きをされる始末。

 まともに勉学を励んで受けていないくせに、こういった悪事や見苦しい言い訳を思いつくことに関しては頭が回るのでとても性質(たち)が悪いと言えるでしょう。


 彼、あるいは彼女達にとって、私は異質な存在だったに違いありません。

 けれども逆を言えば、私にとって彼、あるいは彼女達の方こそ、矮小で理解に苦しむ存在だったのです。

 互いに反発し合う存在と認識しているのですから、手を取り合うことはほぼ不可能です。

 大人達の中には「子ども同士仲良くしなさい」と言う人もいらっしゃいますが、それは詭弁に過ぎません。自分に関係ないからこそ、余計なお世話を焼いて無責任なことが平気で言えるのです。

 私は仲良くなりたいなど、これっぽっちも思っていないというのに。




 * * *




 そんな日々を送っていた、ある日のこと。

 またしても性懲りなく身分を笠に着て私をお茶会に呼び出したいじめっ子グループの一人である侯爵子息は、屋敷に到着するなり突然私の手首を掴み、有無を言わさぬ力強さで私を引きずって行きました。

 これにはさすがの私も恐怖を覚え、言葉を失いました。

 私はなんとか逃げようと抵抗らしき抵抗を試みましたが、相手は私よりも歳上で体格も一回り大きく、私の抵抗など無に等しかったのです。

 やがて、引っ張られるがまま連れて来させられた場所は、大きな池のある庭でした。

 その池を視界に入れた途端、私は自分が何をされるか気付きました。だから、私の手首を掴む侯爵子息の手に思いっきり爪を立てました。

 けれど、侯爵子息は痛そうに眉を顰めると「伯爵家の分際で!」と叫んだ次の瞬間、力任せに私を池の中へと放り投げたのです。

 高い水飛沫をあがりました。

 ドレスが水を大量に含み、池の底へと沈んでいく身体。死への恐怖を感じた私は、必死になって水面でもがきました。


 それなのに、池の周りに集まった子ども達はそんな私の様子を見ながら、クスクスクスクス笑うのです。


 「侯爵子息に歯向かった報いだ」

 「それとも、よほど泳ぎたかったのかしら?」

 「まぁ、伯爵家の令嬢ともあろう御方がみっともない」

 「人様のお屋敷でドレスを着たまま泳ごうなど、はしたないにも程がありますわぁ」

 「氷は溶ければ水になるから、君と相性はいいはずだ」


 彼らの浮かべる表情には、はっきりと嘲笑と侮蔑が表れていました。

 精神的苦痛を与えられることに多少の耐性はついていると思っていましたが、私はこの時、人が持つ醜い嫉妬と例えようのない憎悪を感じ取り、人前で初めて涙を流しました。

 ただ、水に濡れた頬では私が泣いているとは誰も気づかなかったでしょう。


 もがき疲れた私が目を閉じ、顔の半分まで池に沈んだ―――まさにその時でした。


 とても力強い何かに腕を引っ張られ、ざぶんっ!と大きな水音を立てながら、池の中から救出されました。

 この時はまだ辛うじて意識がありましたが、目を開けるのが億劫だった私は、目を閉じたまま誰かの腕に抱き締められる形で身体を預けました。


 「オ……オルレアン公爵家の……!?」

 「グランディム様……!!」


 池のほとりから驚愕の声が上がる。

 オルレアン公爵家といえば、我が国きっての古い血筋を受け継ぎ、当主は宰相や財務大臣、もしくは法務大臣を務めるなど、この国では知らぬ者はいないと言わしめる名家中の名家である。

 しかし、大人達の噂話によると、現当主のオルレアン公爵は次期当主を政略結婚で結ばれた正妻の子にするか、もしくは恋に恋した愛人の子にするか、とても思い悩んでいるとか。

 正妻の子どもは確か私と同い年だったはず。ならば、私を力強く抱き締めてくれるこの逞しい人は、きっとオルレアン公爵とその愛人の間に出来た禁忌の子なのだろう。


 「……誰が、ルクレツィア嬢を池に落とした……?」


 とても静かな、それでいて地を這う低い声が、辺りを支配したかのような錯覚を感じ取りました。

 誰かの息を飲む音がした気がするのは、おそらく気のせいではないでしょう。


 「し、知りません……!じ、自分達が気付いた時には、す、すでにレウィント伯爵令嬢が池の中に……!」

 「見え透いた嘘をつくな」

 「う、嘘じゃありません!ほ、本当にレウィント伯爵令嬢が勝手に……!」

 「誰よりも礼儀正しく、どんな仕打ちを受けても背筋を伸ばすことを忘れず、一人で本を読むのが好きな勤勉で努力家のルクレツィア嬢に限って、こんな大勢の人の目がある場所でドレスを着用したまま池に入る愚かな行為をする訳がないだろう。お前達のように躾のなっていない、権力に守られただけの傍若無人な子どもと違う。それは私だけでなく、多くの大人が知っていることだ」


 その言葉が嬉しくて、私は思わず閉じた瞳から涙を零しました。

 私のことを子どもらしさのカケラもない『氷柱姫』と陰口を叩く大人はたくさんいましたが、ちゃんと私の頑張りを見てくれていた人もいたのだと思うと、嬉しくて嬉しくて涙が溢れました。

 決して声を荒げている訳ではないのに、彼の言葉はずっしりと重く、なにやらお腹の辺りに響き渡り、胸がポカポカと熱くなりました。身体は池の水温に持っていかれて寒くて仕方がないというのに、不思議で堪りません。


 「このことはレウィント伯爵を始め、お前達の家長にも報告させてもらう」

 「そんな……!?」

 「何を驚く?当たり前だろう。お前達は遊び半分だったかもしれないが、危うく一人の令嬢を寄って集って殺しかけたんだ。子どもだからといって大目に見てもらえると思うなよ」


 そう述べると、彼は私を抱き締めたまま池からあがり、近くにいたメイドを呼びつけ、私を部屋へと運んでくれました。

 ここまできてようやく助かったのだと実感した私は、情けないことにそこで意識を飛ばしてしまったのです。




 * * *




 ―――それから、早くも10年の月日が経ちました。




 * * *




 「準備はいいかい?ルーツェ」

 「はい、旦那様」


 18歳になった私は、初恋の相手であるグランディム様と婚礼を挙げることになりました。

 池に突き落とされたあの日、体を張って私を救ってくださったグランディム様を口説きに口説き落とした私は、ついに16歳で婚約まで漕ぎ着けることに成功しました。

 それまで私のことを『氷柱姫』と呼んでいた口さがない大人達は、グランディム様を一心に慕う私にしばらく驚きを隠せずにいましたが、私にも子どもらしい一面があったのだと己の愚挙を悔い改めたと聞き及んでいます。

 正直、どうでもいい事だと思ってしまう私はやはり冷たい娘なのかもしれません。


 「………」

 「グランディム様?」


 白いウェディングドレス姿の私をジッと凝視したまま微動だしないグランディム様に、ちょっとだけ不安が胸を過ぎります。

 一応二人で決めたウェディングドレスなので、おかしなところはないと思いますが……。

 無言で見つめられ、居心地悪く視線を彷徨わせていると、グランディム様の紫色の瞳が細められ、ふわりと微笑みを浮かべられました。

 してやられました。完璧な不意打ちです。


 「うん、綺麗だよ。さすが私の奥さんだ」

 「……あ、ありが、とう……ございます……」


 臆面もなく言い放たれた言葉に、私はぽそぽそと小さな声でお礼を言います。

 グランディム様には今日この日より、我がレウィント伯爵家に婿養子となって頂くことになっています。

 私がグランディム様を口説いている最中、オルレアン公爵家の跡継ぎに関していざこざが発生しましたが、結局グランディム様はオルレアン公爵の正妻である義母の強い反対により跡継ぎから外されてしまったのです。

 元からグランディム様はご自身が庶子の子である自覚があり、跡目に興味はなかったそうですが。


 「じゃあ行こうか、ルーツェ」

 「はい……グラン様」


 私は差し伸ばされたグランディム様の手に己の手を重ねる。


 『生まれも育ちも違うのに、君と私はどこか似てるね』


 不意に、いつかグランディム様に言われた台詞を思い出す。


 『氷柱姫』と呼ばれ、周囲の子ども達から忌避され続けた私と。

 『庶子の子』と嗤われ、存在ごと蔑ろにされ続けたグランディム様。


 確かに私達は似ているかもしれない。けれど、決して同じじゃない。


 これから先、私はグランディム様を支える奥方になろう。

 そしていつの日か、グランディム様を『庶子の子』と嘲笑った連中を見返してやるのだ。


 「グランディム様」

 「なに?ルーツェ」

 「愛してます」


 私からの突然の告白に、グランディム様の目が丸くなる。

 そう―――たとえ貴方が私を愛していなくとも、私は貴方だけに愛を捧げます。


 「ありがとう。私も愛してるよ」


 手を持ち上げられたと思ったら、手袋の上から指先に唇が触れる。

 その時、彼の艶やかな黒髪がサラリと頬を撫でた。

 嘘でも嬉しいと思ってしまう私は、もはや末期かもしれない。

 『氷柱姫』と呼ばれた私も恋の病の虜になってしまえば、あとは真っ逆さまに落ちていくだけなのだから。




 私と同じだけの愛を返して欲しいなんて、贅沢なことは言いません。

 ただ、願わくば、誰よりもお側にいさせて欲しいのです。

 これから10年、20年、30年―――死が二人を(わか)つその日まで、ずっと、ずっとお側にいさせてください。





 私の愛は、きっと氷のように溶けることはない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一途な令嬢が目当ての男性を口説き落とせたところ。貴族令嬢なのに凄いなと思います。 [気になる点] で、令嬢を殺しかけた貴族令息達はどうなったの? [一言] ヒーロー視点も読んでみたいです。…
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