◆高校一年・梅雨その四◆
暗闇の中を何かに追われるように走る。
得体の知れない恐怖が逃げても逃げても手を伸ばしてくる。
俺の先を、ウララが走っている。
待ってくれ、行かないでくれ。
「ずっとは一緒にいれないよ、ごめんね、かーくん」
□□□
俺は中学三年生のときのトラウマを夢に見て、目が覚めた時うっすら涙を浮かべていた。
くそ、なんて夢見ちまったんだ。
「あ、かーくん起きた?」
まだ頭の中でウララの言葉が反響してる。
最悪の二度寝だった。
「ねー、もう夕方だよ? お寝坊さんだなぁ」
上半身を起こし、ドックンドックンと鳴り止まない鼓動を落ち着ける。時計を見ると午後四時だった。
え? 今、時計の横に何か見えたような。
「怖い夢でも見たの? よしよししてあげよーか?」
そこには、高校の制服姿のウララがいた。
俺の見慣れていない他校のブレザーだ。
うわ、あんな夢見たせいでウララの顔を見れない。
「よしよし、怖かったね、もう大丈夫だよ」
ウララは俺の頭を撫でている。
俺の視界からは太ももが見えるのだが、ちとスカートが短すぎるんじゃないかと思う。
そんなことを考えられるくらいに落ち着いてきたら、頭を撫でられているのがなんだか恥ずかしくなった。
だが、やめろとも言えず、手で止める事もできず何も言わずに立ち上がった。
「ね、かーくん制服デートしよ! あ、もうこんな時間だしそこらへんブラブラするだけだから制服散歩だね」
スポーツ推薦で私立の陸上が強い高校へ進学してしまったウララは、高校生になってからほとんどうちに顔を見せることがなかった。
だが、一週間ほど前から制服姿で現れるようになったのだ。
見慣れないブレザーのせいか、未だに中学三年生のときのトラウマが影響しているのか、なかなか幼かった時のように自然に言葉が出てこない。いや、それよりあの事の方がよっぽど――
「ほら! ボーへーっとしてないで、着替えてよー」
俺がウララに背を向けて、返事もせずに色々考え込もうとしていたところ、目の前に顔を近づけて急かしてくる。見えないなんて言わせないよ! とでも言っているようだ。
「わかったよ、休みの日まで制服か……」
俺は壁にかけてあった制服に着替えるために、履いていた短パンを下ろす。
「なあ、着替えてるんだけど……」
「えー今更だよ。かーくんだってボクのパンツくらい見慣れてるでしょ」
見慣れてねーし、誤解を招くようなこと言うな。
ウララは一人っ子だが、うちによく遊びに来ていたので兄貴たちや俺が使っていた『ボク』という一人称がうつってしまったようだ。
ウララがうちに来始めた頃は『うーちゃん』と自分のことを言っていたはずだ。
中学生になる頃には、学校では『わたし』を使っていたようだが、逆にうちの家族の前だとそれが恥ずかしかったようで、未だに『ボク』と言っている。