◆中学二年・春その一◆
バスに揺られながら、満開の桜並木が流れていくのを窓越しに眺めていた。
ふと隣を見るとウララがいて、俺たちは並んでバス車内の中央辺りに立っていた。春休みだからか車内は混雑していて、ワイワイと賑やかだ。
ウララはあの頃お気に入りだったクマのワンポイントマーク入りの黄色いTシャツとショートデニムにスニーカーという小学生のような格好だ。
髪もショートカットだし、身長も低く、本人もたいへん気にしておられるようだが胸もわずかな膨らみがあるくらいだから、パッと見は男の子と見間違われたりする。
踵を上げたり下げたりしながら、嬉しそうに笑っている。
次のバス停のアナウンスが響くと、ウララは『降りる』ボタンを押そうと手を伸ばすが先に誰かに押されてしまった。さらに勢い良く手を出したもんだからつんのめって倒れそうになるのを、肩を掴んで引き戻す。
「ありがとー、かーくん」
ウララは俺を、かーくんと呼ぶ。恥ずかしいから中学に入ってからは苗字で呼ぶようにしようと話し合ったはずなのに、呼び慣れないらしくなかなか定着しない。
ウララは前のめりに倒れそうになったのが恥ずかしかったのか、やや俯いている。さっきまでご機嫌だったのにショボンとして見える。
恥ずかしがってるというよりは、たぶん『降りる』ボタンが押せなかったのが悔しかったんだな。
そう思い、ウララの頭をポンポンとしてから「帰りは空いてるから押せるって」と言うと、パァと笑顔になり、やっぱりそうだったかと苦笑いした。
俺たちのやり取りを見ていたのか、優先席に座っていたおばあさんがニコニコと話しかけてきた。
「お父さんとお出かけ、嬉しいねー」
待って、おばあちゃん。俺たち同い年だよ?
「うん!」
うん! じゃねーよ。なに即答してんだよ。
しょうがないので、俺は「いやーはははっ」と笑って誤魔化した。
この原因は俺にもある。
小学生高学年から俺の身長がグングン伸びてもうすぐ百九十センチだ。バスだって吊革じゃなく、吊革を吊る棒を持たないと腕の収まりが悪いくらいだ。
それに比べてウララはちっとも大きくならない、色んなところが。身長は百五十センチと言い張っているが、たぶん二~三センチ大きめにサバを読んでいる。
ただ、本人も色々気になるお年頃のようで、その事を言うと怒って関節をキメてくる。
アキレス腱固め中に足がツッた時は死ぬかと思った。
小学生の頃は、からかってもポカポカ叩かれるくらいでノーダメージだったが、どこで習ってきたのか最近の女子中学生の柔術は恐ろしい。