1章-8 「契約と制約」
ニルギリ山の山道入口前で手頃な岩があった為、ジルは足を止めた。
「お頭?どうしたんです?」
マタリが突然足を止めたジルに向かって言う。
「他に使える魔法が無いか、試しておこうと思ってな!」
そう言ってジルは岩に向かって腕を構える、マタリの時と同様にイメージを膨らませ呪文を唱える。
「ファイアーボール!」
…
……
………しかし、魔法は発動しない。
それから何度か色々試してみたが、攻撃魔法が発動する事は無かった。
ジルが”架空の魔法名”を叫び、岩と戦っている間、通りかかった何人かの冒険者や街人に”魔法に憧れる少女”として温かい目を向けられていたのだった。
(おかしい…。さっきのは何だったんだ?)
ジルは試しに自分にバンピルキュアをかけて見るが、光と共に温かい感触があり、確かに魔法が発動していた。
(どうやら使える様になった魔法はこれだけらしいな…。
まぁ何も無いよりはマシか。)
”岩との戦闘”も終え、ジル達はニルギリ山の山道を登っていくのであった。
暫く山道沿いに進んでいくと、分岐があり、左に進むと魔獣が出現するスポットで冒険者達の稼ぎ場になっており、右に進むと洞窟があり、今回の目的の天使石の主な採掘場所となっている。
右の洞窟に向かい、中を真っ直ぐ進むと広場に出た。
主な天使石の採掘場所とあって、何人か採掘目的であろう人達も見えた。
「ここが主なポイントだが…。ここで採れるならあんなに高値になってない。
何か理由があるはずだ。ここからは慎重に行くぞ!」
そしてジル達は洞窟のさらに奥に進む。
広場の先は狭い一本道となっており、入口から遠い為、かなりの暗さとなっていく。
暫く道沿いに進んでいくと灯が見えた。
近づいて見ると燈籠があり、魔法の青い炎の様な光を揺らめかせていた。
「こんな、所にわざわざ高価な魔道具の燈籠があるなんて不思議ですねぇ。」
そういって元商人のマタリは、その価値を推し量り話す。
確かにマタリの言う通り、単なる坑道であれば、松明でも充分で、わざわざこんな魔道具が設置されているのは違和感があった。
「確かに胡椒臭いっスね!さっきのマタリの事もあるんで、こっからは俺が前へ出るんで、頭達は後ろに着いて来て下さい!」
そう言ってロビンは先頭に立つ。
暫く燈籠が続く道を進んで行くと、大きな鉄の扉が見えた。
「なんだ…ここは?」
その扉は大層豪華な作りで、宝石類がはめ込まれていた。
「頭!この扉の宝石、かなり高いヤツッスよ!」
そう言ってロビンは大きな扉を物色し出す。
「あ、待て!勝手に触る…!な?」
ジルの制止は間に合わず、ロビンが扉に触れた時。扉が自動で開いた。
そして何事かと様子を見ていたその瞬間、戦慄く雷鳴と共にロビンの体に雷が落ちた。
突然の音と光にジル達は驚き、瞳孔が閉じた瞳をゆっくりと開き、周りを確認する。
するとそこには稲妻で焼け焦げた、ロビンの姿があった。
「我が魔石を盗む、愚かな人間よ。死を持ってその罪を贖うがいい。」
扉の中は小奇麗な大きな広間となっており、中央に、優に2mを超える程の巨大な人型の魔獣が腕を組み仁王立ちしており、物々しいセリフを放った。
「ロビンっ!今治すからなっ!」
そう言ってジルは、先ほどマタリに使用したものと同じ、バンピルキュアを唱える。
「無駄だ人間。人間に解放されている魔法では、既に修復範囲を超えて…」
巨大な魔獣?が諭すようにジルに言いかけた言葉を止める。
なぜなら、その数秒の間にロビンの傷は元通りに塞がっていったのだ。
「ば、馬鹿な!?人間の魔法の範囲を逸脱している!
そしてその…そのすばら…豊かな胸は…分かったぞ、貴様人間ではないな!」
「おいおい、いくら胸が大きい人間が珍しいからって、それはあんまりな言い草だな。」
「フッ…隠しても無駄だ!何人も我が魔眼からは隠し通すことは出来ん。」
そう言って巨大な魔獣?は、ジルを睨みつける。
(なんだこの感触は?ただ見られているだけだが、心の中まで見透かされているような、居心地の悪い感触だ…。)
「そうか…。そうゆう事か。貴様ルクティアの加護持ちか。あヤツにどんな意図があるのかは知らんが、ルクティアが絡んでいるのなら、その豊かな胸も納得がいく。」
そう言って巨大な魔獣?は、納得がいったとばかりに額に中指をあて、首を縦に振る。
「お前ルクティアと知り合いなのか?」
「オマエ?それは我が姿を指して言っているのか?フハハハっ!この姿、さっきの威力の魔法を見ても物怖じしない、大した娘だ!気に入ったぞ!」
そう言って巨大な魔獣?は腕を組みながら高笑いする。
「その肝と胸に免じて無礼は許そう。我が名は魔神ボルティオン。光の女神ルクティアと同じく、この世界を司る六神の一柱だ。」
魔神の名乗りとともに、マタリは腰を抜かし、その場に座り込む。
六神の事はこの世界に住む者は子供でも知っている為、学がないとは言えロビンも当然知っており、驚愕する。
だがジルは違った。
「で、その魔神様は、何でいきなり俺の部下を半ゴロシにするんだ?ノックをしなかった事へのクレームにしては度が過ぎるんじゃないか?」
ロビン達と違い、ボルティオンに対し、全く動じず相手の行動を責め立てるジル。
「其れは人間が古の契約も守らず、魔石を盗んでいくからだ…。」
そして、魔神はこれまでの経緯を語り出す。
ボルティオン曰く、古い昔人間の長とボルティオンの間で、魔石(人間が天使石と呼んでいるもの)の採掘に対して制限を取り決めたとのことらしい。
暫くは人間も決められた採掘量を守っていたが、最近人間の採掘量が増えた為、ボルティオンが"間引いて"いたとの事であった。
そして、その為に天使石の流通は減少し、天使石が高騰、それはさらに採掘者を呼ぶ事になるのであった。
「で、その契約を交わした"古え"っていうのはどれ位前なんだ?」
「そうだな…アレは確か…1500年程前だ。」
「1500!?おいおい、そりゃあもう契約してる奴も死んでるし、残ってても"伝承"やまさに"神話"として存在する位だろ…。」
「たった1500年だぞ?死んでいたとしても人間のこの地の代表者が交わした契約だ、伝わっていないのがおかしい。」
(どうやら人間と魔神の間での時間間隔のズレがこじらせた原因の様だな…。)
「だったら、今の国の代表者…つまり国王と話して、契約を確認すれば済むことだろう?」
ジルは呆れて、ボルティオンに問いかける。
「フハハハッ!!会いに行けと?そう言っているのか?どうやら我の事を余り良く知らんようだな。
我は過去に国を1つ滅ぼしている。その為、厄災の神などと人間に呼ばれ、我が出向けば、世界終焉だのと騒ぎになり、面倒な事になるのは目に見えておるわ。まさにそこに居るそヤツの様にな。」
そしてボルティオンは震え上がるマタリを指差す。
「国を1つか…お前もとんでもない大悪党だな!!」
ボルティオンに対し、どこか親近感を持ち笑うジル。
そしてそれには"悪党"のスケールの違いに対し、少しばかりの尊敬の念も篭っていた。
「だがそりゃあ確かに街は歩けねぇなぁ。」
「あぁその通りだ。だが方法が無いことはない。
俺は元々精霊から進化して魔神になった。だから精霊契約を実行し、魔力の高い者を媒介にして運べば、目立つ事無く、たどり着く事が可能だ。
そして運命か、その適正者が目の前へやって来ている。」
いたずらな笑みを浮かべながらボルティオンがジルを見つめる。
「はぁ?魔神が見初める程の魔力なんて俺にある訳ねぇだろ?回復魔法1つしか使えないぜ?第一何で俺がそんな面倒な事をやる義理があるってんだ?」
「何っ?貴様自分の能力を知らないのか?
ほぉそうかぁ、なる程なぁ…。だったら契約をしよう。我をこの地の国王の所へ連れて行け、その代わり我は貴様の質問に何でも答えよう。」
「へっ、別に興味ないねぇ。てめぇの事はてめぇで調べるぜ。」
「フハハッ!威勢がいいな!誰にも頼らず、信ずるは己が信念のみか。
だが今回だけは、頼る事も必要となろう、何せ命に関わる事だからな。
そうだな…サービスに1つだけオマエの能力『清浄潔白』について教えてやろう。
『清浄潔白』とは、この能力を持つ者が話す事を、例えどんなに疑わしい事であっても。聞いた者は信じずには居られなくなるという能力だ。」
「へぇーそいつぁすげーな。詐欺でも盗みでもやりたい放題じゃねぇか!
で、それがどう命に関わるんだ?」
「フッ、この能力が何の代償もなく得られる訳がなかろう?代償はカルマ値が10となれば即座に死ぬ。カルマ値とは、神の間で管理されている数値で罪の重さを表す数字だ。
さらに人間の言葉で言うと、"良心の呵責"、それが本当の痛みを持って感じる様になる。もう既に感じたのではないか?何せ貴様のカルマ値は既に『9』なのだからな。」
「な、何だ…と…!」
流石にジルもこの事に対しては、驚きを隠せなかった。
なぜなら、この話を疑おうにも、アンブレのサイフをスッた時の痛みを思い出していたのだ。
「悪い話ではあるまい?我と契約すれば、少なくともすぐに死ぬ様な事態は避けられるぞ。」
「くっ…。国王のところに連れて行けばいいんだな?だがいつになるか分からんぞ?」
「構わん。人間の一生など、我が時間感覚では一瞬だ。」
そしてジルはボルティオンとの契約を結ぶ事にしたのであった。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
東方紅楼夢の原稿等でバタバタして来ましたので、すいませんがしばらく投稿できないかもしれません。