1章-5 「身体の対価」
「酒場編」の続きです。今回短いですが、これで「酒場編」は解決です。
深夜にも関わらず賑わう酒場。
その喧騒を遮るように一つの声が響く。
「さっすが頭だゼ!」
そう言ってロビンはカウンターのロジャーの左隣に座る。
少し遅れ、右隣にももう一人見知らぬ男が座った。
「いやぁお嬢ちゃん!あのアンブレを負かしちまうとはすげぇな!あ、俺はボルスだ。この街で大工をやっている。」
ボルスと言う男は立派な赤茶の髭が似合うドワーフだった。見るからに頑固職人と言った風貌だ。
「俺は…」
ロジャーはそう言いかけて止まる。ロジャーはこの辺りでは有名過ぎ、騒動になりかねない。
(ロジャー…ロジ…ジロ…女っぽい名前だと…)
「俺はジルだ。この街へは今日来たばかりで、仕事を探してる。」
「おぉ、そうゆうことか。ならこの街の事を色々話してやるよ!よし飲み直さんか?さっきのでかなり儲けさせて貰ったんだ、ここは俺が奢るぞ!」
「いやその必要は無い、さっき俺がアンブレに言ったのは、
『今晩ここにいる奴全員の奢り』
って言ったんだぜ?つまり、朝までここにいる奴は全員飲み放題だ!」
再び客全員で騒ぎ出す。
「お嬢ちゃん、あんた鬼だな!」
そう言って豪快に笑うボルス。
そうして暫くボルスと酒の話で盛り上がりつつ、この街の金になりそうな話を教えて貰っていた。
この街の主な収入源は、北東の山で取れる天使石らしい。
しかし、最近は産出量が落ち、高騰してるそうだ。元々高価な石らしく、今の相場なら相当な稼ぎになるんじゃないかとの事だった。
そして何と、もし行くならボルスが採掘用の道具も貸してくれるとの事だった。
ボルスはジルが思った通り、自分の気に入らない仕事はどんなに金を積まれても受けないらしく、かつて王宮大工に誘われた事もあったが大臣がいけ好かないという理由で断ったのだそうだ。
だがその反面、気に入った奴にはとことん世話を焼きたがる性格らしい。
暫くボルスと話し込んでいると、アンブレの呻き声が聞こえた。
するとジルは何を思ったのか、小悪魔的な笑みを浮かべ店主にトマトジュースを注文する。
ジルはトマトジュースを受け取り、目覚めたアンブレの方へ歩いて行く。
「ほら、これを飲め。」
そう言ってジルはトマトジュースをアンブレに渡す。トマトにはアルコールの分解に効果があり、二日酔いになりにくくなるのだった。
勿論ジルは、その知識を科学的に知っていた訳ではなく、酒の弱い部下の経験で導き出していたのであった。
「て、天使…!」
人は弱っているところに優しさを見せられると、それが何倍にも感じられる。所謂ナイチンゲール症候群である。
が、ジルの狙いはそんな事では無かった。むしろアンブレに好かれても嬉しい筈がない。
人は飲み物を飲む時に相当に無防備となる。飲み物を飲む時は視線を天井に向け、手でグラスを掴み、喉に意識を集中する。
今アンブレとその部下はトマトジュースを飲む事に集中しており、ジルはその隙をつき、アンブレの財布をスったのだ。
(こっちは身体を賭けたんだ。酒代位じゃ足りねーぜ!)
「…すまねぇ。」
そう言って何をされたのか全く分かっていないアンブレは立ち上がり、部下に支えられ酒場を出て行く。金は後日払うと言い残して。
アンブレを目線で見送っていたジルだが、その瞬間産まれて感じた事も無い痛みが襲う。
(くっ…何だこの痛みは…!)
まるで槍で背中から肺を刺されたかの様な痛みに、片膝をつくジル。
どうしたのかと周りがざわつく。
「お頭?大丈夫ですかい?」
そう言って駆け寄るロビン達。
「あぁ大丈夫だ。久し振りに沢山飲んで、ちょっと酔いが回った様だ。」
そう言って誤魔化したジル。実際痛みも一瞬だけで、既にかなり和らいでいた。
「今日はもう遅い、上で休んでってくれて構わない。何アンブレ商会にはずっとちょっかいをかけられていて、困ってたんだ。その礼と思ってくれ。」
そう言って店主は二階を指差す。
そしてジル達は二階へと上がり、床についた。