第五話 断崖の駅 天海の停車場 温泉の駅
乗り込んだ気動車は得体のない所を進んでいるる。伊之助こと星村伊之助は窓側の壁にもたれてぐったりしている。
「どうしたの、食べ過ぎ、それともあのミルキー姉さんの運転のせい」
「ち違う姫君、いや留美さん」
「別に星野さんでもいいけど」
「窓の外を見てみろなんか変な気分にならないかむ
「きれいじゃない。サイコロみたいのが、それぞれ面の色がゆっくり変わって消えたり点いたりする」
「それが、気分がわるい原因だ。時空酔い」
「へぇー」
「なにか体の中を突き抜けていく変な感じはしないのか」
「別に。気持ち悪くなったらもこの袋ね」
「・・・だな。まだ限界までいかないが。時空酔いは回数を重ねるごとに軽くなると聞いていたのだが。ううっ」
さっきの時空というかあの街で駆け抜けていた彼の姿とは別の姿に少し気の毒になる。
「この車内には時計の針が、いびつに動く」
「ほんとだ。じゃあ時の流れって何ということになる」
「時空航海士準3級の教導書には時の流れはなく積もることもなく今が連続していると書いてある」
「じゃあ、過去と未来の関係はどうなるの。今があって過去があり、これからのことが未来になる」
「いや、君の時空の考えではそうかもしれないが、単純に現在・過去・未来は連続していない」
「ならどうなっているの」
「時空というのは、それぞれ共有されている。観測者によって見方が変わってくると」
「となると、私の居なくなった時空ではどうなるの」
「わからん。君の場合は。ただ私のところでは時空超越の列車に乗り損ねて衣服だけが別の時空に飛んでったのがいたと聞いている」
「じゃぁ私はどうなっているの、この車内にいる時点で」
「真っ裸でないから大丈夫でないの」
「よくも女子の前でそう低俗かつ下品な発想を言えるわね」
「う」
「気持ち悪いのはどうなった」
「まだ気分悪いです。しばらくおとなしくします」
いくつかの『時空』を一緒に行動したとは言え、彼と付き合えば付き合うほど、コイツのボロが見えてくる。第一印象の『白馬に乗って助けに来た王子様』というのは消えている。けど、彼の行動力というか野生のカンというべき判断力は目をみるものがある。あるいみ狩人けど、もうすこし品のある狩人であれば
いいのだが。
窓の外がだんだんと変化し始めた。暗黒に浮かんだサイコロの発行体の世界から明るいトンネル外の世界へと変化していく。
[ガーーーー]
[ダダッツ ダダッダダッツ ダダッ]
[タタタ タッタ タタタ タッタ]
[タタン タタン タタン タタン]
[ザァーーーーッ]
[ギーッ]
[プシュゥゥゥ]
「それにしても移動手段が鉄道とは変だよね」
「いや、他にバスもあるらしい」
「えっ、なんで」
「たくさん人を運べるから。あと、時空航海の免状によればその上にも利用可能なんだ」
「ほー。じゃぁもっとカッコイイ形のとかあるの」
「カッコイイかどうかわからないけど、少人数で自分で動かせるのがあるらしい」
「プライベートジェット機みたいの」
「なにそれ」
「んー、個人所有のジェット飛行機」
「私の時空にはないけど、いや別の形のはあるかな」
「結局住んでいる時空が違うと少しづつ何かが違うのね」
「そうだ」
『交換列車待ち合わせのため、しばらく停車します]
窓の外は崖っぷちになっていて、反対側がホームになっている。崖側のほうは、靄がかかっていてぼんやりとしている。
「うぎゃー。席、席変わろう」
「どうしたの」
「み、見ろろ
伊之助の指した方向に何かうごめいているものがある。大きいものが悠然と動いている。と、次の瞬間
バサァっと大きな羽音を響かせて窓にソレが近づいてきた。
「きれい、すごーい。ねえ、皮膚というか表面が金属みたいに緑とか蒼に輝いているよ」
「怖くないのか、大したものだな」
靄から一瞬晴れた。上にも下にも断崖が続いていてゴツゴツした岩場に幾筋の滝が流れている。
「ここはどこなんだろう」
通路の反対側に誰かが座っていた。いつの間に。あまりにも窓の外の風景に目を奪われてその気配を感じなかったかもしれない。仙人のようなおじいさん。不思議な服装をしている。柔道着のような、和風の着物ではあるが、なんとなく中近東の感じもあるる淡い藍色の上下の着物に少しくすんだ黄色のチャンチャンコみたいのを着ている。席の横に統制のリュックのようなかごが置いてある。
「そこのお方ここは鉱物が取れる断崖の地」」
「ほぉ」
「ようやくワシの言葉が分かったようだな。とすると人間というものか」
「ですが」
「どちらまで」
「えっと」
そうすると、伊之助は私の口元に手を出した。言うなと。
「ほう。まあよい。この路線わ使うのは察するに星の民。その掟があるのだろ。秘匿は守れと」
「・・・」
「まあ良い」
交換列車がホームの反対側を走ってきた。先頭は電気機関車。ウグイス色というのだろうかみどぃろのやや灰色かがったものに下側に黄色い線が走っている。それに連なるのはウグイス色の客車。
[ピィッッ]
[ダダダダダダ]
[タタン タタン タタン タタン]
「そこの彼、ずいぶんと苦しそうだな」
「いやぁ」
「時空酔いだな。まあこちらにおかけ。少し整えよう」
「えっ」
「伊之助、大丈夫なのすんなりと信じて」
「うむ、けどこの人は直感でそんな悪い人ではないと」
「まあ」
伊之助は場所を変え、通路の向こうの席の、おじいさんと向かい合うように座った。
「楽にして。心の音を視て整える」
おじいさんは、節くれだった細長い指三本を伊之助の額をふれた。
「若さと未熟な力があるが、それが整っていないようだな」
「おじいさん、変なことしないでよ、彼の頭の中覗き見るような」
「そこまではせん。ソレをするには代金をいただくよ」
「ちょっと」
「さあ、まず呼吸を整えて、ゆっくりと、体の手足の端から頭に意識を集中して」
伊之助は時折眉をひそめながらなにか力を込めているようだる
「体を固くしないように、水のように風のように」
「う、ん、あれ」
「どうじゃ」
「少しは楽になった」
「信じられない夜、伊之助」
「信じられないのは私だ姫君」
ガタっとドアの占める音が聞こえた。
[ファーーーン]
渓谷に音が響いた。下のエンジンだろうか、騒がしい音が聞こえる。速度はどんどん高まり次の瞬間
『これより時空超越をします』
アナウンスの後に光の束の中に気動車が猛烈な勢いで突っ込んだ。
[ガシィィィ]
これで何度目の時空超越だろうか。毎回ものすごい衝撃とともに突っ込んでいく。
まどの外は白いガス状の世界だった。伊之助は多少体が楽になったのか、ぼんやりとしている。
「何考えているの」
「別に」
「別にはないでしょ」
「時とか空間とか時空とか本当は実在しないんじゃないかって」
「ほー、あなたにしては哲学的な考えね。けど証明するには」
「それができないからね。ただ、気分が少し楽になって、思ったのは、そもそも、時間とか空間とか時空というのは自分自身の中にあるのではないかと」
おじいさんが割り込んできた。
「ほう、なかなか鋭いな。けどその中心に行くには、まだまだだな」
「えっどうして」
伊之助は驚いた
「観察者によって物事は変わる。また偶然にもよって理がが割っていくこともある」
私と伊之助は顔を見合わせた。
「おじいさん、一体何者」
「さぁ」
白い世界から別の世界に変化し始めた。ガス状からだんだんと視界が開けていく。音は聞こえない。まるで氷の上を滑るように進んでいくと天海というのだろうか。
「伊之助またすごいよ、上も雲、下も鏡に映りだされたように雲」
「いい、見ない」
「変に憶病なところがあるのね」
『天海停車場です。通過列車待ち合わせのためしばらく停車します』
ここにはホームらしきものはない。
「こないね」
一人つぶやいていたが伊之助は何も言わなかった。
『ただいま、通過列車、信号トラブルにより遅れております』
「闇の者じゃな」
「おじいさん何か知っているの」
「いや、ちょっとな。時空改変が急激に進行していると断崖の街で聞いたものでな。ちょっとした話題だわ。おかげで商いが遅れるわ」
「そんなにすごいことなの」
伊之助がチラと私のほうをみて無言で、(これ以上無駄にしゃべるな)と目で訴えていた。
ぼんやりと窓の外の雲を見ていたら突然電車が表れた。それも猛スピードで。
[バン]
[ンゴゴッ ンゴゴッ ンゴゴッ ンゴゴッ]
[バシィ]
白い大きな車体に窓周りが青、団子鼻で翼のない飛行機のようなものが追い越して行った。
『発車します』
ぶっきらぼうにアナウンスがあった後気動車が動き出した。
[ファーーーン]
今度は暗いトンネルに突き進んでいった。真っ暗のでなく、時々上から下、下から上へと雷光が見える。よく雷が当たらないものだ。幾重にもその放電を潜り抜けると、現実的な世界が少しずつ見えてきた。
[ガーーーー]
[ダダッツ ダダッダダッツ ダダッ]
[タタタ タッタ タタタ タッタ]
[タタン タタン タタン タタン]
[ザァーーーーッ]
[ギーッ]
[プシュゥゥゥ]
「ここだな」
「ええ」
伊之助と私は降りる支度をした。
「ほう、ここでお別れとな、カシオペアの導きに幸多からん事を」
「えっあなたも」
私は驚いた。
「なにら、この路線を痞えのは星の民ぐらいじゃろ。若い彼、疲れているようだから、その彼女おてゃらわかにな」
「はぁ」
「多少未熟さゆえの煩悩にはまるかもしれぬがそこはそれ」
「ですか」
「なんです姫君それはない」
「なければいいですけどねー」
そうこうしているうちに気動車はとまった。
「いろいろ、介抱していただいてかたじけないむ
「いやいや」
「このコイツにありがとうございます」
「コイツとはなんだ」
「もう止まるぞ、ではな。遠き者にあったら伝えておくぞ」
「ええっ」
伊之助は少し驚いたようだった。抜き打ちテストのように遠き者の関係者がいて観察される。
駅の外に、時空の潮時が終わるまでにでなくてはならない。何と言ったって普通のキップを持っていないのである。
時空の潮時が解け始めた。今までとどまっていた時空が動き始めた。午後の日が差し込んでいる。記憶の底にある指示を手繰り寄せてみる。駅の階段を下りる。この時間帯はあたりは人もまばらのようだ。するとその階段の下にイケメンが佇んでいた。
「星の者より星の民へ伝言。名は星野留美と申す。イケメンいや、その君、名は何と申す」
「ひ、姫君、それは私の役目」
「いえ、チェーンジ」
「はっ」
「同じ旅するにはイケメンに限る」
「何と」
「あなたは、ここにとどまって、別の星の民に元の時空に連れ戻してもらえばいいのですむ
「なんということを」
「・・・まあまあ、お二方」
「はい」
「はっ」
「ここで言い争って闇の者に知れたらどうするのだ」
「けど、あたし」
「では、定め通り導きの者、客人として伺おう」
私はイケメンに言われるままに、シュンとさせられてしまった。一目でビビッと来たのよ。一緒にいるならこの人。気分悪いとしているコイツよりおなじいるならこの人なのに。
「遠き者より星の民へ伝言。我の名は星崎伊之助と申す。名は何と伺う」
「星間高次と申す、鍵言葉ヒガンバナの向こうには何がある」
「雲隠れした十六夜がある」
「よしっと。それよりなにかあったの」
私に向かって星間さんは語りかけた。
「見た目と行動が一致しないし、助けてもらったようで弱みをみせるし」
「んー、そりゃ君もキツく彼に接しているんでないの」
「そんなぁ」
「ま、次の時の潮目まで間があるようだし、近くの日帰り温泉で疲れを取ったら」
「ここに温泉あるの」
「ちょっと先だけどね。彼も疲れているようだし休んでから温泉にでも入ればいい」
そう言って私たち3人は日帰り温泉に向かった。もともとその建物は、宿泊施設みたいだかね日帰りの温泉もしているようだ。建物に入った。
「入浴用品は用意しておいたから」
星間さんはそう言って袋をそれぞれに渡した。
「いえいえ、何というかお言葉に甘えます」
「彼は少し休ませておくな」
あの仙人のようなおじさんから、気分を整えてもらったとはいえ、時空酔いのせいか、ちょっとおぼつかない気配がアイツにはある。
カポーン
お湯を人浴びして湯船に入り込む
「ふぅー」
思わず、ため息が出てしまった。ラーメンと蔵の街で駆け抜けたせいか、自分にも時空酔いがあるせいか、気疲れのせいか。
熱くもなく冷たくもない、千代ウド酔い暖かさでね肌にジン割と効いてくる素直な温泉に自分の体が溶けていきそうだった。うつろうつろしていると脱衣所のほうに気配を感じる。
ガラッ
「ぎゃぁぁぁぁああああああっ」
「うぉぉぉおっ」
「バカ、アホ、変態、カス、タコ」
「ひいっ」
「タオル、タオル落ちる。キャーーーーーーっ」
ザバーっ
私は速やかに湯船に潜水した。アイツはいくら疲れているとはいえ、なんというか本当にヌケていい時にヌケている。それでいいのだが。彼はどうやら女湯から立ち去ったようだ。
気を取り直して温泉で体を清め、脱衣所で身支度をしてて外の休憩スペースに向かった。
伊之助は、スッキリした体になっていた。あのあと、アイツは男湯でちゃんと入ったのか。スッキリとした体ななっていたが、なにか、シュンとした姿勢でソファーに座っていた。
「彼が、やらかしたようだな」
「チェーンジですのっ」
「はあ」
「いやそれはできない」
「いくらなんでも、女湯の文字は読めるでしょ」
「いやその」
「それとも、煩悩と欲望に支配された体が反応したと」
ぷるぷるぷると伊之助は首を振った。
「とはいえ君も見たのだな」
「いえ見えてしまったのです、尻が」
「女子がそこまで言わなくとも。とにかく、だ。定めと掟に沿うのが星の民だ」
「はあ」
「続けてもらうよ、まだ」
「まだなのですか」
「いや遠き者からの伝達によると闇の者の時空改変が収まらず簡単に星野さんの元の時空に戻れなくなった」
「そ、そんな」
「もちろん星村君もだ」
「えっ」
「私はここで他の星の民に伝令と用意をする役目を遠き者より受けた。だからここから動くことはできない。わかるかな星野さん」
「そうなの」
「では、次の時空への伝達事項だ」
星間さんは一枚の細長い紙をテーブルに渡した。
「まっトイレツトペーパーだが」
それに次の時空への伝達事項が書かれている。伊之助と、私は必死に頭に叩き込んだ。
「じゃあ、これはコイツで溶かすよ」
星間さんは、カバンから水の入ったガラス瓶を出した。ふたを開けて文字が書かれたトイレットペーパーを溶かした。そして、カバンの中から小さな袋を伊之助に渡した
「時の印だ」
「しかと受け取った」
「準備ができたら行こうか」
私たちは、また、降り立った駅に舞い戻った。時空の潮目を待つことになる。
「なんだかんだ言って君たちいいコンビにもみえるんだけどね」
「えっさなんで、コイツと」
「コイツとはなにですか姫君」
「さあ、始まったぞ」
あたりの時空が歪み始め解け始めた。今まで動いたものがねあいまいになり、止まっているようにも見える。
「んじゃ、カシオペアの導きに幸多からん事を」
オレンジ一色の電車が揺らぎの中から現れた。
[フアーーーーー]
床下から機器の作動音が聞こえる。
「姫君、参るぞ」
「殿、ご乱心はなされるなよ」
「はぁ」
「あなたの面倒見るの大変だからね」
「そちらこそ」
車内の青くて長細い席に座るとドアが閉まった。少しの間現実的な世界を走っていたが、
『時空超越をいたします。車内大変揺れますのでご注意ください』
そのアナウンスとともに電車は次の時空へ飛び込んでいった、早く元の自分の時空に戻りたい。いや戻れるのだろうか。