第九話 スイッチバックの駅
トンネルのなかで勾配の頂点を迎えたようだ。途中からエンジンが軽やかな音に変わった。窓のそとは自然が豊かな風景。
「そろそろかな」
「お勉強ずいぶん短いね」
「もうすく降りる駅でしょ」
「さっきちらっと見させてもらったけど、時空っていうのは共有されているものなの」
「そこは丸暗記しているけどそういうものらしい」
ぶっきらぼうに伊之助は答えた。こいつはどこまで手を抜くのだ。
手を抜かないのは食べる事だけである。
「んもぉちゃんと説明しないとだめでしょ」
「時間と空間だけではなく、宇宙の始まりと終わりは一転ではなく互いに共有されている。始まりと終わりは同じだけでなく、別であるが共有されている。あいまいな部分もある」
「数式で示すと」
「それは、試験範囲でないので暗記なし」
「そこが面白いのではないか」
「姫君は理詰めで考えるのが好きだね」
「そうかなでこれ面白そう。時空の、時の流れは一定ではない。観測者から見れば一定に見えるが別の観測者からみると別の方向に向かって見えるへぇー。それでその証明は」
「試験範囲でないので覚えていない」
「合理的というか。けど、だから試験とか結果が悪いんでしょ」
「なかなかきついことおっしゃいますこと」
いくつか単線の駅で停車しながら目的の駅まで進む。乗客が一人乗ってきただけで車内は人数がすくないままだ。
ようやく目的の駅までたどり着いた。隣にもう一つ線路が近づいてきた。車内放送でこの駅で列車の向きが変わると放送があった。 梅雨から夏に季節の入れ替わりの時期だ。冷房のない古い気動車から田んぼの緑色の風が入って
くる。
「方向転換するんだ」
「スイッチバックっていうやつかな」
「なんで知っているの」
「自分の居る時空にもある」
「そっちの時空にもあるんだ」
「列車が方向転換する場所。多くは山間の急こう配にあるけど」
「けどここ、峠超えて平たくなったところだし」
「今まで通って来た時空にもあるかもよ」
「気が付かないでしょ、ばたばたしてばっかりで」
カバンを確認しててドアの前に立った。
広い構内。列車を待つ乗客はまばらだが、この駅で降りる人は自分たちと数人だった。
「いったん、改札の外に出るよ」
さっき乗っていた気動車は反対列車と交換した後発射したのが改札口の外から見えた。
ホームで待つよりはいいだろう。木造の一階建ての駅。外には、バス停がある。本数は少ないようだ。駅のほかにこれといった商店などはない。
時空がゆがみ始めた。
「行くよ」
ホームに入る。向こうから黒い塊が重々しくゆっくり近づいてくる。
「こんどは蒸気機関車か」
時空を超えるときの列車のセレクトは一体どうなっているんだろう。そう思う時がある。
伊之助がドアが開くのを待っていてもドアが開かない。
「開かない」
となりの車両の人が内側から手でドアを開けた
「手で開けるんだ」
「ありがとう、です」
「早くしないと動くよ」
車内は木製のニス塗。天井が高く青い座席が向かい合わせで並んでいる。
汽笛が鳴った。
ゴット、という音とシュッッシュと呼吸をするような音を立てながら動き出す。
加速は遅いが、こんなので時空の狭間を他のときのように超えられるのだろうか。
川沿いをゆっくりと超えた後、速度が上がる。
『ご案内いたします。これより時空を超越いたします。揺れますのでできるだけお立ちにならずおかけになってください。移動はご遠慮ください」
直後ゴンという鈍い衝撃のあと窓の外が点から線の光の筋に変わった。
『これより車掌がお席に切符を確認に参りますお疲れのところ大変恐縮ですがご協力お願いいたします』
車掌さんが確認にきた。なにもなく事務的に確認は済んだ。
暗黒と、ゆっくりぼんやり波打つ光の中からトンネルの先が見えてきた。
ガツンと衝撃。線から点へ。それかゆがんだ風景へ。
盛大な金属の軋み音と、蒸気の放出の中列車は止まった。