第六話 速度警告 - 7 -
「まだ、ついてくる」
片側だけヘッドライトの壊れた黒いスポーツカーが、この車との車間距離を詰めている。
「こちら遊撃手、うあっ」
手元の無線機で通話しようとしたらゴツと後ろからぶつけられた。
「くうっ、逃げあるのみか…」
星海さんはそうつぶやくと、アクセルを勢い良くふかして
「いやっっ危ないじゃない」
私がそう言っても
「ぶつかるか、前に逃げるか、なら前に逃げる」
<<キッ>>
<<キッ>>
前方から、またなにか聞こえてきた
ヘトッドライトが闇を切り裂き、街灯が後ろに飛んでいく。
エンジンが最後の絶叫をしている。
<<キコッ>>
<<キコッ>>
チャイムなのだろうか。
<<<フォォォォーーー>>>
道路に埋まっているオレンジ色の反射材が点々から
オレンジ色の線になっていく>
<<キンー>>
<<キンコ>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
「チャイム、このチャイム気になるんですけど」
伊之助が座席にがちっと一体化しながら言った。
「速度警告のことか」
「落としてよ、スピード」
私がそう言っても。
「ヤツ、ついてくるだろ」
<<フォン フォン フォォォーーーン>>
シフトを小刻みに操りハンドル以外でも車体の向きを器用に変えている。ただ、危なっかしい状態が続いている。
車内は断末魔の大合唱のエンジン音
そして時折ギシギシときしむ音が聞こえてくる。
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
後ろの車も、車体を左右に振りながら、タイヤを気占めながらついてくる.
怒りに満ちた獰猛な甲高いエンジン音。
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
「いいか、車には2種類の車がある」
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
「えっ」
「ちょっとそんなこと言っている場合でないでしょ」
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
「普通の車と」
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
前方に下り坂。工事中の看板。早くて見えない。
ヘッドライトで少ししか見えない>
チラと照らされたその先が急に狭まっている。
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
<<キンコーン>>
「跳ぶ車だ。しっかりと取っ手に掴まれっ」
<<ズダァァーーーンン>>
激しい音がしたから響いてガツンと押し上げられた。
跳んだ…
いや、
ふわりと浮かんだ。
正確には下り坂で、少しだけ前へ宙に浮いた。
<<<バスンッズアァァッズォォォ>>>
激しい。着地の衝撃が上下体にきた。そのあとガシと横揺れ激しく揺さぶられた。
<<<ザァーーッ ファッン フォーーっ>>>
いったん、横滑りをして車体の向きを崩した後、カコカコと器用に変速を変え、ハンドルをこまめに切り替えてさらに進んだ。
言葉が出てこない。急激すぎだ。
背後から悲鳴にも似た横滑り音と衝撃音がした。
<<<キャアァァァァィィィィ ズコーーーーン ダァッ ザーーー>>>
大きな衝撃音が上がる。
黒いあの車だ。
「…」
星海さんは、何もここで言わず車を進めた。なんてことだ。
無線が入る。
「こちら金紋 確保した。敵ながらあっぱれだ。かすり傷だ」
「こちら遊撃手、救護呼んであとで話を伺おう」
「了解」
道を進んでいくとトラックと営業車と建設機械の隊列
トラックには、月村建機と名前が書かれている。
「はでにやりましたね」
「そうかな」
「そうかなでないでしょ」
私がそう言っても
「ま、なんとか切り抜けたんだし」
「もおっ」
平気だ。まるっきり来てしていない。
「さて、乗り換えるぞ、この車じゃ目立つ」
私がヘルメットを脱ぎ乗り換える準備をしていると、
「お、終わったのか、すまん、うぇぇっ」
「ば、ばか、人前で吐かないででよっ」
伊之助は道端で数分間、食べたものを吐きつづけた。
「うげぇぇぇ」
「声たてるなっ、こっちむくなっ」
これでいて『姫君を守る』といいつづけているのだが。
少しは、役に立っているところはある用だが、食い気だけは一人前以上で
あとは、素敵な王子様のところが一切、ない。
「この人たちも」
「ああ、星の者だ。ジャンプ台はかたずけておいてな、用済みだから」
「ジャンプ台って何、どうして、あの道の真ん中にあるの」
「だから、こうして、一般の車工事中でとめて、少しの間」
ちょこちょこっと、月村建設と星村さんは一言二言話した後手招きをした。
「おい、乗り換えて。こっちの地味な車で行くから」
用意された車は『ザ自家用車』という、当たり障りもない可たちをしていた。
「始めからこの形の車だったらよかったのにっ」
「いや、闇の者には勝てないだろ」
車の中か無線が聞こえる
「こちら金紋救護完了、別車両、別ルートで援護する」
さっきまで背後で黒い車を止めようとした車だ。
「別ルート了解。途中で合流たのむ。乗り換え後も無線連絡する」
私がヘルメットを脱ぎ自分のカバン持った。
伊之助も、ヘルメットを何とか脱いだ。ヘロヘロとした足取りで車に乗り込む。伊之助の手にはカバン。時の印が入ったカバン。元の時空に戻るのに大切なもの。
乗り込むと
「行くよ」
と星海とんはハンドルを握った。
乗り換えた車かせも無線から音がする。
「周囲に2台。あと別の道で3台つけている」
「ああ頼むよ」
「どの車なの」
「んー秘密。バレると狙われるだろ」
「そうですけど」
どの車かわからないが、守られているのは頼もしい。
車は、多少渋滞に巻き込まれながらも、街の中心へ近づいた。
「ここだな、鍵言葉の場所は」
「こちら遊撃手、公園だ。わかるかむ
「金紋了解」
中心街近く公園。まわりのビルに囲まれて街中より薄暗い。
「鍵言葉は光で話せか」
出発前、暗号を解いたとき、その文字列が最後に浮かび上がった。
人影は少ない。星野さんはヘッドライトを点滅させた。
「ライトでなにをしているのですか」
伊之助が星野さんにたずねた。
「モールス信号だよ」
しばらくすると向こうの暗がりから光の点滅かあった
お互い、点滅で交信を一通りしたあと。
「あちらに行くよ」
車を少し走らせた。星海さんが最初に降りて確かめている。
しばし、話した後、手招きをした。
「一星和也です。お待ちしてましたよ、星海さん」
「こちらこそ。じゃ私はここで任務終了。気ぃつけてな」
「星海さん」
「なんだ、伊之助」
「いや…」
「まああのお嬢さん頼むよ」
そう言うと星海さんは車を走らせて消えていった。
「さあ、ここじゃなんだし」
一星さんは 私たちを手招きした。
着いたのはハンバーガーのチェーン店だった。
ハンギーガーセットを頼み2階の客席ノノ奥に座った
伊之助がチーズバーガーセットを大きな口を開けて食らいつく。たべることについては天才的だ。
「んふっ。おいしい」
「それにしても、食欲あっても太らないのも才能なの」
「ちゃんとエネルギーにして出している」
「なんとも、食べることについては幸せなのね」
一星さんもポテトをポソポサと食べている。ちょっと聞いてみた。
「ところでここは私のいた時空の近くなのですか」
「なんとも。まだずれている。ずれを修復するのに時の者が動いている、らしい」
ゐ
一星さんはハンバーガーセットをテーブルに置いて。
「さて、本題にはいる。これだな」
一星さんは自分のカバンから皮の小袋をとり出した。
「時の印だ」
伊之助は皮の袋に入った時の印をカバンにしまいこんだ。
もう何か所からいただいたのだろうか。私もその時の印は
持っている。古い布袋に入った模様の入った石のようなもの。自分のは自分でもっている。
「そして次の鍵言葉だ」
一星さんのカバンから目の前に出されたのは一枚の紙。
「例によってよく見て覚えるんだ。それが自分の時空に行く手段だから」
私たちは一字一句覚えた。メモを取ってはいけない。
「で覚えたら、これでっと」
一星さんは小さな小びんと筆をとのだした。
「なぞると」
「おっ消えた」
伊之助がハンバガーを置いてつぶやいた。
「どうして」
「無水アルコールで感熱紙の文字消えるんだ」
「おおっ」
確かに不思議だが驚く伊之助は単純だ。
「あとはこれだ。次の場所までの切符だ。距離あるけどね」
目の前にあるのは夜行バスの切符。その行き先はここよりさらに遠いようだった。
「さて、もう一度おなかに入れておかないとね」
「伊之助っ」
奴はこんな状態でも食い気だけはそのままだ。なんでこいつといるのでだろうか。チェンジなしなのも不思議だ。
「さて、これで私は、用が済んだ。くれぐれも気をつけてな」
一星さんとハンバーガーショップの店先で別れた。
夜の駅前、通勤通学の人がたくさん行きかう。夜が深くなってきた。
高速バスの乗り場は、一見路線バスの乗り場のようだった。そんなに待っていはずだか、ずいぶん待ったような気がした。
白い巨体のバスがユルユルと止まった。座席を探して奥のほうに進んでいく。出発の時刻となると、乗務員が、お国言葉で、あいさつをして、案内放送をしていた。
窓をカーテンで閉める。すこしだけ、隙間から外を見ている。市街地の明かりがゆっくり進んでいく。
伊之助は、腹がいっぱいになったのか、瞬間睡眠にはいったようだ。こいつか本当に役に立つのはいつなのだろうか。
バス後方のエンジンが静かに規則的に進んでいた。後ろの人にちょっとひとこと伝えてからリクライニングさせた。夜が過ぎていく。明日はこことは違うどこか。