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エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第3章
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討伐師【1】











 エディット・トゥーレソンの父イデオン・トゥーレソンは特別監査室の監査官だった。フェルダーレン大学法学部を卒業し、司法省に入省したらたまたま配属されたらしい。狙撃の腕を買われたようで、以降、死ぬまで監査官であり続けた。


 豪胆で優しく面倒見の良かった母に対し、父はおっとり気味で愛想がよく、器用だった。豪胆なのは一緒だったけど。二人で互いに足りないところを補っているような感じで、夫婦仲は良かったと思う。短気そうに見えて母はほとんど怒ることはなかったし、父も温厚だった。やや暴走気味の母を父が御しているようにも見えた。


 母にとっては大事な人であっただろうが、正直、何故母に続いて父まで亡くなったのかがわからなかった。おそらく、母も『わからん』と答えたであろう。それくらい謎だった。

 母はその命を終える時まで、討伐師を取りまとめる総帥と言う立場にあった。歴代五指に入る実力を持つとすら言われ、彼女が殺される理由は何となくわかるような気がする。

 だが、父はどうだろう。父は良くも悪くも平凡であったと思う。普通だったのだ。彼が狙われるとしたら、そう。母関連。


 父は母に関する何かを知っていて、だから殺された。そう考えるなら、しっくりくる。気がした。


 父は武力面に関してそんなに強くなかった。夫婦間の力関係としては、母が上に見せかけて父の方が上だったけど、そんなことはどうでもよい。


 何故、今頃こんなことを思い出すのだろうか。あの夢のせいだろうか。


 ため息をついて訓練中の候補生たちを見る。エディットはアカデミーの訓練場にいた。今は休憩中なのである。

「エディ。どうかしたか」

「あー、総帥」

 顔を上げると、見知った顔がそこにあった。討伐師を取りまとめる討伐師統括責任者、通称総帥であるケヴィン・ディンケラである。室長補佐のアニタと同じく、エディットの母スティナに師事したらしい。

 母スティナは割と首都にいることが多かったが、ケヴィンはいろんな地域を飛び回っている。母も『比較的』首都にいただけで、この国を飛び回っているのは同じだった。

「訓練に参加しないのか」

「邪魔って言われた」

 エディットの言葉に、ケヴィンは「なるほどな」と笑った。そこで納得するのか。ケヴィンは笑ったままエディットの隣に腰を下ろした。


 彼は総帥に選ばれるだけあり、かなりの実力者だ。基本的に、エディットの母スティナの弟子たちは総じて長生きだ。討伐師にしては、とつくが。

「ねえ総帥」

 頬杖をついたまま、エディットがケヴィンを呼ぶ。彼は「なんだー?」と軽い調子で尋ねる。

「私の両親って、どんな人だった?」

「……んー」

 ケヴィンが考えるように間を置く。ややあって口を開いた。

「スティナは、見た目ははかなげな美女。でも口が悪くて男気があって優しい人。イデオンはおっとりしててスティナをいさめてることが多かった気がするなぁ」

「そう……」

 誰に聞いても、だいたいこんな印象だ。力関係は夫のイデオンの方が上だったけれども、母の方がしっかり者だった。


「珍しいな。エディがあの二人のことを聞くなんて」


 何かあったのか、と聞かれて、エディットは「ちょっとね」と苦笑する。

「最近、夢に見るんだ。母さんが死ぬちょっと前の夢。たぶん、母さんが死ぬ前に最後に会ったの、私だと思うの」

 あ、殺害の犯人はのぞいて、とエディットは付け足した。ケヴィンが目を見開く。

「……まあ、お前たちは母娘だったし、不思議な話ではないが……それで、両親のことが気になったのか?」

「うん。どんな人だったのかなって」

 エディットはスティナとイデオンの娘であるが、彼女が二人と過ごした時間は短い。ケヴィンたちの方が、よほど長い時間を、彼らと過ごしている。

「……どうして死んじゃったんだろう」

 エディットとて、両親がいないことをさみしく思うこともある。一番仲の良いアンドレアの両親が健在なので、なおさら。


 部屋に戻ると、久しぶりに両親が映っている写真を手に取った。フォトフレームに入れられたその写真は、珍しく母が笑っている写真だった。母は感情がないわけでも笑わないわけでもなかったが、撮影となると途端に愛想が亡くなるような人だった。


 父イデオンが母スティナとエディットの肩に手を置いて笑っている。エディットは母からお土産で渡された大きな白いテディベアを抱えていた。これは、まだ持っている。母は何を見ているのか、娘エディットですらめったに見なかった笑みを浮かべて写真に写っていた。

 エディットはベッドに大きく手足を広げて寝転んだ。母スティナは先代の総帥であったから、全国を飛び回っているような人だった。拠点は首都であったから、もちろん首都で過ごすことの方が多かったが、いろいろな地方の土産を買ってきてくれた。その土産がまた意味不明なのである。


 海岸の砂やらどこぞの森の木の実やら、化石と思われる石を持ってきたこともあった。この謎具合はすでに転勤先から土産を送ってくる父親の領域に達していた。(意味不明)


 だが、普通に先述のテディベアとか貝殻のネックレスとか民族衣装とか、少女が喜びそうなものを買ってきてくれることも多かった。なので、エディットはそれなりに母の土産を楽しみにしていた。


「ちょっと、どうしたの!?」


 気づいたら眠っていたらしく、友達と遊びに行っていたアンドレアが戻ってきて驚いた声をあげた。そりゃそうだ。窓は開けっ放し、鍵も開けっ放し、電気はついていない。

 幸いと言うか、討伐師の二大女傑である二人の部屋に無断で入ろうと言う無謀者はいないので、鍵も窓も開けっぱなしでも大丈夫と言うのが実情であるが。

「あー、お帰り、アニー」

「ただいま……珍しいね、あんたが寝落ちって」

「ちょっと考え事してた」

 エディットは腹筋を使って起き上がると、時間を見る。よかった。日は暮れているが、まだ食堂は空いている時間だ。食いっぱぐれたかと思った。

「アニーは夕食食べてきたんだっけ?」

「食べてきたよ。行くなら一人で行ってきな」

 ふられたエディットは肩を竦め、言われたとおり一人で夕食に向かった。


 部屋に戻ってくると、エディットはアンドレアに尋ねた。

「ねえ、アニーは私の両親のこと、覚えてる?」

「スティナさんとイデオンさんのこと? 忘れる方が難しいと思うけど」

 それくらい、インパクトがあったのだ。特に母。エディットはベッドでゴロゴロしながらアンドレアの話を聞いていた。

「うちのパパに跳び蹴りかましてたからね。イデオンさんはそれ見て笑ってたけど、今思えばそれって結構なつわものだったと思うんだ」

「……それは……否定できないかも」

 父イデオンの場合は天然なのか確信犯なのか微妙に見分けがつかなかったことを思い出す。当時八歳の少女には難しい問題だ。

「にしても突然どうしたの? あんたがご両親のこと気にするなんて珍しいじゃない」

「うん……うーん」

 エディットはうなりながら昔、母からもらった大きなテディベアを抱える。当時は自分の身の丈ほどあったそれも、今では体の半分くらいの大きさ。それでも十分大きいけど。


「最近、よく母さんの夢を見るんだよねぇ」

「懐かしいのかねー」


 アンドレアがどうでも良さ気に言った。まあ、夢はコントロールできないので偶然同じ夢を見続けている可能性もあるが……。

「でも、あたしたち討伐師の場合、同じ夢を見るのは予知夢の可能性もあるからね」

「そうなのよねー。予知夢ってか、私の場合は過去の出来事を見てるんだけど……」

 でも、何度も同じ夢なのはやっぱりおかしい。それはわかるが、やっぱり夢はコントロールできないので、原因を探そうとひとまず父母のことを調べてみることにしたのだ。


「総帥とイデオンさんのことか? あー……なんでまたそんなことを」


 続いてエディットが意見を求めたのは自身の師であったウルリクである。彼は母スティナの最後の弟子である。彼もかなりエクエスの力が強く、小さなころからアカデミーに暮らしていたので、おそらくエディットより母や父について知っているだろう。


 二人がいるのはカフェだ。監査室本部のビル内に設置されているものである。ミルフィーユを苦労して食べながらエディットはウルリクの問いに答えた。

「いや、最近なんか、母さんの夢をよく見るんだよねぇ」

「……何かの前兆か? お前が繰り返し同じ夢を見るなんて、何かを示唆しているとしか思えないんだが」

「それ、アニーにも似たようなこと言われた」

 そのあたり、エディットを信用してくれているのか微妙なところであるが、ひとまず置いておく。

「まあ……総帥……スティナさんは討伐師を束ねる立場としては優しい人だったよな」

「……へえ」

 初めて聞く意見にエディットは身を乗り出す。確かに母はその武勇に似合わず美しくはかなげで優しい人間であったが、たいていの人間はその武勇と不機嫌さに恐怖を抱くのである。顔だけは一級品なのに。

「ミカルさん……前の補佐官はスティナさんの判断力を買ってたみたいだし、俺もそれに何度も助けられたけど、人間的には優しい人だった、と思う」

 言ってみれば、公私をちゃんとわきまえているのだ。優しくすべきところでは優しくし、決めるべきところでは決める。

「おそらく、あの人は必要があれば自分の夫ですら見放す判断を下しただろうな。それが必要であれば」


 そして、あとで後悔し、泣くのだ。そう言う人だった。


「スティナさんは偉大な討伐師であり、そして、最大の討伐師の擁護者だった」

「……擁護者」

 その言葉が正鵠を射ていたことをエディットが知るのは、しばらく後のことである。

「で、父さんのことは?」

「……そうだな」

 スティナの時とは違い、イデオンのことに関してはあまりアニーと変わらない返答をいただいた。


 すなわち、天然なのか計算なのかわからない。だが、よく考えれば結構なつわものだった、と。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


最終章であります。


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