通り魔【4】
とりあえず、ヨーランは良くやった。もともと、実力はあるのだ。いつもエディットが突っ走ってしまうから出番が少ないだけで。
イェルド一人では大変なので、エディットたちも事後処理を手伝った。遺体はそのまま車で監査室本部まで運ばれ、所定の墓地に埋葬される。少し前まで解剖したい、と言うやつがいたのだが、彼もすでに戦死していた。
専門学校の校長に簡単に事情を説明し、壊した備品は弁償することになる。イェルドがそう説明しているのを、エディットたちは隠れながら聞いていた。彼女とヨーランは未成年なので、姿を見せることは少ない。そもそも、討伐師が一般に姿を見せることはまれだ。そのため、場合によっては変装することだってある。
しかし、今回、エディットが黒髪のウィッグをしているのは別問題だった。
「どう? 似合う?」
格好は戦闘を行った時のまま、コートにスラックス、ブーツであるが、髪の長さが違うだけでこんなに違うのか、と言うくらいにはエディットは今女性に見えた。まあ、実際に女子高生であるが。
もともと、顔立ちは母親似なのである。母スティナは、顔だけは一級品、と言われるほどの美女であったため、エディットが美人でないはずがないのだ。父親も顔立ちが整っていたし。これは当然の結果と言える。
では、何故彼女が突然女装したかというと。
「ついでに通り魔が引っかかってくれればいいなって」
「いや……うん。僕らが一緒だったら、無理じゃないの」
ヨーランが非常にもっともなツッコミを入れた。確かにその通りである。だが。
「私一人なら行けるんじゃね?」
「……まあ、それなら引っかかるかもしれんが、お前、絶対犯人半殺しにするだろう」
ウルリクにも言われた。いや、彼がさらっとエディットの扱いが雑なのは今更であるし、彼女もそんなことで傷つくような軟な人間ではない。
「否定はできないけどさ。そうなったら、ウルリクたちが止めればいいだけでしょ」
「まずお前がやらなければいいだけの話だ。あほか」
本気でツッコまれた。さすがにしょげ……ない。
「じゃあ、このまま何もせずに待てっていうわけ。まあ、これで捕まるとも思えないけど、やらないよりましでしょ」
一応、エディットは自分がおとり役に向いていない自覚はあるのだ。顔立ちは美人であるが、長身であるし、身のこなしに隙がない。狙いにくいのだ。つまりは。
彼女の発言を聞いたウルリクはため息をついた。最終的な判断を下すのは彼だ。
「……わかった。好きにしろ。だが、やり過ぎと思ったら、気絶させるからな」
「了解!」
許可が下りたので、エディットは夜の街に繰り出す。
母スティナもそうだったが、エディットも黙っていればただの美人で通る。スラックス姿でも、髪が長ければ女性に見える。それくらいに顔立ちが整っていた。(と言うか、もともと女性であるが)
現場となった専門学校は首都の中心から外れているので、歩いていると結構薄暗い。街灯はあるが、道全体を照らすには至らない。犯罪を行うにはもってこいの環境だ。
エディットには離れてついてくるウルリクたちの気配が感じられたが、それは彼女だからわかるのだ。討伐師の直感は鋭い。
ふっと、仲間以外の気配を感じた。一瞬そちらに意識をやるが、ただの通りすがりの可能性もないわけではない。人通りは少ないが、全く人が居ないわけでもないので。
一応警戒を怠らず、エディットは歩き続ける。迷いなく歩いているように見えて、実は特に考えずに歩いている。一応、駅の方に向かって歩いてはいるのだが。
ちょうど、街灯の光が届かない位置に入った時、エディットの後ろを歩いていた気配が距離を縮めてきた。髪……というかかつらが引っ張られ、一瞬にして髪を切られる。そのまま逃走しようとする通り魔を、エディットは振り向きざまに回し蹴りで蹴倒した。通り魔はべしゃっとつぶれる。
「通り魔確保~」
「なっ、何だお前!」
つぶれたままエディットを振り返った通り魔が愕然として言った。エディットは「ふっふっふ」と笑う。
「ただの女子高生だよ」
ある意味間違っていないが、いろいろ省きすぎて違う意味に聞こえる。エディットがすぐさま通り魔を確保したので、ウルリクたちに出番はなかった。むしろ、ウルリクやヨーランはエディットが暴れた時の対策要員であるので、仕事がない方がいいのだ。
「あんた、最近騒ぎになってる通り魔だよねぇ。目的はなんなわけ?」
「いだだだだだっ」
エディットが腕をひねりあげているので通り魔は悲鳴をあげた。あわててヨーランが止めに入る。
「い、痛がってるから! やり過ぎだから!」
「ええー。治るのに」
「そう言う問題じゃないからね!?」
年下の少年にいさめられるエディットであった。
△
その後、警察が来て通り魔を現行犯逮捕してもらった。結局動機は不明であるが、若い女性にいたずらをしたかったのだ、と言うのが真相らしい。迷惑な話である。
「あんたもねぇ。本当にやるとはね」
そう言って苦笑したのはアンドレアだ。別の任務に行っていたらしい彼女と、監査室本部で遭遇したのだ。彼女の父であり監査室長であるリーヌスがため息をついた。
「お前のそう言うところは誰に似たんだろうな……」
父も母も、出くわせば犯罪者を捕まえるタイプだったが、自分から捕らえに行くような人間ではなかったらしい。確かに、母スティナの武勇伝はいくつも聞いているが、そう言ったものは聞いたことがなかったかもしれない。
「討伐の方もご苦労だった。あとで報告書をあげてくれ」
「了解」
エディットはうなずき、とりあえず報告書を書くためにPCを立ち上げた。
「あ、ねえパパ。もうすぐママの誕生日だけどさぁ」
アンドレアがリーヌスに対して身内の話を始める。アンドレアの母は芸能活動をしている女性で、歌手だ。やはり、エディットの母スティナの知り合いでもある。
「ママに空いてる日聞いておくから、誕生日会しようよ」
「そうだな……」
返事をしているが、リーヌスの返事は上の空だったような気がする。
結局、アンドレアはエディットが報告書を書き終えるまで待ってくれていた。ウルリクとヨーランも報告書を製作中で、ウルリクがヨーランに書き方を教えている。
エディットは事務処理が苦にならないタイプの人間だ。この辺りは父に似たのだと思う。
「ヴァルプルギスもだけど、通り魔の方が正体がわかりやすくてみんな怖かっただろうね」
アンドレアの言葉に、エディットは「そうねー」とうなずく。見えていないものよりも、見える方が恐ろしい。人は見えないものを見ない振りするものだ。
アンドレアと共にアカデミーの寮までの道のりを歩きながら、エディットはぐっと伸びをした。かなりいい時間だが、二人で放り出された。まあ、二人とも遠目からは男女の区別がつかないし、仮に襲われたとしても襲った側が返り討ちになるに決まっている。
「さっきパパと話してたんだけど、もうすぐうちのママの誕生日でしょ」
「そうだねぇ」
アンドレアの母ヴィルギーニアは歌手だ。今は歌手の養成にも力を入れているが、自身も安定感のある歌声に定評のある歌い手だ。その歌声には、精神感応能力がある。ちなみに、芸名はフレイア。
「エディも良かったら来ない?」
「お邪魔してもいいの?」
「パパがエディなら家族みたいなもんだって」
にこりと笑ってそう言われて、エディットはちょっとうれしい。幼いころからアカデミーにいるエディットは、同じ討伐師候補たちを家族だと思っている。それと同じくらいかわいがってくれたのがリーヌスやヴィルギーニアたちだ。他にもかわいがってくれた者はたくさんいたが、ほとんどが戦死してしまっている。
討伐師である以上、親しい者の死は避けて通れない。今一緒にいるアンドレアだって、彼女の母親の誕生日まで生きていられる保証はないのだ。
エディットはそれを良くわかっていて、それで微笑んだ。
「それじゃ、遠慮なく」
「そう来ないとねぇ」
アンドレアも楽しげにそう答えた。彼女はエディットの良い友人であり、そして姉であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
女装言ってますが、エディットは女です(笑)
第2章もこれで終わり。
次が最終章です。