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エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第1章
3/17

迷いの森【3】

読み返してみたら意外とグロい件。










「刃物じゃないな」

「食いちぎられたみたいだねぇ」


 ウルリクとエディットが遺体を確認しながら言った。イェルドとヨーランはそんな二人に引き気味だ。


「け、警察呼びます?」


 ヨーランの提案が一般的だ。討伐師として世の中から隔絶されていたとは思えない。

「エディ。検死できるか?」

「私監察医じゃないよ」

 と言いながら手袋をして遺体を確認する。

「死後丸一日は経過してるね。死因は出血死だと思うけど……。年齢は二十代後半から三十代半ば。男性。それなりに鍛えてるから、警察官かもしれないね」

 パッと見ただけでそれだけわかるエディットは変だ、と言われる。彼女の叔父が法医学を学んでおり、彼から少々レクチャーを受けたことがあるのだ。それだけでなく、彼女の持つエクエスの力が関連している可能性も高い。

「警察官か……確か全員居なくなってるはずだよな」

「話を聞く限りではね。本当にいなくなってるかはわからないじゃん」

「でも、彼も警察官かはわかりませんよね」

 ヨーランがツッコミを入れた。そこに、イェルドが何かを持って戻ってくる。


「おい。警察手帳見つけたぞ」

「お、見せて見せて」


 エディットが手を差し出して写真を見た。遺体の顔と見比べるが。

「……わからないねぇ」

「そうだな……」

 死人の顔は家族でも見分けがつきにくいと言う。俄かの知識ではさすがにわからない。

「やっぱり警察に通報した方がよさそうだな」

 イェルドも言った。彼も常識的な思考の持ち主だった。これにはエディットとウルリクも同意せざるを得なかった。


「広域知覚能力者連れてくればよかったねー」


 げんなりしながらエディットは言った。イェルドにエクエスの力はないし、同行している討伐師は三人いるのに三人が三人とも戦闘系の能力を持っている。


 と言っても、これはある程度仕方のない話だ。討伐師はヴァルプルギスを討伐するのが仕事だ。そのため、討伐師候補の段階で戦闘系の能力と知覚系の能力のふるいにかけられる。


 ヴァルプルギスを倒すだけの力がないと判断されれば、その人は候補から外される。そして、その対象となるのは知覚系、精神感応系の能力者が多かった。そのため、討伐師は全体的に脳筋のきらいがある。まあ、これは母からの受け売りだが。

 だから、討伐師には腕っぷしに自信のあるものが多くなる。知覚能力や結界能力を持つ討伐師がいないわけではないが、やはりどうしても戦闘力が重視されがちな世界なのだ。

 討伐師候補から外れた者は、そのまま元の生活に戻るか、それか監査官となって監査室に所属するものが多い。今の室長なのどがその手の人間だ。


 携帯端末を取り出してみたが通じないので、電波が届くところを探してみる。そうして周辺をうろうろしていると、ウルリクが「ん?」といぶかしげな声をあげた。


「どうしたの」


 ヨーランがウルリクを見上げて尋ねた。電波を探していたエディットとイェルドも立ち止まる。

「何か音がした……気がした」

 先に言っておく。討伐師の勘は結構あたる。エディットはとっさに左腰に二振り差してある剣の鞘から剣を引き抜いた。同じように剣を抜いたウルリクと共に気配のする方に向かって地を蹴った。


 エディットは両方の剣を左後ろに大きく引き、タイミングを見計らって接近してきていた何かを両の剣で横ざまに切り裂いた。ウルリクも反対側から同じものに切りつけた。


 どっと地に伏したものを見て、エディットは「わお」と声を上げる。


「ヴァルプルギスだ」

「って、わからずに斬ったのか。恐ろしい女だな」


 イェルドが倒してから存在を認識したエディットに引いている。引かれるのには慣れているエディットは気にしない。むしろ。

「あ~。滾るっ! まだ近づいてくるねぇぇえええっ」

「おい、待て落ち着け!」

 たっと駆け出したエディットをウルリクが呼び止めるが、ここで止まれるようであれば監視なんてついていない。エディットは「あはははは!」と聞いたものが恐怖を覚えそうなほど満面な笑みで森の中を駆ける。そして。


「もう一体遭遇!」


 ヴァルプルギスに遭遇した。エディットは逆手に持った剣を構え、ヴァルプルギスを切り裂き、突き刺す。ただれたような皮膚をしているヴァルプルギスの右手から火が出現した。発火能力者のようだ。

「ちょ、こんなところで火を出したら燃えちゃうだろ!」

 やはり笑いながらエディットはヴァルプルギスの首を後ろから貫く。そこにウルリクが追い付いてきた。

「おい、エディ!」

「あはははは!」

 すでに息絶えたヴァルプルギスに剣を付きさし、エディットは声をあげた。ウルリクについてきたらしいイェルドとヨーランがどん引きしている。


「はははっ」


 さらに剣を振り上げ死者に鞭打つ真似をしようとすると、ウルリクがすかさず彼女を羽交い絞めにした。それでもエディットが高笑いをあげて暴れるので、ウルリクは彼女を抱えたまま後ろに倒れて頭を打った。

「いってぇ!」

「ウルリク、エディ!」

 イェルドとヨーランが駆け寄る。ひっくり返って驚いたエディットも正気に戻った。ウルリクにがっちりと羽交い絞めにされていて動けないけど。

「大丈夫?」

「私は平気。ウルリク、悪いね」

 エディットがへらりと笑って言うと、ウルリクは彼女を解放してため息をついた。


「悪いと思うなら、初めからやるな……」


 うんざり気味の口調でウルリクは身を起こす。エディットも地面に膝をついてウルリクを見る。

「怪我は?」

「頭打ったくらいだ。ヴァルプルギスは……二体か」

 エディットとウルリクが二人でとどめを刺した一体と、エディットが惨殺した一体。計二体だ。

「というか、やっぱりヨーランの訓練になってないし」

 イェルドがツッコミを入れた。今回はエディットだけでなくウルリクも関与しているので、彼は何も言わなかった。

「突然出てきたな」

「僕らのエクエスの力に反応したんでしょうか」

 ウルリクは座ったまま、ヨーランは少し身をかがめて首をかしげていた。エディットも膝をついたまま顎に指を当てる。


「ヴァルプルギスにしてもすっごい勢いだったけど。錯乱してたんだろうか」


 ヴァルプルギスは人を食らうが、多少の知性はあるはずだ。先ほどのヴァルプルギスの勢いはそれすら見受けられなかった。


「やっぱり電波が通じないな……もう少し、周囲を探ってみるか」


 イェルドが再び携帯端末を確認し、通じないことがわかるとそう提案した。ヴァルプルギスが二体いたのだ。それ以上にいると考えてよいだろう。

 とりあえず、ヴァルプルギスが出てきた方に向かって歩いてみる。そして、四人は見た。


「うっわ……」

「すげぇ!」

「……」

「ううっ」


 四人が各々の反応を見せた。ちなみに、最初にどん引きしたのがウルリク、何故か感嘆の声をあげたのがエディット、反応すら見せないほど動揺したのがイェルド、青くなって口元を押さえたのがヨーランだ。


「ヨーラン。吐いた方が楽だぞ」


 ウルリクに言われてヨーランは少し離れて行った。「うええええ」と彼が吐いているのがわかる。

「いやー、これはひどいね」

「なんでそんなに嬉しそうなんだ」

 ウルリクからツッコミが入ったエディットであるが、彼女は唇の片方を吊り上げて言った。

「バラバラでよくわからないけど、二十体くらいいるんじゃない?」

「……そうだな」

 エディットに対して耐性のあるウルリクがかろうじて相槌を打った。

 少し開けたようになっているその場所には、大量のヴァルプルギスの遺体があった。半分だけヴァルプルギスに変化している者もいた。


 辺り一面真っ赤で足を踏み入れるにはさしものエディットにも勇気がいる。それでもずかずかと入り込んでいく辺りが彼女らしい。

 いくつかの遺体を検分して結論を出す。

「どれもたぶん、ここ一日で死んでるね。それに、遺体の損傷具合から見て、食われたんだろう」

「共食いってことか」

 エディット以外の三人の中で最も早く立ち直ったウルリクが言った。エディットは「たぶんね」とうなずく。

「おそらく、私とウルリクが倒したヴァルプルギスが最後まで生き残ったやつなんだろうね。最初に見つけた遺体も、共食いでやられたやつなんだろうが……」

 ここでエディットは言葉を切った。


 ここに二十近くの遺体がある。ということは、森の中で消えたものほぼすべてがヴァルプルギスに変化したと言うことになる。後天的に、ヴァルプルギスに変化すると言うことは。


「『ヴァルプルギスの宴』事件に近いかな」


 四半世紀前に起こった、人間がヴァルプルギスに変化した事件だ。元に戻す方法はなく、変化した人間は殺すほかなかった。これにより、討伐師は世間から非難されることになった。頭ではわかっていても感情で理解できないことなどいくらでもある。


 この事件の作戦指揮は、エディットの母が取ったと言うことで彼女も多少知識はある。とはいえ、彼女が生まれる前の話だ。それどころか、両親がまだ夫婦でなかった時代だ。

「お前はこれが誰かが故意に人間をヴァルプルギスに変えたって言いたいのか」

「たぶん、だけど。本当にそうかは調べてみないとわからないけど、状況的には『ヴァルプルギスの宴』事件に近いんじゃないの? ねえ?」

「話を振られても、俺だって知らん」

 ここにいるのは十代と二十代ばかりだ。知っていればむしろ何者、と言う話になってしまう。

「とりあえず、警察どころの話じゃなくなったな」

 イェルドが言った。ヴァルプルギスが出たのなら、これは特別監察室の管轄になる。

「応援がいるな。……やっぱり電波通じないけど」

 監査官の応援要請をしようとしたイェルドだが、やはり電波はつながらないらしい。森の中だし、仕方がないだろう。

「森からいったん出るしかないか……これをどうするかが問題だが」

 応援が到着するまでここで待つか? とウルリクは尋ねたが、さすがのエディットもそんな気にはなれなかった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『エクエスの軌跡』は主人公がちょっとあれなので、内容もあれですね。


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