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エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第1章
2/17

迷いの森【2】









 討伐師は、討伐師だけで成り立っているわけではない。当たり前であるが。


 討伐師の補助や支援を行う政府機関がある。司法省公安局特別監察室だ。この機関に所属する職員たちは、ほぼ全員が一様にそこそこの戦闘力を持っている。と言っても、ヴァルプルギスを倒せるのはエクエスの力を持つ討伐師だけなので、役目としては討伐師の支援になる。

 事務的な仕事もある。『監査』室を謳っている以上、監査も仕事に入る。内容としては普通の会計監査などとは違い、ヴァルプルギスに対する監査になる。わからないように人を食らっているヴァルプルギスと言うのは結構いるもので、そう言ったものを調べるのが監査官の役割だ。


 そして、ヴァルプルギスが断定されれば討伐師が動く。そうやって、討伐師と監査官は連携している。


 討伐師が動くときは、必ず監査官も一緒だ。


 そんな特別監査室本部はビル内にある。地下は二階まで。修練場と武器庫になっている。


「迷いの森ぃ?」


 監査官イェルド・ベックに渡された資料を見て、エディットは何だそれ、と言うような表情を浮かべた。

「そうなんだよ。南部にある森だな。近くに町があるんだが、森に入った人間が次々に消えている」

 まじめそうなイェルドは、眼鏡をくいっと持ち上げた。

「行方不明事件として警察が捜査に入っているが……さすがに消えた人間が二けたに入ったってことで、警察も森の中に入る強制捜査に入った」

「遅くないか」

「まあそうだけど、行政なんてそんなもんだろ。で、話を戻すけど、捜査に入った警察官は二十名ほどいたらしいんだが、全員まるっと戻ってこないんだと」

「なんじゃそりゃ」

 先ほどからツッコミを入れているのはウルリクだ、ちなみに。エディットとヨーランではないことを追記しておく。

「それで、俺達にお鉢が回ってきたと言うわけだ。本来なら軍隊に話が言ってもいいはずなんだが、森の近くで体の一部を欠損した遺体が見つかっているんだ」

「うわぁ……」

 蒼ざめて引いたのはヨーランだ。討伐師をしていれば、慣れてくるのだが、彼はまだ正式に討伐師となってから間もないため、無理からぬ話だろう。戦闘狂と言われるエディットですら、最初は怖かった。


 ヴァルプルギスは人を食らう。その遺体の損傷具合が人為的なものと言うより、『食われた』と言った方がしっくりくる様子だったため、こちらに回ってきた案件のようだ。

「それで、お前たちについてきてほしいんだが、いいか?」

 決定権はウルリクにあるため、イェルドはウルリクの方を見ていた。彼はうなずく。

「構わん。人気が少ない方が、エディが暴れた時も対処しやすい」

「ちょ、人を危険動物みたいに」

「遠からずってところだろ、それ」

 イェルドにもウルリクと似たようなことを言われ、エディットはむくれた。


「何それひっでぇ!」


 まあ、自分でも自分は危険な人間だと思うが。……と言うことはダメか。二人の言葉は真実を語っていることになる。自分で思って落ち込んだ。


 通常、監査を行う場合、監査官が先行して情報収集に回り、討伐師は確証が得られてから動くことが多い。しかし、そのセオリーは絶対ではなく、今回のように少し遠い場所にあり、監査官のみでは危険だと思われる場合、討伐師が同行する。まあ討伐師三人は、ちょっと戦力過剰気味であるが。

「それじゃあ、悪いがついてきてほしい。場合によってはそのまま戦闘に入るだろうから、武器の使用許可も得ておこう」

 イェルドがやはり生真面目に言った。基本的に、魔法武器となる討伐師の武器などは、本部地下の武器庫に保管されている。戦闘狂と言われるエディットですら、ヴァルプルギスの討伐が終わればそこに武器を返却するのだ。持ち出しは許可制。


 魔法精製の武器は丈夫だ。そして、相性と言うものもある。討伐師によって、自分の能力を最大限に発揮できる魔法武器が違うのだ。


「頼む。こいつらは学校があるから休日になるが……」


 一応公務員である監査官は土日が休みである。しかし、まだ学校に通っているエディットとヨーランに合わせるなら、休日出勤となる。ウルリクが言うと、イェルドは笑った。

「今更だ。ヴァルプルギスが出たら、休日だろうが誕生日だろうが関係ないだろ」

「それもそうだな」

 ウルリクも苦笑を浮かべて同意した。ヴァルプルギスは平日を選んで出るわけではないので、監査官は休日出勤も多い。討伐師は不定期出勤だ。ちなみに。

「じゃあ、次の休日に頼む」

「了解。お前らもいいな」

「はーい」

 ウルリクに確認をとられてエディットとヨーランはうなずいた。何もなければただの小旅行になるが、それはそれで楽しいかもしれないと考える不謹慎なエディットだった。
















 その休日、監査に入ると言うことで連れてこられたのはのどかな田舎町だった。田舎、と言ってもそれなりに人はすんでいるし、一応商店街のようなものもある。ただ、近くに森が迫っているのだ。


「うおっ。すげえ」


 うっそうとした森だった。エディット的には平地戦の方が得意なのだが、だからと言ってこうした障害物のある場所での戦いもできないわけではない。


「森の中での戦いは避けたいな。互いが見えなくなる」


 イェルドが少し眉をひそめて言った。監査官のほとんどがそうだが、彼も射撃を主に使って支援を行う。そのため、障害物が多すぎると敵を狙いにくいのだ。しかし、森の中は高所をとることができると言う利点もある。

 まず、捜査を行ったと言う警察に話を聞きに行った。話を聞くに、まるっといなくなった警察官はともかく、先に行方不明になった住人達は、全員が森の中で消えたわけではないらしい。


「じゃあ、ただの行方不明事件じゃないの?」


 エディットが言うと、イェルドが生真面目に答えた。

「人数が人数だから、ただの、と言うのは語弊があるな。それに、実際にくわれたような跡がある遺体が見つかっているわけだし」

「……何か、野生動物が食ったのかも」

 エディットが食い下がると、今度はウルリクが考え込みながら言った。

「まあ、ありえなくはないな。だが、この森には熊などの大型動物はそんなにいないらしいぞ」

 鹿はいるらしいが、とウルリク。残念ながら、鹿は草食動物なのでエディットの推測はちょっと厳しいものがある。


 まあ、現実逃避はともかくだ。


「これ……一度森の中に入るしかないよね……」

「そりゃそうだね」

 すでに半泣きだったヨーランは、あっさりと同意したエディットに本格的に泣きそうになった。彼はまだ現場に出るようになってそれほど経たない。視界の悪い森の中に入るのは、単純に怖いだろう。何に出くわすかもわからない。


「二手に分かれたいところだが……戦力が均等に分けられないな」


 ウルリクが言った。確かに、四人いるので二手に分かれたいところではある。しかし、それは難しい。なぜなら、ウルリクは暴走がちのエディットの監視役であり、さらにヨーランの師でもあるからだ。

 戦力を均等に分けるなら、エディットとイェルド、ウルリクとヨーランで分けるべきだ。しかし、それだとウルリクがエディットから目を放すことになってしまう。彼女が暴走した場合、イェルドでは止めきれないだろう。


「効率は悪いが、全員で行くしかないだろう。俺としても、その方が安心だしな」


 と、イェルド。確かに、討伐師の側にいたほうが、ヴァルプルギスが出た時だけでなく、その他野生動物、人間の犯罪者などが出た時にも安全に守ってくれるような気がするだろう。あくまで気がするだけだけど。

 全員それなりの戦闘力があるので、順番などは気にせずに森の中に入った。探索しながら状況を確認する。


「警察官たちは全員森の中で消えたけど、住人は全員が森で消えたわけじゃないんでしょ」


 エディットが尋ねると、イェルドがうなずいた。

「ああ。三人が森の中で消えて、八人が街中で消えてる」

「それは確かなのか?」

 ウルリクが確認したくなるのも無理はない。消えた現場を誰かが見ている可能性は低い。そもそも、彼らは神隠しのように唐突に消えたわけではない。

「三人が森の中に入って行ったのは本当らしいぞ。八人は良くわからん」

「じゃあさ。森の外で食われた死体が見つかったって言ってたろ。その身元の確認はとれてんの?」

 邪魔な草を剣で切り落としながらエディットはさらに尋ねた。一応調査に着てはいるが、データ上でわかることも知っておきたい。ちなみに、行軍に慣れているのは、討伐師候補の時代に一連の行軍の訓練を受けているからだ。エディットの父は「討伐師って実は軍隊だよね」と言っていたが、まったくもってその通りだと思う。

「ああ。警察官が三人と、森の外でいなくなった住人が一人」

「……聞いたけど、よくわからないね」

「だろ」

 イェルドが早々にあきらめて現地まで来た理由がわかる気がした。そこに、ずっと黙っていたヨーランが口をはさむ。


「ただの殺人犯とか、誘拐犯の可能性もあるよね。警察官はともかく、消えた住人の年齢層は?」

「えーっと」


 イェルドが思い出すように顎を指でなでる。

「そう言えば、若いやつが多いな。大体みんな、二十代後半までのはずだ」

「ウルリクと同じくらい?」

「馬鹿言え。俺はまだ半ばだ」

 そんなに変わらないだろ、と言うツッコミは入れなかった。二十代後半ならむしろ、イェルドと年が近いことになるか。

「じゃあ、人身売買目的で捕まった可能性もあ、うおっ」

 エディットがしゃべりながら相変わらず草を刈っていると、何かに足をとられた。倒れた木でも転がっていたのだろうか。幸いと言うか、隣にいたウルリクが支えてくれたので、転倒は免れた。

「大丈夫か?」

「うん……何か、あ」

 つまずいたものを見ようと振り返ると、エディットは目をしばたたかせた。ヨーランが「ぎゃああっ」と悲鳴を上げる。エディットがつまずいたのは、人の遺体だった。パッと見男性に見え、茶色い髪をしている。そして、下半身がなかった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そういえば、ちょっとだけタイトルが変わっております。奇跡から軌跡へ。


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