討伐師【6】
最終話であります。
さて。全体的一件落着と言ってよい一連の事件であるが、まだ問題は残っていた。ケヴィンが言っていた『スティナから預かったもの』である。もちろん、エディットはそんなものを預かった記憶はない。なら、イデオンが預かったのだろうか。
そもそも、その『預かりもの』とはなんなのだろうか。そう思ったのが、データであるらしい。ケヴィンが推し進めていた討伐師の国軍編入の計画書である。まあ、八年前の時点なのでまだ穴だらけの案であるが、それでも証拠になる。それを、ケヴィンは探していたらしい。
それをスティナが持っていた。どうやら、彼女はハッキングでそれを手に入れたらしいが、むしろエディットは母にそんな技能があったことの方が驚きである。
ハッキングは犯罪であるが、この際どうでもよい。今は、そのデータはどこへ行ったのか。今となっては意味のないものであるが、そのまま放置しておくわけにもいかず、ロビンの許可を得てイデオンとスティナの遺品を探った。
スティナがだれにも渡していないのなら、もちろん彼女が持っているし、彼女が持っていなければイデオンが持っていた可能性が最も高い。
と言うわけで調べたのだが、出てこなかった。もともと、二人の遺品は少ない。エディットが未成年なのでロビンが二人の遺品を管理していた。
「……ないね」
「そうだねぇ。母さん、どこに隠したんだろ」
床に胡坐をかいてエディットはうなだれていた。手伝っているアンドレアとウルリク、ロビンもうんざり気味だ。
「まあ、あの姉さんのことだからとんでもないところに隠してても不思議じゃないけど」
「実家に預けてあるってことは?」
ウルリクがロビンに尋ねると、叔父は首を左右に振った。
「ないない。姉さん、僕らを巻き込むの嫌がってたからね。僕が監査室付きの医者になったとき、飛び蹴りされたし」
「……」
我が母ながら訳が分からん。アグレッシブすぎるだろう。
エディットたちとは違い、ロビンは一般人だ。スティナはそれを巻き込みたくなかったのだろう。そのあたりの葛藤が、スティナの実の家族に対する微妙な対応の元だったのだと思う。
まあ、それは今はよい。データだ。
「……これは本当に墓をひっくり返そうか」
ロビンがそんなことを言い出した。いや、初めから考慮はしていたのだが、現実的ではないと言うことになったはずだ。この国では亡くなったご遺体を火葬する場合と埋葬する場合がある。討伐師であると選択肢はなく、全て火葬される。魂を失っても、その肉体にはまだ力が宿っているため、ヴァルプルギスに食われる可能性があるからだ。
そのため、スティナのご遺体はすでに火葬されて骨になっている。その時に異物は発見できなかった。イデオンも妻と同じようにされることを望んだので、討伐師ではないが火葬となった。やはり異物はなかった。
「普通に見せかけてロビンさんってやっぱりスティナさんの弟なんだな……」
ウルリクが言った。考え込んでいたエディットは思わず同意した。確かに。普通、墓を掘り返そうとか言わない。
「でもこれだけ探してもないってことはさ……総帥のデスクとかにあったなら、ケヴィンが気づくはずだもんね……」
「スティナさんも馬鹿じゃないんだから、そんな見つかりやすそうなところに隠さないだろ」
ロビンもウルリクもお手上げのようだ。エディットとアンドレアは顔を見合わせた。
「父さんと母さんが生きてた時に私たちが住んでた官舎って、調べたの?」
「姉さんも義兄さんも殺人だったからね……さすがに調べに入ったよ。今は別の家族が住んでるけど」
「むー……」
エディットは唇を尖らせた。行き詰った感がすごい。
「……とりあえず、今日はもう切り上げようか。エディ、うちでご飯食べて行く?」
「食べてく」
ロビンはこうしてエディットをよく彼の家族に会わせてくれる。彼女もそれがうれしいので断らない。
でも、たまにさみしいな、と思うこともある。いくら半狂人のエディットでも、初めからこんなふうだったわけではない。エディットの場合は、母とは違い短い時間であっても両親に慈しまれた記憶はあるし、その時が懐かしいと思うこともある。
ロビンの家から帰ってきたエディットはベッドの上で母の形見となってしまった大きなテディベアを抱きしめてごろごろしていた。アンドレアも家族の元に行っているので、まだ戻ってきていない。
母が土産に買ってきたテディベア。もらったばかりの時は、エディットと同じくらいの大きさがあった気がしたが、今では自分の半分ほどだった。
仰向けになり、白い巨大なクマのぬいぐるみを見つめる。つぶらなお目目がエディットを見つめ返していた。しばらくそうしていたエディットだが、不意に身を起こして裁縫道具を取り出した。正確には、糸切りはさみを。
背中の縫い目を開いて中の綿を取り出す。何もなかった。続いて腕、足と綿を出していく。何故突然そんなことをしようと思ったのかはわからない。ただの直感である。だが、討伐師の直感は結構よく当たる。
ほとんど綿を出してしまったが、何も出てこなかった。顔をしかめたエディットだが、まだ耳の中を見ていないことに気が付いた。耳の糸も切る。
綿の中に何か硬いものがある。それをそっと取り出した。
「ただいま~」
部屋のドアが開き、アンドレアが帰ってきた。振り返ったエディットが「おかえりー」と返す。しかし、アンドレアは部屋の中に状況に目を見開いていた。
「……あんた、なにやってんの?」
そう言われて、エディットは周囲を見渡した。綿や糸が散乱している。戻そうと思えば、元に戻る。たぶん。
「……バラバラ事件」
「いや、怖いし」
アンドレアにツッコまれて、エディットは肩をすくめるのだった。
△
「へえ。見つかるもんだねぇ」
エディットに事情を説明され、アンドレアは感心したように言った。その手には黒いメモリーディスクが乗せられている。三センチほどの小さなもので、それがテディベアの耳の中に入っていたのだ。
「耳の中っていうのが母さんらしいひねくれ具合だよね」
そう言うエディットはテディベアの修復作業をしていた。何となく原型は留めているので、何とか元に戻りそうである。あまり針仕事は得意ではないのだが、エディットは母の形見でもあるこのテディベアを気に入っていた。だから、自分の手で治したいと思う。
「でもこれ、見てみないと本当にそのデータかわかんないね」
「まあ、その辺はアニーのお父さんにお任せする」
エディットが丸投げするように言うと、アンドレアも「それはいいね」と同意した。
「で~きたっ」
エディットが復活したテディベアを掲げる。アンドレアが覗き込み、「うまいもんね」と微笑んだ。自分でもなかなかうまく修復できたと思う。ちょっと目の位置がずれてるけど。
針と糸を片づけ、エディットはぎゅっとテディベアを抱きしめた。
「……やっぱりさぁ」
「うん?」
首をかしげるアンドレアに、エディットは言った。
「私、母さんと父さんのこと好きだから、さみしいって、思うんだよね……」
「……」
アンドレアは言葉を失ったようだった。彼女がこんなことを言ったことは、これまでなかった。アンドレアはぎゅっとエディットを抱きしめた。彼女はこういう時お姉さんぶりたがる。思えば、アンドレアはエディットの危うさに気付いていて、そばにいてくれたのだ。
「そうだね」
△
エディットはリーヌスにメモリーディスクを渡した。あとは彼らが処理する話で、エディットはもう関係ないとばかりに丸投げしていた。たぶん、スティナ・トゥーレソンの娘であるエディットが首を突っ込めば面倒くさいことになる。
ケヴィンは、エディットとイデオンを殺したことを認めたそうだ。一応裁判も開かれたが、エディットは行かなかった。この国には死刑はないので、終身刑となるだろう。もしくは、無期懲役か。
いずれにしろ、エディットにはもう興味はなかった。
アカデミー校長と総帥が不在となってしまったため、急遽ウルリクがアカデミー校長代理を任じられた。他に適任者がいなかったのである。しかし、正式に任じられたわけではない。あくまで代理であるので、彼はまだヨーランを鍛えるために今も現場に立っている。
補佐官アニタは一時的に総帥を兼ねることになった。だが、明らかに彼女には負担になっており、早急に新しい総帥を擁立する必要があった。
おそらく、次の総帥となるのはウルリクだろう。しかし、そうするためには誰かをアカデミー校長に推挙しなければならない。これがまた難しい。先ほども言ったが、適任者がいないので。
数年経てば、アンドレアやエディットも候補に入るのかもしれないが。
そのエディットであるが、相変わらず戦い方はえげつないが、それも狂人と言われるほどではなくなっていた。何が原因かわからないが、エディットが落ち着いたのである。みんなが「何故だ!」と叫んだが、エディットにとっては失礼な話である。
今では一人でもヴァルプルギスを倒せる討伐師として重宝されている。
その日も、エディットは監査に入った病院でヴァルプルギスと相対していた。腰に佩いた剣を両方とも抜き、両手に剣を構えた。相手は両腕が鎌のようになっているヴァルプルギスだった。エディットの唇が笑みを描く。
「さあ! 来いよ!」
エディットの声に呼応するように咆哮をあげたヴァルプルギスに、エディットは結局自分からつっこんでいった。
「エディぃぃぃいいっ。落ち着け!」
だが、監査官からツッコミが入るのは相変わらずだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これで最後です。お付き合いくださった皆様、ありがとうございました!!
大体の伏線は回収したかと思うのですが、どうだろう。
あと、人物設定をあげておこうかと思います。