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エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第3章
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討伐師【5】











 先手必勝とばかりにエディットは一振りの剣を構え、ケヴィンに切りかかった。ケヴィンはあっさりとそれをいなす。ウルリクも遅れてケヴィンに向かって斬りかかる。エディットとウルリクは交互にケヴィンに攻撃を仕掛けた。

「ケヴィン! お前は、総帥でありながら討伐師たちを裏切るか!」

「相変わらず甘いなアニタ! 俺を糾弾しながら、お前はその矢を放つことができない、そうだろう!?」

 矢をつがえていたアニタが唇をかんだ。いくらアニタが矢を放ったところで、彼女の技量ではケヴィンを討てないだろう。それ以上に、彼女は弟弟子に攻撃を仕掛けられない。ケヴィンはそう言ったのだ。


「そう……そうだけど! お前のやりたかったことは、私たちと決別してまでやらなければならないことなの!?」


 時間が戻っているようだ、とケヴィンを剣を交えるエディットは思った。スティナの死を経て冷酷ともいえる性格になってしまったアニタが、感情的に叫んでいた。


「討伐師が国軍に組み込まれれば! 俺たちは日陰者に甘んじる必要はなくなる! 後ろ指を指されて、人殺し呼ばわりされることもなくなる!」


 エディットは目を見開いた。討伐師を国軍に組み込むなど、聞いたこともない話だ。それは、討伐師にとっていいことのように聞こえるが……。


 エディットは口を開いた。


「何度も言ったはずだ、ケヴィン。我らは英雄ではないと!!」


 雄叫びを上げながらエディットの剣がケヴィンを圧倒した。エディットの口から放たれた言葉であるが、その気迫はエディット自身のものではなかった。

 ケヴィンが後ずさり、目を見開く。がりがりと剣先がアスファルトを削りながら彼に近づいた。剣を持つ腕が持ち上がり、剣の平が軽くその肩をたたいた。


「変わらんなぁ、お前は。その正義感。お前はお前で討伐師を思っているんだろうが、そううまく行くはずがないだろう」


 エディットの母スティナと同じ瑠璃色の瞳でケヴィンを見据えた。


「国軍なんぞに組み込まれてみろ。討伐師が使いつぶされるだけだ。それこそ、少年兵と同じ。それがわからないか」

「お、お前……」

 目を見開いたケヴィンの声がどもっている。知らずか、一歩後ずさった。


「スティナ……!?」


 肩越しにアニタの方に目を向けた。彼女も目を見開いていた。

「スティナさん……エディの精神をのっとったのか?」

 ウルリクも驚いた様子で言った。エディット……ではなく、その中身はその母スティナであるのだが、彼女はこともなげに言った。


「これはただのスティナ・トゥーレソンの記憶に過ぎない。精神をのっとったわけではない。ちゃんと、エディの意識もある」


 彼女はスティナであることを否定しなかった。そして、確かにエディットの意識はあった。今、エディットの意識がありながら、彼女の中にある『スティナの記憶』が表面に出ている状態なのである。

 おそらく、これがスティナが持っていた精神感応能力の力なのだろう。この状況を何とかできるのなら、とエディットは沈黙を決め込んだ。やろうと思えばスティナなど押し出せる気もした。所詮、スティナは死者だから。


「ケヴィン、ここらでやめておけ。お前が私に勝てると思うか?」


 その言葉と言うよりも、威圧感に押されているケヴィンは言った。

「だが、あなたは所詮、死したものだ。肉体的にはエディのものだろう」

「さすがにご明察だ!」

 スティナが、というか肉体的にはエディットのものだが、大きく地を蹴った。ずっと前、母が父と結婚する前、二人の精神が入れ替わったことがあったと聞いたことがある。その時、スティナの持つエクエスの力は宙ぶらりんであったという。そして、今、おそらくエディットのエクエスの力も最大の効果を発揮できまい。


 だが、それでもかまわない。相手は人間で、ヴァルプルギスではないのだから。


 そもそも、討伐師はヴァルプルギス討伐を目的として訓練を受けている。異形の者を相手取るのは得意だが、人間相手の剣試合は苦手である、という弱点がある。

 だが、稽古を積む相手は人間だ。なので、まったく相手に出来ないと言うわけではない。

 実際、ウルリクとエディットもケヴィンを相手取れた。だが、スティナはどうだろうか。と言っても、肉体はエディットのものなので、スティナ自身の肉体とは使い勝手が違うだろう。

 だが、動きに乱れも隙もない。相手がスティナだと思っているからか、ケヴィンの動きも鈍かった。

「おい! ウルリク! お前も手を貸せ!」

「ぅおあっ。はい!」

 呆然と眺めていたウルリクも参戦してくる。スティナ∴エディットは強烈な回し蹴りをケヴィンに食らわせた。彼女エディットの体重からは想像できない重い蹴りだった。


 一合、二合とケヴィンを剣を合わせる。先ほどと同じであるが、エディットの戦い方は彼女自身のものではなく、スティナのものだ。双方ともに思い切りが良いが、やはりスティナの方が手慣れている。ウルリクも、まさかこんなところで師弟共闘をするとは思わなかったに違いない。

 気迫の違いだろうか。ケヴィンがビルまで追い詰められ、その顔の横に剣を突き立てられた。


「終わりだ。あきらめろ」


 そう唇がつむいだ瞬間、エディットの意識は落ちた。
















 エディットが目を覚ました時、彼女は監査室本部の医務室にいた。彼女を覗き込んできたのは叔父であり医者のロビンだった。

「やあエディ。気分はどう?」

「……良くはない……」

「っていうか君、本当にエディ?」

「……」

 そう聞いてくると言うことは、ロビンもエディットの中に眠っていた『スティナの記憶』のことを知っているのだ。


「うん。母さんの記憶は消えてる、と思う。たぶん」


 実際のところは良くわからない。だが、エディットは自分の意志で自分の体を動かしているし、思考していた。

 特に怪我もないし、思考も大丈夫そうだと言われてのでエディットは身を起こした。その途端、体に痛みが走った。


「い……ったぁああっ!」


 痛い。筋肉が痛い。要するに筋肉痛だ。母に肉体を動かされて、普段使わない筋肉を使ったからだろう。ロビンが軽く笑い声をあげた。

「筋肉痛は仕方ないよねー。さすがに医者でもどうしようもないわ」

 そうは言ったが、ロビンは筋肉を伸ばすといいよー、と助言してくれる。知ってたけど。

 あちこちの筋肉をほぐすと、何とか動けるようになる。立ち上がって靴を履きながらつぶやく。

「むう。母さんめ」

「まあ、姉さんだからね」

 スティナだから。それですべての説明がつく不思議。


 ロビンに執務室で会議中だと聞いて、エディットは着ていたジャージの上に上着を羽織り、医務室を出て執務室に向かう。ドアを開いて彼女が姿を見せると、みんながびくっとした。その反応にエディットもびくっとする。

「……お前、エディだよな?」

 代表して尋ねたのはウルリクだった。エディットが黙然とうなずく。みんながほっとしたような表情になった。そんなにみんな、母が怖いか。

「まあ、確かにスティナだったら『ふざけてんのかお前ら』くらいは言うもんな」

「あと、やっぱり目が違うね」

 とリーヌスとアニタの二人。さらりと失礼である。とりあえずエディットはドアを閉めて中に入った。

「エディ、お前、影響はないの? スティナさんに体動かされてたんだろ」

 ウルリクが尋ねてきた。たぶん、心配してくれているのだと思う。たぶん。


「平気平気。筋肉痛くらい。っていうか、総帥はどうなったの?」


 エディットが尋ねると、答えたのはアニタだった。

「ケヴィンは解任。今は警察で取り調べ中」

 と、言うことは、今、全ての討伐師に対する責任はアニタにかかってきていると言うことだ。

 まあ、その辺は後で考えるとして。

「結局、母さん殺したのって総帥だったの?」

 エディットが直球で尋ねると、アニタとリーヌスが目を見合わせた。

「正確な情報はまだ入ってきてないが、スティナとニルスを殺したのは間違いなくケヴィンだ。イデオンは……よくわからん」

「……そう」

 エディットは目を閉じた。結局、エディットは自分の母の敵に対して何もできなかった。母は、自分で自分のかたきを捕らえたのだ。


「それで、ケヴィンの目的だけど」


 と、アニタは弟弟子の名を口にする。相変わらず淡々としているようにみえるが、その心情はいかばかりか。


「二十年近く前から話は聞いてたんだけど、討伐師を軍隊に組み込むこと。国家が求める『強い兵士』とケヴィンが目指した『討伐師が受け入れられる状況』という目的が一致した、と言うことね」

「……それ、うまく行くの?」


 アンドレアが、相手は苦手なアニタだと言うのに半眼でツッコミを入れた。これに答えたのはリーヌスだった。


「無理だろうな。スティナも常々言っていたが、討伐師は体の良い『人殺し』道具として使い捨てられるだけだ」


 辛辣だが、事実である。一応、監査室と討伐師は政府の下部組織ではあるが、独自性が強い。そもそも、軍隊に組み込むなど不可能なのだ。

 ここまでくればわかる。母スティナは、これを止めようとしたのだ。討伐師たちを本当の『人殺し』にしないように心をつくした。ケヴィンには、それがわからなかった。


 ウルリクは言っていた。スティナは、討伐師の擁護者であったと。


 彼のその言葉は、間違っていなかったと言うわけだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スティナさん、友情出演です。


あと二話くらいですかねー。


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