表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第3章
12/17

討伐師【4】











 エディットが学校帰りに立ち寄ったのは、母の遺体が発見されたと言う立体駐車場だった。総合ビルの横に作られたもので、十二階建てである。その屋上に、彼女は居た。


「この辺り……かな」


 エディットはつぶやいてその場所を見た。今は車が停められていて、実際に母の遺体があった場所を見ることはできない。大体このあたりかな、と目星をつけるだけだ。

 別にエディットには過去視や残留思念を読み取る能力などない。だから、本当に見るだけだ。エディットは過去に母が倒れていたであろう場所の近くに座り込んで目を閉じた。


 ざあっと風がエディットの短い髪を揺らした。エディットは閉じていた目を開く。そして。


 右手を地面につき、エディットは大きく飛びのいた。そのまま立ち上がる。勉強道具が入ったかばんが重い音を立ててコンクリートに落ちた。

 エディットが座っていたあたりに剣がたたきつけられ、コンクリートにひびが入っていた。ついっと視線を上げる。そして、なにごともなかったように言った。


「こんにちは、総帥」

「やあ、エディ」


 総帥ケヴィンは、いましがたエディットを襲ったとは思えないいい笑みを浮かべてあいさつした。

「できれば戦いたくないんだが」

 君は強いからね、とケヴィンは笑った。エディットはポケットに手を突っ込み、携帯端末の電話を鳴らした。

「おっと」

 ケヴィンが剣を切り上げる。エディットが取り落した携帯端末は剣に貫かれて壊れた。エディットは顔をしかめる。

「一つ、聞く」

 エディットはケヴィンを見つめて尋ねた。


「母さんを殺したのは、総帥?」

「……そうだと言ったら?」


 エディットは目を細めた。可能性は、あった。そもそも歴代五指には入る実力の持ち主であったスティナを殺すには犯人にもかなりの技量がいる。その時点で、だいぶ容疑者が絞られていて、その中にケヴィンの名もあった。

 ニルスが殺されたのは、エディットが母親の死因について調べ始めたから、犯人が焦ったのだろうとエディットは思った。そして、その予測は正しかったようだ。

 いまだに何故スティナが殺されたのか、理由がわからない。なら、殺した本人に聞けばいいと言うエディットのぶっ飛んだ理論である。

 仇を討とうと考えたことはなかった。それでも、目の前に自分の母を殺した人間がいると思うと、怒りがわいてくるのは致し方のない話だろう。

 まあ、本当にケヴィンがスティナを殺したのかはわからない。なら、口を割らせればいい。少なくとも彼がエディットを襲ったのは確かで、彼女には彼に報復する権利がある。


「……なら、私に攻撃されても文句は言えないわけだ」


 エディットは冷めた目でそう言ったが、彼女の手には武器がなかった。そのため、どう考えてもケヴィンの方が有利である。剣がこの手にあれば、互角に戦うことができたかもしれない。それくらいの自信が彼女にはあった。


「確かに、君には復讐の理由がある。でも、そうすると君もただの人殺しだ」


 エディットは舌打ちした。そう言うと言うことは、ケヴィンは自分が『人殺し』であると認識していると言うことだ。その上で、スティナやニルスだけでなくエディットも殺そうとするとはどういうことだ。

 理由は後で聞けばいい。今は、エディットが無事にこの場を切り抜けねばならない。

「エディ。お前、母親から預かり物をしてない?」

「預かりもの? 母さんから?」

 本気で訳が分からず、エディットは首をかしげた。ケヴィンはふっと笑みを浮かべた。エディットがしらばっくれていると思ったのだろう。

「そうだ。それを渡してほしい」

 形見なら持っているが、それ以外に預かったものなどない。そもそも、母スティナはあまりものを持たない人だった。エディットが沈黙していると、ケヴィンはさらに言葉を続けた。

「渡せば、命は奪わないでおいてやる」

 何故だか、この言葉に無性に腹が立った。エディットは目元に険をにじませて言った。


「総帥、私に勝てると思ってるんだ」


 エディットはケヴィンに技量が劣るとは思っていない。正確には、負けると思っていない、になるが、この場合、どちらもそんなに意味に違いはない。たぶん。


「むしろ、お前、この状況で俺から逃げきれると思ってる? ……まあ、スティナならやったかもしれないけど」


 最後。ならお前はそんな母をどうやって殺したんだと聞きたい。無性に気になる。


「私は、その娘だからね」


 母に出来たのなら、エディットにもできる。……かもしれない。自信はないが、やるしかない。

 ケヴィンが振り下ろしてきた剣を避ける。ケヴィンの剣の型はスティナと同じである。候補生のころ剣術を教えた教官が、スティナの剣の指導もしていたからだ。そして、エディットの師であるウルリクは、そのスティナから剣術の指導を受けている。つまり、エディットとケヴィンは同じ型を使う。

 そのため、わりと剣筋が予測できた。だが、やはり経験の差か。フェイントを入れてくるので何度か反射神経のお世話になった。

「さすかに素早いな」

「それが取り柄なんで」

 軽口で応酬しながら、エディットはコンクリートに手をついて足を繰り出し、ケヴィンのバランスを崩そうとする。彼は大きく飛び退った。


 エディ! と言う声が聞こえた気がした。ケヴィンも同じだったのだろう。ふと周囲に目を走らせる。彼に向かって、豪速の矢が飛んできた。ケヴィンがさらに跳び退ってそれをよけた。矢が飛んできた方に視線を走らせる。


「ケヴィン! そこまでよ! 投降なさい!」


 道路を挟んで向かい側のビルの屋上から、補佐官アニタが弓を構え、弦を引き絞っていた。ケヴィンが動けばすぐに第二撃が飛んでくる。

 ここでアニタがやってくるのは、当然と言えば当然だ。ニルスが亡くなり、ケヴィンは裏切り者だった。と言うことは、あと討伐師をまとめられるものはアニタしかいないのだ。

 エディットはケヴィンがアニタに気をとられているうちに屋上駐車場から飛び降りた。十二階建ての屋上だ。だが、討伐師たるエディットにとってこれくらいの高さは問題にならない。

 無事に受け身をとって着地したエディットは、上を見あげた。音が聞こえていたが、アニタの放つ矢がケヴィンを狙っていた。


「エディ!」

「お、ウルリク!」


 エディットは駆け寄ってきたウルリクに向かって手を振った。というか、一応街中なのだが人が居ない。結界の中なのだろうか。四半世紀前の『ヴァルプルギスの宴』に似た状況だ。当時を知っている人なら、彼の事件を思い出しただろうが、この二人は不参加だ。

「お前、総帥に狙われたわりに元気だな! ほら」

「お、ありがと」

 ウルリクに剣を手渡され、エディットは受け取った。エディットの母スティナは亜空間にものを入れることができたらしいが、エディットにはできない。そもそも、スティナも疲れるから、と言ってほとんど使用しなかったらしいが。

 まあ、それはともかくだ。エディットとウルリクは黙って上を見上げた。アニタの矢の攻撃がやんでいる。ケヴィンが姿をくらましたのだろうか。

「そういや、ヨーランは?」

 ウルリクはあっさりと言った。

「置いてきた。ようは仲間を殺せってことだからな……」

「違いない」

 エディットは目を細め、笑った。しかし、その笑みはいつもの明朗な笑みではなく、どこか悲しげな様相だった。


 アニタやウルリクがこの場に来られたのは、エディットの携帯端末が壊される前、GPSが起動していた。そのためにこの場に来ることができたのだ。

「ウルリク。私とあんたで、総帥に勝てると思う?」

「さてな……結局、お前の母上を殺したのは総帥なのか?」

「九十九パーセント、そうだね」

 ニルスを殺したのも、スティナを殺したのも、ケヴィンだ。そもそも、あの二人は討伐師としての技量に優れていたのだから、不意を突いたのだとしてもそれなりの腕を持つ者でないと殺せないだろう。


 そして、ケヴィンはその『それなりの技量』を持っていた。そして、『それなりの技量』を持つケヴィンに対抗するためには、やはり、それなりの技量をもつ討伐師が必要だった。

 その場にいた関係からエディット。そして、現在おそらく一番の討伐師であろうウルリク。この二人。

 アニタは優秀な討伐師であるが、ケヴィンと戦い方が違いすぎる。弓矢と剣では、戦うのが難しい。

「二人がかりか……総帥相手だけなら行けるな」

「私もそう思う」

 二人はそろって剣を抜き放った。

「でも、そうはいかないよねぇ」

 エディットはそう言って振り向きざまに剣を振るった。近づいてきていたのはヴァルプルギスだった。いや、ヴァルプルギスに変化させられた人間の可能性もなくはないが、さすがに見ただけではわからない。

「ウルリク! エディ!」

「あー、アニー!」

 細剣を手に駆け寄ってきたのはアンドレアである。他にも数名の討伐師がヴァルプルギスに応戦していた。

「あなたたち!」

 今度はアニタだ。ビルから降りてきたらしい。彼女が苦手なアンドレアは少し身を引いた。


「ここはいいわ。ウルリクとエディはそのままケヴィンのところへ行きなさい」


 そう言ってアニタはケヴィンが逃げて行った方を教えた。エディットがすぐにうなずく。

「わかりました」

 ウルリクもうなずき、二人は駆け出そうとする。が、その前に。

「探す必要はない」

 ケヴィンが目の前に飛び降りてきた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろ佳境であります。もうすぐ完結ですね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ