討伐師【3】
ちょっとグロい上に短いです。
第一発見者はニルスの息子であるヨーランだった。彼は父親の遺体を見て悲鳴をあげた。早朝のことだった。エディットが駆けつけた時、すでにそこに人だかりができていた。泣き叫ぶ声が聞こえる。ニルスはここにいる子供たちにとって父親のようでもあったから。
「ちょ、ちょっと通して」
エディットが人垣をかき分けて前に進むのとは反対に、一緒に出てきたアンドレアは携帯端末を手にしていた。自分の父親を呼ぶのだろう。室長である彼に事情を伝えれば、補佐官アニタや総帥ケヴィンにも必ず伝わる。
エディットが輪の中心に行くと、そこにニルスが倒れていた。ここは校長室へと続く廊下であり、ヨーランが父親に用があって向かわなければなかなか見つからなかったかもしれない、とエディットは思った。
どこか既視感のある姿だった。すぐに思い出した。最近、見たばかりである。その遺体の状況は、エディットの母スティナが発見された状況と似ていた。
つまり、遺体はあおむけで胸の上で指を組んでおり、まぶたは降ろされていた。そして、遺体の致命傷と思われるのは心臓を貫く傷だ。母は背後から貫かれていたが、ニルスはどうだろう。
エディットは手を伸ばして息を確認する。脈も確認し、ニルスが完全に死んでいることを確認した。
「……」
ぐっと唇を引き結ぶ。母の時は実感がなかったが、今、ニルスは目の前で死んでいる。意識せざるを得なかった。
「ニルス!」
はじめに駆けつけてきたのはリーヌスだった。人垣が割れて、リーヌスと、その娘アンドレアを通した。アンドレアが手をたたく。
「みんな、部屋に戻ってなさい! 学校あるやつはちゃんと行きなよ!」
アンドレアがそう言うと、討伐師候補生たちは振り返りながらも部屋に戻って行った。今日は土曜日なので、学校のあるところとないところがある。ちなみにエディットはあるが、すでに休むつもりだった。
アンドレアはこのアカデミーでは年長者だ。彼女の言うことを聞いて、この場所にはハンメルト父娘とエディット、そしてヨーランだけが残った。
「それで、どうだ」
「……もう息はない」
「……」
ハンメルト父娘は沈黙した。リーヌスはしばらく考えるようなそぶりを見せた。
「……似ているな」
沈黙を挟んで言った言葉は、そんな言葉だった。エディットが「母の時と?」と尋ねると彼はうなずいた。確かに、よく似ている。
「正確な死因も死亡推定時刻も、検死をしないとわからないけど……」
「だが、スティナの時と違って殺害現場もここなんだろうな」
リーヌスがそう断じた理由は、ニルスが血の海に沈んでいたからだ。カーペットがだいぶ血を吸っているが、その血が乾いていないところから見て、殺されてからそれほど時間は経っていないように思える。
「なら、犯人はだいぶしぼれるね」
エディットは目に険を乗せて言った。母の時と似ていると言うことは、つまり、下手人が同じ可能性が高いと言うことだ。
「……アカデミーの敷地内で起こったことだ。できれば内々に片づけたいが……」
難しいだろう。殺人だ。まあ、討伐師の死因は戦死がほとんどなので、不可能ではないのだが。だが、リーヌスがこの場所に警察を入れたくない、と思った気持ちもわからないではない。
やがて、総帥ケヴィン、補佐官アニタ、医官ロビンがやってきた。やってきたのだが、アニタはニルスの遺体を見た瞬間に身をひるがえした。アンドレアが「え、何!?」と驚きの声をあげた。
「アニタはスティナの遺体を見てるからな……」
リーヌスが少し眉をひそめて言った。遺体を見たのはリーヌスやケヴィン、ロビンも同じであるが、特にスティナを慕っていたアニタには衝撃が大きかったようである。聞いたところによると、以降、彼女は性格が変わってしまったのだそうだ。
その場でロビンがエディットを助手に検死を始めた。もちろん、先に現場の写真を撮ってからであるが。
「死後二、三時間ってところかな。死因は失血性ショックだけど、姉さんの時とは違って真正面から刺されてるね」
だが、体の前面から背面まで貫かれているのは同じだった。だが、ロビンはスティナの検死をしていないのでこれ以上詳しいことはわからなかったらしい。
「……ケヴィン、どうする。決定権はお前にある」
ニルスが生きているとき、彼が最年長者だった。そのため、アニタもケヴィンも彼の意見を尊重するところがあった。だが、今、ニルスはおらず、アニタもどこかに行ってしまった。なので、討伐師の決定権はケヴィンにある。
「いや……どう、と言われても」
ケヴィンが顔をしかめて言った。だが、悩んだのも数秒だった。
「……アカデミー内で、処理する。できれば、警察を入れたくない」
「俺も同意見だ。だが、どうする」
リーヌスがその場にいた五人を見渡した。ヨーランを落ち着かせていたアンドレアもこちらを見る。
「この中に、ニルスと、それとスティナを殺した人間がいる可能性が高いぞ」
「……」
六人が緊張の面持ちになった。
△
ニルスの死亡は隠せたものではないが、仲間内に殺人者(と言っても、討伐師は世間に人殺しと認識されている)がいると言うことは伏せてあった。仲間に殺されたと言うのは、討伐師たちを不安にさせる。情報統制であるが、仕方がない。
アカデミーは一時的に総帥が管理することになった。アニタでもよかったのだが、彼女は現在混乱中なのでケヴィンに任されることになった。
後任も決めなければならないが、すぐに決まるものではない。候補は三名ほどいるが、そのうち一人がウルリクなので、彼にも事情が説明された。現在、討伐師としては、おそらく彼が最も腕が立つので、当たり前と言えば当たり前である。
「俺に校長やれって言われても困るんだがな……」
ニルスの方にはコメントせず、ウルリクはそう述べた。エディットも「そうだね」とうなずく。ウルリクが校長をやっているところは、ちょっと想像がつかない。
「だから、総帥を校長として、ウルリクを総帥にしようって話もあるみたいだけど」
そう言ったのはアンドレアだ。今一人、ヨーランは第一発見者として事情聴収中である。
「アニーじゃだめなのか?」
あきらめ悪くウルリクが言った。アンドレアは「あはは」と笑って言った。
「私、まだ学生なんだけど。エディのお母様のことだって覚えてるでしょ。あの人が総帥になったのも、大学を卒業してからだって言ってたでしょ」
「……」
ウルリクがため息をついた。それから話がニルスの方に向かう。
「スティナさんと同じ……だったのか」
「まったく同じではないけどね」
答えたのはエディットだ。彼女は実際に検死も手伝ったので、アンドレアより少しばかり詳しい。
「母さんは後ろから刺されてたけど、教官は前から刺されてたし、殺害現場も発見場所と同じだったみたいだし」
だが、二人とも心臓を一息に貫かれているので、同一犯と考える方が自然だ。
「じゃあ、やっぱり討伐師が犯人の可能性が高いな……正直、スティナさんとニルスさんを殺せる人間って言ったら、限られてくるんじゃないか?」
「そうだね……あんたたちとかね」
アンドレアがそう言うと、エディットもウルリクも顔をしかめた。アンドレアは肩をすくめて「ごめん」と言った。
「エディに聞いてもいいのかわからないけど、イデオンさんの死因ってなんだっけ」
アンドレアが重ねて尋ねた。スティナとニルスを殺したのが同一犯っぽいので、イデオンはどうだっただろうか、と思ったのだろう、実際に、エディットも思った。
「父さんは脳を撃ち抜かれての即死だったらしいよ。こっちも、資料がそんなに詳しくなかったけど……」
発見場所は某ホテルの一室であったらしい。誰かと会った痕跡はあるが、誰と会っていたのかはわからない。死因が銃撃だったので自殺も考えられたが、普通、自殺で自分の額を真正面から撃ちぬいたりしないだろう。
思えば、父も母も己が武器としたものが死因となっている。母は剣だし、父は銃。
父の遺体が発見されたのは母の場合とは違い夕刻だった。発見者は、ホテルの客室係だったと言う。誰か銃声を聞かなかったか、と聞き込みが行われたらしいが、犯行がちょうど昼間で、ほとんど人が居なかったらしく、情報は集まらなかった。
だが、イデオンの死もスティナ、ニルスの死と関わりがあると考えたほうがいい気がする。エディットはテーブルに頬杖をつくと、今度、現場を見に行ってみようと漠然と思った。
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