討伐師【2】
エディットは監査室本部にある医務室を訪れていた。今、ここで監査室付き医師をしているのは叔父のロビン・オークランスである。すなわち、母スティナの弟だ。三児の父で、一番下の息子にはエクエスの力の兆候が見られ、最近アカデミーに預けられている。ちなみに、その子は五歳だ。
「やあエディ。久しいね。ここに来ないってことは元気な証拠だけど、何もなくても顔を見せてくれるとうれしいな」
「今度はそうするよ」
そう言ったことをぺらぺらと言う叔父であるので、エディットは苦笑を浮かべて軽く答えた。話がある、と言うと、ロビンは飲み物を用意してきた。ココアだった。子ども扱いされている。子供だけど。
ココアを一口飲み、エディットは尋ねた。
「ねえ叔父さん。母さんと父さんってどんな人だった?」
「楽しい人だったよね」
ロビンは即答した。父はともかく、あの性格の母をそう言い切れるあたりロビンは強い。
「って言っても、僕も姉さんとは大学に出てくるころまで交流はなかったからさ。家族にどう接すればいいかわからないって言って」
「へえ。意外」
母スティナと言えば、誰にも構わず独自の道を進んでいきそうな感じだったのに。いや……だが、確かに彼女は調和を重んじていたかもしれない。むしろ、父イデオンの方がマイペースだったかもしれない。
「いい夫婦だったと思うよ。破れ鍋に綴じ蓋感が否めなかったけど」
「……そうだね」
娘ですらそう思うのだから、かなりの変人夫婦だったのだろうと思う。
「でも、どうして突然そんなことを聞こうと思ったんだい」
エディットは少し考えた。夢を繰り返し見るからだ。繰り返し見るのは、夢が何かを訴えているからではないかと思った。
「……母さんと父さん、どうして死んだのかなって」
「……」
ロビンは沈黙した。ずっと浮かんでいた笑みも消えた。目を細めて生真面目そうな表情になると、どことなく、母スティナの面影があった。
「姉さんも義兄さんも殺人だったから、管轄は警察になるんだけど」
「いや、死因を聞いてるわけじゃないんだけど」
ロビンは正確には法医学者ではなく外科医になるが、検死を行うこともある。そのため、エディットはロビンが二人の死因について語ると思ったのだ。
「いや、そう言えば、姉さん、殺される前、何かを調べてたなって思ってさ」
「……ドラマみたいだね」
エディットはそう感想を漏らした。何かを調べていて、知ってはいけないことを知ってしまい、殺される。よくあるパターンだ。
それでもやはり、この疑問が残る。
「母さんをどうやって殺したんだろう」
「確かに、難しいよね。僕なら絶対無理」
そう言ってロビンはからりと笑った。歴代五指に入ると言われた母スティナの実力は本物だった、と言うことだ。
△
しばらくのち、エディットはウルリクを連れて警察署を訪れていた。ウルリクはただの保護者役である。彼女は自分の両親の殺害事件の情報開示を求めた。
他国の情報開示制度がどうなっているかはわからないが、この国では親族が巻き込まれた事件である場合、情報開示される場合が多い。まあ、親族が犯人である可能性も捨てきれないので、必ず、と言うことはないが、エディットの場合、両親の事件が起こったのが八年前。当時、彼女は九歳だったことから、事件には無関係、となって情報が開示された。お供に連れてきたウルリクはダメ、とのことだったのでエディットは一人で資料が置かれた閲覧室に入った。
もう十年近くが経つので当たり前だが、紙の資料は少しぼろくなっていた。デジタル資料の方は生き残っているが、やはり、当時手書きで書かれた資料の方が様々な情報を得ることができそうだ。
資料をぱらぱらとめくり、エディットは一つのページで手を止めた。ちょうど、母の遺体が発見された状況を記したページだった。
母が発見されたのは多くのテナントが入った総合ビルの立体駐車場だったそうだ。立体駐車場の屋上に、母の遺体は遺棄されていたのだと言う。そこに残された血の量から見て、別のところで殺されて、ここまで連れてこられたのだろう、という見方が有力だった。なぜなら、母の死因は失血性ショックだったのである。
発見時間は、エディットが覚えていた通り朝方だった。通勤してきたビル内にある会社の女性職員が遺体を発見したらしい。通報があったのが、午前七時半ごろ。
警察はそれから三十分ほどで到着したらしいが、その時点で死後二時間は経過していたらしい。ということは、推定死亡時刻は午前五時から六時ごろとなる。
その前の足取りについては不明だ。惨殺と言うほどではないが、心臓を背後から一突きにされた結構ショッキングなご遺体であったらしい。
だが、不可解な点もある。その遺体はあおむけで、手を組んで、目を閉じて横たわっていたらしい。心臓を一突きにするほどの殺意があったはずなのに、死んだあとの処置は丁寧だ。この辺りが不可解である。
スティナは討伐師総帥だった。なので、殺害されてもあまり深くは調べられていない。八年経った今でも、彼女の死は謎に包まれたまま。事件は未解決だ。
ひとまず資料にすべて目を通したエディットは待たせていたウルリクと合流した。
「何か分かったか?」
「何もわからないと言うことがわかった」
資料を読んでも、犯人像は見えてこない。背後から心臓を一突きにしているので、かなりの膂力の持ち主と思われるが、逆に言えば、エディットだって人体を刺し貫くことができる。
「ただ、母さんを殺した犯人は、討伐師の可能性が高いと思う」
「……まあ、そうだろうな」
ウルリクも同意した。彼はスティナが亡くなった当時、すでに十七歳だった。当時のことはエディットよりよく覚えているだろう。
そもそも、傷口が通常の刃物による傷ではなかった。包丁や、ナイフの類ではない。その形状が一致するのは剣だ。この時代、剣を使用するものと言えば、討伐師が真っ先に思い浮かぶのは仕方のない話だろう。
さらに、一撃で殺すほどの殺意があったはずなのに、その遺体は意外なほど丁寧に扱われていること。討伐師、つまり顔見知りの犯行と思うのが自然だと思う。まあ、スティナのきれいな顔を見たなら、丁寧に扱おう、と言う気になるのかもしれないが。
それよりも気になるのが、ロビンが言っていた言葉だ。
「じゃあ、母さんは何を調べてたんだろう」
大通りをウルリクと並んで歩きながら、エディットは疑問を口にした。ウルリクも「さあな」と答える。何しろ、スティナは残したものが少なすぎる。秘密主義だったとは言わないが、その職務上、表ざたに出来ないことが多すぎた。
「あっちから襲ってきてくれないかなー。そうすれば簡単に解決するのに」
「お前……物騒だな、やめろよ。惨殺事件が起きるだろ」
「うわ、ひでぇ。否定できないけど」
エディットはからりと笑って言った。なんにせよ、調べても何もわからない。
本当に何もわからない。犯人が優秀だったのではなく、被害者たるスティナ(およびイデオン)がただ事実を隠そうとしたのではないかとすら思えてくる。
「だけど、この謎を解かないと私の夢見が悪いままだ……」
「お前、夢見が悪いの」
「というか、見れば見るほど気になってくるんだよなー」
母には若干だが、精神感応の力があったと言う。その母の力の名残が、自分に夢を見せているのではないかと思った。
いつも見る夢は同じだから、何の手がかりにもならない。なりそうなことを、母は話していなかった。
あれはエディットが実際に経験したことだ。今ではそう確信できる。何の役にもたってないけど。
あの夢を見れば見るほど、気になってくる。母が『謎を解け』と言っているような気がする。これは母が自分に残した宿題なのではないか、と思う。
「エディ。帰る前に何か食ってくか」
「お、いいねぇ。私ワッフルが食べたい!」
「はいはい」
ウルリクは苦笑して彼女の要望に応えた。
エディットはついに何もわからなかった、と言っていたが、翌日、一つ事件が起こった。
討伐師養成学校校長、ニルス・ダールグレンが殺されたのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナとイデオンは比翼連理というより破れ鍋に綴じ蓋。