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エクエスの軌跡  作者: 雲居瑞香
第1章
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迷いの森【1】

『ヴァルプルギスの宴』の続編になります。盛大にネタバレしておりますので、ご注意ください。










 夜、その工事現場に高らかな笑い声が響いた。

「あはは、あははははははっ!」

 その声は移動していて、続いて「そらぁっ!」という掛け声が聞こえた。何かが切られるような音がする。笑い声は止まない。

「はははははっ! 楽しいよねぇ!」

 そう言いながら、笑い声をあげる人物は足元の異形……ヴァルプルギスをめった切りにした。
















 この世界にはヴァルプルギスと言う人を食らう存在がいて、それを討伐するものを討伐師エクエスと言う。


 エディット・トゥーレソンは十七歳。高等学校三年生であるが、すでに優秀な討伐師として活動していた。だが、彼女には少々問題があった。

「やりすぎだ、阿呆」

「えー。いつものことじゃん?」

 エディットは右手に持った剣で肩をとんとん、とたたいた。彼女は左手にも同じ剣を持っている。双剣使いなのだ。

「いつものこと、じゃねぇよ」

 呆れてツッコミを入れている男性は、エディットと同じく討伐師のウルリク・フォッシェルだ。彼も剣士で、長剣を手に持っている。彼は何も持っていない方の手でエディットとは逆側を示す。


「お前が先に討伐しちまったら、こいつの訓練にならないだろーが」


 ウルリクに示された少年、討伐師になるための訓練を終えたばかりのヨーラン・ダールグレンがびくりと肩を震わせた。まあ、ウルリクは結構威圧感があるしね。

「ああ、確かに」

「確かに、じゃねぇ!」

「いってぇ!」

 思いっきり頭をぶん殴られ、エディットは手に剣を持ったまま頭をさすった。彼女は唇を尖らせる。

「ひっどーい。こう見えても女の子なのに」

「うるせぇ。女扱いしてほしけりゃ、ヴァルプルギスを殺戮しまくるのをやめろ」

「えへ?」

 ごまかすように首を傾げて笑うと、もう一発殴られた。
















 エディット・トゥーレソン。十二歳で討伐師としてのすべての訓練を終え、その後三年間先輩討伐師であるウルリク・フォッシェルに師事した。剣を使う討伐師は多いが、彼女は珍しい双剣使いで、しかも、逆手持ちで戦うさらに珍しいスタイルをとっていた。


 その血筋ゆえか教えが良かったのかはわからないが、エディットは討伐師候補生時代にめきめきと頭角を現し、そして、現在では五指には入る実力者になっている。


 さらに頭もよく、学業も優秀だ。その上すらりと背が高く、手足が長いモデルのような体形。討伐師には多いのだが、彼女も超のつくほどの美形た。どちらかと言うと中性的な顔立ちの美形で、本人もわかっているのかアッシュブラウンの髪は長めのショートカットにされている。目の色は瑠璃色で、少し切れ目気味。


 そんなどこの完璧人間だと言いたくなるような彼女だが……これがとんでもない戦闘狂だった。笑いながらヴァルプルギスを追いまわし、その息の根を止めるだけでは飽き足らず、めった切りにする。いくら人を食らうとはいえ、人間とさほど変わらない姿をしたヴァルプルギスに対して惨殺を行うのだ。


 そこの有るのは快楽や享楽ではなく、ただの憎悪なのだろうと彼女を知る者たちは思っている。彼女ほどにはないにせよ、討伐師はヴァルプルギスを憎まずにはいられない。彼らに仲間を多く殺されているのだから。


 憎しみと、それを糧に凶行を行えるだけの実力が、彼女にはあった。だから、たまたま、それが彼女だっただけだ。


 三年間ウルリクに師事し、十五歳で独り立ちを認められたエディットだが、その精神的不安定さから討伐に行くにはお目付け役が付くようになった。それは変わらず師匠のウルリクだった。そのため、エディットとウルリクは二人一組で行動している。


 基本的に、平常時のエディットは朗らかで明るく、気さくな人物だ。頭がいいので話も面白い。だが、一度戦闘用のスイッチが入ると駄目だった。止まらない場合は、力ずくで止めるしかない。それを期待されて、エディットと同等かそれ以上の実力を持つウルリクがエディットの相棒に指名されたのだ。彼にとってはいい迷惑であろう。


 彼女の師であり現在の相棒、ウルリクは今年二十五歳になる青年だ。当代一の討伐師と言われている、栗毛に翡翠の瞳をした美男子である。エディットを唯一押さえられる人物で、剣士になる。これだけ言うと長身の美形を想像しがちだが、想像と現実には隔たりがある。これがその一例だ。

 ウルリクは実は、さほど背が高くはない。いや、この国の平均身長くらいはあるので小さいわけではないのだが、その性格上体格の良いものが多い討伐師の中では小さい方に入るだろう。それで行くと、エディットもさほど大きい方ではないのだが、ウルリクはエディットより五センチほど背が高いだけだ。

 性格は落ち着いている……と言っていいのかはわからないが、少なくともエディットよりは常識が通じる相手だ。そして、これが重要なのだが面倒見が良い。そのためにエディットのお守りと討伐師候補の訓練の両方を押し付けられたりしてしまうのだ。


「それにしてもまた……派手にやったよね、エディ」


 エディと言うのは当然ながらエディットの愛称である。この愛称と中性的な外見のおかげで彼女は何度も男と間違われている。そのたびに彼女は笑っているので、あまり気にしたことはないのだと思われる。


「んんん。ごめんね、ヨーラン。訓練にならないね」


 エディットは発言者であるヨーランに向かってそう言った。ヨーラン・ダールグレンは金髪に紫の瞳をした十四歳の少年だ。最近討伐師になるための訓練を終えたばかりの新米討伐師で、現在ウルリクに師事している。必然、彼と行動を共にするエディットとも行動を共にすることになる。

 討伐師候補の子供たちは、通称アカデミーと呼ばれる討伐師エクエス養成学校アカデミーに集められる。訓練を行うための学校であるが、その実情は寮に近いだろう。親元から引き離された子供たちが集団生活を送る場所だ。十八歳になると官舎に移動したりする者もいるが、二十歳くらいになるまでいるものも多い。


 そのアカデミーの校長がニルス・ダールグレンと言う討伐師なのだが、ファミリーネームからわかるとおり、彼はヨーランの父親だ。エクエスの力を持つ者は突然変異的に表れることもあるが、たいていはその因子を持っているのである。ヨーランもそうだし、エディットもそう。ウルリクは……ちょっと良くわからない。


 それはともかく、一応まだ実戦訓練期間中であるヨーランだ。戦闘狂のエディットが一緒では彼の訓練にならない。彼女が先に倒してしまうからだ。

「……うーん。エディが戦ってるのを見るのは、正直気持ちいいんだよね」

「そう? 私、ウルリクに『泥臭い戦い方』って言われるよ」

「ウルリクの戦い方は洗練されてるもんね……」

 そう言ってヨーランは苦笑した。彼の言うとおりだ。表情筋は動かないが、ウルリクの戦い方は見ていてほれぼれするほど『きれい』だ。もちろん、場合によっては汚い戦い方もするが。

「なんていうか、僕たちでもヴァルプルギスに勝てるんだって思わせてくれるんだよね」

「……へえ」

 反応に困ったエディットはあいまいに微笑んで返事をした。

「おい、お前ら暇なら片づけ手伝え」

「あ、はーい」

 ウルリクに声をかけられ、エディットとヨーランは彼に駆け寄る。見ると、戦場と化していた工場はだいぶ片付いてきていた。まあ、片づけるのは血の跡とエディットが散らかした残骸くらいだけど。あと、ヴァルプルギスの遺体。


 エディットは自分が斬り裂いた鉄骨などを集めながら言った。

「ねえ。やっぱり私、討伐に出る時ついてこない方がいいのかなぁ」

「お前にそう言った常識的なことが言えることに今驚いた」

「失礼な。平常時の私は結構理知的だって言われるのに」

 これでも首都フェルダーレン一の進学校に通う秀才だ。大学も行くつもりで、やはりこの国一の学力を誇るフェルダーレン大学を受験するつもりである。両親は頭が悪いわけではないが別に秀才と呼べるほどでもなかったので、エディットの頭の良さはフェルダーレン大学医学部を卒業した母方の叔父に似たのだろうと言われている。

「お前、信用を無くすのはたやすいが、築くのは難しいんだぞ」

「ウルリク、ちょっと話ずれてるよ」

 ヨーランが苦笑しながら口をはさんだ。真っ二つになっている鉄骨などはあらかた集めたか。あとは血の跡などを消せば終わりかな。


「だが、俺がいないとお前は行動できんからな……単独行動禁止だが、お前の戦力はかなりのものだ。使えなくなると言うのは惜しい」

「わお! 結構高く買われてるんだね、私」


 ふざけて驚いた振りをすると、ウルリクは真顔で「マジで高ぇよ」と言った。


「条件が厳し過ぎんだよ。お前の暴走癖さえなくなりゃ、俺がついてなくても大丈夫なんだが」


 要するに、エディットが一緒だとヨーランの訓練にならないが、彼女の戦闘力を遊ばせておくのも惜しいと言う話だ。エディットは鹿爪らしくうなずく。

「難しい問題だね」

「……まあそうだな」

 ウルリクが適当に相槌を打った。何度かエディットのこの戦闘狂とも言うべき暴走癖は矯正を試みられている。しかし、全て失敗していた。

 そう言えば、この暴走癖が現れたのはいつごろだろう。両親が生きていたころは、まだわりと普通だったと思うのだが。いや、討伐師候補になるような子供が普通、と言うのも変な話だが。

「でもさぁ。確かにいつまでもウルリクに迷惑をかけるわけにはいかないんだよねぇ」

「わかってんなら努力しろ」

「そーだね」

 うなずきながらも、エディットはしばらくは無理だな、と思った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


前書きでも述べましたが、盛大に『ヴァルプルギスの宴』のネタバレがなされております。

たぶん、単独でも読めるかとは思いますが……。


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