誰かを助けるのに理由なし
陽炎のように揺れる歪みから出てきたのは、頭が鳥で身体は人間の化け物だった。背中には折り畳まれた両翼があり、見たところ武器は携行していない。
一目で肉弾戦大好きと分かる大男だ。
「探せぃ! 時間はないぞ! この秘密ルートとてすぐに嗅ぎ付けられる!」
……あんな歪んだ嘴でどうやって人語、しかも日本語を話しているのかすごく気になる。この前のミノタウロスや悪魔少女も日本語だし、ヴィトーも平然と使いこなしている。
ヴィトーは立場上、当然だとしても悪の組織の奴らはどっかで勉強してるのか?
鳥人の一喝に呼応するように歪みから全身黒タイツの男(?)たちが飛び出してくる。身長から体格まで目立った差異はなく、まるで量産されたコピーのようだ。
「さあ、急げ急げ! 魔法少女と自衛隊の連中が来る前に見つけ出せ!」
急かす声に追い立てられ、黒ずくめたちは方々へと散っていく。幸いこっちに来ることはなかった。
「やれやれ。まったく、大総長殿も人使いが荒い」
やがて一段落ついたらしく鳥人は用意した椅子に座り込んだ。傍には側近と思しき、豪華なマントを帯びた黒ずくめが数人控えている。
……俺もいつまでも覗き見してないでヴィトーに教えないと。見事に裏を掻かれてるじゃねぇか。
しかしどこに向けてもアンテナは一本も立たない。樹海ならまだしもここは街中だぞ。どうなってんだ?
俺はあれこれ模索してみたが、おかしなことにまったくダメだった。ならば【個人無線機8号】ならと試してみたが、どの周波数でも聞こえてくるのはノイズだけ。
まさか電波自体が阻害されている……?
この人気のない現象と関係があるのだろうか。だとするなら、その原因たるあいつらを何とかしなきゃいけなくなる。
うーん、どう考えてもムリゲー。戦い方すら一つも習ってないのに実戦とか死ぬわ。この前は運が良かっただけだ。向こうも半ば不意打ち喰らったみたいなものだし、二度目の奇跡は起こらないだろう。既に俺の存在は知られてるんだから。
とにかくジッと隠れていよう……。
そのうちミナツや自衛隊が来るだろう。もしかしたらその前に引き上げてくれるかもしれない。俺はそんな期待を抱き、この場から離れようとして――。
「ギギッ! ヴェルダス様、見つけました」
「そうか。持ってこい」
振り返ると、一人の黒ずくめが鳥人の前で跪いていた。
……あいつら喋れるんだな。
「ですが、その」
「なんだ?」
「人がいます。そいつが持ってるんです」
「何?」
鳥人――ヴェルダスとかいう、どっかのおじいさんの飴みたいな名前の奴が、腰を浮かせた。その表情も険しい。
「バカな! ついこの前、新たな魔法少女がこの街で発見されたと言うのに、二人目か! なんてことだ」
額に手を当てて嘆く鳥人間。つーか新しい魔法少女って……俺のことだよな。ああ、やっぱりもう知れ渡っている。
「どうします?」
「連れてこい」
「かしこまりました」
黒ずくめが片手を上げると、また別の黒ずくめが誰かを連れてきた。
水色の髪をポニーテールで束ね、毎年最下位チームの青い野球帽を被った女の子だ。
「おい! 何なんだよ、お前ら! ボクをどうするつもりだ!?」
抱きかかえられた体勢のまま、その子は激しく暴れている。
「そいつが?」
「はい。首にかけてるペンダントがそうです」
黒ずめは女の子を下ろし、逃げられないように左右から両腕を掴む。
首には小さな卵形の首飾りが下がっていた。
あれが財宝?
「……うむ、間違いない。【インペリアル・イースターエッグ】――大総長が欲しがってるコレクションの一つだ」
インペリアル・イースターエッグ……聞いたことがある。確かどっかの皇帝のために作られた至宝のシリーズで、全部で58個存在するらしい。
しかし王朝の崩壊で各地に散逸し、今でも所在の分からない卵があるとか。
あの子の持っているのが、そのうちの一つ? 現存するものは全て美術館か、コレクターの手にあるはずだし。
「よし、獲れ」
鳥人間は満足げに笑みを浮かべ、手で合図を送った。
「な、やめろ! これは婆ちゃんから貰った大事な宝物だ! お前らなんかに渡すもんか!」
当然女の子も激しく暴れ、抵抗する。ヴィトーや自衛隊は何してるんだ? 早く来いよ。一般人が巻き込まれてるんだぞ。
「チッ……面倒だ、黙らせろ」
「ギ!」
鳥人間が命令すると一人の黒ずくめが動く。片手を振り上げ、何をするのかと思った次の瞬間、乾いた音が鳴り響く。
俺も、女の子も茫然としてしまった。
あの野郎……。
「いいか、二度は言わぬぞ」
鳥人間は凄まじい形相を近づけ、凄みのある声を放つ。
「次騒いだら、殺す」
叩かれた子もようやく状況を理解したのか、涙を浮かべてコクコクと頷く。
だが俺はもう吹っ切れていた。
細かいことなんかどうでもいい。
助けなんか待っていられない。
――ふざけやがって。
「こい! 【極光の杖】ッッ!!」
突き出した右手に虹色の光が迸り、七色の宝玉を据えた杖が現れた。更にその光は全身を包み込んで半そでハーフパンツから、あの魔法少女の衣装へと変化していく。
ようやく俺の声に気づいた鳥人間たちがこちらを見るが――遅い!!
「【怒り、猛り、吼え狂え!! その憤怒を体現せよ、爆雷の鉄拳】ッ!!」
脳裏に閃く魔法の名前。口を衝いて出るのは、考え抜いた黒歴史。だが、もはやそれは無意味な妄想ではなかった。
握り締めた拳に帯びる、翠に輝く稲妻。明らかな怪異――魔法的な現象。
「な、魔法少女だと!?」
俺は拳を握り締め、鳥人間に吶喊した。
「【叩き潰れろ】ッ!!」
空間を灼き、染め上げる翠。渾身の一撃は狙い違わず鳥人間の顔面へと吸い込まれ、炸裂。
「ぐはぁ!?」
直撃と同時に稲光がスパークする。落雷のような轟音が鳴り響き、鳥人間は文字通り吹き飛ばされた。その際に何人かの黒ずくめを巻き込み、背中から建物の壁面に叩き付けられる。
「その子を放せ!」
「ギギィ!?」
続けて女の子を押さえている黒ずくめ共を虹色の弾丸で蹴散らす
「……君、は?」
呆けたようにペタリと座り込んだ女の子。
俺を見上げるその子に、少しだけ笑いかけ答える。答えるべきセリフは、決まっている。
「俺は極光の魔法少女ツキハ。虹の輝きと共に悪を殲滅するものだ」
その場のノリとテンションって怖いね! と、今日のことを思い出すたびに布団の上で悶え苦しむのは、また別の話……。