二つの世界
俺はそのままミナツと一緒に、自衛隊の輸送車両に乗り込み基地に向かうことになった。
そこで本格的な説明を受けるらしい。
「でね、私はヴィトーさんにスカウトされたんだー。最初はよく分かんなかったけど、みんなを守るためなら頑張れる気がして、魔法少女になったんだよ」
ミナツは自分のことを良くしゃべる。おかげで、彼女が隣町に住む現役小学生、扱う力は刀剣をベースにした光の剣術、一人っ子で両親ともに健在……など、プライベートな部分まですっかり分かってしまった。
……しかし、出会ったばかりの俺にここまで話していいのだろうか。
それだけ信頼されてるのかもしれない。
「ツキハちゃんはどこの学校なの?」
「……俺は、遠いところ。夏休みだからこっちに来てるだけなんだ」
「へぇー……あ、じゃあ夏休みが終わったら帰っちゃうのかぁ、残念」
これだけ包み隠さず話してくれた子(しかも純朴な小学生)に、嘘をつくのはかなり忍びなかった。
自分に嫌気が差すが、状況が状況だと言い聞かせる。
「ついたぞ」
ヴィトーが車のドアを開け、降りる。俺たちもそれに続いて下車すると、そこは自衛隊の基地の只中だった。常装を着た男たちが忙しそうに歩き回っている。
「こっちだ」
ついてくるように告げるヴィトー。俺も黙ってついていき、やがて一つの建物の中に入っていく。案内はされたのは会議室のような広間だった。椅子と長テーブルしかない。
「では、さっそく説明に入ろうか」
ヴィトーは俺とミナツに座るよう促し、それを確認してから語り始めた。
「まずは全ての始まりから話そう」
元々、時としてオカルトは本気で研究されたことが歴史上、何度かある。その多くは軍事転用が目的だったが、今回の試みは慢性化するエネルギー不足への対応策だった。
つまり……、人類はマジで魔法を扱おうと考え始めた、と言うこと……らしい。アジアや欧米、欧州、先進国のほとんどが先を争うように研究に着手する中、とうとう日本が成し遂げた、とヴィトーは言う。
「開いてしまったのさ。私の世界との――ゲートを」
「……斯く戦えり?」
つーか、私の世界?
「私はこの世界の人間じゃない。彼らと同じ、異なる世界の住人なのだよ」
「………」
悪の組織に、魔法少女、自衛隊のお次は異世界人か。
もうなんでもアリだな。
「ホントだよ。ヴィトーさんは異世界人で、しかもその世界では有名な研究者なんだって」
ミナツも笑顔でそう告げる。
「ああ、うん。なんかあっさり信じられるわー、今なら」
そういえば、ヴィトーは俺を箱根まで一気に運んだもんな。電車も車も使わずに、突然戦場の只中に放り出されたしさ。
あれがいわゆる異世界の魔法ってやつなんだろう。
「二つの世界が繋がったことにより、日本や他国の研究は大きく躍進した。魔法少女の杖もその技術の応用から生まれたのだ。いずれこの世界に大きな変革が起こるだろうな」
だが、と彼は渋面を作る。
「いいことばかりは続かぬものだ」
どこの世界にも反社会的な勢力は存在し、悪の組織も異世界における‶そういう〟集まりだった。
「元々は地方で活動していた義賊だということは分かってるんだがな。詳しいことは一切不明だ」
彼らは強引にゲートを潜り抜け、地球に来襲。各地で歴史的価値のある財宝の強奪行為が始まった。
まあ、普通の連中じゃないとは思ってたけど……地球外の連中か。
「奴らは国家の領域を悉く侵犯している。自衛隊や各国の軍隊は奴らが現れる度に交戦しなきゃならんし、使用する兵器群は一端のレベルだ。だから、奴らのための戦術や武装がこちらも必要になり、個人戦闘ではそこらの軍人では勝負にならん」
「……それで第0師団や魔法少女の出番ってワケか」
部隊間の戦闘は自衛隊が受け持ち、それを指揮する幹部クラスは魔法少女で対応する。
「そういうことだ」
テーブルに置かれたカップを掴み、ヴィトーは紅茶を飲む。
他にも海上自衛隊なら第0護衛隊群、航空自衛隊なら第0航空団がそれぞれ配備、実戦に備えているらしい。
「だが、分からんのだ。何故奴らはこの世界の財宝を狙うのか……」
「……単純に珍しいとか、そんなんじゃないの?」
俺たちがヴィトーを異世界人と思うように、ヴィトーたちからすればこちらが異世界人になる。見知らぬ世界の財宝と聞いたら、誰だって欲しいと思うはずだ。
「そうは考えてみたのだがな。この世界の宝は、特別な力が宿ったものなどほとんどない。あくまでも視覚的な満足感を与えるだけだ。私たちの世界では、大した価値にはならないだろう。ただ飾るくらいの役にしか立たない宝を集めるか?」
いや、そんなこと聞かれても……。実際、富豪や金持ちはレアな金品類をコレクションするし。
「まあ、それはともかく――これが私たちの仕事だ。理解してくれたか?」
ヴィトーは顔の前で手を組み、俺を見つめる。
「理解はしたけど――」
俺よりも小さい子が戦っている。
そして、そんな彼女を守るために奮闘する大人たちがいる。
何も知らない一般人ならまだしも、俺はそちら側へと足を突っ込み、素質を見抜かれた。このまま戦わず、庇護下で安全に過ごせるほど腐ってはいないと思いたい。
しかし、それが俺の真意ではないことも分かっている。
「そもそも何で、杖があんな道端に落ちていたんだ?」
ずっと気になっていた疑問を口にする。最高機密に等しい重要な杖がどうしてあんなところで無造作に転がっていたのか。仕組まれたのか、偶然なのか知りたかった。
「……日本は四つの杖を作った。一つはミナツ、もう一つは今ここにはいない一人に、そしてまだ所有者のいない杖が二本。だが最後に作られた四本目の杖が、ある日喪失していたことに気づいた」
それがこの杖だと言う。
「何故厳重な保管場所から失われたのかは、分かっていない。だがお前に拾われて良かったよ。あるいは杖自身がお前の下に向かったのかもな」
武器が所有者を選ぶ。本当にそんなことがあり得るのだろうか。でも魔法の杖なんて現実離れしたものが実在する時点で、どんな珍事が起きてもおかしくはない。
「……そうか」
それでも覚悟や決意など当然、微塵もなく。
戦う理由もない。
「答えは、もう少し待ってくれないか?」
世界のためだとか、人のためだとか、そんな偽善めいた言葉は創作上ならいくらでも使いたいが、現実になるとそうはいかない。
自分だけじゃなく、周りの人々の想いまで背負うことになるのだから。そんな簡単に決められることじゃない。
「別に構わぬよ。まだ時間はある。じっくり考えればいい。詳しいことはまた追々話していくとしよう。ミナツもそれでいいだろう?」
「はい。ツキハちゃんがどっちを選んでも、私はその考えを尊重するよ」
――こうして、激動の一日は終わりを告げた。