自衛隊
「はぁ……」
机に突っ伏し、溜息。ああ、世知辛い。
ノックもせず、ズカズカと入ってきたヴィトーを見て察する。もうプライバシーの欠片もない。
「鍵かかってただろ」
「合鍵を作ったが?」
「犯罪者」
「心外だな。お前を家に運ぶために作ったのに」
「それはそれ! これはこれ! いきなり入ってくるなって言ってるんだ!」
借りがあるからって何をしてもいいと思ってんじゃねぇぞ!
「ふむ……まあ、そんなことよりも」
ヴィトーの視線はテーブルの上にあるアイテムに向く。
いや、‶そんなこと〟扱いかよ。俺のプライバシーに関わるんですけどぉ!
「早速、使ったのだな。どうだ? 自分の妄想が現実になる気持ちは」
「……まあ、悪くない。昔はよく夢見ていたから」
そして今も、根底は変わらない。決して叶わないものだと思い込むことで、昔日の記憶を封じていただけなんだ。
「お前は稀代の妄想力を持っている。誇っていいぞ」
……あんまり褒められている気がしないんだが。
「それで、何の用? まさか冷やかしに来たというワケでもないだろ」
「ああ、そうだな」
ヴィトーは急に表情を改める。
「現在、箱根で悪の組織と魔法少女が交戦中だ。お前も来い」
はい?
なに、どういうこと? まさか……。
「協力しろと?」
「違う。見学だ。お前がどちらを選ぼうと、既に我らの側にいることに変わりはないからな」
「……どうせ拒否権はないんだろ」
「よく分かってるじゃないか」
ヴィトーはニヒルな笑みを浮かべ、くつくつと喉を鳴らす。
「でもここから箱根まで結構あるぞ。車や電車じゃ……」
「私の手を掴めば分かる」
出し抜けに腕を突き出され、少し面食らう。しかし向こうは当然のように待っているので、俺は手首の辺りを掴む。
「―――」
ヴィトーが呪文めいた言葉を呟くと同時に、眩い光を生み出しながら魔法陣が描かれる。
「【ホッパー】」
それは、昨夜の黒衣の女の子が見せた力に似ていた。
景色も輝きに覆われ、俺はたまらずに目を閉じる。と、同時に一瞬の浮遊感が全身を包んだ。
「ついたぞ」
ヴィトーの声と重なるようにドォン! と鼓膜と腹の底を震わす轟音。
「……フン、派手にやってるな」
対しヴィトーは落ち着き払った声で言う。
「なに、この戦争映画」
キュラキュラと無限軌道を動かす鋼鐵の怪物――戦車。
空を舞う天の支配者――攻撃ヘリ。
ずらりと並んだ鋼鐵のあぎと――迫撃砲。
そして、迷彩柄の軍服を着た男たちが大声を上げながら行き交う。あちこちに機材や装甲車両が並び、物々しい雰囲気が漂っていた。
「本物の戦場だ」
俺の疑問にヴィトーが答える。
目の前を走っていく戦車の砲身がぐおん、と旋回し――吼える。
闇夜を染め上げるマズルフラッシュ。音速を超える砲弾が迸って遠方の丘を跡形もなく消し飛ばす。
攻撃ヘリの一団が一斉にミサイルを放ち、紅蓮の炎を吐きながら無数の弾頭が地上で炸裂した。
魔法少女の戦いって、こんなに硝煙臭いんか?
「来たのか、ヴィトー」
状況についてゆけず唖然とする俺を尻目に、ヴィトーは大柄な男に話しかけられていた。ヴィトーの背丈も高い方だが、その男はゆうに2メートルくらいはありそう。身体つきも逞しく、戦闘服のサイズも合ってないのか窮屈に見える。
「戦況はどうだ?」
「ああ。現在、敵は仙石原に展開中。敵は陸上兵器で、ガト級が4体。航空戦力は空母であるパーサロ級が2隻。制空権はこちらが優勢だ」
またしても爆音が鳴り響き、稜線の向こうで噴き上がる火柱。
ああ、もう驚くのは止そう。常識なんてここじゃ役立たない。
「指揮官は誰だ?」
「鳥の怪人――ヴェルダスだな」
またしても至近距離で爆発。熱い爆風が頬を撫でて、火薬と焼け焦げた臭いを届ける。
「さあ、ツキハ。よく見ろ。これが、戦いだ」
陸上自衛隊第0師団だとヴィトーは言った。悪の組織の進撃に伴い、それを阻むために新設された部隊。
随分と国家規模の戦いのようで……まあ、フィクションの魔法少女モノはタダの女の子に色々押しつけすぎだと思っていたが。
「最新鋭の装備を与えられ、悪の組織に関する知識と対魔法戦の技術を学んだ精鋭部隊――それが第0師団だ」
ヴィトーはドヤ顔で解説を続ける。その間にも攻撃ヘリ――偵察ヘリOH-1をベースに戦闘力を付与された新型――がローター音を響かせ、次々と飛んでいく。更にタンデムローターの輸送ヘリが続き、その上を戦闘機が音速で通過していった。
「君がヴィトーの言ってた新しい魔法少女か。俺は和田。一等陸佐だ。気軽に話してくれ、階級は君たちの方が上だ」
先ほどヴィトーと話していた大男が、クマのように巨大な手で俺の手を掴む。……大きすぎて握手と言うより、一方的に握られているように見えるが。
短く刈り上げた髪の毛と堀の深い顔……印象は渋いオッサン。
「陸佐殿! 機動隊長より連絡! ガト級、パーサロ級ともに撃破! 残すは敵の大将のみと!」
その時、小柄な隊員が敬礼をしながら大声で報告する。そうしないと爆音でかき消されてしまうからだ。
「ははは、いつもながら、驚くほど強いねぇ。‶剣〟のお嬢ちゃんは」
剣?
そう思った刹那、夜空を閃光が駆け抜けた。
「流れ星――?」
俺は見る。
昏い空をバックに、広がり輝く無数の光の剣群を。
まるで流星のように駆け巡り、爆ぜ散り、夜空と言うキャンパスに絵を描いていく。
「すっげ……」
「彼女はもう半年前から戦っている。お前の先輩だ」
やがて自在に動く剣は一点へと収束し――爆発。
同時に傍にいた隊員たちから歓声が上がった。
「え、勝ったの?」
「はい! 今のは彼女の最大必殺技【スターライトマイン】なんですよ!」
さっき報告した隊員が興奮した口調で言う。メガネをかけた、温厚な感じの青年だった。
右腕に刺繍された階級章はV字型の金色線と桜星章なので多分二等陸士、だろうか。
「あ、自分は第1魔法科連隊所属の高宮っていいます。新しい魔法少女ですよね? ミナツ隊長、喜ぶだろうなぁ……」
「俺はツキハっす……よろしく」
今度はちゃんと握手できた。
魔法科連隊? 普通科連隊のようなものだろうか。
「機動隊長の帰還だ! 総員、敬礼!!」
その時、和田陸佐の鋭い号令が飛ぶ。
「っと! じゃあまた今度!」
手を振り、高宮も慌てて走り去っていく。
隊員たちは左右に分かれ、直立不動の列を作る。その先に、一人の少女が夜空から降り立った。茶色の髪の毛を俺と同じようにツインテールで纏め(ただしこの子は俺よりもテールの部分が短い)、空色の瞳をした女の子。
無骨な西洋鎧をベースに、多少のアレンジを加えたような装備に身を包み、手には彼女よりも遥かに大きい大剣が握られていた。
女児アニメや深夜アニメに登場するような魔法少女特融の、ある種のファンシーさは一切ない。あるのは実用性とむしろロボットアニメに通じるようなデザインのカッコよさだった。
しかし彼女は俺と同じように幼く、童顔で可愛らしい。そのギャップが何とも言えない魅力を生み出している。
「みなさんお疲れ様です。今日も助かりました」
降り立った少女は敬礼する隊員たちにも頭を下げ、微笑みながら歩いてきた。
「――!」
そして、俺を見つけて驚いたように少し目を見開き――。
「もしかしてキミがヴィトーさんの言ってた新しい子? 初めまして! 私は榎井ミナツ! よろしくね!」
全力で抱き付かれた。