たまにはウソも許される
「アイスクリーム」
実験も兼ねてダグザの巨釜を早速使う。何もなかった釜の中に、真っ白な冷たいクリームが敷き詰められた。
あー、冷たくて美味しい。何だこれとは思ったが、普通に凄いわ。
火照った身体に染み渡る冷たさと甘さ。正直、今後のことなどどうでもよくなってくる。
いくら食べてもなくならないアイスを堪能していると、ドンドンとドアが叩かれる。
「おい、いるんだろツキハ。さっさと開けな」
このタイミングで来客? さ、最悪だ……! こんな姿で会えるわけがない!
「ごちそうさま!」
小声で早口にそう告げると、釜に入っていたアイスは一瞬で消え去る。俺は大急ぎでアイテムボックスに釜を放り込んで押し入れに隠れた。
「チッ、寝てるのか? 入るぞ」
……いくらアパートの家主とは言え、勝手に部屋に入るのはどうなんだろうか。俺は息を顰め、押し入れの戸を少しだけ開ける。
半そでにジャージのズボンをはいた女性が、無遠慮に俺の部屋を物色していた。腰まで伸ばした黒髪に黒目。何故か手には竹刀。時代錯誤の体育会系である。
暫く人の部屋を物色していたが、ようやく諦めたのか玄関の方へと歩いていく。良かった……やりすごせた――。
と、気を抜いた瞬間。
こちらに顔を向け、迷わず歩いて来て押し入れの戸を開けられる。
「うおッ!?」
俺は咄嗟に顔を隠すが無意味。
恐々見上げば訝しげな表情でこちらを睨んでいる。
「誰だ、お前」
そういえばこの人、気配で居場所探ってくるバケモノだったな。
「つまり、お前はツキハの従妹で、学校が休みになったから遊びに来たと言うんだな? で、あいつは昨日から用事があって留守にしている、と」
かなり苦しい理由だと我ながら呆れる。
でも魔法少女になって性別も変わりました! なんて言うよりは遥かにマシだろ。
「………」
「………」
この沈黙。絶対疑われてる。ガン見されてるし。
「……分かった」
長い長い静寂――と言っても実際は一分も立っていなかったが――は唐突に終わった。
「え?」
「そういうことなら、遠慮なくこの部屋を使えばいい」
険しい面持ちから一転、にこやかな笑顔に切り替える。
「信用、してくれるんですか?」
「ああ。アンタはウソをついてるけど、やむを得ない事情がありそうだな。目を見ればわかる」
身も蓋もない。
「あ、ありがとうございます」
「なに気にしなくていい。あいつが帰ってきたら、しっかりと尋問するからさ」
……一瞬このまま男に戻れなくてもいいかなって思ってしまったから、勘弁してください。
「私は三伏だ。このオンボロアパートの家主をやってる」
快活な笑顔を浮かべる女性――ミフセは俺の手を掴んで握手する。
「俺はツキ……ハヅキです。よろしくお願いします」
当然偽名だ。元ネタは……ツキハの文字を入れ替えるとハツキ……葉月。簡単なアナグラムだ。
「ま、何も無い田舎町だけどさ。自然ならどこにも負けないよ」
せっかくの夏休み、楽しんで来いと笑いながら俺の肩を叩き、部屋から出ていく。
「……夏休み、か」
窓から外を眺める。
青空と、巨大な入道雲。水田が延々と広がる田園風景。
自転車に乗った子供たちが畦道を走っていく。
周囲は山で囲われ、蝉の声が四方から聞こえてきた。
また、夏が始まる。