かつての産物
季節は7月。いよいよ気温は30度越えが当然になり始め、殺人的な紫外線と太陽光を容赦なく注いでくる。節約のためクーラーはつけずに窓を全開にし、俺はアイスを食べながら寝そべっていた。
「暑い……」
性別が変わって髪の毛が伸びたせいか、余計に蒸す。とりあえずツインテールのままだが……他の結び方も考えようか。
……順応性って大事だな。
男だったころの手と比べ、随分小さくなった手を伸ばし、ポツリと呟く。魔法少女だとか、悪の組織だとか、性別が変わるだとか……一生分の驚きを経験したかもしれないのに、割と心は落ち着いている。
今後のことが気になりすぎて、それどころじゃないってのもあるだろうが。
戦うか、保護されるか。究極の二択。ま……それは追々でいい。今のところは悩んでも答えは出そうにない。
それよりも魔法を試してみたい。だって魔法少女だぜ? どんなコトができるかワクワクするぞ。
テーブルの上に置きっぱなしになっている杖を持ってみる。俺の身長よりも長いそれは、確かに玩具っぽいのだが魔法少女風と言うよりは、ゲームやファンタジー系と言った方がいい。
「よっと……」
持ち直してみると、昨日の夜見た虹の光が杖の結晶から溢れ始める。
脳内に文字の羅列が自然に浮かび上がってきた。
Name:時楸ツキハ 極光の魔法少女
杖:極光の杖
これが杖に登録された俺の情報らしい。極光とか、また随分大仰な肩書がついたなぁおい。カッコつけたくなっちゃうだろ。
「極光の魔法少女ツキハ見参! 星に代わってお仕置きだ!」
………。
………。
ああ、これはダメだ。俺はクッションに顔を埋め、悶える。
ややあって落ち着きを取り戻すと、また脳内にまた魔法の名前が浮かび上がってくる。
……アイテムボックスとガチャ?
どこかで聞いたことのあるフレーズだ。効果は、ええと……。
俺は試しに傍にあった本を取り、アイテムボックスを使ってみる。何もない空間に球体の裂け目のようなものが現れ、そこに吸い込まれていく。定番の便利能力。
ガチャは何だ?
名前からして駄菓子屋にあるカプセルトイみたいなものだろうか? あるいは昨今話題になっているスマートフォンゲームの課金要素か。
「ガチャ」
百聞は一見に如かず。使ってみれば目の前の床に小さな円形の魔法陣が描画され、そこからカプセル自販機が出てくる。
レバーを回すとガコン、と音がして受取口に落ちてくる入れ物。大きさは市販のものと変わらない。
早速それを開けてみれば――。
「あん? ……なんだこれ」
明らかに色んな法則を無視して、一抱えほどの釜が出てくる。
何故に釜?
指先で弾いてみたら、カーンと良い音が鳴る。同時にまた頭の中に文字が浮かんだ。
【ダグザの巨釜】
何、ダグザ? 神話の? てか、ちょっと待て。
このデザイン……どこかで……まさか!
俺は慌ててベッドの下に封印したブリキ缶を引っ張り出す。中にしまってあるのは古ぼけた数冊の大学ノート。表紙にはきったねえ筆跡で『ミドル・クォーターワールド アイテム目録①』と銘打たれている。
そう……これは俺の中二病集大成だ。あらゆる神話や自分で考えた設定などをイラスト付きで書きこみ、気づけば軽く数万種類を超えるラインナップになったシロモノ。
俺は記憶を頼りに古ぼけたページをめくり、やがて目当ての項目を見つけた。
……やっぱり。
そのページにはダグザの巨釜と同じデザインの釜のイラストが描かれ、同じ説明が書かれてある。
冗談だろ……なんで俺の黒歴史が現実化してるんだよ。
念の為もう一冊のノートもチェックしてみると案の定、『アイテムボックス』『ガチャ』の項目も。
これがヴィトーの言ってた、想像力の具現化?
何だこれ、こんなんでいいのか……。