開戦へ
「騎兵1万5000人、バルテズの竜騎士400体、さらにゴーレム30体。かなりの軍勢だな」
「ええ、さすがの総督も緊張しておりました。」
今から始まるのはこれまでの戦闘とは遥かに上回る戦争だ。帝国の暗殺組織ヤタガラスの元メンバーであるカガリによれば近々、本格的な進行を始めるとのことだった。それに備えて前々から準備をしてきた。
ここは公国と帝国の領土の境界線上。サバンナのような枯れ薄れた木々と乾燥に強い植物しかおらず、獣は何一ついない極熱の地。百戦錬磨のフリーデン部隊も汗一つかかない訳ではなく、すでに熱中症を訴える兵が何人か名乗りをあげた。
「クーラーないのか!あたしにクーラーをよこせ!」
後ろでは暑さに耐えられなくなったケリー伍長がギャアギャア騒いでいる。クーラーがなくてイライラしてるのだろう。
さらにその隣では、
「・・・暑い」
シモが暑さで机に突っ伏している。
好物のNORDQVISTも眼中にないほどだ。彼女は本来、寒国のフィンランド出身なので一年を通して気温は低い。そのためこんな炎天下は初めてともいえる気候なのだ。
「ほらほら、二人とも戦前なにしてるのですか」
「そうだぞ。ほら、気合いいれろって」
シモの相方の観測手ミルフィとクレイトンが二人に呆れるように口挟む。
「今回の作戦はこれまでにない大規模の戦闘になるかもしれないんですよ。英雄がそんな調子でいいんですか?」
「別にあたしは殺ればいいだけだし」
「・・・私も」
「あんたら、殴ってあげましょうか」
第二次世界大戦の英雄からすればこれほどの戦闘はまだ甘いといえる。片側は一人でナチスドイツを撤退させた軍人、もう片側は一人でソ連軍を死に誘ったスナイパー。どちらも歴戦を体験してきた二人だ。そう容易く負けるはずがない。
ただひとつ、共通の弱点は
「よう、ここにいたか」
「・・・総督!」
「よっ!待ってたぜ!」
想い人のカオルくらいだ。
普段は面倒くさそうだが総督が見ているなら一軍滅ぼすまで至る二人なのだ。
カオルは両手に花、といわんばかりに武蔵とセニアを連れてきている。セニア達、公国騎士らも戦闘に参加しようと決意したのだ。雑用ではあるが。
「やっぱり暑いなぁ、今日は。」
「私も同感だ。こればっかりは我慢ならん。汗だくだ。」
「ええ、カオル様も汗びっしょりですよ」
「え、そうか?」
たしかに体面がヌルヌルして気持ちが悪いな。
カオルは躊躇なく着ていた軍服を脱いではタオルで汗を拭いていく。脇、首筋、胸、肩の順に軽く拭いていく。
それを赤くして涎を滴ながら汗を拭く様を見続ける武蔵らがいた。
「なに見てんだ?」
「いえ気にせずに」
(カオル様の裸体。鍛えてる訳でもないのに引き締まって素敵。いつかあの身体を独り占めに・・・ふふふふふふ。)
(最初は優男かと思っていたが結構筋肉があるんだな。・・・はっ!私はなんてハレンチなことを・・・)
(そーとくの身体・・・・。へへ、見てるだけで涎が出ちまうぜ)
(・・・食べたい。(性的に))
それぞれ自由な思惑でカオルの汗拭く姿を鑑賞する。それには周りの兵士達も呆れて嘆息を吐くしかない。
/※/
「全軍、前進せよ!」
本格的な軍を編成した帝国軍は立て続けの進行失敗をどうにかするために帝国でも名のある名将を送り込んだ。
彼の名はライガ・リビングデッド。自他認める名将で戦闘、軍略とも名声高き功績をおさめてこの進行作戦に抜擢されたのだ。
幾度の戦を潜り抜けてきたその鋭き眼光をもって、この戦いを終わらせるために進撃を開始する。
バルテズはオオトカゲのような竜の一種で火を吐き、這いよることで騎士を弾き飛ばす突進力も兼ね備えている。それに加えて、ゴーレムでの大量破壊を主要として公国を迎えるのが狙い目なのだ。まさしく猛攻たる軍でもある。
「ミゲルのクズは相手を舐めてかかったのが原因だと聞いた。はは、あやつらしい死に様だな」
先月のミゲルの進撃失敗をバカにしてはミゲル同様にワイングラスを傾けては喉を潤す。
「ライガ様、まもなく公国との国境です。そろそろ鎧を」
部下に言われるがままに鎧を着る。それから再び軍勢は前進し続ける。
/※/
「キール少佐、そっちはどうだ?」
『システムオールグリーン。問題ありません』
「よし、なら合図とともに攻撃を開始する。それまで待機だ。」
『了解!』
これですべての準備は整った。これからあの大軍を殲滅するための作戦がな。敵はこちらが防衛線を張っていることを知らない。つまり先手はこちらにあるということだ。
作戦は以前の二の字型と同様だが兵器は桁違いの戦力だ。前衛はシモ率いる狙撃隊とケリー率いる中隊を配置させて敵の殲滅。後衛は大型の兵器での大掃除だ。
俺は後衛の作戦本部にて地図を見ては策を考える。アクシデントや失敗を予想してその対策を議案する。戦いは何が起こるかわからないからな。
「なあ、この辺りに魔物はいないのか?」
「もちろんいるさ。レッドスコーピオンやキングワームなど気持ち悪いのがな。」
「ならそいつらの対処法もか」
「そこまで考えるのか。少しは休んだらどうだ?」
「そうするわけにはいかないさ。皆戦ってるのに俺だけおめおめと寝てはいられないさ」
「熱心なことだな。」
とはいえ、この世界に来てからきちんと休んだことはない。せいぜい小休憩くらいといったところだ。
この戦いが終わったらゆっくりと休むか
/※/
「へへへ、敵さんのご登場だ」
「・・・腕が鳴る」
前衛の狙撃隊隊長シモと第1中隊隊長ケリーはそれぞれ武器をとる。シモは愛銃のモシン・ナガンM28を、ケリーは自ら選んだ武器であるM500を2丁。
12,7mm 50口径の弾丸を用いり、その高い破壊力から『エレファントキラー』と吟われたM500は威力と引き換えに反動も凄まじい。慣れないものが撃つと肩を外すとも云われるほどだ。
「やっぱりこいつだな。」
「そんな扱いにくいもの使っていいんですか?」
部下のサラが使いどころが難しいM500を選択したことに疑問をもつ。
「構わねぇさ。あたしにはこれがベストなんだ。」
「・・・でも連発するのは大変」
「お前こそいいのか、そんな古い銃で」
「・・・私にはこれがベスト。」
「結局お前もベストじゃねぇか」
「敵が来るまで暇ですね。ここは一杯どうですか?」
「あたしはパス。紅茶は苦手だ」
「・・・NORDQVIST?」
「ええ、もちろん。」
と、敵が進行する間は彼女らは紅茶で喉を潤していた。
「まだ来ないのか~。早く殺りたくてうずうずする。」
戦闘狂のケリーは一人でも多く殺すことでその快感を望むいわば変態なのだ。しかも戦闘で最も活躍した兵士はカオルから一つだけ願いが叶えられる。彼女の願いはもちろん一夜を共にすることだ。
「・・・私も早く殺りたい。」
シモもケリーと同じ願いである。知らないところでカオルの独り占めが始まろうとしていた。そのためにはあの大軍をどれだけ多く殺すかが鍵となるのだ。
「たった今、総督からの通信が入った。現時刻1240をもって攻撃を開始するとな。総員、配置につけ!」
クレイトンの命令を受けてドタバタと兵士らが動き出す。
「よし!やるか!」
「・・・頑張る」
『白い死神』と『コマンド・ケリー』は愛銃を手にしてはサバンナの砂嵐のなかに消えていった。




