ウーパールーパーへの愛
ウーパールーパーと飼育に必要なものを買って、家に帰った僕は、さっそく水槽を立ち上げる作業に入った。小さな袋に入れられた「ダル」が窮屈そうでかわいそうなので、焦る。
今はカルキ抜きとか中和剤とか、PHを安定させる薬剤も色々と売っているから、昔ほどアクアリウムは難易度の高い趣味ではなくなったようだ。
広い方が快適だろうと、思い切って買ってしまった60センチ水槽に、洗った明るめの色の砂を入れる。カルキ抜きとバクテリア剤を入れPHは弱酸性位。次いで、濾過機、エアーポンプ、温度計を設置して、おまけに直感、いや、ノリで選んだ、流木と大中小の石を並べてみた。うむ。いい。
ドキドキしながら、エアーポンプと濾過機の電源を入れてみる。濾過機がブーンという低い音を立てて、水槽全体の水が循環し始めた。広い水槽は、これからやってくるであろう主を待ちかねているように思えた。
「ダル、お待たせ」
親指ほどの大きさもない、子ウーパールーパーを、僕は緊張しながら、袋の水ごと水槽の中へと放った。
「きゃっ!」
ダルは、2、3度ゆらゆらと揺れて、それから自分の手で水をかいて水槽の底にたどり着いた。何か、小さな声が聞こえた気がするが、僕は気にせず、ダルを観察しはじめた。実はペットに声をかけたりするのが、僕の夢の一つでもあった。
「どうだい?広いだろう。快適かい?ダル」
「冗談じゃないわよ!」
「……?」
後ろを振り返ってみても誰もいない。そもそも、この一軒家に住んでから外から人の声を聞いたことがない。
「聞こえないの? あたいよ!」
水槽に目を戻すとそこには、まっすぐに僕を見てパクパク口を動かすダルがいる。
「ダル?」
「それがあたいの名前?センスないけど、それはまぁいいわ。
そんな事より、いきなり水槽に放り込むなんて乱暴じゃないの!」
事態が……うまく飲み込めなくて、頭を抱えた。僕はしゃべるウーパールーパーを買って来たんだっけ?
「……はぁ。ごめん……」
「あのさー、あの袋の中の温度と水槽の温度の差を考えてみてよ!
人間だって心臓が驚くわよ!? 魚だったら最悪死ぬし!」
あー。水槽に袋を浮かべて温度調整とか……水合わせっていうのを忘れたか。
「すいません……。で、あの……、しゃべれるの?ダル子は」
「ダル子……」
「女の子みたいだから」
「ま、いいわ。私がしゃべってるのを聞こえたのはあんたが初めてね」
もしかしたら、僕には他の生き物と話せるすごい能力が?と一瞬考えたが、あまり自分を信じる性質ではないので、ダル子がすごい、という事にした。
「えーと、温度のほかに、不快な事はあるかな?」
「ホントはもっと涼しい方が快適だけどね、
クーラーは下げれるだけ下げといて。あとアカムシ」
「は?」
「おなか空いたのよ。餌は何があるの?」
僕は、なんだか尻に敷かれた夫の気分になってレジ袋をあさった。
「これならウーパールーパーも食べるって聞いて買ってきたけど……」
「人工飼料って……。ブリーダーさんにはいい人に飼われたら、
そんなもの食べなくっていいって聞いてたのに、全然話が違うわ!」
「これしかないんだけど……」
「あ!イトミミズも好きかも。ね、ね、ちょっと庭掘ってみてよ」
ミミズ……。自分で、餌も準備しなきゃならなかったのか。なにやら大変な事になってきた。
その日の午後、僕は、庭の隅に転がっていた曲がったシャベルでそこいらを掘り、なるべく細いミミズをつかまえるという初めての苦労をした。グルメなダル子は、満足して踊りながら食べていたのでよしとしよう。